第42話 ミスディレクション
レクスの国落としってホラじゃないんだろ?
(誰の為に力を貸してやっとると思っとるんじゃ!? 信用せぬならすぐにでも解除するぞ!)
待て待て! 信用しているからこそあいつの態度が気になるんだ、気味が悪い程情報通で知識も豊富。最強なレクスを相手にしているならもっと必死になってもおかしくないだろ?
奴の恨みや憎しみは十年かけてリベンジするぐらいの積年の感情。こんなサンドバッグな姿を、このまま歴史に残るような大敗を受け入れられるとは到底思えない。
(……確かにな。こ奴は雨期しか攻め込めぬ欠陥品、天敵となる道具が壊れてこっちが不利になる偶然が重なってようやく巣穴から出て来た臆病者。今日、この時しか奴が目的を果たすチャンスは無いはずじゃ)
そう。なのに何であんなに余裕なんだ? レクスが追い込んでる。アメノミカミは俎板の鯉、いつ負けてもおかしくない状況。なのにまるで実験みたいに色々な術を出してこっちの動きを探って、驚きはするけど怯えもないし脅威とは思ってない、むしろ喜んですらいる。
なんというか本気を出せば負けることは絶対に無い。みたいな気味の悪さが滲み出ている。
余裕な姿は何かを隠し持っている証拠じゃないのか? ひょっとすればこれが陽動の可能性もあるのか……?
(それは不可能じゃな。騎士団の連中も間抜けでは無かろう、他の場所でこ奴が現れればすぐに気付く)
なら二体、三体複数用意している――
(意味がない。能力に差が無ければ数が増えたところでわらわで仕留められる)
確かに流れ作業で倒される未来が見える。それにアメノミカミの数を増やしたところで完璧に性能を理解して手足の如く操縦できるのは一体が限度だろう。複数人いれば話は変わるが、いるなら最初から使っているのが自然。
(あまりの実力差で諦めの境地に達したのだろう)
違う、それは無い。諦めと余裕は違う。勝てる未来が見えているから遊んでいる。負ける姿が想像できていない。
あいつは勝ちを確信してここに来ている。時期や状況を徹底的に選んだ奴がアメノミカミより強い奴が現れたからって退くか? 絶対に何かある。二手三手隠し球がある。分かるんだよ表情は無くても声や立ち振る舞いで騙そうとしていることぐらい。
(……落伍者だからこそ分かることか……そういえばおかしいと言えばわらわも一つ気付いた。何故こ奴はあの時。アンナ達が逃げる時に魔術を扱えたのだ? 体を変質させ鞭としたり、コアに近い故に水鉄砲が放てるのは分かる。ただ雨を自在に操るのは解せん)
確かに俺もそれが気になっていた。コアからの命令を電波のように空へと送り届けるとしても、完全に黒霧で包んだはずなのにサリアンさん達を正確に狙った。ありえるのかそんなこと?
(お主の黒霧に穴があったとしても、性能低下や遅延があって然るべき。あの術は100%の性能とタイミングで発揮できたと言っても過言では無かろう)
となるとアメノミカミ以外に雨や雨雲を操る何かが別の場所に隠されている? 相手はアメノミカミとは別にもう一つ何かを操作しているということか? 相手の状況から推測すると単純な操作で済む程度の何かを。
(……ふむ、それしかありえぬな。こ奴とは別にどこか別の場所……)
さっきの槍雨とか言ったのも相当規模がデカい術なのに予兆とか術式が一切無かったんだよな。ここからじゃ見えない……確か外壁の上にも人はいるけど、あそこから見えてないのか?
(騎士の連中も無能ではなかろう。こうして戦っている間も何かしらの信号や連絡も届いておらぬ。つまり、騎士連中も気付かない場所で発動している。だが、あの規模の術を地上で発動するとなると多大な準備が必要じゃ。離れた位置での広範囲魔術、対価の魔力量も凄まじく察知できぬバカはおらん。お主のように魔力に縁無い者なら例外じゃが)
一言多い。けど、それぐらいはっきりした変化が現れるってことか。
外壁の上で地上を観察している。でも、発見されていない……となると、眼に映らないどこか……地上とは違う、どこか建物の中や地中。それとも距離的に雲の中とかか?
(何をバカな…………いや! そういうことか! 確かに天上を覆う雲の中なら確かに騎士共もわれらも気付けない! 人と同じ括りで考えていたのが間違いじゃった。そもそもこ奴は生命体では無く人工物。同じようなのを雲の中に漂わせても死にはせん!)
思い付きもバカにできないもんだな!
(目の前の奴が術を放つように見せかけ、実際には雲に隠れたもう一つのアメノミカミが魔術を放っていた! 黒霧の妨害を受けながらも魔術を行使できたのも。これが答えじゃ!)
完璧なタイミングで水塊を落とせたのも――まさか小糠雨にも豪雨にも変化させられるのもそれが理由?
(おそらく間違ってはおらん! 状況に応じて雨量を調節。前回のアメノミカミも同様に使っていたのなら誰も空にもう一つあるなんて発想は湧かん)
だとしても、何で最初から槍雨みたいな攻撃を全然してこなかった? それに今思えば雨の神を冠していながら台風みたいな大雨はあまりしてこなかったな。俺と会話する時は小糠雨にしていたのはわかるけど。
(空へ注意を向けたくなかったのだろう。黒霧の効果は騎士団全員が理解しておるはずだ。魔術が封じられていながら空より苛烈な水魔術を発動したら誰かが違和感を覚えてもおかしくはない。わらわ達が気付いたようにな)
多少雨量が変化してもそういうものだと理解してしまう。それに今は雨期だから奴の影響下かどうか判別し難い……。
(だが、答えが分かったところで無用の心配じゃな。空に浮かんでいようと所詮はアメノミカミ。わらわの勝ちは揺るがぬ)
本当にそうなのか? 何かが空にあるのはほぼ確定。でも、目の前のアメノミカミと同じ性能なのか?
空を浮かび戦闘時はきっちり篠突く雨になったり、霧雨を吹かしたり翻弄してきた……俺と会話している時やアンナが来た時は雨量を減らして……あれ?
今は雨期だから雨が降っているのはおかしくない。アメノミカミが強制的に振らせている訳じゃない。元から存在する雲に含まれる水分に干渉して降らせている。つまり蛇口を開いたり閉じたりしているようなもの。
小雨とかの時は勿論蛇口は──っ!? そういうことか! 奴の余裕の答えは!
(おお!? いきなりどうしたのじゃ?)
雨期で雨の勢いは元からあった。レインさんを責める時、王都も小雨になっていた。俺との会話もそうだ、かなりの時間が経った今、本来降る量よりも少なくなった分はどうしたんだ?
(そんなの戦いの中で……いや、待て。奴が使っていた水の殆どは地表に元からあった水。空からの水柱など殆どない。まさか! 別のどこかに溜め込んでいるのか!?)
雲に隠れたアメノミカミ。状況から推察すると最悪の存在でしかない。
俺達の予想が正しかったら奴は地上のアメノミカミを囮にして誰の目が届かない場所で王国に本来降り注ぐはずの雨を集めて本当のアメノミカミを完成させようとしている。
まさにミスディレクションか……地上のアメノミカミという絶対に目を離せない存在を用意して空にもアメノミカミを用意しておく……。
上に注意がいかない間にタネを大事に育てて最後の最後で全員の度肝を抜く花を開かせる。
恐らく目の前のアメノミカミよりも膨大な魔力と水が必要だから時間を稼がれることはこいつにとっても得でしかなかった。
なにせ準備ができていなかったから。
(まさか……この空に浮かぶ雨雲全てがあ奴の掌握領域だと言うのか!?)
そして多分だけど、もう完成している可能性がある。あの技を出せた時点で。
(なるほど……余裕も頷ける。確定情報で無いにしろ整いすぎておる。わらわにも読めた、空の切り札を未だ出さぬのは完璧に心を折るためだな)
俺もそう思う。水の巨人が地で暴れ回っていたら誰も空に気を向けない。
雨を操作するのもこのアメノミカミだと思い込んでしまうから。
最初の一体を瞬殺され、改良型の二体目、レインさんを退けた脅威。誰もがこいつを倒せば終わりだと信じて疑わない。
もしも……本当に予想通りの奴が現れたら。目の前のアメノミカミよりも膨大な水量を有し、空から一方的に砲撃紛いのことをされたら誰も何もできない。厚くて高い城壁は意味を成さない。国も人も終わる。
そして、俺の言っていることが正しいなら、形としてはっきり空に出ているはずだ。でも、雲が満遍なく覆われていて違いが分からない。
せめて積乱雲がどこにあるか分かればいいんだが。
(なるほどのう、膨大な水を有しているならそれだけ雲も厚くなる。お主の予想も間違いではないようじゃな──そして、中心はあそこじゃな……!)
共有する視線の先、灰色の雲海の中に黒い魚のような固まりが動いている。それが霧散し黒を徐々に濃く広げていく。
予想を積み重ねたけど、馬鹿げた空想であってほしかった……。
(――ちっ!! こ奴を倒した所でぬか喜びに加え奴の手の平で踊っていたと見せつけるようなもの!)
どうする? あそこに本丸が隠されているとして。スラッシュストライクも届きそうにない空。倒す技、というより届く技はあるのか?
(……そんなものは無いっ! 歴代の使い手も近接で暴れるしか能の無い連中ばかりで、遠距離に気を使わんでも無双の限りを尽くしておったのでな!!)
いくら最強を自負するレクスでも天を穿つ技は持っていないか……となれば俺か、俺の引き出しでどうにかするしかない。ここで諦めたら本当にどうしようもなくなる!
こいつに気付かれていない今、天のアメノミカミを起動させる前に奇襲で破壊しなければならない!
(諦めぬ心は大事で確かにお主の頭にはフィクションで得た多くの奇想天外な技がある。だが、都合よく再現できぬのはお主も知っておろう。その身で体験したり積み重ねの努力が技と成す)
そんなのアンナやキャミルさんを見てれば億も承知だ! でもそれはやらない理由にならない、できない言い訳にしたくない。ここでどうにかできなきゃ本当に終わる。結末を変える分岐点はここなんだよ!
(わらわとて奴の手の平で終わる気はない。だが求められるのは天に大穴を開けるような技。せめてお主が使った経験さえあれば)
天に大穴……経験……あっ──!!
(……まさかあるのか?)
……確かにある。無我夢中で全身全霊で気を失って、破魔斧が弱体化した原因そのもの!
(――っ!? ……ああ、思い出した。技では無いから忘れておったが、確かにアレは天を喰らった。そして無双の終焉を刻んだ──)
アレを使う。我武者羅に使ったアレを技へと昇華させて。奴が切り札を見せる前にこっちの切り札で破壊する。
(簡単に言うが──)
なら逃げるか?
(…………わらわを誰だと思っておる! 上等じゃ、やってやろうじゃないの! だが、お主も覚悟することじゃな! あの日の再現を望むことは貴様に降りかかる苦難も──)
──その程度何の問題も無い! 決まりだ!
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