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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第三章 雨の魔神と太陽の錬金術士
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第24話 無力な自分の抜けきれない負のトゲ

 同日 11時05分 騎士団専用装甲馬車内


 屋根を叩く雨の音、車輪の振動、緊張感に満たされた荷台。

 俺はこれからアメノミカミという水の化物と戦うことになる。自分で決めた、自分にはその力がある。だから選んだ。

 けれど、ほんの二ケ月くらい前は喧嘩の縁も無い一般人だった。戦いなんて無縁で争うよりも逃げることが先に思い浮かぶような闘争心の少ない人間だ。

 望んでいた摩訶不思議が溢れる世界で、空想以上の現実に殺されそうになって今まで育んできた常識や精神が麻痺して書き換えられてきたのだろう。

 この年になって吐きそうなぐらい鍛えられて、前の世界の常識じゃ通用しきれない知識を学び直された。でも、今の俺は前と比べて明らかに生を実感できているのも事実。

 そして、それと同じくらい俺の中で一つ湧いている最悪の予感。何度も何度も感じたことのある綿を掴んだような未来への手応えの無さが今も溢れている。

 俺は、今日、この戦いで死んでしまうかもしれない。


「ひょっとしたらさ、これが最後になるかもしれないからさ。言っておきたいことがあるんだ──」

「随分と改まるじゃない。遺言なんて聞きたくないわよ?」

「せっかく渡したスカーフを無駄にするようなことはぜったいに許さないからね!」


 ゆっくりと首を振る。無駄にする気も無い、無駄にしたくない。けれど、決意表明。

 これは、俺にとっての懺悔で心の奥底に埋まっているどうしようも無く情けなくて、嫉妬と怨嗟と不甲斐なさと渇望を吐き出さないといけなかった。

 俺をという人間を理解してほしくて、『神野鉄雄』という存在をすぐに消してほしく無くて。こんな人がいたって思い出すきっかけを残したくて。


「はぁ、そんな顔されたら聞くしかないじゃん。大事なことなんでしょ?」


 仕方ないなぁみたいな表情のアンナに俺は頷く。

 これは誰にも話せなかった俺の本心──


「……俺はさ、ヒーローみたいな存在になりたかったんだ。誰よりも強いとかじゃなくてさ、誰かが助けてと言ったら笑顔で手を伸ばして助けられる。そんなヒーローにさ……でも年を重ねていくうちに力も勇気も機会にも恵まれなくて、いつしか自分のことだけで精一杯になって理想を諦めるような現実を突き付けられて何にもなれなかった俺ができあがったんだ」


 大人になるとわかってしまう。ヒーローになるには武力や知力や勇気じゃなくて、その機会に恵まれる環境にいることだって。それも進路が決まって無いような子供と呼べる年代じゃないといけない。純粋な正義の行いとそれに見合った称賛を受けてこそ人はヒーローに成り得る。

 俺が過ごした日々は余りにも平和で陳腐で退屈で、窮地に立たされる者も課題を忘れただの、賭博に費やしただの自業自得で、正義とは無関係。

 加えて寄生できる都合の良い相手や問題の尻拭いをしてくれる相手をヒーローと呼ぶ始末。

 俺の生きてきた世界に正義の味方なんて必要なかった。我儘を聞いてくれる存在がいれば良かった。

 ──でも、この世界じゃ違う。

 俺が最初に置かれた状況は全部が自業自得と言うには難しいだろう。ダンジョンに捕らわれた子供達も養分になる理由も無い。地中から這い出た虫のようにどこかしらに脅威が転がっている。

 足掻く力も湧かない無慈悲で過剰な悪意と暴力には正義の味方が必要だって改めてわかった。


「でもさ、思い出したんだ。あんな小さい子が兄の為に戦おうとする姿を見てさ。俺は……俺は! そんな人の代わりに前に立てる存在になりたかった! 戦える人間になりたかった!」


 呼吸が荒れて鼻の奥がツンとして、涙が出そうなぐらい自分の感情に素直になって吐き出した。 

 子供にしか許されないような行為を年下相手にしているこの状況。

 そんな情けない大人の右手をアンナは痛くなる力で握り掴んできて。


「……ダンジョンでも思ったんだけどさ。テツってめんどくさいぐらい考えすぎ。破魔斧のレクスも呆れているんじゃないの? 「もっと気楽に使ってくれ~」って。もうテツの手は誰か困った人の手を握れる。世界で1番有名な錬金術士になるわたしが言うんだから間違いない!」


 その顔は絶対的な自信に溢れた笑顔で迷いの無い言葉でまっすぐと伝えられた。


「力のあるないが絶対な価値みたいだけど、わたしは今の適度に注意深くて、穏やかぁ~なところが多いテツが好きなの。色々なことがめぐりめぐって重なってここに立ってるんだからもっと胸を張って!」


 吐き出された真っ黒な感情は硬い殻に覆われていた俺の本音を剥き出しにして、彼女の言葉と軽く胸をポンと拳が触れた心遣いが啐啄(そったく)のように硬い殻の中で足掻いていた俺の心が割られようとしていた。


「こんな舞台に上がる機会なんてこれまで無かったから、不安しかないんだよ……」

「よわよわな気持ちはどうにかしてほしいけど、調子に乗ってるテツとかもあまり見たくないかなぁ?」


 本当に申し訳ない。しかし、心に沁みついてしまった感情だから早々に抜けないと思う。でもこれで情けない青年の主張は終わった。例え何があったとしても少しは覚えてもらえると願おう。

 そんな納得した状態になっていたのに俺と滅多に会話しないサリアンさんが珍しく小さく手を上げて一歩前に出て来てくれた。


「私も言いたいことあったから言わせてもらう……ずっと変だと思ってけどあんたの話を聞いて色々納得した、馬鹿みたいに凶悪な力を手にしているのに真面目に紙と睨めっこして事務仕事したり、廊下の掃除や備品チェックの雑用も普通にしたり、訓練はボロボロになるまでしたり、酒も飲まない、女にだらしなくない。こっちが警戒するのも間抜けになるぐらい欲が薄い! そりゃあレイン姉さまも真面目で従順な騎士と勘違いしてしまうわよ! もっと自分を出しなさいよ!」

「す、すいません……」


 思わず謝ってしまう。

 確かに騎士団の訓練の仕事は真面目に逆らわずにやっていた。口答えできる立場も実力も無いから。

 寮にまっすぐ帰ってるのは単純に酒もギャンブルも興味無いし寮の部屋でのんびりする方が落ち着くからだけどそれも変に捉えられたらしい。


「…………あれ? 確かにテツがお酒飲んでるところ見たことないような……冷蔵庫にそんな飲み物入ってなかったし、大体毎日5時か6時には部屋にいるよね? 着替えた後に外に出かけていく様子も無いし……逆にテツだいじょうぶ?」

「え……? 私としてはもっと遊び回ってるかと思ってたんだけど……仕事終わったらまっすぐ寮に戻ってるってこと? 通りで夜の目撃情報ないし変な噂まったく流れないわけよ……別に騎士だからって酒や恋愛が禁止されているわけじゃないのよ」


 露呈された事実によって、呆れられているか心配されている空気で満たされてしまう。


「言わせておけば中々言うじゃないですか……俺は結構悩んでるんですよ? 訓練を重ねて以前よりずっと強くなったし破魔斧も使いこなせているのは自覚しています。でもどうしても考えてしまうんですよ破魔斧があるから俺は戦える存在できている。じゃあ、破魔斧がなくなったら俺は何者なんだって……価値があるのかって……」


 何度も考える消えることのない不安。与えられた特別な力が失ってしまったらどうなってしまうのか? 破魔斧が無くなれば俺は何になってしまうのか?

 破魔斧があったから努力ができた。鍛えたら未来の選択肢が増えることがわかっていたから必死になれた。報われることがわかっていた。

 この努力の種が消えてしまったら俺は何もしなくなるんじゃないだろうか?


「よくある『ドラゴンライダーの苦悩』って訳ね。まだ到着まで時間はあるしあの時話そうと思っていた寓話を伝えておくわ」

「寓話? ドラゴンライダー?」

「竜に乗って戦う騎士のことをドラゴンライダーって呼ぶんだけど、今テツオが悩んでいる通りのことが昔もあったのよ」


 こんなファンタジーが当たり前に存在する世界でも寓話は作られるものなんだな。それにドラゴンライダーと言うと……アリスィートって子が使い魔にしている竜馬(ドラゴンホース)を思い出す。


「昔、多くの武勲を上げたドラゴンライダーがいた。彼は竜に乗って多くのモンスターを退け、圧倒的な力で多くの戦場を治めて多くの人から英雄と呼ばれた。しかし、その功績に嫉妬する者も少なくなかった。妬んだ騎士は言った「ドラゴンライダーは竜に乗っているから強いのであって、乗る騎士の力量は大した問題ではない」と」


 その言葉に胸の奥が掴まれるような感覚に襲われる。ずっとその言葉を言われないか怯えていた。魔力を持たない人間という前提条件があるにしても、もしもがある。魔力を持たずとも腐ることなく、地道に体を鍛え、他者を思いやる正義を胸に抱いた人間が現れたとしたら?

 そんな人間に渡した方が益があるんじゃないかって。


「その言葉に納得する者が多かった。なぜなら竜の爪は相手の鎧を裂き、竜の鱗は敵の刃を弾き、竜の翼で羽ばたけば攻撃は当たらない。竜の吐く息は人の魔術よりも優れていた。乗る人間は何をするわけでもない。ただ竜の飾り。ならばどんな人間が乗っても成果は変わらないと」


 『惨劇の斧』と呼ばれていた。その名の通り惨劇に相応しい舞台を作り上げた。貪欲に破魔斧の力を振るい。どの使い手も例外なく。


「竜は賢く、食事と安全な住処が保障されていれば力を貸してくれる、乗り手は誰でもよいとわかっていた。竜は没収され、別の騎士が乗ることとなり。そして、同じように別の人間も似たような成果を上げていった」

「……本当に俺の状況と似ている話ですね」

「ええそうね。でも大事なのはここからよ――1人は竜の強さに溺れ自分の強さだと錯覚して、努力することを止め手に入れた褒美で贅沢三昧し怠け身体も肥えていく。逆に竜を没収された騎士は、彼等の言葉を真摯に受け止め竜に負けないように努力し続けた。長い得物で攻撃できるようにしたり、弓を使うことを考え、さらに魔術により竜をサポートするか、何ができるのか考え続けた」


 俺が考えていることとやっていることが似すぎていて。他人とは思えなくなってきた。竜を盗られて悔しいだけじゃない、竜に頼り切っていた自分が情けないから努力もしたと思う。

 共に戦った仲間に追いつくために。


「竜に匹敵する強さを持つモンスターが出現し、怠けた騎士が竜に乗って出撃するも、騎士は重りでしかなく戦いの途中で下ろされてしまう。そこに現れたのは共に戦う為に努力した騎士。竜はその姿に安心し背に乗せた。すれ違い様に騎士の槍がモンスターを切り裂き、背後から追いかけられても騎士の魔術により退けられ、竜の吐く息を強化しモンスターを吹き飛ばし、平和を手に入れた。そしてドラゴンライダーという名は誰もが気軽に名乗れるものでは無くなり。強さだけでなく竜と強い絆で結ばれた者のことをいうようになったとさ――」

「いい話……」

「俺も努力した騎士のように正しく破魔斧と向き合っていけってことですね。そうすれば誰からも認められて――」


 ゆっくりと首を振って。俺の言葉を遮ってくれた。繋ぐ言葉が途切れてしまった。見たことないぐらい親身で柔和な瞳が俺をまっすぐ見つめていた。


「そうじゃない……大丈夫よ、テツオは破魔斧レクスを正しく扱うために努力を重ねてる。相応しい人間になっている。胸を張っていいのよ、ずっと見てきた私が言うんだから間違いない。もしも、斧が無ければ無価値なんて言う人がいたら私が否定してあげる」


 自分を卑下して「そんなことない」と言えなかった。キャミルさんは魔術に関して無知な俺に破魔斧の魔術的運用に懇切丁寧に指導してくれて、あらゆる疑問に答えてくれて先生になってくれた。

 前の世界でこんな人と出会っていたら俺のいる場所は変わっていたと思う程尊敬していた。その想いは照れ臭くて直接言うことはできないけれど。

 だから、俺のやってきたことが認められたみたいで嬉しくて、共に湧き上がるような感謝の思い。真っ暗な大海原に一筋の灯りを照らしてくれたかのような安堵の気持ちで満たされていく。 


「ありがとう、ございますっ……!」


 自然と頭が下がっていた。もう大丈夫だ。俺がこの世界で歩んできたことが間違いでないなら。俺は、どんな相手にも向き合える。


「……ねえ、ここまで言うなんてこいつの事好きなの?」

「……ただのおせっかいよ。ま、気に入ってることは事実だけどね」

本作を読んでいただきありがとうございます!

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