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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第三章 雨の魔神と太陽の錬金術士
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第18話 小さい体の大きな覚悟と勇気

 さっきまで雨足が強かったのに気持ち悪いぐらいに穏やかな小雨へと変貌した天候の下、傘もささず雨合羽も着こんでいない少女を追いかける。誰かの妹さん。その子が持っているのはフェルダン、炎の爆弾。何故だ? どうしてだ? 玩具として持っている訳ではなさそうなのがわかるが子供が持つには危険すぎる。


「わたしが最速で回り込むからテツはそのまま追いかけて!」

「つまりは挟み撃ちだな!」

「せ~のっ!!」


 アンナは水飛沫をぶちまける激烈な踏み込みで跳び出し、体操選手かと思える程綺麗に小雨を裂くように身体を回転させながら少女を空中で追い抜き、向き合う形で着地する。

 少し予想外な動きだったが前はアンナ、後ろは俺。見事なまでの挟み撃ちが完成した。


「わわっ!?」

「おっとと! ──だいじょうぶ?」


 天から舞い降りたかのような着地に驚いたようで、体勢を崩しそうになるのをアンナが急いで支えてそのまま捕まえる。簡単に言えば俺の出番は必要ない結果に終わってしまった。

 そして、少女の手から零れ落ちて水溜まりに落下するまごうこと無きフェルダン。本当にこの子が持ち出した証明。アンナよりも小さくて10歳前後の子供が何故こんなことを?

 兎にも角にも道路に転がっていていい代物ではないので俺が回収する。


「ラミィちゃん……どうしてこんなことを?」

「だって……! だって……!」


 今にも泣き出しそうな罪悪感に苛まれた震えた声。明らかにこの子は自分が何をしたのか正しく理解している。盗んだ事実を理解した上でこんな行動を起こした。俺と同じ考えに至ったのか両手を握っているアンナも困惑した顔を浮かべている。

 落ち着いて状況を見定めよう。ここは中央広場から西に向かう大通り。この子は逃げるや隠れるためにこっちに向かったんじゃなかったとしたら? この先に用があるとしてこの爆弾を何のために使う? 相当用途が限られる。フェルダンじゃ何かを壊すことがメインだ。それに今である必要があって――


「っ! まさかだけど……アメノミカミと戦おうとしてないよね?」


 たった一つ思いついた可能性。けれどそれは……。


「……本当なの?」


 俺の言葉に目を見開いて信じられないという表情を見せてくれるアンナ。俺だってそれは信じたくない。どれだけ都合の良い妄想を組み上げてもこれだけ倒せるような相手じゃない。

 けれど、涙の残る頬で頷いた。


「……お兄ちゃんを助けたいの、あいつが……家族みんなに酷いことをしたから……あいつがいなくなれば、雨の日だってお兄ちゃんが、外に出られるようになるから……!」

「ラミィちゃんじゃ無理だよ!」

「無理でもやらないとダメなの! だって! だって……わたしも何かしないと、お兄ちゃんはずっと雨が怖いままだもん……」

「レインさんや騎士のみんなもいるよ……あなたが行っても……それに人工太陽ソルだってあるんだから」


 ソルは故障しているなんて情報はこの国に広がっていない。俺ですらアンナに話していない秘密の情報。この状況になって思う。極秘にすべきだったのか公開すべきだったのか。

 今はまだ情報は広がっていない、この世界にはSNSを利用した拡散なんて無い。気付かれずにアメノミカミをレインさん達が倒してくれればソルの情報を明かす必要なく、多くの人はソルを使って撃退したと勘違いしたまま終われる。


「そうだよ、だから君がこんな無茶をする必要なんて――」

「ソルがあってもお兄ちゃんの心は治ってない! わたしのせいでそんなことになったのに……わたしが、わたしが赤ちゃんの時にお兄ちゃんが助けてくれたの! 怖かったと思うのに、わたしが荷物だったと思うのに。それでも助けてくれたの!」

「それは違うよ! ジョニーはあなたのことを荷物だと思ってない。家族だからお兄ちゃんだから助けたの! 雨が怖いのもあなたのせいじゃない。アメノミカミのせいだから。自分を責めるようなことを言ったらダメ!」


 俺が本当に無力なんだと思い知らされる。どれだけ平凡平坦な人生を無為に重ねてきたんだろうか。この子を慰める言葉をまるで持たないし思いつかない。アンナのように優しく諭す言葉も出てこない。


「それでも……わたしはこうして元気で生きてるのも、雨の日でも外に出られるのはお兄ちゃんのおかげだからわたしが! わたしが……お兄ちゃんの心を晴らさないといけないの……!」


 嗚咽混じりの声で、涙を流しながら、アンナの手を振り払って、俺の持っているフェルダンに手を伸ばしてくる。その健気とも自滅願望な姿に心臓が握り潰されそうな感情に満たされる。

 この子は俺だ。レクスと出会えずにアンナと契約した俺だ……いや違う。何自画自賛しているんだ?

 例え俺が力が無いことはわかっていても俺は同じように動けたか? アンナが危ない状況になっても命を掛けようと動けたか? ダンジョンの時もレクスがあるから前に進めたんじゃないか?

 できないから年が倍近く離れている子供に対して嫉妬のような無様な感情を抱いているんじゃないのか?


「錬金術には錬金術で戦わないといけないって、だから天才って言ってた人のフェルダンがあったから……だから、わたしに使わせて──」


 俺は何をやっているんだ?

 怖いのはこの子もそうじゃないか。体の震えは寒さじゃない、小さい体に見合わない勇気を振り絞って戦おうとしているんじゃないのか? レインさんに任せっきりな俺とは違う。そう、違うんだ。違う。違うだろう!

 なりたかったんじゃないのか?


「ダメ……ダメだよ。それは課題で作った汎用性の高いフェルダンだから。1つ1つじゃ倒せるだけの火力は無いの……」

「でも、それでも……」


 この子のように自分がすべきことを泥に塗れようとも覚悟を持って進める人間に──

 昔に蓋をして隠した理想。そしたらいつしか忘れてしまった。もう一度探そうとしても見つかることはない。自分が目指した大人は、本当に成りたい自分は。消してしまった夢は叶えたいという欲だけ残して呪いへと変わって。

 本当は……子供の頃憧れたヒーローになりたかった。どれだけ困難な場面に襲われても立ち上がり誰かの為に戦い続けるヒーローに。そして「伸ばした手を握れる人」になりたかった。

 いつから見て見ぬふりをし続けたんだろう? いつから何も感じなくなったんだろう? いつから当たり前になったんだろう? 誰にも必要とされなくなったのが肌でわかった時か? 努力をしても何も変わらないと気付いた時か?

 そうじゃない。


「泣いてる子供を見て、動けない大人なんて意味がないよな……」


 勇気が無かったんだ。


「テツ?」

「え?」

「本当に、本当に……俺はバカだよ。何が正しいことかわかっているのに……それを行うだけの力を持っているのに……必要なこともわかっているのに俺は逃げる理由を心のどこかで探してたんだ」

「どうしたの急に?」

「……ごめんアンナ。これから使い魔失格のことをする。アンナを近くで守りたかったのは紛れもない本音だったけど、俺も行かないといけない理由ができた──」


 空っぽの俺、借り物の力、恩の無い国、主従関係。

 もう、そんなつまらないことは良い。誰に何を言われても関係ない、俺は俺だ。

 破魔斧の力は俺の物で、アンナに従うのも俺が好きでやってることで、こんな酷い仕打ちを受けた国だろうと目の前の小さい子供の涙を拭えないつまらない男にはなりたくない。


「まさか……アメノミカミのところに行くっていうの!?」

「この子がどうしても行くというなら。その代わりに俺が行く。子供が命を掛けようとしているのに大人がただ待つ訳にはいかないだろ? 君の兄を救いたいって気持ちを俺のなけなしの勇気と一緒に持っていく」

「え……でも……」

「こんな雨の日だ。君がすべきことは兄を支えてあげて欲しい。大事な家族なんだから。一緒にいてくれるだけで助けになることもある。温かいものを兄と一緒に飲んで待っているといい。大丈夫。雨は止む、今日、怖がるものは消えてしまうから」


 引けない綺麗事を自分ながらよく言えたものだ……。

 今日この日が俺の分水嶺。世界に転移したのが環境を変えたのなら、今この決断は俺の生き方を決める時なのだろう。

 大事な瞬間は待ってくれない。成長してなくても準備ができていなくても嘘みたいに残酷にやってくる。それに流されるように受け入れるかみっともなくても足掻くかは自分次第。


「うん……! わかった。お兄ちゃんといっしょにおじさんを応援してる」

「…………うん。待ってると――っ!?」

「――テツ! 何か来るよ!」


 小雨に混じる無数の風を切る異音が耳に届く。破魔斧に手を掛け音が近い方向に体を向けて二人を体の影に隠す。


「上からっ!!」


 その言葉に従い視線を上に向けると幾つもの透明な固まり巨大な雨粒が真っ直ぐに落ちていくのが映った。

 心構えを取る間もなく合奏のように連続して降り落ち、目と鼻の先の中央広場からも音が響いた。


「まさか攻撃か!? 話に聞いた分体を飛ばして来たかもしれない! 俺が先行するからアンナはその子と一緒に離れすぎないように!」

「わかった!」


 何発落ちた? 前後左右あらゆる場所から音が広がった。レインさんが倒して悪あがきでもされたのか? それともまさかやられてしまったのか? 一斉に動き出されたら止めきれないぞ!?


「見つけた! 今壊……す?」


 中央広場には確かに異質な物が存在していた。水で作られた台座、その上に巻貝が乗っていた。いや、水面に浮かんでいるという方が正しいのだろう。

 遠隔兵器というより美術品のようなオブジェが完成している。水なのに表面に模様が描かれている神秘性に思わず刃を収めてしまいそうになってしまう。俺が戦うと決めた相手はこんなのを幾つも作れるということなのか?


「いったいそれは何? 魔術の術式な――」

「──みなさん久しぶり。我こそアメノミカミを操る者である」

「えっ!?」

「はっ!?」


 思わず飛びのいてしまったが間違いない、この巻貝から声が発せられた。そして、この言葉の意味が真実だとするなら王都全体に不安の種を芽吹かせてしまう。

 だが、壊すに壊せなかった。ここから発せられる何かが、誰も言わなかったアメノミカミの正体、十年前の事件の犯人に繋がるかもしれないと思ってしまったから。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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