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第11話 夢であう夢のような力

 夢というのは不思議な物で、自分の記憶から作られていると言われているのに、まったく記憶に無い景色の中を駆け巡ったりすることがある。はたまた空を飛んだ経験が無いのに鳥のように空を飛んだりする。特に俺はそういう夢を多く見る。だから尚更現実のつまらなさに嫌気が差していたのかもしれない。ずっと夢を見ていたい。そんな気持ちを常に感じていた。


「起きよ――」


 聞いたことの無い声が聞こえる。それも覚えがないだけで実はどこかの誰かの声であったり合成音声のように複数人の声がツギハギで発せられる可能性もある。

 来て早々夢が見られるなんて睡眠の質が良かったに決まって――。


「いいから起きんか!!」

「うおっ! 何事!? 朝か!?」  


 頭に響き渡る大声。嫌な汗が噴き出て心臓が激しく響く。まさに寝坊特有の最悪な目覚め。

 転げ落ちるようにベッドから落ちた――と思っても何も感じない。それに周囲を見渡せば何も無い薄暗い部屋。俺が寝ていたベッドも存在していない。また転移でもしたのか!?

 嫌だぞあんな牢屋にまた入れられる羽目になるのは!

 

「いや、見ての通りまだ夢じゃ」

「何だ……って、誰だ!? え、今起きろって? 夢なのに!?」


 この子は夢といった。夢……この摩訶不思議な状況。間違いなく夢。なのに心臓がドキドキするような感触。身体が地に足のついているほどはっきりとしている。

 声をかけたと思う目の前にいる特徴的な少女、黒く長い髪に風格ある出で立ちに加えて宙に浮かんでいる。アンナよりも幼いが、立ち振る舞いが子供とは思えないぐらい落ち着いている。

 この時点でおかしい。ここまでハッキリと相手の顔が見える夢、おまけに声も聞こえる。

 それに曖昧さも消えて景色も石造りの部屋に切り替わっている。


「そう夢、しかし夢でなければこうして会うこともできぬ。わらわはあの場所でお主を呼んだ存在。と言えば記憶にあるかの?」


 思い浮かんだあの暗い場所。導かれるように進んだ道、夢かと思っていた場所、斧みたいなのを掴んだけど、結局何も得ることの無く夢かと思って最後は三人組に拉致された記憶。

 つまりはあのイベント起こした張本人がこの子ってことか!?


「夢じゃ無かったのか?」


 その返答にYESと応えるような笑顔と頷き。あれはちゃんと現実にあったことでよかったのか……だとしても、頭に直接届かせるような声、体の自由を奪い動かすような力。何者なんだ一体?


「警戒する必要はないぞ。わらわは無力なお主に力を与える存在。目が覚めればあの時お主が手にした斧が目の前にあるじゃろう。それを扱い理想を果たすがよい」

「悪いが急にそんなことを言われても簡単に頷けない。それにあんたは何者なんだ?」


 力を与える? 消えた斧が目の前にある? 幻想(ファンタジー)に慣れてきても「はいそうですか」と素直に受け取るには限度がある。夢の中である以上この会話自体もできの良い俺の妄想って可能性もある。


「力を与える存在じゃ納得はいかんか。わらわこそ斧に宿りし……『神』。と言ったところかの」


 神様二人目か。ただ、あの方みたいな威圧感やカリスマ性はまるで感じない。得意顔で胸を張って偉そうな話し方をしているけど残念ながら見たまんまの子供という印象しか湧かない。あの方は本当に別格だった。美しさや纏う気品さ、それに溢れる力。

 本物を前にすれば自称神なんてママゴトの役でしかない。


「正直言って怪しさしかない」

「まあ、人間が神の威光を理解できんのも無理は無い。故にお主がわらわを疑う気持ちもわかる。だが、力が必要なのも事実であろう? 異世界人と持て(はや)されたと思えば散々(けな)され、(はずかし)められ、無価格を付けられた。埋めようの無い差も痛い程理解できたはずじゃ」

「そこまで知っているのか!?」

「お主の情報はある程度わらわにも届いておるからの。加えてお主の記憶も読み取れる」


 小生意気な表情で容赦なく俺の心情を暴露してくる。しかもその瞳は同情や憐れんだ物ではなく心底楽しんだ愉悦を帯びている。

 これは仮に神だとしても悪神に違いない。


「わかっておる。これから共に生きていく為にあの子を守る力が欲しいと思っておったのじゃろう? しかしそれは虚空に手を伸ばすがごとき分不相応な願い。まさに星守る犬じゃ。だが、理想との格差に砕けずに進もうとするその心にわらわはいたく感服した! 素直に受け取ってよいのじゃ。わらわをあの暗闇から救ってくれた恩返しだと思って良い」


 自分に酔っている演技染みた声。

 けれど、心の中を本を読むかのように俺の気持ちを完璧に言い当てた。

 その通りだ。アンナの使い魔として生きていく為だけじゃない。俺には足りないものが多過ぎて、何かの足掛かりとなる力が必要だと思っていた。

 どうしても力が欲しい、何でもいいから力欲しい、アンナに頼ってもらえるような力が欲しいと。


「…………」


 落ち着け、焦って出した答えは基本碌なことにならない。第一どんな力かもわからない。甘い言葉に魅力的な提案。隠された不都合。大丈夫、俺はまだ冷静だ。

 何も考えずに進んだら、騙されたと気付いた時には戻れない所まで落ちていく当たって欲しくないのに的中する悪い予感。

 散々不安を煽って、安心を売る商売を見て来ただろう。最も弱ってる時に最も必要としている何かを提案する人間はお人好しか悪魔のどっちかでしかないって。


「戸惑う気持ちもわかる。あまりにも都合が良すぎるのじゃろう? だから今わらわが伝えられるのはここまでじゃ。目が覚めれば斧が目の前にある。まずは『力を渡す』という提案が嘘じゃないと信じてくれれば良い。そして、あの娘と共に『何』か調べればよかろう。わらわはお主が望めば進んで力の使い方を教える。そのことを忘れるではないぞ」

「何を企んでいるんだ……?」


 この絶対的な自信……。

 「あなたの為」「将来役に立つ」「言う事を聞いていればいい」何度も聞いては従っては何一つ自分を支える柱にすらならなかった圧力と権力で雁字搦めにされた言葉。ゴールは見せるが道程は隠し、期待だけして何もせず成果だけを求める詐欺師の所業とは違う。

 もはや俺がどんな疑いを持ってその力を調べたとしても、最後は望んで手にすることがわかっているような確信を持った言葉。


「強いて言うなればお主の未来を見てみたいのじゃよ、この世界でない人間が歩む道を。それで、何かしらの答えを見つけもう一度会う気になればお主から訪ねてくれればよい」

「……どうやってだ?」

「斧を近くに置いて寝れば大丈夫じゃろう」


 そんなことでいいのか!? もっと特別な手順とか……いや、今のこの状況は特別だとしても、俺は何も特別なことをせずにベッドに潜っただけ。この子と会うのは相当お手軽と考えてよさそうだ。


「さて、本当に目覚める時間のようじゃ。あの子に愛想をつかされんようにな」

「待て! まだ――」


 風景が完全に暗闇に塗り替わり、そこで俺の目が覚めた。



「マジであるのか……」


 薄く光る部屋の中。

 布団に埋もれ、枕に乗っけた頭を横に向けた寝起きの状態でも見えてしまった。

 床に雑に横たわっている黒い斧、眠気なんてとうに吹っ飛び、灯りを点けてから恐る恐る近づき横たわったソレを触れてみる。金属的な冷たさはあるが触れた先から腐るようなことは無い。

 しっかりと落とさないように握ってからよく観察すると。大口を開けた龍の横顔を模したような装飾が施された斧、広く厚みのある黒い刃、黒く片手を想定した長さの持ち手。

 明らかに鍛え方が足りない俺には持てそうにないぐらい重厚感がある見た目をしているのに簡単に持ててしまっている異常感。


「まずは相談だな……」


 夢のあの子に従うみたいで癪だけど、この世界の武器。ならこの世界の人に聞くに限る。

 自室の扉を開ければリビング兼アトリエは目の前。

 電車の音も車の音もテレビの音も聞こえない静かな部屋。だから別の音はとても良く聞こえてくる。パチパチと油が跳ねるテンションが上がりそうな音。

 鼻に届くはパンの焼ける匂いとお肉や香辛料のお腹を刺激する香り。釣られるように発生源に向かってしまう。


「おはよう。まだねむっててもよかったのに。もう少ししたら朝食ができるから――って! いきなり何!?」


 予想通りアンナが料理を作ってくれていたが俺を見るなり仰天しそうになる。

 気が抜けていたけど真っ黒な斧を片手に現れる。確かにこれは俺が悪い。これは武器だった。

 けれど、それに対して薄切りされたお肉と目玉焼きが焼ける音を立てた香しいフライパンを向けてきても自衛にはならないと思う。


「違う違う! 目が覚めたら目の前にあって。相談したくって」

「そうだん?」


 距離を取り、斧を床に置いて敵意が無いことを証明する。一日で恩を忘れるほど俺は忘れっぽくない。


「契約2日目で下剋上かと思った……」

「驚かせて悪かった……」


 どうやらわかってくれたようで、フライパンの行く先がコンロになってくれた。朝食が無駄にならなくてよかった。

 という訳で朝食をしながら夢で見た話と転移直後の話をした。黒い霧、謎の部屋、黒い斧、盗賊みたいな連中。食べながらでもアンナは俺の話を興味深く聞き入ってくれた。


「なるほど、こっちの世界に来たときはそんな状況だったんだ。ずいぶんと大変な目に……」

「あの状況からこうして食事ができることは奇跡みたいなものだな」


 スパイシーな豚のような味のお肉と想像通りの味がした目玉焼きが乗せられた厚切りの食パン。見た目は細かく刻んだキャベツとニンジンやタマネギが入った優しい甘みがする野菜スープ。中々ご機嫌なメニューに料理が上手なご主人で本当に良かったと感動する。


「この斧の黒ってどうやって表現してるのかしら? 妙に雑だし錆びた匂いもするし、どんな金属で錬成したのか」


 コップに手を伸ばすような感覚で伸ばされた手。刃の側面に指先が触れた瞬間。

 黒い(もや)がアンナの指を伝いまとわりつき始める。


「「っ!?」」


 俺の時とは全く違う反応に直観的にヤバイと判断できてしまった。

 俺が斧を掴んで離すと同時にアンナも椅子を倒す勢いで背後に跳んで距離を取ってくれた。床と椅子が激突する騒音が響きそれが収まる部屋は静寂に包まれる。

 アンナは自分の指先と斧を交互に見比べる。同じように俺は斧とアンナの指を見比べる。一体何が起きた? どうして俺の時と違う? こうして触れていても何も起きない?


「テツ……とんだ代物持ってたのね」

「何かわかったのか!?」


 指先の靄は消えており、指先に血の跡も汚れた跡も無い。何か起きたが未だ不明でも大事に至らなかったようで安堵するが、アンナの表情は不安と好奇心が混じっていながらも真剣なものになっていた。


「その斧、魔力を奪う力を持ってる――」

「魔力を奪う。だって?」


 散々聞かされてきた魔力の優位性。トラウマになるぐらい魔力の無い人間に価値は無いことを聞かされた。魔力を奪うということはすなわち、相手の価値を無くすということ。

 あの子が見せていた絶対的な自信を理解した。確かにこれは誰だって望む。何が相手でも同じ土俵に引き下げることができる。アンナを守る力に繋がる。生き抜く力になる。

 俺が手を伸ばせばこの力は手に入る。まさに夢のような出来事が舞い降りてきた。

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