第21話 10年前の真実 2節
「国王殺害未遂及び、国宝強奪について真実を話そうではないか」
「自白してくれるようで助かるよ。貴様には聞くべきことが山ほどある。その手間を省かせてもらって感謝しよう」
「レイン・ローズ。残念ながら君の望む真実とは遠く及ばないだろうがな。だが、聞かせてくれないか? 調査部隊隊長としてこの十年の間で導き出した答えは何なのか?」
僅かな静寂、レインは一つ息を整えると。自分達の導いた答えを口にする。
「結論から言えば貴様達の目的は王殺し──いや、国の崩壊を狙っていたのだろう。10年前の戦いの結果、アメノミカミにより物理的に国を破壊されるだけでなく、若く戦える者達の数が大きく減った。これにより国力の維持も難しくなった。加えて父に変装した者が王に刃を振るうことで国を混乱に陥れ、騎士に対する懸念を植え付けて騎士団機能の停止に追い込もうとした……事実調査部隊は解散した。だが、それだけだ。騎士団は維持され、国は再生した私が国を離れている間にな」
最後の言葉は自虐的に口に出した。
ローズ家の信用信頼は地に伏し国民全てから石を投げつけられ、憎悪を向けられることになった。逃げなければ姉と母は殺されていたと確信があった。
「貴様の正体については謎が多いが、アメノミカミという邪道の道具を生み出す性根。加えて各国で聞かされる悪意に満ちた錬金道具。ここ数年より急に騒がれている『カリオストロ』の一員だと私は睨んでいる。そして、こうしてまた来るのはわかっていた。錬金術士というのは自分の作品が1番凄いと負けず嫌いな気があるからな。ソルに与えられた黒星を挽回する目的もあるだろうが国の破壊を今度こそ完遂するつもりだろう」
「ほう……この体が水でなければ拍手の一つでもできたのだがな。答え合わせはしておこう。当たらずとも遠からずといったところだ。ソルが不調であることを我は知っている。その上で攻めて来たのを認めよう。だが、それは君達に遺憾を残すためだ。「もしもソルが十全であったなら?」という天才に縋り続けた無様な感情をな」
「負け犬の遠吠えというのは聞き苦しいな。前の戦いと同じく貴様は所詮囮に過ぎない。加えて夢半ばで倒れた敗残兵。先に送った水塊を変貌させて分体にしようとも対策を立てた兵達にとっては的でしかない。同じ歴史は作られない」
アメノミカミの被害は大きい。だが、指導者の空席が最も混乱を招いた。
騎士団の信頼は地に伏し指示を聞く者は少なく、普段より不満を抱えていた声だけが大きい平民が暴徒を先導した。
当時は幼いクラウド王子が即位するには酷すぎる状況。自滅の一途を辿ろうとしていた。
国防の騎士達が頼りなければそれだけで平民の信頼を失う。同じ事態に陥らないために、現時点で全ての水の彫像に王手をかけた状態でもある。
「囮か……随分と低く見られたものだ。だが、仕方ないのだろうな。本来の目的を達することができなかったのは事実。ただ、我自身錬金術に支えられているお飾りの王の命に興味は無い。十年前、王が倒れても国を支えて存続させたのは多くの錬金術士の努力の賜物。加えて他国、フォレストリアの援助があってこそ。その架け橋となったのも錬金術の価値があったからではないか?」
当時に起きた問題は食料と病気が大きかった。
西区の崩壊により多くの避難民が他地区になだれ込み、備蓄された食料の消費速度が大きくなる。さらに例年を大幅に超えた集中豪雨により作物の根も腐り収穫量が激減。
追い打ちをかけるように下水処理も間に合わず、汚水が溢れ人や家畜に病気も広がる。貯蔵庫も汚水が襲い掛かり薬や食料に壊滅的な被害を与えた。
どれだけ立派な装いを身に付けていても飢えれば死ぬ。薬が無ければ病気を治せない。賢者の知恵があろうとも食料自体が枯渇すれば飢えは避けられない。
それを助けたのがフォレストリア共和国。運が良いのか悪いのか襲撃日に大統領がライトニア王国の歌劇を鑑賞していたことで巻き込まれた。
帰国後、一週間の間もなく大量の食糧物資と薬品を積んだキャラバンで救援にやって来た。この援護が無ければ国が滅んでいた可能性が高く、その恩義に報いる為に現在は友好国として手を取り合っている。
「こうして話を聞いてみれば、妙な思い入れを感じさせる……貴様はライトニア王国の錬金術士だったのか? そうなればアメノミカミを作れるような者は5本指に入る。マテリア校長レベルとなれば――」
「少し喋りすぎたか……では、そちらの調査に報いて。真実を伝えようか」
無理矢理話を区切られるが。それを咎めることはできない。真実を持つ唯一の存在の口を閉じることは悪手であるから。
「ガイア・ローズと我は繋がっていた。戦線離脱も狙って行ったものである。先程も言ったが我は王の首などに興味は無い。王殺害はガイアの個人の悲願。そして、国宝の取引相手は我である」
十年前に調査分析された裁判と同じ内容。新たに解明したのは国宝の取引相手がアメノミカミの操縦者であること。無論、そんな言葉をレインは――
「……お前がそういうのはわかっていた。何が何でも悪役に仕立て上げたいのだろうからな。私が信じる訳ないだろう。狼狽えるとでも思ったのか?」
「君がそう返すのはわかっていたよ。自分の父を何が何でも聖人だと思い込みたいのだろうからね。だから信じさせようじゃないか──」
各台座を囲う人々も固唾を飲んで耳を傾ける。
避難箇所の設営は終わり、そこに動く者は当時の事情を知らぬここ数年の間に王国民となった者だけ。
騎士も錬金術士も避難よりも十年前の真実を知るために足を止めてしまっている。
「君は見て見ぬ振りをしているに過ぎない。あの事件は我とガイアが繋がっていなければ成すことはできない犯行だとわかっているのに認めようとしていないだけだ。突発的に王の殺害が実行できるのか? 思いつきで保管されている国宝を奪えるのか? 時を決めずに国宝の売買が行えると思うのか?」
「だからこそ別の人間が父の姿を借りて行った。父が王に刃を振るう理由など存在しない。調査部隊隊長の座に就いた人間が大義に背く行為を行う訳が無い」
「本当にそうか? 最初から大金を手にして国を捨てて逃げ出すと考えていたら。顔を見られていても問題は無いだろう?」
(……俺の世界じゃ考えられないぞ。顔と名前がバレた有名人が犯罪行為をしたら瞬く間に恐ろしい速度で場所の特定されるぞ……)
世界も違えば国の形も情報網も違う。この大陸では国境を越えれば別の国という訳ではない。どの国も管理していない土地が広がっている。そこで人の繋がりは一度断たれる。
大陸神前武闘大会を優勝したレインならいざ知らず、一国の騎士団の隊長の名前と顔を把握している者は他国ではまずいない精々同業者が噂話で知っている程度。
危険人物が人相書き付きで指名手配され他国に配布されてようやく知ることできる。情報伝達速度があまりにも遅く、国外に脱出されると捕まえることはほぼ不可能となってしまう。
「ガイアと我は以前より交流があった。彼と出会ったのはバーで寂しそうに酒を煽る姿が随分と印象的であったなぁ……」
「何を……言うつもりだ……?」
ねっとりと情緒が色づいた声で伝えられる。まるで本当に見てきたかのような空気感が水塊から発せられ、国中に広まる。
「酒を奢り話を聞いてみれば、仕事の重圧に負けそうになっていたようじゃないか。誰もが期待をする。それは何時しか失敗できない恐怖が付き纏っていた。できて当たり前、自分の失敗は許されないのに部下の失敗は拭わなければならない。調査部隊隊長という肩書は彼にとって呪いであり重しでしかなかったようだよ」
「隊長なら部下を守ることは当たり前だ。父は入った当初から隊長では無い! その背中を見て隊長となった人だ。先人たちの意志を蔑ろにする訳がないだろう!」
この言葉を聞いた防衛部隊、討伐部隊の隊長格は頷いた。隊長は先陣を切る槍でもあり部下を守る盾でもある。ライトニア王国騎士団はその意志を受け継いでいる。だからこそ、十年前多くの優秀な隊長格は命を失ってしまった。
重ねてきた騎士の歴史に対する侮辱他ならない。
「その者達とは重圧が桁違いに強かったのだろうね……何せ他国の、王族の血を引くアクエリアスの歌姫を妻に迎えたことで見合った地位で努力し続けなければならなかった。隊長という立場は多くの部下や民の模範とならなければなかった。君達が生まれた事でよりその想いは強くなったのだろう。いつしかその翼の羽は徐々に抜け落ちていき、飛んでいるのではなく藻掻いてると気付いてしまった。部下にも妻にもこの暗い気持ちは話せない。人の少ない王都外のバーで酒と一緒に飲み込むしかなかったのだろう」
「聞いていればよくそんな妄想ができる……私の父がそんなに心が弱いわけないだろう!」
「──本当に、そうだと言い切れるか? 自分にとって都合の良い父親像を押し付けているのではないか? 彼の本質は冒険家だと知っているはずだろう! 何度も彼の冒険譚を聞かされて育ってきたのではないのか? その話を聞いて君も調査部隊に入ったのではないのか? 何時から聞かなくなったか覚えていないんじゃないか? 彼は自由に飛んでいる姿こそ魅力ではないのか?」
「…………」
否定することができなかった。思い出される幼き姿の記憶。母が父と共に歩むことを決めた理由。父が話す胸が躍るような遠征の物語。
紛れも無いガイア・ローズを知る者の言葉だと分かってしまった。
「ほう、寝所で子供のように甘えて話す本音は間違ってなかったということか?」
「っ――!?」
瞬きの間も無く水が引き絞られるような氷結の異音が響き渡る。
「父を侮辱するのも大概にしろ……喋れるから何を言ってもいい訳では無い。この場にいない安全な場所で話す貴様の言葉にどれだけの価値がある!」
時を止めた空間での回避不能防御不能の絶対氷結。時が再び動き出した瞬間にアメノミカミは氷像と化した。が――
「おっと、剣に明け暮れた生娘には刺激が強すぎたか? しかし、まあ見事だ……時間停止と極大氷結魔術の組み合わせは末恐ろしいものだ」
脱皮をするかのように、表面の氷が剥がれ落ち少し小さくなった水の巨人が再び露わとなる。それも周囲の水分を吸い上げ徐々に体が大きくなり元に戻る。レインの最大奥義の意味が無くなった。
「バカな……今以上のサイズを芯まで氷結せしめた奥義だぞ!? 厚い氷膜で留まる訳が無い!」
「武闘大会の花道を飾った御業を対策せぬ阿呆はいない。それがより昇華されることも読んでいた。何より君の強さと執念は信頼していた、後一年か二年遅かったらこの対策も無駄だったかもしれないがな」
アメノミカミは水の塊、強烈な低温化では氷と形を変える。そのルールは絶対である。
だが、水の純度が変われば氷結のルールも変わる。そう、水の純度を操作できる技能を有していた。
表面の水を不純物の無い純水にして凍結しやすく、コア周囲を満たす水は固体化し難い特別な溶媒を溶かすことで凝固点降下を引き起こし液体のまま逃れる。そして、コアより水を送ることで内側から膨張し氷膜を破裂させて自由となる。
この不可避の氷結を無効化した結果は完璧な対策の証明手形となった。
「この妙技を振るわせたのに、我の言葉が虚偽となれば味も無い。証拠が無ければ我の言葉に説得力は無い。ただのホラ吹きなど学の無いものでも成れる。だからこそ、取引の証拠品を貴様に授けてやろう」
コアの魔法陣より現れる一つの物質。体内の水を流れ、腕部を通り、レインの目の前に触手のように伸びて突き付けられた指先に浮かび上がり捧げられる。
「…………っ!? 何故貴様がこれを!」
「あの日から見つかっていなかったのだろう? 当たり前だ、我が取引の証拠として持っていた。なにせ奴にはもう必要ない物だからな」
青ざめ、自分の左腕に付けられている同じ形の物を握り締める。鷲獅子の横顔が刻まれた腕章は調査部隊の隊長のみが身に付けることが許される物。
紛失すれば降格が確定する。誇りであり名誉。これを外すのは騎士団を離れる時だけだと言われている。誰の物かは騎士の仕事をしていくうちに付いた傷跡が指紋のように語る。
「我とガイアが繋がっていた証拠としては十分だろう? それとも嘘だと偽物だと信じるか? その腕章に刻まれた傷跡が語る隊長として日々を、冒険の記録を! 答えてくれ、レイン・ローズ!」
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