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第12話 錬金学校マテリア

「これが錬金学校マテリアかぁ、中々立派な校舎じゃないか……」


 夜は闇に隠れてどんな校舎か分からなかったが陽に晒された姿は立派そのもの。

 今は朝八時前、寮の玄関を抜ければ目の前にはマテリアの校舎が壮観に映る。長い年月を掛けて身に付けたアンティークを思わせる風格。

 俺なんかが居ていいかと尻込みしてしまいそうになる。場違いかと思う程一流の威圧感がひしひしと伝わってくる。

 生徒ではなく使い魔として俺はこの中に入る資格を得ている。か細い繋がりでも学校関係者。存在が許されていても緊張して身体が震えてくる。

 大卒の齢二十六でも再び学校に通う事になるなんて想像も付かなかった。荷物持ちとして託された肩掛けカバンのずっしりとした感触。あまりにも懐かしく置き勉できなかった時代を想起させられる。


「本当に持ってこなくて良かったのか?」


 俺が持っているのはアンナの勉強道具が入ったカバンだけ。あの斧は俺の部屋にある鞄の中に封印されている。柄だけ飛び出た半端な姿だが。


「あんなおもしろそうな――じゃなくて危険そうな力、誰かに知られたら取られるかもしれないじゃない? 今はわたし達だけで調べた方がいいと思ったの」

「正直俺の手にあまりそうな力な気がするな」


 分かったのは魔力を奪う力があるということだけ。他にどんな仕掛けが隠されているか調べようにも早朝故に時間が無かった。危険な力であると同時に切り札的な魅力を持っていた。

 偶然か必然か俺は力を手にできたかもしれない。役立たずと言われないすごい力を。

 今心の中でもはは新しいおもちゃを買ってもらったばかりの子供のような好奇心に満たされている。


「今のところはそうかも。あの斧についてはテツも知らないしわたしも知らない。不安も大きいけどこれはチャンスよ! どんな形であれせっかく手に入れた力なんだから使いこなさなきゃ! わたしとしても助かることが多そうだしね」

「期待に応えられるようにがんばってみるよ」


 悪い笑顔が見えてる。

 まあ、アンナからしてみれば何にも無いと思っていた男が『魔力を奪う』なんて力を持つ武器を隠し持っていた訳だ。

 価格以上の得をできたと内心ウキウキだろう。失望されるよりかは嬉しいんだけど複雑だ。

 武器のおかげで存在価値が生まれた。なら失ってしまったら? ……今はやめておこう。それよりも目の前の光景に目を向けるべきだ。


「それにしても、本当に学校とは思えないぐらい綺麗にしてあるな……」


 昇降口に向かう道は西洋庭園のように剪定された生け垣と花壇で彩られ、名家の方しか歩けませんよ。みたいな風格を漂わせている。万が一にも芝生を踏み抜けばどこからか黒服が現れて別室に連れて行かれそうな恐ろしさもある。

 そんな道を恐る恐ると警戒しなが進むと正門から入ってくる沢山の生徒達が見える。十代前半から中頃の子供達だろう。校舎に吸い込まれるように進んでいく姿。本当に学生時代を思い出す光景……。


「あれ? 生徒は三十人ぐらいじゃなかったのか?」


 一つの違和感。昨日聞いた話と違う。

 こうして制服を着た子達を見ている間に聞かされた人数は軽々と超えていく。


「普通科の方々ですわね。これだけ広い校舎ですから錬金術の扱えない方も学力向上として利用できることになっていますわ」


 急に背中から声を掛けられてビクリと跳ねかけてしまう。良い香りは結構鼻に届くけど足音全然しないなこの子。


「ナーシャおはよう」

「おはようございますわ」

「ああ、おはよう――」


 そんなカラクリなのかと思うよりも、太陽の下に照らされた制服少女の二人に目を奪われる。

 昨日はじっくり見る余裕は無かったけど清潔感のある白色のブレザー。腰程の長さのある純白のマント。その中心には校章であろうマークが刺繍されている。

 スタイルや身長が影響しているのか同じ形の制服であってもナーシャが着ていると如何わしさが増してしまう。それに特注品なのか袖あまりも無く体のラインがはっきりとしているのも扇情的な原因の一つだろう。

 アンナはとても健康的な印象で一緒にいても穏やかな気持ちでいられる。これはこれで良いものだ。二人とも美少女だから視界に映るだけで目の保養になる。


「なんだか変なこと考えてる?」

「い、いいや!? ちゃんと制服があるんだなって。それにあの子達とはちょっと違うなって」


 我ながら見事な誤魔化しだと思うが上手く的を射た。

 普通科と呼ばれた子達の制服の色は灰色、形はそこまで変わらないにしてもマントが無かったりと明確な区別がされているようだ。


「錬金科と普通科を区別するためですわね。この制服を着こなす者こそ、ライトニア王国の未来を担う人間と言われていますからね」

「未来を担うねぇ……」


 あの子達にも多くの未来があるだろうに。こうして流れていく生徒を見ていると錬金術士というのは中々に希少というのが分かる。

 どちらが優れているのか明確に分かりそうな制服。どうやらこの国では相当錬金術士の立場が強そうだ。あの寮もいい証拠。まさに選ばれた者しか入れない広々とした部屋。使い魔でさえ満足に眠れる個室があるぐらいだ。

 あの子達の中から錬金術士が生まれたりしないのだろうか?


「それよりも急ぐよ! テツと契約したことを先生に報告しに行かないと!」

「あっ! 俺場所知らないからゆっくり頼む!」


 速足で駆け出し、それに付いて行く。ああ、なんだか遅れてきた青春を感じているみたいだ……。

 ただ、そんな楽しい気持ちを味わえたのは一瞬。俺達が昇降口に近づくと彼等が逃げるように距離を取ったのを見逃さなかった。

 何せ一瞬見えた表情には恐れが深く刻まれていたようだったから。



 校舎に一歩踏み入れれば内装も外装に劣らずのご立派さ。歴史は感じるが老朽化は感じない。塗装が剥げているというお茶目さも無い。視界に映った構内図は四階建てを記しており、一階昇るたびに廊下を見るたびに俺が知っている学校とはかけ離れた高級感、学び舎というよりも美術館なんじゃないかと思えてしまう。

 目当ては三階のようで、教室のような広い部屋は見えず小さめの部屋が幾つも並んでいる階層だ。言うなれば教授達の個室が並ぶ階。

 

「失礼します。マルコフ・フワット先生いますか?」


 そんな予想は的中していたようだ。

 アンナのノックをする音に応えるように「どうぞ」という穏やかな声が聞こえた。


「使い魔契約ができたので報告に来ました!」

(うお……すごい部屋だ……)


 本棚に収まりきらず床の上にも塔を作り上げている本達、机の上には少し触れたら雪崩のように消えそうな紙の山。それにコーヒーの残り香。まさに俺の記憶と差が無い教授の部屋を表している。知識の探求者達の部屋というのは世界を越えても同じという訳だ。


「ほっほっほ、間に合いましたな。さて、どんな子と契約したと思えば人間ですか……ほう、私の教師生活で初めてですね」


 顔に綿菓子が付いてるのかと思うぐらいご立派なおひげ。羊毛みたいなパーマのかかった髪。まるで雲の中から顔を出しているような人だ。

 ただ緩そうなのはそこだけ、真意を確かめ品定めするような瞳は狼のような鋭さがある。でも嫌悪感は無い、何せ目の色が全然違う。欲望に染まった毒々しさは無かったから。


「神野鉄雄です。よろしくお願いします」


 失礼の無いようにきっちりと礼をする。俺の不手際はアンナの汚名になりかねない。


「ええ、ご丁寧にどうも。私はマルコフ・フワット。錬金科の主任を務めさせてもらっています。教師としてみなさんに指導もしていますよ」


 錬金科教師の代表という訳か。確かにこの貫禄なら納得できる。これだけの髭を蓄えられる人が位の低い人間な訳がない。


「これで合格。ですよね?」


 目的達成したアンナの安心した顔とは反対に先生の表情は芳しくない。


「おめでとう。といいたい所ですが、こんな情報が耳に届いていましてね。「異世界人の男をマテリアの女生徒が買った」と」


 この口調からしてカマをかけるなんて真似はしていない。確信を持って俺がアンナに買われた男だと知って言っている。

 そんな重く静かな迫力に飲まれたのかアンナは悪戯がばれてしまった子供の様に落ち着きが無く視線がうろちょろし始める、何だかこっちもドキドキしてきた。


「それが何か問題でもあるんですか? 経緯はどうあれ、俺のこの首の模様こそ契約が成功した証になるのではないですか?」


 今朝洗面台の前で確認した首に刺青のように刻まれた黒い模様。オシャレな感じでパっと見たらファッションにしか見えないけれどあの時付けられた従僕の証なのは変わらない。アンナの使い魔となった証明。

 俺の言葉に対して疑りなど一切ない瞳で俺を見つめ髭を撫でている。表情も穏やかで裏が読めない。それが逆に怖い。


「いえ、何も。契約は成され合格の水準を満たしています。ただ、使い魔契約と言うのは相手が実力やカリスマ性、それらに魅了されその身を捧げるに値したと思い成り立つものです。101キラという銀貨と銅貨1枚ずつ。1日の食事で終わりかねない価値。本当に主と心から認め、剣や盾となる覚悟に値するのでしょうかね?」


 まっすぐと俺を見据えている。

 金で作られた繋がり、アンナの事を何も知らず、何かを認めた訳でも無い。商売で俺の意思は関係無く主従の契約が結ばれた。

 ようは簡単だ「あなたを101キラという価値しかみていないアンナに命を賭けることができますか?」という問い。

 俺の言葉次第でこの試験は決まるってことだ。


「その時はわたしの手持ちが――」

「アンナさん。今あなたの言葉は必要ありませんよ」


 ピシャリと言葉を遮られてしまう。丁寧な言葉遣いであっても言葉の鋭さは中々だ。それに何を言ってもアンナが「101キラ」で買ったという事実は変わらない。


「断るなら今だと?」

「ええ、けれどご安心ください。例え契約を破棄したとしてもその後は住む場所も仕事も提供させていただきます。異世界から来た方ということで衣食住の心配やそれを維持する金銭の心配もあるでしょう」

「例えばどのような?」

「いくつかの農場は私から紹介すれば受け入れてくださるでしょう。他にも異世界人ということで他国、他貴族と繋がりが無く密偵の心配も薄いので、疑心暗鬼な貴族の執事として紹介も可能ですね」

「……随分と魅力的な提案ですね」

「え”っ!?」


 女の子が出すべきでない声が耳に届く。

 俺に『断る』なんて選択肢はでない、作れないと思っていた。アンナとの繋がりが切れてしまえば俺には何も無いから。石に噛り付いてでもこの立場を維持しなければいけない。嫌という程知っているし体験させてもらった。力も知識も無い大人がコネも何も無しで生きていけるほど世界は甘くないのは今も昔も変わらない。

 この提案は地獄に落とされた蜘蛛の糸。それもとても太い。 


「錬金術士は自然を相手に素材の採取をします。まともに歩けない道を切り開き、獰猛な動物に武器を構え、触れれば肌が溶ける植物を採取することもあります。技術と才能の盾となるための使い魔。力と覚悟が無ければ不可能です」


 この人は俺を心配してくれている。

 批判することだけなら子供にだってできる。けど、別の道を提案して手伝ってくれる。随分と優しい人だ。

 前の世界でこんな大人に出会っていればここには来なかっただろうと思える。だから俺の今の気持ちを正直に伝えることがこの人に対する誠意だと感じた。


「とてもありがたいお話ですけど遠慮させていただきます。俺はやりたいと思ったことしかできない人間なんです。紹介してくれた仕事も魔力が無い俺でもできる安全なものなのでしょう。けど、きっと俺は満たされず前と同じ失敗をする。彼女の、アンナの使い魔になってどうしようもなくワクワクしている自分もいるんです。俺は望んで彼女を主と認めています」


 知らない景色、魔術、錬金術、片方の角、学園生活、謎の斧、謎の力。

 たった一日。俺を魅了するには十分すぎる要素が詰まりに詰まって、探せば飛び出そうな新たな魅力。こんな楽しそうな要素を捨てて、農家として土や家畜を相手にする? 知らない人間に機嫌を伺い身の回りの世話をする?

 できるわけがない。極上の蜜が目の前に湧いているのに砂かけて逃げるような行為。

 彼女といることが俺の夢が叶い続ける居場所。


「だから、この首輪を外したくないです」 

「ほっほっほっほ。反骨心で言っている訳では無さそうですね。なら形はどうであれ契約も済まされ意志も確認できました。おめでとう、合格ですよアンナさん」  


 緩む空気に安堵しほっと息を吐くアンナ。俺も俺でため息が漏れる。

 

「近いうちに新たな試験を連絡させていただきますので、腕を磨くことを忘れないように」

「はい! 失礼します」


 緊張から解放されたかのように足早に逃げるようにその場を後にしようとする。わかるぞその気持ち。俺も昔はそうだった。職員室の空気に慣れることはなかったしな。

 ドアノブに手を掛ける前に扉が開かれ。誰かが部屋に入って来る。それすなわち──


「へぶっ!」


 物の見事に激突してしまうということ。

 倒れそうなのを間一髪で支える。流石にこっちが悪い、焦り過ぎだ。


「あら? 失礼したわね」


 相手は多少よろめいたけど怪我も無いようなので安心した。

 ぶつかった相手はスーツのようなピシッとした服の上に白衣を重ね赤髪長身の見るからにできる女のオーラを発していた。おそらく教師の一人。


「こちらこそ申し訳ありません。ほら、アンナ」

「すいませんでした!」


 片角が凶器になりかねない勢いで頭を下げて逃げるようにその場を後にする。

 これぐらいのことで目を付けられないと思うけど、平穏に学園生活を送れるのが一番だ。



 鉄雄が口にしたアンナと言う名前に反応して二人の後ろ姿を見送る。


「……アンナ?」

「おや、リー先生。何かご用事ですか?」


 彼女の名は『リード・リッター』。マテリア教師の一人で錬金術士。素材管理の仕事を主に任されている。さらに、マテリアの卒業生でもあり、マルコフの授業を受けていた経験もある。


「ええ、商会から卸してもらえる素材のまとめとその予算書です。ところであの子は? 大人と角の生えた生徒みたいですけどあのような子はいましたか?」


 当然の疑問。彼女にとっても初めて見る組み合わせ。

 それだけでなく頭に引っかかった疑問を洗い流したい欲求が湧いた。


「ほんの2日程前にこちらに来て、たった今使い魔の試験を合格した所です。実に興味深いですよ、『人間』を使い魔にした『半亜人』の子。それがあなたも知る『ロドニー・クリスティナ』の娘。アンナ・クリスティナですからね」

「っ! あれが彼の……」


 感情を露わにして驚愕する。彼女にとって忘れることの無い名前だったから。


「長い捜索の果てに発見したそうでしてね。オーガの村で育ったようですが──」

「それよりも! 彼も帰って来ているのですか!?」


 詰め寄るように質問をぶつける。その表情には希望や興奮が入り混じっている。


「……残念ながら彼は『行方不明』となっているようです。彼女も手掛かりを探す為にこの国に来ることを決めたようですから」

「そんな……」


 興奮が燃え尽きたかのように深く沈んだ表情に切り替わった。それは彼に対する個人としての感情の大きさを示しているようだった。

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