第25話 手には武器を胸にロマンを背中に期待を
「あっ! そうだ! 力で思い出したけど、これも渡しておかないといけなかったんだ!」
鞄を開き、深く漁ることなくすぐさま取り出されるのは――
「マナ・ボトル? それが二つも? 新しく作ってくれたのか?」
「お揃いを渡すことに夢中になってて忘れかけてたわ、ごめん!」
押し付けるように渡されるマナ・ボトル。破魔斧のスターターに優秀で必須の道具。これがあるおかげで訓練や検証の幅が大きく広がった。何より戦う為に必須の代物。
普段持ち歩いている思い出深い一本に加えてこれで合計三本。破魔斧に取り付けられているボトルの差し込み口は三つ。これが意味することは想像に容易く顔が綻びそうになる。
「遅くなったけど、現状できる最高の改修と言っていいから! とっておきは3本差してフルドライブ! 破力切れとか関係ない、テツがやりたいこと想像したこと全部やって大暴れできるはず! ──多分!」
「やっぱりそういうことか……ロマン溢れることしてくれるじゃないか……!」
試しにロック状態のまま三本差し込む。
おお……特撮玩具身溢れる姿になりつつあるが、故に力の解放がわかりやすい。今は刃の垂直方向にはめ込まれているが一斉に捻り平行することで起動。
これを発動できればおそらく短期間でも全盛期に近い力を引き出せるだろう。
普通の人間相手なら過剰戦力となる魔力吸収と消滅の力。だが、これから俺が挑む相手は人が作りし業を煮詰めたような存在でレインさんを退ける程。
これでようやく挑戦権を得られたのかもしれない。
「わたしが目指すのはあの日見た黒いドラゴンだから! 10本以上突き刺してようやく再現できるかもしれないけど、そんなに繋げたらカッコ悪いじゃない? だからマナ・ボトルの性能を上げたり装飾を改造して、もっとすごい武器に成長させてみせるから!」
「まだ進化するのか……そいつは楽しみだな」
この斧も最初見た時と比べたら本当に変わったよなぁ……。
最初は無骨な黒い斧で墓地を練り歩く骸骨騎士が持ってそうな印象で変な匂いも微妙にしていたのに。今じゃあ真っ白に漂白されて意匠も凝ってて装飾が竜の横顔だってわかるようになって、部屋に飾ってインテリアとしても活躍できるまできた。
「だから……ちゃんと生きて帰ってきてよ」
「ああ。わかってる」
不安な瞳と声を払うようにはっきりと真っ直ぐと答える。
死ねない、死にたくない、俺が使う武器をアンナがどう進化させていくのか見届けたい。それに見合った人間でい続けたい。生きる理由が俺にはある。
心に根付く最悪な予感を俺達で作り上げた思い出の道具で打ち砕くしかない。夢を叶えるために作り上げた道具で不安を払えない訳がない。
同日 11時05分 レーゲン地区大通り
「ここで一旦お別れか……」
大通りの途中で止まる馬車、通り過ぎた王都の門は閉ざされ小さく遠く。細雨に迎えられながら降りる俺。
人生の終着駅に降り立ったかのような生物の営みが消えた光景が目の前に広がっていて、雨に溶けるかのように視界が希薄となっていく。自分が風景の一部と消えて「一旦」が「永遠」になってしまうんじゃないかと。
荷台から見下ろす三人の視線。期待だろうか? 不安だろうか? ただ悲しいかな、100%の信頼を得られてないのはわかる。
「アメノミカミはこの大通りを道なり進んだ先にいる。私達はここで南に逸れて大きく迂回しながらレインのいる場所に向かうわ。テツオが最後の防衛線になるかもしれない。けど、無茶はしないでよ」
「大丈夫ですよ、命を捨てるような真似はしませんから。約束もしたし──」
「危なくなったら逃げてよ! わたしの使い魔だってこと忘れないでよ」
アンナの言葉を最後に馬車が転がす車輪の音が遠くへ去っていく。この音が届かなくなってしまったら、人工の音は全て消え去ってしまう。雨が道路を優しく叩く音だけが耳に届き、このまま黙って立ち止まっていたら自然の一部となって存在が消えてしまいそうな程だ。
雨の冷たさがやけに肌に染み入る。どこを見渡しても小動物一匹見かけない。世界に俺だけ取り残されたみたいだ。
この道をまっすぐに進めば命を賭けて上がる舞台が待ち受ける。この緊張感……初めてのダンジョンを思い出す。鳥肌を立たせながら進んだあの通路。今も同じだ──
(怖気づいたか? ここが最後じゃぞ? 自分の身を保証して逃げられる最後の、最後のチャンスじゃぞ? 誰も見ておらん。誰も責めやしない。大陸最強のあの女が手折られた以上、お主に全てを押し付けることは誰もせんだろう)
太陽も月も雨雲が隠している。どこに足を向けても誰にも咎められなければ褒められもしない。
(それとも、替わってやろうか? 理想の英雄を演じてやろうか?)
「…………それはなんともありがたい話だな」
楽な道はどこにも無い、大きな壁をぶち破るか、逃げた呪いを身に宿し続けるか。困難な道を歩むことを誰かに替わって貰えたらどんなに楽だろう。美味しい成果だけを横取りできればどんなに楽しいだろう。
「──でも、どこにも誇れないだろ?」
できるとわかってるから、勝てるとわかってるから、救えるとわかってるから、そんな決められた物語に俺は立っていない。
わかってる、レクスに替わればより良い幕引きを見せられるだろうと。でも、これは俺が決めた物語で、俺が俺の理想に近づくための戦いで、ここで俺が踊らなきゃこの話は惨劇で終演と決まっている。
足は進む、真っ直ぐに、水飛沫を上げながら。
俺は俺を卒業する。自分で決めた事実が俺を変える。揺れるな、折れるな。覚悟を消すな! 泣いてる子供をそのままにできるわけがない。不格好でも誰かのヒーローに成るときがきたんだから!
同日 11時15分 大通り分岐路
だが、目の前には想像を絶する光景が広がっていた。
「嘘だろ……」
深い水溜まりに足が沈んだ瞬間にほんの数分前の決意が流されてしまいそうな程、現実は凄惨に彩られていた。
何をしたらこんな光景を作れる? 地上にいるはずなのに、目の前には湖畔に浸かったような廃墟が広がっている。この近くには川は無かった、山も無い、間欠泉も無い。なのにここは浅瀬のど真ん中にいるようでくるぶし辺りまで水位がある。
そして……アメノミカミという実物。視線が自然と上に向いてしまう程の大きさ。下から上まで完全に水の塊。人の上半身だけを模した姿。
アメノミカミは雨の神。そういうことなのだろう。自然環境そのものが牙を向いて攻めて来るようなもの。理解させられた。ただの武器じゃ到底敵う訳が無い。レインさんが俺の意思を無視してでも戦場に立たせたかった訳が。
「どうやら新たなお客さんがやってきたようだ……」
「テツオ……来てくれると信じておったが……私は……もう、ダメみたいだ……」
「ゴッズさん……!」
汗なのか雨なのかわからない程顔はびしょ濡れで、訓練で疲労した顔を見せなかった筋骨隆々の男が呼吸を荒くして、青い顔で大剣を支えにして立っている姿。
これが……俺を何度も何度も転がして吹き飛ばして、渾身の一撃も片手で受け止めた人の姿なのか?
何で俺を見て安心したような眼を見せてくれるんだよ……。
「待ち人が来てくれて嬉しいよ」
もはやゴッズさんは眼中に無く、意識が俺に向けられている。振り向く動きは完璧に人間で水で作られ満たされた体だと忘れそうになってしまう。だから口も無いのにはっきりと声が聞こえてくることに強い違和感を覚えてしまう。
「ああ、安心するといい。彼を殺すつもりはない。操作練習の暇潰しをさせてもらっていたよ。なにせ今の彼が例え命を燃やす真似をしたとしても、我の脅威にならない。敵にならない。君と比べたら粗末事に過ぎないのだから」
「俺を待っていた……? こんな自然災害持ち込まずにアポイントメントを取れば会ってやったのに」
「おいそれと顔を見られる立場ではないのでね。来てくれて嬉しく思う。我は君と話がしたかった」
雨粒も音も小さくなり、止んでいるのかと錯覚するほど穏やかに移り変わる。水面が引き、石畳の道路が姿を現す。
言葉と行動の方向性が正しい。本当の声で無くても抑揚や敵意で感情はわかる。欺くものじゃない、こいつは本当に俺との会話を求めている……それに来てくれて嬉しいだと? 止めに来た人間に言う言葉なのか?
「改めてはじめまして。名は明かせないが我こそカリオストロの総統。無駄な話は嫌いなので結論から言おう──我の仲間にならないか?」
「何……だと……?」
目も口も鼻も表情の無い顔。なのに、紳士的な顔が見えてしまう。
人を簡単に包み込みそうな水量で満たされた巨大な手の平が差し出される。
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