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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第三章 雨の魔神と太陽の錬金術士
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第36話 領域違えば下の者有象無象

 6月9日 水の日 12時10分 レーゲン地区 大通り


「初めまして。でよろしいかな?」

「待てができるようで感心感心。わらわの名はレクス。破魔斧に封じられし『神』と言ったところじゃの」


 同じ声、同じ顔。変わったのは立ち振る舞い、口調、目付き。それだけでもはっきりと同じ姿をした別人が現れたと理解できた。

 何より、同じ人間が放つ圧がここまで変わってしまえば信じる他ない。


「ここまではっきりと人格が変わるとは……ならば問おう。君は我等と共に歩む気は無いか? 優れた才を活かし、腐敗したこの世界を──」

「下らんのぉ……」

「何……?」


 心底興味無い欠伸を抑えるような退屈な顔で一蹴する。


「貴様と同じ道を歩むのは堅苦しそうでつまらん。ほんっとうにつまらん! 己が誇れるモノが力しかない人間程退屈でしょうがない」

「惨劇を引き起こす力の化身のような君が説いた所で説得力は皆無だ」

「くははっ! 言われてみればそれはそうだ! そう、だからわらわはずっと退屈しておった。こ奴の手に収まるまでは器に収まらない力に溺れ狂う者が多く誰もが同じ道を歩んだ。まっことつまらぬほどに結末が想像できる物語しかなかったのじゃよ!」


 ケラケラと軽薄な笑みを浮かべ、手を広げオーバーなリアクションでこれまでを語る。

 歴代のレクスの担い手は結末の文章がみんな同じ小説、最後の絵がみんな同じ漫画。違うのは最初だけ、力に染まってからは似たり寄ったり。レクスは何度も既視感を覚え何度も「またか」を経験した。


「だがこ奴はわからん。力を使うだろうが、何に使うのかが読めんし何を引き込むかもわからん。だから面白い! 貴様なんぞこ奴が思いついた技法を掠めようとしている小物ではないか! だから組まん!」

「小物──?」


 アルケミーミュージアムにも収められた『魔力消失下における調合』破魔斧と改名されてから発見された新技術。安全に運用できる可能性に満ちた新調合。現在はアンナしか試したことがないが、多くの錬金術士が利用することになれば効率的に効果的な調合手順が発見される可能性を秘めている。

 戦い以外で惨劇の斧。いや、破魔斧は歴史に名を刻んだ。レクスにとってそれは有り得ない事実。骸で埋め尽くされた荒野しか見られないと思っていた彼女に新たな景色が映った瞬間だった。


「さぁてと、そろそろ身体を動かすとするかの。貴様程度でも練習相手には丁度よかろう?」

「練習相手?」

「い~い機会じゃ、時間稼ぎも兼ねてこ奴の身体に慣れておかんとな。肝心な時に頭で考えておる動きと実際の身体の動きに齟齬(そご)があってはならんからの」

「肝心な時……だと? この状況がそうだといえないのかな?」


 何度も侮辱するレクスの物言いに小雨程度の雨足だったのが沛然たる驟雨となり苛立ちを吐き出した。


「くははっ!! 素っ頓狂な事を言うもんで笑ってしまった! わらわにとってはこの程度の事、赤子をあやすのと変わらん。賢いらしい貴様はこんな言葉を知っておるか? 『領域(りょういき)(たが)えば()(もの)有象無象(うぞうむぞう)』住む世界が違えば下々の存在など顔を覚える必要が無く代えが効く塵芥(ちりあくた)

「……我を塵芥と例えるか」


 赤子を褒めるようにパチパチと気軽に拍手をする。


「おお……! 自覚して理解できるとはこ奴の所見(しょけん)通り中々賢いようじゃ。今思えば拭けば消える飛沫と言った方が良かったかの?」

「挑発行為で心を乱さなければまともに戦えないのだろう? 戦闘で勝てない、だから言葉で時間を稼ごうとしている。付き合っている我の温情を(ほう)けたご老体に理解が難しいか?」

「時間稼ぎだけは正解じゃ。なにせ戦えばこ奴が敬慕(けいぼ)しておる娘の活躍が消えてしまうからのぉ~手を抜いて戦うのは初めて故にわらわとしても辛い戦いとなるかもしれんのぉ~」


 破魔斧を綾取(あやと)る姿は鉄雄の比では無い。手遊び感覚で手首を軸に破魔斧を回転させ、宙に飛ばし小指に着地。心底余裕な表情でアメノミカミに話しかけるが、視線は水の巨人を捉えておらず、周囲の風景や廃墟と化した家屋に向けられている。

 レクスにとってアメノミカミは道端に転がる小石とそう変わらない。油断や慢心ではない。人が小石を見ても死を連想することはない、何かにぶつかって飛んで来るかもしれないという超偶発的な現象を頭の片隅で想像し次の景色を見た瞬間に忘れる。その程度の相手。


「強がりはよせ、その身体は限界が近い。君は100年近く眠っていた。目まぐるしく進歩していく技術に置いて行かれた化石に対応できるとは思えないが? それにその力は一度失い、改造されたようだが無惨なパッチワークのように不格好では精々我に追いつけているかも怪しいがな」


 援護はいない、状況は最初と比べて悪化している。鉄雄の身体に損壊は無くとも体力は消耗している。筋疲労が限界を越えれば動くこと自体が叶わない。加えて過ぎた話であるが破魔斧は最盛期と比べれば力を失っている。

 だが、この言葉はレクスの琴線を逆撫でした。


「つまり貴様はわらわ達の方が格下と言いたい訳か……? ──??? 何を冗談抜かしておるのじゃ貴様???」


 したり顔が歪み、風景の一部を一つの個としてはっきりと見据える。強者の散乱としていた意識が一つにまとまる。ただそれだけで空気が重く張り詰め緊張感が高まった。


「10年前の復讐とやらは結局成功せず、人工太陽とやらが故障するまで鞘に納め、雨期という限定的な時期にしか運用手段が無い。加えて二つの状況が重なってようやく巣穴から飛び出た臆病者がわらわ達を格下と申すか??? 無礼も大概にしろ三下ぁっ!!」


 怒気を孕んだ尖り声。何も成し遂げていない者が自身に泥を塗った相手を覆す気概を見せずに逃げる姿。レクスの目には敗者の立ち振る舞いにしか見えなかった。そんな無様な者が努力し瞬間瞬間の最善を積み重ねていく者を貶す行為。憤慨も辞さなかった。


「わらわは国落としの実績を歴史に塗った! だが貴様は敗北を歴史に刻んだ! 100年以上も前より存在し大陸全土に名を残し現在も多くの者に恐怖を植え付けている! 逆に貴様は夏になれば国民は安堵される程度の欠陥品! 敬う相手を間違えるなよ玩具で粋がる引き篭もりの小物が──」

「ようやく腸を見せてもらえたか……」

「ふぅ……いかんいかん。酔ってるかのような戯言を話す愚者に声を荒げてしまったわ。とはいえ弱者が無い知恵を絞って勝ちの目を取りに行く姿勢は嫌いではない。まっ! わらわが相手の時点で嘆くしかないんじゃがの!!」


 叫ぶように怒りを吐き出し、いつもの余裕を取り戻し下卑た笑みを浮かべる。


「だからの、これは教育とも言える。有象無象が格上の強者に無駄に噛みつかないようにするための慈悲なのじゃ。ほれ──霧を解いてやるから、これで自由に戦えるだろう? わらわは寛大じゃからの。格の違いというのを分かりやすく貴様に懇切丁寧に教えてやろう」


 斧を緩やかに横薙ぐと、周囲を漂っていた黒い霧が空気に溶けるように消え緩やかな軽雨が場を支配する。


「自ら負け筋を提供するとは迂闊だな──」


 黒霧が消える即ち、今日初めて全力を見せる。

 加えて何の憂いも障害も無い。挑発行為の礼を込めた手加減の必要なく100%の性能で術を放てるということ。

 地を水で満たし、宙を水球で覆い、巨人は裁きの水槌を構える。


嵐に消える孤島(エンド・オブ・レイン)

「鉄雄はこれを見て縮み上がったんじゃったな」


 慌てることなく、凪の心で全てを見据え。斧を右斜め下に構える。


「終わ──」

「──純黒の無月(エクリプス)


 眼にも映らぬ流麗な腕の振り上げと共に放たれる黒き三日月の一閃。

 

「どれだけ仰々(ぎょうぎょう)しい術でも届く前に強烈な一撃を当てれば済む話。とはいえこの距離じゃコアに直撃は難しいのぉ」


 袈裟切(けさぎ)りにされた水の巨人は分断された身体を繋ぐことをせず、本物の肉体のように落ち、地に触れた瞬間に水だったことを思い出したかのように弾けた。

 たった一振り、純黒の無月(エクリプス)のスラッシュストライク。鉄雄と比べれば月と(すっぽん)。威力は無論、曲線の美しさも大きさも何もかも、比べることもおこがましい程の差、児戯と芸術。

 宙に浮かぶ水球も足元を荒ぶる渦巻きもプールを直接叩きつけるような水塊も全て地に広がって流れていく。

 碌な壁も無い平らな大通り、膨大な水量はただ平等に広がっていくのみ。


「勝ちの決まった戦いなぞ欠伸が出る程退屈だと思わんか?」

「ああ、その通りだ」


 それは強がりか、隠し球があるのか。波紋無き水面の顔からは読み取ることはできなかった。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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