第32話 託し託され
6月9日 水の日 11時50分 レーゲン地区 大通り
「ほう、何が決まったのかな?」
「お前に勝つための秘訣がな!」
完全に勝ちを確信したような強きの言葉。
操縦者の知識の中にここまでの技能を有した『オールプランター』は無い。
だが、それも仕方ないと言えるだろう。アンナがこの錬金道具に使った素材には、昨今発見されたダンジョンの主の一部が利用されている。魔力を吸い取り成長する巨大花のツルを。
アメノミカミという良質で膨大な魔力の中で芽吹くことで意図せずに支配者の力の一端が顕現した。
巨大花は水と魔力を糧とし成長していた。オールプランターにその素材の力が混ざることで天敵と成り得る力を備えた。
(アンナ! アレは何個残ってる? 直撃に併せて全力で消滅の力を使えば――)
(ごめんっ! もう無い!)
(なにぃ!?)
しかし、そう都合良く戦局は変わらない。
偶然にもあくまでお遊び用で作った道具が紛れ込んでいたに過ぎない。つまり、この場には残されていない――
得意顔が絶望に変わる──かと思えば。
(だったら──作るしかないな!)
(えっ!? でも、ここには釜も素材も――)
(マテリアに戻るんだ! あそこならいくらでも作れる! アンナが王都に戻ってさっきの道具を何個も作って来てくれ。俺は時間稼ぎに徹する!)
念話による口頭を必要としない高速相談。
お揃いの装飾品による奇跡がこれまで一方的な念話を両者間で会話を可能とした。
そのおかげでアンナは攻撃を回避できたと言っても過言ではない。アンナの死角は鉄雄が補い、黒霧と加えて過剰とも呼べる庇護を受けていた。
そして、鉄雄の迷いの無い自信に溢れた言葉。明確な勝ち筋が見えていなければ出せない喜々とした感情。絶対的な信頼。全てが嘘でないことまで読み取れてしまう。
こうして二人を繋げる物も生み出せた、ならば無いなら作ればいい。加えて錬金術士は手持ちが無くなれば戦線維持は絶望的。敵にとって狙い目他ならない。退き時を間違えれば全滅必至の弱所。
(でも! 今のテツじゃ……)
言うは易く行うは難し。問題点は考えなくてもすぐに浮かび上がる。ここからマテリアまでは距離がある、到着し作り上げる事が可能としても5分10分で完成するかは怪しく、作った後はここまで戻ってくる時間も必要。相当なを稼ぐ必要がある。
神野鉄雄はただの一般人。本格的に鍛えたのはこの世界に来てからで体力も精神力も他の一般騎士と比べても劣るだろう。尚且つ今に至るまでかなり消耗している。
風雨にさらされ水に浸かり続けた身体は熱を奪われ続け疲労も現れる。
(大丈夫だ。まだ手は残ってる! いざとなったらアイツを働かせる! 曖昧な勝ち筋にやきもきしているよりかはでかい可能性に賭ける方が燃えるってもんだ!)
(……わかった!)
だが、そんな震えは武者震いにしか見えない程心の奥底で情熱が煮えたぎっていた。
(その為には花道を切り開かないとな……!)
超えなければならない大きな問題は位置関係。アンナと鉄雄はアメノミカミを挟んだ形で対角線上にいる。さらに詳しく言えば、鉄雄の背後の先に目指すべき王都。
アンナにとってはアメノミカミという障害を乗り越えなければ王都へ足を踏み入れることは叶わない。
「……二の矢が飛んでこないなら残弾が無いということ。この調整具合……彼女しか知りえないレシピと見た。貴族クラスの錬金術士が既知としているなら既に使われている。なのに条件だけが厳しい仰々しい空間組み換えの技術披露しかなかった。だとすれば――」
冷静に状況を分析し、相手の行動に適応するために水量の組み換えが行われる。戦闘経験値の圧倒的な差、己が操る道具への理解度。
水と言う汎用性が高すぎる物質、知能の高さがそのまま性能の高さに直結する。形を問わず自在に変化させ、盾にも矛にも罠にも望んだ役目を与えられる。
今回の答えとして鉄雄とアンナの間に川のように幅広い水塊を作り上げ、その中心に大人と変わらぬ大きさの水人形が案内人として作り上げた。
「うそでしょ……!?」
「君を通さなければ済む話だ――」
「おいおい! 散々自分を知識人のように語っておきながら不利と判断したら、挑戦否定かよ!? 若者と正々堂々勝負する気は無いのか? 怖いのか?」
十歩でも到底超えることのできない川幅、地面を水底に真横から見れば1m近くの水位を誇る水の壁。漏れを防ぐ壁など無い、水で水を塞ぐ異質な光景。
すぐさま黒霧で解除を試みるが、触れている箇所からは穴が開いたように水が漏れる程度。広い範囲に加え雨と吸い上げにより水位の減少は見られない。
単純に妨害としての役割なら水の巨人よりも圧倒的に上だと理解させられた。だからこその挑発。突破する方法がまるで思いついていない。
「ようやく知と知のぶつかり合いが見られそうなんだ。君達の勝ち筋が見えてきたな、ならどうする? どう乗り越える? この時に見せる強さこそが尊く愛おしいモノなのだから!」
(足元の水位は消えてる……殆どが川を形成するために集められたってことか……)
足が自由となった戦場、不意の一撃に気を付ける必要が無くなった。全方位の注意から正面だけの注意へと移り変わる。
即ち完全な力と力のぶつかり合いへと移り変わる。小手先の扱いで捌けていた時とは違う。超えねば越えることは叶わない巨大な壁。
最愛の主を救うためにこの川をどうにかしなければならない。
「諦めてくれるなよ? 折れてくれるなよ? 興が乗ってきたんだ、可能性を抱えて戦う姿を見せてくれ! 我が君達を欲しいと思った感情を無価値にさせないでくれ!」
(どっちかに走り続ければ水は消えるんじゃ!)
(アンナの動きに合わせてこいつも動くだけだ、それに焦って飛び越えようとしたら思うつぼだ)
(それじゃあどうすればいいの……!?)
道具は空っぽ。残されたのは魔力と体力と筋力。全力で北や南に駆けたとしても流れを変えて壁となるだろう。跳躍で抜けるには速度も高さも出せず的にしかならない。眼下の川より大量の水触手が出現し引きずり落とすのが簡単に想像できる。
(俺がどうにか突破口を作る!)
「君なら彼女の為に何かをするだろうね、そして成すだろう。こちらが何もしなければだが!」
見かけ倒しの変形ではない。
横に広い水の壁が揺らめき埋めつくように水の砲塔と触手が形成される。
「おい……! まさか──!?」
想像通りの攻撃が始まる。水弾の乱射に伸びてくる大量の水触手。捌くことに集中しなければ激流に押し流されかねない容赦無い弾幕の壁。
水の巨人形態の妨害や捕縛を主に置いた戦法から苛烈な乱撃へと一変した。
「──くっ!? 近づけない!」
身体が自由に動く、正面の川からしか来ない。距離を取って防御に徹することができるから避けるのも処理するのも容易。先の攻防と比べれば児戯にも等しい。だがそれでは次に進めない。
アンナを渡らせるためには川を氾濫させる攻撃が必要。それも大技。
消滅の力は術の特性上、あらゆる物質を無差別に対消滅を起こしながら進む。近接においては防御不能の絶対的一撃、しかし手元から離れるにつれ範囲も威力も低下。逆に遠距離なら安全に対処は可能。
それを補うためには膨大な破力が必須。現在は水属性の魔力がふんだんに含まれた雨下に加え魔力の塊アメノミカミが相手であるが故に解決済み。
それでも川を割るような大技ともなれば破力の問題が解決できていても、溜めの時間が必要不可欠。しかしアンナ側にはその時間を稼ぐ術が無い。鉄雄も溜め始めたらその隙を容赦なく突かれるだろう。
アメノミカミも二人の戦力を把握済み。対応の割り振りもアンナが一で鉄雄が九程。
ここで鉄雄が一気に距離を取り力を溜めるという選択肢がある。川が動かない以上本人もそれを理解している。しかし、それはできない。
距離ができた事でアンナ近辺の黒霧の機能も精度も低下する。乾いたスポンジに水分が溜まって役目を果たせなくなるように徐々に魔力を奪い取る力は失われていく。黒霧が無くなればアンナはすぐに捕獲される。その時点で勝負は着いてしまう。
この閉塞的状況。打破したくてもできない焦りは滾りを鎮めていく。
「さて、その状態で彼女を守れるかな?」
「テツに守られてるだけじゃっ――!?」
威勢のいい言葉と共に跳び退こうと力を入れた瞬間──
足が水に掴まれていたのを理解した。物理的に空いた距離、水の壁。黒霧の加護を十全に与えることはできなかった。
踏み込みの勢いが完全に殺され、想定以下の跳躍。黒霧の恩恵が消えた瞬間。常人にアメノミカミの侵食を防ぐ術は無い。
鉄雄と比べて圧倒的に少ない水触手。囲うように伸びるそれを避けるには。アンナの手札は尽きていた。
「うそでしょ……」
頬を伝うは汗か雨か、血の気の引く音が聞こえていた。優れた目で全ての軌跡を見極められるからこそ理解した。避けることが不可能だと。
水の中に沈む自分が想像できてしまった。
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