第39話 単純な答え
アイデアを出すのに時間を掛け過ぎればその最中にアメノミカミが突入する可能性は高まっていく。さらに調合難易度が上がれば時間も掛かる。どれだけ甘く見積もっても特攻道具を作れる時間は精々一つが限度であろう。
「既知と知られているアメノミカミの弱点はあの体を維持するためには膨大な水と魔力が必要であるということ。故に雨期を利用してその弱所を無くした。その対応策として天候干渉型の『人工太陽ソル』があるけれど──」
「今は故障中で使えない。同等の熱量を発する道具もこの雨の中じゃ使えない」
「ならアメノミカミをどこか別の場所にポイって移動させるのはどう!? 雨が降ってない場所なら術も使えなくなっていくんじゃ?」
「その案は考えられたけど、あの不定形かつ遅くないコアの移動速度。必然的に全身をまとめて転送することになるけど、所定位置に複数の転送具を設置して誘い込み起動させる必要がある。見切られる可能性も高くて厳しいわ」
「なるほど……」
「……今更ながら横槍を入れるお姉さんは誰なんだい?」
「わたしの師匠で調査部隊の1人。だから色々くわしいの」
「サリアンよ。普通に考えた程度の案ならここを卒業した錬金術士達が討論して不可能だと結論付けているわ。既に却下された案ならすぐに切るから素早くいきましょう」
討論や実験によって様々な道具が錬金術によって生まれ消えていった。その記録にサリアンは目を通している。
「ぼくの頭脳が卒業生に劣ると思っているのかね? 凡人とは違う天才の案を繰り出してみせようじゃあないか!」
その高らかな宣言と共にルティの口から矢次早に案が繰り出され始める。
「性質変化だ! 水を氷や気体に強制変化すれば――」「既にあるけど、動く+分割+集束する相手に意味はないと結論」「水は雷を通しやすい、雷撃系の爆弾で――」「最初に出てる。そんな分かりやすい弱点、奴が対策しない訳がない何より壊せる威力を引き出せる素材の確保が難しい」「重力で押しつぶす!」「その案もある。むしろ一点に集束させる案もあったけど大量の水を潰しつつコアも潰すのは無理があったわ」「なら空間湾曲系で巨人とコアをまとめて――」「惜しいわねレイン姉さまが完全凍結を成功できれば可能だけど、今日新型を相手に失敗に終わったわ対応されてる」「くっ――! なら物質変換ならどうだい! 水を砂なり金属に変えれば!」「面白いわね、でも、それはすぐに作れるのかしら? ここにある素材じゃ無理じゃない?」「ぬぁあああああああ!!」
が、膝を付き口が止まってしまう。
「天才も地に伏すというのか……! 過去の凡夫共と同じ発想しかできないとはぁっ……! ぼくだってソル自体は作れるんだ! けど! 武器として運用は到底できやしない! 室内灯がいいとこなのさ!!」
身体を捻らせながら悔しさを全身で表現しながら無力さに嘆く。無論彼女の頭の中には『BB/0』のような超高火力で吹き飛ばす案も浮かんではいたが、土地を壊してまでの勝利を誰も望まないことを知っている。自然と共に生きるエルフだから。という訳では無く、巨大な力に対してより巨大な力で返す事は心情に反しているからである。
「すぐに作れて『オールプランター』以上に特効効果がある道具……ぐうぜん効果があるってわかったからこれ以上何を目指せばいいのかわからないわ!」
「『オールプランター』が有効だったのは魔力伝達の齟齬を発生させているとみて間違いないわ。けど、一部防いだ所で意味はない。不定形に形の常識は通用しないのだから」
侵食する先の道を切り離せばそこでお終い。生命体ではできない芸当を水の身体は簡単に行える。この『変幻自在』に対応できなければ優れた道具も玩具と成り下がる。
だが、数で囲えばツルや根がコアに届き機能障害が起きる可能性。そこに破魔斧の能力を組み合わせれば勝ちが決まると予想。それがアンナの考える勝ち筋。
「となると魔力を全て剥ぎ取ることができたら……」
「確かに一度全て無くなれば動き出す為の充填時間ができる可能性が高いわ。でも古今東西比べても最高クラスの魔力吸収が扱える破魔斧の力があっても無理なのに、今生み出すのは不可能よ」
「……そもそもどうしてテツオさんでは奴を倒せないのですか? 相性は絶対的に有利、その証拠に今も1人で戦えているのに……」
「ぼくは気付いているとも、容量の問題だろうね! ぼく達だって魔力を貯めるにも限界がある、それは彼も同じだということだ。無限に魔力を吸い取れるような容量があればもう戦いは終わってると断言できるね」
「それにアメノミカミの魔力補給速度もすごいはやい。限界を越えたらテツが爆発するかもしれないし……マナ・ボトルに入れるにしても限界があるし……」
魔力を骨子として身体を保つアメノミカミにとって魔力吸収は弱点の一つ。しかし、貯蓄量が圧倒的に加え周囲より常に供給されることで弱点が弱点となっていない。魔力を奪うにしてもこの『規格外な魔力』という課題を突破しなければならない。
「容量無限の何かに吸収させることができれば奴を止めることができるのでは?」
「不可能ねそんな絵空事みたいなこといっても実現はできないでしょ。無限に吸い取る機関なんてできたらそれこそ国の終わりよ」
「……アリス君……まったくぼく達のやる気を削ぐのは……いや、そこまで調合できている時点でぼくが文句を言う筋合いは無いか……」
雑多な素材の山が『オールプランター』の種子の山へと変わっていた。
彼女達が使用しているのは小型の錬金釜。
大型の道具や大量生産に向かないが、安定性と速度に優れ負担も小さく連続調合も容易。失敗が許されない今の状況において確実に作成することが重要である。
地味ながらも黙々と確実に成果を積み重ねていく。
「理想を追い求めるのもいいけれど、足元がふらついているのではなくて? いくつ必要になるかわからないからまだ続けるけど、私を働かせておきながら何も見つけられなかったじゃ済まさないわよ? ……あら? ここの錬金液が足りなくなりそうだわ。ナーシャ、時間無いから別の机に移動して続けるわよ」
「本当ですわ! タンクの中が空っぽになるなんて、私達が使いすぎたのか、前の人が補充を忘れたのでしょうか?」
別の作業台のタンクが収められている蓋を外し、錬金液が満たされていることを確認すると、二人は小型錬金釜を持って移動する。小型ならではの利点がここでも活きた。
「いどう? からっぽ? たくさんがからっぽ……」
アンナの視線の先には空のタンク、それと見比べるように蛇口から排出される錬金液がホース通って釜に注がれていく。
その二つの光景が彼女の頭の中で弾けるように混ざり合い一つの答えを導き出した。
「そうだっ! 移し替えればいいんだ!」
「うわっ!? いきなり声を上げないでよ」
「何か思いついたのかね?」
「難しく考える必要はなかったんだ! テツみたいに溜め込む必要はなかった! ただアメノミカミの全魔力を別の場所に移動させればよかったんだ! 水ごとじゃない! 魔力だけ。魔力だけを剥ぎ取れば、あれはただの水になる! 体が崩れてコアだけが露出する! そうすればテツじゃなくてもコアに手がとどくようになるっ!!」
「さっきも言ったけど、それを実現する素材は──」
「そうか……! あるとも! 完璧に理解した! 『アブソーブジュエル』があるとも! それに1点に集束する道具の効果を組み合わせれば魔力だけを集める道具ができあがる!」
「待ってて! さっそく持ってくる──!」
荒々しくドアを開けて自室に向けて風を切る音を奏でながら駆け出すアンナ。導き出した光明がゴールだと信じて疑わない強い足取りで。
「錬金術士でない私には分からないけどそんな道具が作れるの?」
「……ええ。錬金術は想像力が鍵となります。素材の力を組み合わせ掛け合わせ、想像した理想を現実に生み出します。アンナが言ったのは魔力を右手から左手に移すことができるように誰でも想像できること……誰も、お父様も魔力をどうにかするなんて思いついていなかった……」
「アンナ君がアメノミカミと直接対峙して、破魔斧を持つ彼の存在が閃きに繋がった。単純で何よりも効果的だろうね。アブソーブジュエルが作られていなかったら出ない発想だよ」
弱点は最初から分かっていた。『マナ・モンスター』の弱点は魔力が無くなる事。ただ相手の補給手段が潤沢で貯蓄量が削り切れない程豊富で弱点を隠していた。
鉄雄は確かに特効だった。けれど、吸収速度と範囲、加えて貯蓄量が圧倒的に足りなかった、レクスであったとしても喰い切れない。
周囲の水を集めると同時にそこに含まれた魔力も集めるアメノミカミ、その魔力を全て剥ぎ取る。ほんの10m程度移動させるだけでもゼロになったという状況、再吸収されるとしても数秒で全部を回収するのは不可能。その隙にコアを破壊。
という図式が彼女達の中で完成していた。
「ですが、問題はあります。ただ吸い寄せるのではなく一瞬で全てを吸い尽くす。それだけの範囲と容赦の無さが必要となりますわ。アブソーブジュエルをただ素材の一つで組み合わせても到底理想に届きそうにありませんわ?」
「その答えについては騎士のお姉さんが言っていたじゃあないか?」
「重力……一点集束……!」
「なら必要となるのは集束型の重力爆弾。『ブラック・ドーン』になるわね。確か素材はグラビストーン、火薬、粘土、光飲石。どれも素材室にあるはずね」
「そして、ただ2つを組み合わせた所では理想に届く訳が無い。その2つを繋げる媒体を作る必要がある」
「問題はもう一つありますわ。ジュエルの特性上、虚という技術が使えなければ件の道具も調合できません。私では作れませんからアンナさんにお願いするしかありませんわ。けれど、激戦の後に集中力の必要な調合。あまりにも負担が大きくて失敗してもおかしくありませんわ」
「だったらそれはボクの役目だね。ブラック・ドーンと繋げる媒体。その2つを作ってる間にできるだけ休ませるから」
進むべき道は決まれども時間は残酷にも過ぎていく、戦場にいるよりも早く。時計が指すのは「12時35分」予想としたタイムリミットも半分が近づく。
「ならブラック・ドーンを僕が作ろう」
「できるのかい? フェルダンとは比べ物にならない高難度な道具だとも。ぼくの役目だと──」
「ずっとアメノミカミを倒す道具を考えて作って来たのは僕だ。そんな道具は何個も作ってきた。この場の誰よりも奴に対する恨みは強い、僕こそが適任だ。だから理想とするブラック・ドーンを言ってくれ、必ず作る。作らせてくれ!」
強く、はっきりと。自分の使命だと叫ぶようにジョニーの心に炎が猛っていた。その有無を言わさない迫力にルティは小さな溜息一つ、笑みと共に零した。
「論争する気はないさ。やる気がある実力者に任せるなら任せるさ。いいかい? あくまでソレは添え物だ、純粋に収束させる能力を高めたモノを作ってくれればいい。主役を際立たせる最高の脇役となるモノを」
「任された──!」
「ぼくはブラック・ドーンとアブソーブジュエルを繋げる道具を調合しよう──特定条件だけを抽出する媒体……重力で引き寄せる対象を魔力に固定し、収束後の魔力を固体化か液体化させる技能が必要か……所要時間は30分以内に抑える必要がある。成功率上げる為にも複雑な設定は予めこちらで用意しておかなければ。使うべき素材は魔光石、ソウルストーン、吸魔樹の根、エアロストーンと言ったところだろう──」
人差し指を額に当て、ブツブツと言葉を紡ぎレシピを組み上げていく。昨今誕生した「アブソーブジュエル」は組み合わせの樹形図は真っ白。公式と呼べるような正解の道は無い。彼女は今、既に存在する物を頭の引き出しから探しているのではない。この場で必要な調合品を頭脳で作り上げている。
「持ってきたよ! それじゃあこれで――」
「アンナ。君は休むんだ、濡れた服に休まず考えて動き続ければ最後の最後で折れてしまう」
「師匠……テツががんばってるのにわたしが休んでいられ──」
「大主人」
セクリが魔力を纏った人差し指と中指で首の付け根に触れると、アンナは糸の切れた人形のように足が曲がりかけるが、その前にセクリが受け止めお姫様抱っこで別室へと運び出される。
「セクリ――……力が抜けて……何を……?」
「脱力のツボを付かせてもらったよ。主を強制的に休ませる技と聞いたけど、ここで使うことになるなんて……今はゆっくり休んで、起きた後全力で動けるように……」
「アンナ君はセクリ君に任せてぼく達もやるべきことをしなければ……やはり時間の壁が大きいけれど、天才に与えられる試練だと思えば軽いものだね!」
セクリが放つ癒しの香りにより興奮気味の心は穏やかに紐解かれ、疲労からか自然と目は閉じられ、運び揺れるリズムは心地良く、呼吸は深く、意識が完全に手放された。
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