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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第三章 雨の魔神と太陽の錬金術士
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第30話 逆鱗

 螺旋の槍はアメノミカミを貫き、その勢いのまま廃墟の壁に激突し鈍い金属音を響かせ地に落ちる。

 その豪快とも乱入に両名は動き止め、戦場は静寂に包まれ争いの音が雨の音に塗り替わる。雨の戦場に割り込んだのは鉄雄(使い魔)の主、アンナ。

 鉄雄とアンナはアメノミカミを挟むように立ち、互いの距離は離れている。


「そうか、彼女がアンナ・クリスティナか。盗まれた道具で不意打ちをされるなんて初めて受けたご挨拶だよ。ここまで行儀が悪いとは思ってなかった」

「あっ! コアが再生している……?」


 胴体に風穴を開けコアを掠めた螺旋槍の一撃。ただの物体であったのなら修復されることのない傷。だが、このコアは違った。地表の水分を吸い上げ傷へと収束させて泡立ち、失った部分を再生させてまるでスライムのように穴を埋めて元の球体へと戻る。

 物であり生物的機能を有する道具。この技能(スキル)を付与できる錬金術士は稀である。


「いい一撃であっても無意味。これで理解したんじゃないか? 足掻いたところで意味が──」

「口も目も無いのに声が出ているのってなんか気味悪い……人の形してるから余計に歪な感じがする」

「――――」


 絶対有利の自信に満ちた声で煽り立てようとしたが、誰も言わなかった事を快刀乱麻な勢いで切り返された。怪訝な表情でこれは欠点だと決めつけるかのように。

 アメノミカミの纏う空気明らかに変わったことに鉄雄は気付いた。相手にとってはこれは明確な挑発にもとれる行為。格下に見当違いな部分を指摘される。

 もはや美術品に唾を吐きかけるような侮辱も良い所。脳が理解を拒み(ほう)けて口が止まってしまう。


「アンナ……表情を再現する必要が無かったんだ、水を操る能力が主で喋るのはおまけ程度だろう」

「でも、声の質変えたりと変にこだわったりしてる! 自由自在に形を変えられる水なのにここを手を抜いたらもったいない! こういう細かい所もやりとげてこそ錬金術士としての技術が現れるって!」

「確かに反応がわかり難くて喋ってて会話が通じてないんじゃって違和感はすごかったけど……あっ――」

「――――」


 攻撃の矛先がアンナに向かないようフォローしても。一番長く向き合った鉄雄は一番その違和感がこびり付いていた。

 音声は顔部分ではなくコアより響き意識した場所とは違う、表情は無く身振り手振りがある訳でも無い。感情のある声で人形の立ち振る舞いをすれば気味悪さが先に感情を撫でる。


「助けてくれたのはありがとうだけど早く離れるんだ! 攻撃があまりにも激しすぎる。全力で攻められたら守りきれない!」

「いやっ! ここにはわたしの意志で来た! テツに全部押し付けて家で大人しくまってるなんてできない! お父さんが住んでいた場所を守るのをテツだけにやらせないから!」

「ぐっ――!」


 返す言葉が無かった。

 アンナはお姫様のような静かな乙女ではない。暴れ猪に手綱を付けて御することが不可能なように、昂っているアンナはオーガとしての本能や闘争心が溢れている。


「錬金術士が最前線に立つとは……君は相当命知らずと見た。十年前も君と同じように名を上げる為我に挑んできた者が何人もいた。凄惨な墓標をいくら建てようとも嘆かわしくも歴史は繰り返させるということか……」

「何むずかしいこと言ってごまかそうとしてるの? 自信がないのか頭がよくないのかどっちかでしょ!」

「――――」


 一蹴。これまで言われたことの無い言葉に絶句し思考が停止した。

 裏の無い得意顔で素直にはっきりと、自身よりも知恵が無さそうな少女から言われるという現実をどう受け止めればいいのか操縦者の頭には無かった。

 無能な貴族に謀られた時も頭は止まらなかったというのに少女の無垢な言葉は相当強烈だったようだ。


「そもそもわたしは、わたしのテツを盗もうとしているあんたのお尻を叩きにきただけ! テツ! まだ動けるでしょ! さっきみたいにきっかけ1つで勝てるから! これは無敵なんかじゃない! 弱点はある! わたしが来たからもうだいじょうぶだから!」

「…………そうか、しかしながら驚いた。彼が崇敬している主がここまで知恵が無い者だとは。我の知恵を授けようとしてもこの程度の器では収まらず身に付かないだろう。この場にどう引き寄せるかが最難関だったが、これで詰みだ――」


 アンナを捕らえれば全てが終わる。

 その時点で鉄雄は無力化し首を垂れてご機嫌を取るように従順となる。鉄雄にとってアンナはこの世界で最も大事な存在。

 ただし、殺せば自棄になる可能性が高く粗末にはできない。生きたまま連れて行かねば鉄雄に首輪を着けることはできない。アンナは必要不可欠、想像と違うとはいえ錬金術士。最初は反抗するのが想像できた。しかし、叡智を前に抗える者はいない。錬金術士なら尚更。

 自分が求めている答え、その入り口を照らしてくれる存在に牙を向け続けるよりも収めて教えを乞う方が利口だとすぐに気付く。

 同志となるのに時間は掛からない。

 優先すべきはアンナ・クリスティナ。狙いを定め浅瀬の波と幾本もの水触手がアンナ目掛けて襲う。アンナに水の猛撃を防ぐ手段など持ち合わせていない。

 ──だが、その表情はふてぶてしく余裕に満ちていた。

 水が直撃する直前、黒い霧がアンナを卵のように包み、霧という形質から固体化させ強固な壁を作り上げ侵入を防ぐ。加えて、水の巨人に爪を食い込ませるように極濃の黒霧が捉えていた。


「今何をしようとした? 先に倒す相手を間違えてないか? もう勝った気でいたのか?」

「これは……どうやら悪手を打ってしまったようだ」


 竜の逆鱗、虎の尾。

 殺意は無かった、顔以外を水没させ選択を強いるつもりだった。

 ただ一瞬、欲が出た。エサを待てない犬のように。深く思考すれば説得できたかもしれなかった。剛速球な反応に余裕が消えて勝ちを急いでしまった。

 何時だって鉄雄が限界以上の引き金を引くきっかけはアンナ・クリスティナただ一人。これまでも全力で戦っていた覚悟を決めていたつもりだった。

 だが、正しくなかった。自分が負けた瞬間この世界で最も大事にしたい人が危機に扮する状況を想像できていなかった。

 離れているから大丈夫、キャミルやサリアン、セクリがいるから大丈夫だろう、自分が負けても頼りになる人が守ってくれるから大丈夫だろう。そんな心の奥底に湧いていた情けない甘え。

 

「俺はアンナ・クリスティナの使い魔。神野鉄雄だぞ? 使い魔(ポーン)を無視して(キング)無礼(チェック)は不躾もいいとこじゃないのか?」


 心に水をも蒸発させる獄炎が宿る。

 自身が最後の盾だと理解し、無力で強者に流されるだけの時代は終わっている。足りなかったのは殺意。神野鉄雄はアンナ・クリスティナがいてこそ戦士と成り得る。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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