第43話 誇りを掛けて
6月9日 水の日 13時10分 レーゲン地区大通り
二人の脳内会議が終了し、作戦が開始される。
「アンナには悪いが貴様のような雑魚を壊さずに時間稼ぎにするのも飽きて来た。弱者をいたぶるのは趣味に合わん。次の一撃で終わらせるがその前にわらわは一つ疑問を持っておる」
大きく距離を取り、殺意を消し刃の向きを逆にし、わざとらしく頭に指を当てゆっくりとリズムを取る。
降雨は緩やかに落ち着き、水の巨人は止まりレクスの言葉を聞く体勢を取った。
「何が聞きたい?」
「ジャック・ガイルッテとやらがこの光景を作り出したと言っていたな? 危険な道具を使い被害の爪痕だけを与え、貴様は健在。無意味な結果となった」
「ああ、結局は無差別に民と土地を傷つけただけだったがね」
アメノミカミ襲撃録に書かれている被害状況。公にされていないが「BB/0」の使用。爆風の被害者は戦闘被害者よりも数が多いという忌むべき事実。
しかし、この選択を咎める者はいない。王都に侵入されてしまったらどんな被害を及ぼすか想像できなかった。ここで止めなければ国自体が亡びる可能性が高かく、レーゲン地区を治める領主としてジャックは選択するしかなかった。加えて彼はアメノミカミを倒せる可能性を秘めた道具を持っていてしまった。
「それこそが疑問じゃな。こうして手を合わせたわらわには分かる。改良したであろう貴様のような凡愚の出来ですら土地を抉る爆熱に耐えきれるわけがない」
「……何がいいたい」
「言わねば分からぬか? 当時ガラクタのアメノミカミはその時点で敗北していたのじゃ。ソルはあくまでも死に体に止めを刺しただけ。別に動ける者であったら誰でも破壊できた状況だったと推測できる」
レクスの言葉を裏付ける証拠は一つも無い。ただ、歴戦の覇者として手に入れた敵を見る目。それだけの予想。
だが、余裕綽々の表情で自信を持った口調の説得力は高い。この言葉を吐いた者が息も絶え絶えで必死であったなら負け惜しみでしかないが。
「そこで貴様は焦ったであろうな、王都に攻め込めるだけの能力は残されていないと理解した、だが騎士共も満身創痍。互いに手は尽きた。しかし、歯牙にもかけない錬金術士の道具で負けることは貴様のプライドをいたく傷つける。そして、自分が格下と思っていた錬金術士の覚悟に負けるよりも、分かりやすい輝きに負けた方が格が落ちないと判断した」
「……証拠もないのに随分と酷い妄想を言ってくれる……我の敗北は事実であるけれど禁忌を犯した道具では我は倒せない──」
「脅威でもない奴の名前を貴様は覚えるのか?」
「──っ!?」
錬金術士と国落とし。重ねたモノはまるで違うが。重ねた量は肉薄する。だからこそ強者の思考が理解できる。有象無象の羽虫は目に入らない。もしも固体名を理解するなら、それは危険か特別な相手だけ。
「能面のような水面が分かりやすく揺らいだのぉ~! その時点でコアの機能はほぼ壊れていたのだろう? 自信作が負けたと焦ったのだろう? 去勢を張る程度したできなかったのだろう?」
下卑た笑みに回る口、放たれるは心底下にみた嘲罵めいた言葉。
「運がよかったのぉ~! ソルという素晴らしい道具が間に合って!! 10年経った今、都合の良い嘘で自分の黒歴史を隠したかったのだろう? 眼中に無い者に敗北しかけたとは口が裂けても言えんだろうからな! 自分の追い込んだ人間を惨劇だけもたらした大悪人として歴史に刻ませたかったのだろう? 雨の化身に炎は効かない太陽だけが破る光だと汚点を消したかったのだ!」
「とんだ茶番、口に出せば何でも真実になると思っているのか?」
「貴様がそれを言うか? まっ、わらわと貴様では言葉の重みが違う。弱い者いじめしか出来ぬ貴様じゃあ、わらわの圧を受け止め切れんだろうがな!」
(言いすぎじゃないのか? 必要とはいえ俺の心が痛んでくる……)
(まるで足らんわ! 半端な慈悲を与えれば釣れん。誰しも自分の誇りを傷つけられて憤りを覚えぬ者はおらん。)
これは人の誇りに爪で引っ掻くような侮辱行為。レクスは好きでやっているが本当の狙いは──
「だが、そんな矮小で卑怯で無様な存在の貴様に最後のチャンスを与えてやろう。わらわは器が広く神の玉座に腰を掛ける王道を歩む強者。貴様なんぞ鎧袖一触で吹き飛ばせるが、言葉でなく行動で示してやろう」
破魔斧にマナ・ボトルを三本セット。この戦いで魔力に困る事態にはならず出番がなかった。しかし、それを装着する意味は全力を示す。
返す刃はアメノミカミに向けられる。
「貴様の最大術とやらを見せよ。遊び相手の駄賃としてこちらも面白い術を見せてやろう。まあ、尻尾を巻いて引いた所でわらわがやることは変わらんし貴様の末路も変わらん。せめて笑い話で終わらんでくれよ?」
足元に黒く幾何学模様の魔法陣が描かれ──
「黒鎧無双」
続き、黒い煙に全身が包まれ密度が高まり硬化し、形が整えられるとダンジョンで見せた全身が黒く重厚なプレートアーマーを身に付ける。
そして、黒き破力が強く、激しく渦巻くように破魔斧の刃へと集められていく。
戦場を覆う空気がピンと張り詰める。口悪く挑発を紡いだ人間とは思えない程、純粋な殺気で研ぎ澄まされていた。油断も慢心も慈悲も迷いも何もない、存在を消すと決めた純黒の殺意。
「……君の侮辱はこの術で雪ぐとしよう。それが一番分かりやすい」
降り続く雨粒が宙で一瞬停止しアメノミカミに向かって進路を変える。周囲の水を吸い上げ両腕を胸元に移動し混ぜ合わせるように合体する。水が収束し膨れ上がった体積を組み替え、渦を巻き、水のパラボラアンテナ型の砲塔を作り上げ狙いを鉄雄に向ける。
「そう来なくてはな──暴食な暴君」
破魔斧を正面に構え、刃の先に身の丈程の黒き龍の顔が形成される。
両者術の準備が完了し、居合のような緊張感が間に広がる。
そして、雨粒が地に触れる音が再び広がると──
「瞬く間の氾濫──」
激流の槍が一直線に放たれた。
((掛かったっ!!))
触れた瞬間に削り取られそうな水流。無論、迎え撃つ──だが、龍の口を水流に向けるだけで放たない。
激流の槍が龍の大口に衝突する──
「終わったか…………何っ!?」
「──はっ!! 想像通りよ!! 本当に本気ならここでわらわは負けておった! 後があるから、負けても問題無い。そんな浅ましい考えを持っておったか!」
破魔斧から二つに分断される激流。グラトニー・グリードとは集中的魔力吸収の術、つまりは受けの術。龍の頭は魔力を剥ぎ取るろ過装置、顕現するはどんな大規模魔術であろうと吸収し尽くす強欲のアギト。
最初からこれが狙い。敵に大技を発動させる為の挑発。身体に溜まっている破力、ボトルに収まっている魔力、空間に存在する魔力、全てを取り込んだとしても届かない。百年以上溜め込まれた破力によって放たれた黒龍。奇跡とも呼べる我武者羅が生み出した奥義にどれだけ近づけるかが鍵。
「何を狙っている? ──いや、理解した! 魔力を全て吸い取り攻撃へと転じるカウンター戦法! だが──」
「ぐぐぐっ……!!」
だが、万能ではない。魔力は奪えても確かに存在する水は消えない、勢いも消えない。衝撃は全て鉄雄の身体で受け止めなければならない。消滅の力で防ぐ事を一切しないこの構えは捨て身に近い。肉体強化術と黒鎧無双の同時併用を備えても万全とは程遠い。
刃の向きが僅かにでもズレれば吹き飛ばされかねない綱渡り。
(わらわながら相当無茶なことをしておるものよ……!)
黒鎧無双は全身を黒い鎧で覆う術。つまりそれは顔も同じ。必死に耐える苦難に彩られた表情も無骨な黒い兜が隠してくれる。
余裕なんて無い。力と力のぶつかり合い。国落としの覇者が見せていい顔ではない。
黒鎧の脹脛部よりジャッキを形成し僅かな後ずさりを食い止める。
変換した破力は足元へ流れ、魔法陣に注がれ花開くように新たな魔法陣を描き始める。陣より押し出されても理想は消える。加えて敵の全てを喰らわねば発動できない。
それが、あの日、あの時、あの場所で、天を喰らう龍を呼び出した対価と同等だと信じたから。
「力を抜けば楽になるぞ! 諦めろ! 折れれば死ぬ! その程度の肉体で耐えきれる訳がないだろう!」
耐え切れなくなった瞬間に訪れる未来は良くて骨折、最悪は死亡。トラックと押し合いをしているような切迫した状況。全身の筋肉と言う筋肉を総動員して激流の圧力を退けている。
ほんの一瞬、暴れた一滴が矢となり兜を砕き、歯を食いしばり苦境を超克の精神で踏み止まる形相が暴かれる。
(何見当違いなことを言うておるっ……! この男の心と身体がっ! この程度で折れる訳が無かろうがっ……!!)
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