第31話 厄災から見る国落としの姿
「わたしだって手ぶらでここに来た訳じゃない! ある物全部使ってどうにかしてみせる!」
「丁度いい、我との格の違いを思い知らせてそちらから仲間に入れて欲しいと懇願させてみせようか!」
実力はブロンズでも自信だけはゴールドクラスと言ったところか。獅子へと噛みつく鼠の如き蛮勇。もはや愛らしくもある!
今日日に至るまでライトニアで作られた錬金道具は全て脅威とならないことは確認済み。いや、語弊だな。一部アメノミカミの特性上防ぐのが難しい道具があるのも事実。何せあの子の手には我が作成した『スティンガー』がある。フェルに与えた道具が彼女の手にある理由……考えるのも無駄だこれが終わった後でいい、あの道具は本来なら無毒だが――
「俺も忘れるなよ……」
「片時と忘れるものか──」
劇薬たらしめる触媒がある以上操作を誤る油断は許されない。
破魔斧の力は個として最恐となる。しかしその特異な技能故に集団で戦うことはできずテツオだけを戦わせる戦法しか取れない。
と、過程であったが実際に戦ってみてそれは如実に証明できていた。黒霧に触れれば魔術式は砕かれ詠唱損もありうる。なにせ繊細で複雑な術式程失敗時の暴発リスクは大きく、共同利用に向かない。それは接近戦なら尚更だろう。肉体強化魔術が大前提とした昨今の戦闘、対して黒霧は広範囲に広げて相手に纏わせて意味がある。
つまりは敵味方が霧の中で戦う事態に陥りまるで噛み合わない。
「まずはグレイロゼ!」
アンナが取り出したの錬金術の基礎中の基礎の氷の爆弾。あの見た目からして特別な素材は利用していない。アクエリアスの氷竜の素材を使っているなら警戒のしようもあるが躱すまでもない。
かざした腕にぶつけて奥へと沈むようにめり込ませる。そして…………起爆。
「凍った! けど――」
意味が無いことはわかっていたから試してなかったが、腕部の内側に氷塊が出来上がるとは中々興味深い。
このグレイロゼは衝撃起爆ではなく時間起爆か。加えて褒めるに値する剛速球、防がねばコアに届いていただろう。しかし胴体に届かなければ水中で収まる程度の意味の無い氷結。
重力に従わせ氷塊を地に流し落とす。レインの氷魔術に対応できる水体にこの程度の氷結爆弾が通用することはまず無い。
そして、いい収穫があった。想像していたが黒霧に包まれていようが錬金道具は使用可能ということ。この組み合わせが敵ながら厄介と言えるだろう。本来なら両軍妨害してしまう魔力吸収の霧の中で魔術以上の攻撃を一方的に行えてしまうのだから。
その脅威は想像以上だろう。
アメノミカミだからこそ平気でいられるが、生身で戦うのは自殺行為でしかない。全身を覆う防御魔術も防壁展開魔術も、全て無視してフェルダン等が直撃する。
魔力防御が当たり前の者からすれば防御不可の致命傷。
やはり要素一つ増えると検証の考察し甲斐がある。
まずはアンナを捕獲する。テツオの妨害があれどやり様はいくらでもある。我が操れるのはこの水の巨人だけではない。繋がっている水全てが操作領域。
こうして彼女の背後に触手を作れば――
「ならフェルダ――って、あっぶない!? それに大きく避けないとあぶなそう!」
「――?」
おかしい、視覚外からの強襲を何故避けられた? アンナを水触手で捕獲する。頭で想像するのと同じくらい簡単にできる事柄のはず。
そもそも動けているという事実がまずありえない。雨を浴びている、水溜まりに足が付いている。どちらかの条件を満たしていれば魔力を通し連鎖的に水分子を結合させ全身を水で浸し水没させることができる。マテリアの制服が魔術耐性に優れているとしてもだ。加えて彼女は両方を満たしている。
テツオならいざ知らず──いや、成程、単純すぎて気付けなかった。黒霧を彼女の周りにも広げているということか。
確かにこの霧を浴びれば解除は可能だろう。しかし同時に自身の魔力も剥ぎ取られる。デメリットが大きく長期戦は難しくなる。
あの力は無差別的、主の魔力だけを吸い取らずに水結合の魔術を砕くことは不可能。少女の身体に溜め込まれた魔力程度ではすぐに枯渇し動けなくなる。焦る必要は無い。
「こんなのと良く戦えていたね!? あとでしっかり褒めてあげるから!」
「避けるのに集中してくれ!」
荒々しく水飛沫をあげながら彼女は動き回る。何かおかしい……黒霧は存在している。操作精度の低下は確認できるから間違いない。彼女も巻き込まれているはずだ。
なのに何故疲労も魔力を失った様子が無い? いや、現に彼女の魔力はほぼ尽きかけている。あの、状態なら肉体に影響が出てない訳が無い!
魔力に覆われていない身体でまともに動ける訳が――まさか!? いや、ありえない。錬金術士がその技能を覚える理由も必要性も無い!?
しかし思考を巡らせればこの状況を納得させられる答えは一つしかない『虚』を使っている! 半オーガの錬金術士の少女が? 粗暴で頭を使う事を是としない野蛮な血が混じった子が我にも扱えぬ高等技術を会得している!?
「本当に化け物染みた性能してるな。全力で抑えているのにまだそんなに術を使う余裕があるなんて……!」
「よし! フェルダン直撃っ! ……でも、ぜんぜん効いてる気がしないっ! ならっ! 連続で!」
どうやら改める必要があった。
虚を使っていながら足が水に浸かっていようとも関係無しに抜け出す脚力、触手の変形を見切る動体視力。
ありえない光景だ、成人も過ぎてない少女が水系錬金術の最奥に位置するアメノミカミに立ち向かえている事実。彼の妨害があるとはいえ、捉えられず木っ端な反撃を許してしまっている。
汚名。と言いたいが認めるべきだろう。まぐれでここまで我と向き合うことができる者はいない。ただ、悲しいかな。余りにも惜しい。攻撃できる機会が作られても肝心の威力や特異性が足りていない。
ただ適当に煽りながら座して待てば種は尽きる。
醜い雑音の炸裂音が静まり雨音だけが場を支配し始める。
「人間だったら死んでるってこれ……」
「攻撃力が足りてないってことか……」
所詮フェルダンは炎の爆弾。特別な素材を利用してようともこの環境下では誤差程度。
水中内で爆ぜても身体を多少崩す程度の蒸発、瞬間的に治せる。後発は熱よりも炸裂に重きを置いた連続爆破、着眼点は悪くない確かに被害は増えたが腕部が弾け飛ぶだけで収まり、まるで足りていない。水を吸い上げ修復が間に合い意味が無い。
「さて……どうしたモノか……」
分かっていたとはいえ、期待しすぎたか? 身体能力は非凡であると認めざるを得ない、ただ肝心の錬金術の才覚は及第点と言ったところだろう。
彼達にアメノミカミを崩す程の能力は無い。だが、連携があまりにも絶妙すぎる。未だ二人を捕縛することができていない。アイコンタクトも会話も無――そうか、『念話』を使っている訳か。この距離なら口頭で伝えるよりも何倍も速く多く情報交換が可能。それが厄介な事実か。
テツオを屈服させるにはアンナを捕らえる必要がある。アンナを捕らえるにはテツオの行動を抑える必要がある。行動を抑えるにはテツオを攻撃する必要がある。しかし、アンナの錬金道具による妨害がテツオに回避の余裕を与える。
理想的な主従連携。この陣形を組まれた時点で常人なら敗北必須とも言えるだろうな。
焦らず冷静に考えろ。テツオは殺せない。『惨劇の斧』改め『破魔斧』を扱える存在は希少。過去に魔喰らいの棺から拝借しようと試みたが、魔力吸収で満ちた空間を歩む事は叶わない、虚を会得した者に向かわせても持ち手を掴めば体内より直接喰われる感覚に襲われ回収できないと聞かされた。
出自も不明、惨劇を引き起こした歴史だけが残り、戦闘利用の記録しかない。ブラックボックスな部分が多く研究すれば叡智の鉱脈と言っても過言ではない。
『魔力消失下における調合』この成果が大いなる可能性の一歩。となれば見識豊かな我の下にあって然るべき。
「……ふぅ――」
この戦いが最初で最後の好機だろう。逃す訳にはいかない。
我と言う脅威を前に覚悟を決めた真剣な瞳で、主を守るという尊い御心に動く者。力に溺れ暴走する未来が想像できようか? 二人を生きた状態で味方に引き入れるのが最善、次善でも彼だけは手に入れる。
守る者がいると強くなる。これに関しては間違いは無いが、この状況に至ることで弱所が生まれたのは僥倖。彼はこちらの布石を未来予知に近い精度で妨害せしめた。テレパシーのおかげでアンナの防衛に穴は無い。
しかしそれが新たな穴を生んだ。子を守る母鳥のように彼女に攻撃がいかないように力を注ぎすぎている。彼に向けて用意した布石に気付いた様子が無い。逆に彼女に用意した布石は悉く潰されている。
水を操作し、彼を囲うように水量を増やす、視界に入れないように。
黒霧は水そのものを消す事はできない不意を突き数秒でも完全水没させれば詰みだ。窒息の恐怖は容易く植え付けられる、人は呼吸せねば生きられない生物。故に最も簡単に想像できる死に方でもある。
精神体力共に完全に削り取れば勝ち。
焦る必要は無い。現状彼等に決め手は無い。時間がただ過ぎ去ればいい、体力を使わせればいい、道具を尽きさせればいい。
そう考えている間にアンナは鞄の底を漁るような動きに入る。在庫が尽きたか。
「あとは……あとは……! こうなったらオールプランターっ!!」
やぶれかぶれに投擲されたのは、植物の種子か? 一瞬何かと悩んでしまったが戦闘用ではない。確か曲芸用のパーティグッズだ。花を咲かせたり大量の花弁を散らして場を沸かせる植物の爆弾。威力は無い。
最後の足掻きとしてはつまらない幕引き。同じように防げば――
「──っ!?」
「え?」
「なっ!?」
発動した瞬間。水面を突き破るようにツルが伸び、芽吹いた箇所より先が崩れ落ちた。つまり魔力の伝達が内部から途切れた!?
根はコアに向かって伸びているだと!? 魔力を吸う完全な異物、絡まればどんな影響を及ぼすか計り知れない! 切り離さなければ!
水量を胴体部に集中させコアの移動領域を確保、同時に余裕を持って剥離。成功──!
地に落ちた幾本ものツルが絡み合った塊、水に上がった魚のように蠢き未だに水と魔力を求めて根やツルを伸ばそうとする姿。黒霧に覆われると成長を止め、完全に静止する。
落ち着け、今起きたのは内部に直接魔力吸収を発動させたようなもの。だが、出涸らし泣きの一手。効果が強力であればこれは詰みの一手となっていたが、二度目はもう無い。対処法もいくつか構築済み。
だが問題は。
「初めてコアを動かせた……?」
「……やるべきことが決まったなっ!!」
喜々とした笑み。希望を与えてしまった。慢心故の凡手を打ってしまった。あの悪あがきが分水嶺となった可能性が高い。
どうやら彼等の心を折るには骨が折れる。いや、実際に骨を折るまで攻める必要があるか……。
本作を読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」「興味を惹かれた」と思われたら
ブックマークの追加や【★★★★★】の評価
感想等をお送り頂けると非常に喜びます!




