第20話 10年前の真実 1節
「貝がスピーカーになっているのか!? しかもワイヤレスだと……!?」
「わいやれす? それよりも色んな所から声が届いてくるよ。同じようなのが何個も王都に広がっているんじゃ……」
鉄雄達のいる中央広場、騎士団の訓練場、王城正門前、錬金学校の運動場、東西南北の大通りの途中。王都のどこにいても声が届くように配置され。さらに、挑発するかのように西門の上で監視している防衛部隊のすぐ近くにも水の台座と声の出る巻貝が設置されている。
「10年前と違い我に刃を向ける人間はたった一人となってしまったか。時空を操る氷華の騎士という通り名もあるレイン・ローズただ一人。そのただ一人に全てを背負わせているようで憐憫の情を抱かずにはいられないよ……」
「随分と口が回るんだな。喋るようになったのがそんなに嬉しいのか?」
「レインさんの声も聞こえてくる……」
アメノミカミ、レイン。二人の会話が国中に広がるという状況。家の中で待機していた人達が外に出たり、窓を開け外の状況が気になっていた。殆どの人間が無関係ではない被害の大小あれど、心に爪痕が残ったのは変わらない。
「ああ、とても嬉しいよ。以前は味気ないものだったからね。まるで灰汁取りのように湧いて出たものを処理するだけでつまらなかったよ。折角目標まで透き通ったかと思えば途中で泥をぶち込まれて改善不能ときた。恨み言の一つでも叫びたかったさ」
「ならその願いが今日こそ叶う。以前のような初見不意打ちは通用しない。ライトニア王国は知識と技術を積み重ねる国。同じ性質で攻めてきたところで全て対策ができている。国民に新たな遺恨を作ることなく撃退させてもらう。お前は勝利を手にすることは無い」
アメノミカミを模した水性体を作り上げ可能性を論じ、対策を講じてきた。纏う兵装は耐水布を利用した撥水性の高い耐水服を身に付け浸水を防ぐ。防御だけでなく攻撃も、コアに届く魔術、錬金道具を考案した。分身体が出現しても破壊できるフェルダンを完成させた。
凄惨な勝利を覆す、完璧な勝利を手にする算段を積み重ねてきていた。
「ではまずはお一つ問おう。何故十年前我を蒸発せしめた『人工太陽ソル』を使わない? あの太陽の力は雨を模した我に対して哲学レベルで有効な一手だと言うのに。レイン・ローズ調査部隊隊長殿お一人で我に立ち向かい、別の道具を使い十年前を再現したアメノミカミを倒したのだ?」
アメノミカミは雨御神。十年前の襲撃後に名付けられたその名は雨神の名を冠したことで多くの人間が雨を模した存在だと認知した。それにより雨期における能力はより高まることになったが。同様に雨雲を裂く太陽や晴れの日は極端に弱体化する哲学的条理も働くことになる。
この認知が今日まで攻めてこれなかった理由の一つとなった。
「……天才の奇跡に頼らずとも勝てるということだ。ソルがお前の相手をするのは役不足もいい所だ」
「嘘はいけないなぁ……ライトニア王国民に無能は少ない、失言ではないのか? 今の言葉だけで想像できたであろう。ソルは使用できない状況に置かれていると。加えて想像していたのであろう? 我が現れるのはソルに何かがあった時か、ソルを持ってしても対処しきれない強大な存在として生まれ変わっているかのどちらかだと。さぁ……どちらと思う?」
この言葉は一言一句余さずに王国全土に届けられる。
これにより騒めきが漏れ出し、心に設置してあった不安の爆弾。その導火線に火を点けられてしまった。
王都にいる鉄雄達の耳にも国民の不安や恐怖が届いてくる。
「こんな不安を煽るようなことを平気で言えるとは相当性格悪いぞこいつ……」
「ねえ、今の話って本当なの……? ソルが使えないって?」
「……ああ、状況が状況だけに話せなかったけど、ソルでアメノミカミを追い払うのは危険が高いらしい」
嘘を述べる事の方が混乱を招くと判断し、知っている情報を素直に話す鉄雄。「なるほど」と納得した顔を浮かべるアンナと不安な表情を浮かべるラミィ。
「ではこれから話すのは十年前の真実である。この国に住む者全員が知る権利がある話だ。この話をする間は我は動かぬ、その間に軍備を整えるも避難を進めようと構わん。お主も刃を振るっても構わんぞ、真実を隠したままにしたいのならな」
「何だと……!?」
国全体の空気が水面に氷を張ったかのように静かに張り詰めていく。外に出て避難に動く者はいない、本物か偽物か分からなくとも、心に根付いた疑問を払う唯一の機会と考え水の台座に近づき耳を傾ける者が数多くいた。
無論それは騎士達も例外ではない。
「とんだ話をしでかそうとしてるじゃないのよ……」
「キャミルさん!?」
「騎士団本部にあったのは破壊したわ。どんなことを言いだすかここで聞かせてもらおうじゃない」
キャミル、サリアン、ケイン、残された調査部隊員も王都中央広場に集まり、水の台座を囲った。調査部隊は十年前アメノミカミのおかげで解散したと言ってもいい。
知る必要があった。再編成された今でも信じて付いて行ってもいいのか。
「まずは一つ、レーゲン地区崩壊についてだ。閑静な街並みが滅失し今や無惨な光景しか残っていないのは当時ガイルッテ家当主ジャック・ガイルッテが使用した第1級禁止指定調合物『BB/0』による業火の爆発で作られた。我を倒すためという大義名分の下、多くの領民と騎士を巻き添えにした。だが、知るべき国民には隠された事実である!」
「え……お父さん……?」
「──おい……この情報相当やばくないか?」
「ラミィちゃん! 聞かない方がいい!」
青ざめ耳を塞いでも遅い。幼い少女が受け止めるには余りにも重すぎる情報が告げられ耳に届いてしまう。
家を失った原因が父の使った爆弾。兄に与えたトラウマに父が関わっていた。当時乳飲み子だった彼女の忘れられていた記憶が走馬灯のようにゆっくりと紐解かれていく。
誰かの思い出話だった曖昧な記憶に肉付けされるように自身の体験した記憶になるように。
「嘘だと願いたいか? だが残念ながら証明方法などいくらでもある。アメノミカミにそんな力も無いのは勿論、ライトニアにそんな魔術を使える者は存在しない、故に錬金道具しかありえない。あのレベルの崩壊を起こす手段は限られている。加えて、何故真っ先に道路の修繕が行われたか? それは痕跡を隠すため他ならない。錬金術士の汚点を隠すために。アメノミカミがもたらした被害よりも自国の錬金術士がもたらした被害の方が比べようもなく大きい現実を!」
「うそだよ……お父さんはみんなのためにがんばったって……それがみんなを傷つけたなんて信じたられない……信じたくない!」
「ラミィちゃん……」
他の場所から聞こえる父に怨念を向けるような疑心暗鬼の声。その言葉が無理矢理心臓を握り絞めるように降り掛かって来ていた。
呼吸が荒く、鼓動も高まり瞳から涙が溢れはじめ光も暗くなり始める。嘘だと信じたくても嘘ではないと認めてしまう自分もいた。荒唐無稽な話だと振り払うには幼過ぎた。
「ごめん――」
キャミルがラミィの頭を添えるように掴み魔術を発動させると、少女は体の力を失いキャミルにもたれかかり眠ってしまう。
「キャミルさん一体何を……?」
「睡眠魔術を使わせて貰ったわ。このままじゃ心を壊してしまいそうだったから」
アンナがラミィの涙を拭うと抱っこして胸に抱える。このまま触れていないといつの間にか消えてしまいそうな脆さと儚さに満ちており恐怖すら覚えていた。
「ねえテツ、この話も真実なの? 敵だからってされたこと全部が真実とは限らないじゃない!」
「キャミルさん。俺が聞いた話とかなり合致するんですけど……」
「……第1級禁止指定調合物は国のトップの許可があって初めて作ることが許されて、管理も騎士団で行われてる。使用する際も許可が必要で誰が作ったのか誰が何時使用したのかもすぐにわかるのよ」
「じゃあやっぱり……」
首を横に振りその答えは正では無いと応える。
「違うのよ。その時騎士団に『BB/0』は存在してなかった。保管記録が無いから使用記録は存在しない。でもあの炎は起きた……理由はガイルッテ家が個人で隠して所有していたなら見たこと無いのも納得がいく。それに元錬金伯爵のガイルッテ家なら作れてもおかしくない」
「そんな……」
「落ち着けアンナ。この状況はアイツの言ったもん勝ちみたいになってる。悪いのはアメノミカミなことに変わりない。奴が来なかったら使うことも無かった。使わなかったらもっと酷い今になっていたのかもしれない」
声が大きい者の言葉が正義。情報戦、印象操作が当たり前。そんな世界で過ごしていた鉄雄は疑いの心は忘れない。
自分も悪いが相手の方がもっと悪い、余計なことをしなければ平和に解決していた。そんな印象操作をしているように聞こえ。怒りが拳に現れていた。
「では二つ目といこうか。むしろ、ライトニア王国民にとってはこちらが本命だろうか?」
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