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第13話 厳しい中の大きな優しさ

「あぁ~、きんちょうしたぁ~」


 先生の部屋から離れると深く溜息を吐いている。言葉以上に体にストレスがかかったのだろう。合否が決まるあの状況。無理もない。


「気持ちはわかるけど、逃げるように出たら失礼だぞ」

「うっ! しょうがないじゃん……ああいう経験なんて全然無かったんだから」


 俺はああ言った面接に似た空気は何度か体験したことがある。まあ、今回のと比べるのもおこがましい程酷い空気だけどな。何倍もまともで誠実な対応をされたら大して緊張しないで済んだ。

 アンナは全然若いから優位的立場の人間と対面で会話なんてまず無いだろう。

 それを考慮しても精神的疲労が大きそうだ。大人との会話が苦手なのか? それに、どこに住んでいたんだろうか? 半分オーガというのは覚えてる。俺のイメージの中では力で支配する野蛮な一族となっているけど、アンナの立ち振る舞いから見ても違うと確信できる。

 けど、このライトニア王国とは文化が大分異なる場所なのは想像できる。いずれ聞いてみるか、使い魔だから主の故郷を知っていてもおかしくないだろうし。



 二階と降りれば錬金科の教室がある階層に到着する。

 どの階も平等に綺麗とはいえ、この階は加えて空気が違う。ピンと張った糸のような緊張感が漂っていて。生徒の歩く姿も上流階級を思わせる気品があり、それに付き添う使い魔も人間でなくても知性や高潔さを感じられる。


「あらあら、目に付く片角が見えたと思えば、あなたまだマテリアにいたのかしら? てっきり尻尾を巻いておめおめと田舎に帰ったかと期待したのに」


 挑発的な言葉が飛んできた方に向くと、同じ錬金科の制服に身を包みホワイトブロンドな長髪をなびかせ自信に溢れた瞳と表情の女の子がいた。四名の取り巻きをはべらかし、他生徒よりも上位の存在だと見せつけられる。


「誰……?」

「よく覚えてないけど、何だかとげとげしいの」


 小声で確認するも名前を覚えてないと来たか。それに言葉だけを聞くと敵意みたいなのを向けられている。何が原因だ? 見た目というか種族的な差別か?

 それに俺を下から上へと舐めるような視線で観察してきた。


「どうやら人間を使い魔にしたようね。なんて罰当たりなのかしら。所詮は田舎者、常識知らずで平気で禁忌を犯すのもお手の物と言ったところかしら?」


 この言葉から人間を使い魔にするっていうのは推奨されてはいないようだな。予想はしてたけど……。


「見た所魔力を持たないのも貴方に相応しいわね。肉体的にも私の竜馬(ドラゴンホース)に比べて何て貧相な。別の使い魔候補を見つけた方がいいんじゃないかしら?」


 彼女の後ろからスッと現れたのは竜の外見をした馬。羽は生えていないが凛々しい顔に細身でもしなやかで筋肉質の体、極めつけに鎧のように重厚な白銀の麟をびっしりと纏っている。素直にカッコいいと認めたくなる。というか俺と比べるのも可哀そうじゃないのか?


「言っておくけど、こっちはこっちでいいのよ! 禁忌か何か知らないけど異世界の人間なんだから!」


 騒めきが湧く。

「まさか本物!?」「見た目は大人の人間と変わらないわ」「身なりは確かに珍しいですわ」

 内容は様々でも、やはり異世界人という肩書は中々箔が付いているようだ。


「初めまして神野鉄雄です。異世界より参り、アンナ・クリスティナの使い魔をさせて頂いています。以後お見知りおきを」


 その流れで嫌味ったらしく格があるように丁寧に挨拶をするも。


「これはご丁寧に。私はアリスィート・マリアージュ。どうやら挨拶はできる人間のようね」


 無駄な抵抗糠に釘。彼女はまるで動じていない。あのオークション会場の騒乱は嘘だったのかと思えるぐらいに興味を全然向けられていない。


「まぁ、それぐらいは」

「けれど、肩書だけが希少であっても中身が伴っていなければハリボテと同じ。あなたも錬金術士なら勝負すべきところを間違えて恥ずかしいわね」

「うっ──!」


 随分とバッサリと言い切る子だな。これは大人顔負けな程心に芯が一本通ってると見て間違いなさそうだ。冷静な振りをしても内心すごいダメージを受けているのは内緒だ。

 俺はまさに中身の伴っていないハリボテなのだから。


「それに身嗜みも何て不格好なのかしら? リボンも曲がっているし髪も整えられていない。人間を使い魔にしても扱いきれていないのね」

「えっ、ちょっと。何を!?」

「せっかくなので正しい結び方でも教えて差し上げるわ」


 そう言いながらアンナの首元に手を伸ばしリボンを解いて、慣れた手つきで結び直し整えてくれる。

 アンナはすごい嫌がった顔をしているがなすがままになっている。


「ふふふ、情けないったらないわね。あなたの使い魔もあなたの無様な姿を見て笑っているじゃない」


 絶望感のある驚いた顔でこっちを見てくる。正直すまない、なにせ――


「いや失礼。何だか微笑ましいと思ってな」

「──は?」


 加えて何というか、聞いていると声の質がおかしい。罵倒であったり貶したりする言葉に聞こえていても耳に届く感情の揺さぶりが薄い。弱点を付いて攻めるような陰湿さは感じない。むしろこれは――


「随分と親切に注意してくれるんだな」


 母が娘に。じゃなくて姉が妹を叱るかのような愛情深いものに聞こえてしまう。あと口下手でひねくれていて優しくものが言えないような。


「……耳が悪いのかしら。私は彼女が気に入らないだけよ。錬金学校マテリアの品位を落とさない為の貴族として当たり前の行いよ」

「気に入らないなら無視をすればいい。なのにわざわざ声を掛けに来てくれた。無粋だが言わせてもらうけど。アンナの知らないようなことを教えてくれたり、力量が足りなさそうな俺に不安を感じさせて、別の使い魔を提案する。言葉は悪くても心配しているように聞こえてしまったよ」

「はぁっ!?」

「えっ、そうなの!?」


 言葉を受けた等の本人は当たり前だけどそんな風に受け止める余裕は無かったみたいだ。


「そんなわけないじゃない! どこまでおめでたいのかしら!? 深読みも大概にしなさいよ!」


 感情を剥き出しにして声を上げる。

 よっぽど珍しい状況を作り上げてしまったのか、様子を見に教室から出てきた子も現れる始末。


「でもさ、嫌いな相手だったらそこまで構いに行きたがらないと思うぞ。実はその裏では単身ライトニアに来たアンナに寂しい思いをさせないように気にかけているんじゃ──」

「違うったら違うわ!」


 真っ赤になって腕を大振りで否定する姿。

 まあ、俺の深読みすぎかもしれないけど、彼女の隠しきれない人の良さというのもあるだろう。

 取り巻きの一人が「あらぁ~」なんて声を漏らして達観し始めている。


「ごめん気付かなくて……」

「そんな顔をするなあ! 私は貴族! あなたみたいにただ貴族の名だけを手にした半端者が気に入らないだけ、早くマテリアから姿を消して欲しいと思ってる!」

「なるほど、そうやって発破をかけてアンナの反骨心を助長させ成長させようとしているのか……深いな、この愛情」

「なんなのあんた!?」

「おやおや、随分と賑やかですな。他の階にまで届いていますよ」


 先程挨拶させてもらったフワット先生がご降臨なされた。

 どの世界でも先生が現れた後の行動は変わらないようで、叱られるのを恐れたのか、自分は無関係だと示すかのように我先にと教室に戻っていった


「はぁ……ふぅ……。失礼しました。カミノテツオと言ったわね、この借りはいずれ返させてもらうわ」

「アンナと一緒にいる時なら何時でも」


 これ以上何を言うなと刃のような視線で睨みつけられる。


「人って複雑なのね……ここまでひねたのは村にもいなかったなぁ」


 素直に受け入れてくれたようでなによりだ。 

 あの状況、俺がかき乱さなければ誰かがヒートアップして口喧嘩に発展してもおかしくなかった。矛先をおかしな形で俺に向けることでどうにか収められた。


「言葉や態度に裏側があるのが人間だからな。素直に全てを言葉通りに受け取るのは危険だぞ」

「テツもそうなの?」

「俺はそこまで賢くないさ」


 あの子が本当にアンナが気に入らなくて退学させたがっている。そんな可能性もゼロじゃない。けど、喧嘩や争いにはなって欲しくないと思ったのは事実だ。

 折角同じ錬金科に通う仲間なんだから足を引っ張り合うような関係じゃなくて腕を磨き合う関係になって欲しいものだ。

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