第16話 迫り来る雨音
6月9日 水の日 9時30分 アンナの部屋
課題も終わって提出済み! こういう空き時間を利用して作りたい物を作り上げる。なんて頭の良いスケジュール管理なんだろう。
その証明として、今わたしの目の前にあるのは――!
「よし、できた! わたし達の絆の証!」
わたしとテツとセクリでお揃いの物。みんな身に付ける場所が違うけど、色はそろえた。それとマークも縫い付けたけどやっぱり苦労した。針仕事は何度かしてるからだいじょうぶと思ったけど中々苦労した。記憶にあるアレを思い出して絵に描いて、それを真似て……。
「よろこんでくれるよね……ううん、テツとセクリだから何あげても喜ぶはず!」
2人はけっこう素直だし優しい、欲しいって言葉に嘘はないはず。
テツが3人の証が欲しいって言った時本当に嬉しかった。2人はわたしといっしょにいてもいいってことだと思うから。これは2人の為に作ったけどわたしの為でもある。絆が結ばれている証明が欲しかったのはわたしだから。
ずっと1人だった。
お父さんがいなくなって、お母さんもいなくなって、村のみんなは半オーガのわたしを本当の意味で受け入れてくれなかった、錬金術が使えるからあの輪に入れられ……ううん、輪に触れさせてもらっていた。
「おそろいかぁ……」
半オーガの錬金術士、魔力無しの異世界人、両性具有のホムンクルス。思えばわたし達って全然似てるところ無いんだよね……。髪の色も、肌の色も、性別も?
それでもこうして繋がりが持てる。本当に仲間だって思える。
帰って来たらなんて言って渡そうかな? テツもセクリもこんな雨の日でもがんばってお仕事してるから労わるように……。
「ん? 空が随分と暗いような……」
雨が降っているとはいってもまるで夜になったみたいに外が暗くなって、太陽の光が全然届かないぐらい空が雲に覆われている。
ここまで嫌な天気は村でも見たことない……いや、あったような気がするいつだったっけ……わたしが小さいころに……村のみんなが北の空がおかしいって騒いでて……。
「まさか……」
冷たい水を急に全身にかけられたような寒気におそわれて不安が鳥肌となって現れてくる。あの空がこの国のあの日なら。これから起こるのは――。
同日 同時刻 騎士団本部
「今日も雨が強いな……」
傘をさして出勤するのにも慣れてきた。けど、外で作業する時は雨合羽になるのだから地味にキツイ。全体的見れば濡れる面積は少ないのだろうけど顔が濡れるのはどうも好かない。
それに雨が降っていることはいつアメノミカミがやって来るかわからない不安が付き纏う。俺でさえも感じるぐらいだ、長年この国に住んでる人は、あの被害を体験した人は心が病んでいてもおかしくない。
「なんだかいい顔してるじゃない。何か良いことでもあった?」
「雨が多くて気持ちが沈みかけですよ?」
「そんな薄っぺらいことじゃないのよ。ここに来るだけの覚悟はできているってことでしょ?」
確かに死地に向かわせるぐらいなら引きこもっていた方が絶対に正解だ。そう心から理解しているけれど、ここにいるのは。
「良いこと……なんですかね。誰かから頼られるっていうのは。自分のことを認められた気がして何だか俺はここにいてもいいんだ。って思えてきますよ」
アンナやセクリとは違う、見ず知らずの相手から頼られる必要とされる。俺はこの世界に認識されているんだと教えられたような気がする。
期待に応えたいという気持ちも湧いてくる。でも期待を裏切ってしまうんじゃないかって怖さもある。
「見ている人はちゃんと見てるものよ。もちろん私も見てるし、このまま破魔斧を使いこなしてくれたら安心して頼れる」
「……キャミルさんは今のままじゃアメノミカミに勝てないと思ってるんですか?」
「当たり前よ。武器の力がどれだけ凄くても負けるわ。例えレクスに入れ替わったとしてもね。あんな傍若無人じゃ足元すくわれて命を落とすだけ。テツオがきっちり最大限引き出せてようやく詰めの1手に成れるかどうかよ」
「レクスの方が頼りになるんじゃ……」
「確かに単純な力だけなら誰だって夢見たくなる託したくなる強さよ。でも無理無理。だってアレ、ワガママそうじゃない? しかも私の嫌いな力に溺れきった自信だけは有り余ってるタイプね」
くっそ辛辣な評価を下してるな……一応俺にとっては命の恩人だけど、事実な部分が多くて残念ながら反論できない。
(聞こえとるぞー)
「私が信用するのは血反吐出しながら泥に塗れながら頭痛くしながら、必死に積み重ねてきた努力や成果を手にした人。ただ力に乗っかってるのは嫌悪するわ」
「俺はどうなんですかね……破魔斧の使い手として成長できてるのか不安なんですよ。別の誰かとか、破魔斧のおまけでしかないんじゃって」
俺の心にあるどうしても抜けきらないトゲ。武器を使ってるんじゃなくて武器に使われている。別の誰かならもっと上手に扱える。頼られるとわかっても消去法で頼ってるに過ぎないんじゃないかって。
「それについては良い話があるのを思い出したのよ、それは――ん?」
「どうかしました?」
「この異質な魔力……まさか――!?」
窓に駆け寄り空を見上げる。俺も釣られて空を眺めると……。
「なんだこれ……台風でも来てるのか? でも風が強くないのにこの雲の動きはおかしくないか!? まるで渦潮が空に作られてる!?」
「とうとうやってきたわね……!」
その言葉に心臓が大きく跳ね上がった。何がなんて聞く必要が無い。
同日 9時50分 王都 気象観測所
「ちゃんと計測できているか? 雨量、風向き、魔力量、しっかり記録できてないと見逃しかもしれんからな特に魔力の方はどうだ?」
「現時点では問題ありません。魔力量も想定の範囲内です」
職員が確認しているのは『魔力計測器』この機器は空に浮かべた球体の計測機と太いケーブルで繋がっており。空間に存在する魔力の流れと量を感知できる。
画面には量を示す折れ線グラフと位置を示すライトニア王国の地図が表示されている。
現在グラフは小さな波を上下に揺らしている程度。
地図の画面では魔力が薄ければ白、濃くなれば水色へ、さらに青に近づき、危険領域の濃度に到達すれば赤色となる。そして、風の流れにしたがって画面の色が移りゆく。
アメノミカミ戦後に防衛策の一つとして作られ、出現を一早く探知できるだけでなく、目視で認識しきれない隠れた魔力溜まりも見抜き、分裂体の位置を調べることもできる。
「だが油断はするなよ、あの日は子供でもわかるぐらいハッキリと雲が移動していた、それに釣られるように雨の勢いも変わっていった。前回と同じ出現パターンだったら雨量が変化と同時に攻めて来ることはねえ、体を形成するための雨柱が見られて数分後に奴が出現する。この時間を有効活用できなきゃ前回と同じ結果になりかねねえ」
前回の反省点。知らなかったとはいえ、出現をただ見守ってしまった。ただの水塊をしていた見た目に誰もが油断し騙された。碌に避難を促さずレーゲン地区の騎士達だけで対処できると判断してしまった。
あの惨劇の日より、毎年雨期に入ると徹底的な観測が義務となり、後手にならぬよう警戒をしている。
「…………っ!? まさかですけど……こんな風にですか?」
「そうだな、まさに――!?」
グラフの線が壁を作るかのように一気に上へ跳ね上がる。
地図画面に移っている水色が青く濃く変色し、風の流れを無視して一点に向かって色が濃くなり紫となる。
窓の外を目視で確認すると、鈍く黒い雲が空を侵食しはじめていた。
「魔力密度上昇していきます! このままだと、すぐにレッドゾーンに突入します! 隊長!」
「アメノミカミの襲来か――! 警報鳴らせ!」
機器を動かす手に震えが走る。
これは訓練ではない。お天道様の気まぐれなんかではない。なのに訓練と同じように動かせなくなる。国の未来が国民の助かる人数が変わる瀬戸際に立たされている。
無理矢理太ももを握りこぶしで叩き、体の震えを落ち着かせ、緊急警報のスイッチに手を伸ばす。
「は、はいっ!!」
カーン!! カーン!! カーン!! カーン!!
王都全域に広がる甲高い金属音。聞く者全てに耳鳴りを起こさせるようなただ大きく、強い意志を孕んだ轟音。
「なんだこの音っ!?」
「わっ!? うるさっ!? 何が起きたの?」
室内にも届く音は、遅い寝起きの者も、地下に潜む者も、仕事に夢中な者、全ての耳に届き注意を引いた。そして告げられる。
「西、レーゲン地区、防衛部隊派出所跡地にてアメノミカミ出現の予兆を確認しました。これは訓練ではありません。国民の皆様は避難の準備を始めてください。これより城門は封鎖され、王都の出入りは禁止となります。次の指示が出るまでお近くの建物の中に避難をお願いします」
「緊急警報――!?」
「テツオ! あなたはどう――いえ、もう決まっていたのね」
キャミルが声を掛けた先にはもう誰もいない。迷わずしっかりとした足取りで自分の心に従って進んでいた。
同日 10時5分 アンナの部屋
あの放送を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になって自分の体が勝手に動き始めた。焦る人々を傍目に最短距離を迷うことなく。
彼女の無事な姿を見なければどうしようもない落ち着かない。
「アンナ!! 大丈夫か!?」
「わっ!? テツ!? どうしたの!?」
「はぁ……よかった。まだ部屋にいてくれて……」
ここまで安堵することはあっただろうか? 全身を襲っていた不安も溶けるように消えていく。外に出て無くて本当に良かった。
「それよりこっちに来てよかったの? テツも騎士なのに……」
「……ここに来た時点で最初から決まってたんだ。どれだけ凄い力があっても一番守りたいのはアンナなんだって」
嘘じゃない。騎士としては失格もいいところだが、俺は望んで成ったわけじゃない、最初から最後まで表も裏もアンナの使い魔だってこと。
彼女の隣が一番大事な場所で、他人にどれだけ頼られようともここを守ることだけは誰にも譲れない。
「アンナちゃんいる!? ――わっ! テツオもいる!」
「セクリも無事だったか……」
まるで数秒前の俺がそこにいるようだった。でも、セクリも近くにいてくれたようで安心した。
「ふぅ~……テツオもいるしアンナちゃんもいるから安心していいね……あっ! そうだ、このマテリア寮も避難場所に使われるみたいだからアンナちゃんは絶対に外に出ないでね! テツオもアンナちゃんをちゃんと守ってね。ボクは下に行って手伝いに向かうから」
そう言うと急いだ様子で部屋から飛び出ていく。
ここが避難場所か……確かに造りは見た目以上にしっかりしているし、設備も整っていて広い。確かに適した場所だろう。
「わたし達も手伝いに行くよ!」
「えっ? アンナはここにいればいい。そんなの俺やセクリに――」
「こんな時に甘やかさないで。外には出ないけど、ここに沢山の人がやって来るんでしょ? 使用人のみんなに全部任せるのは間違ってる。余裕があるわたし達も手伝うのは当たり前だって」
「……わかった。とにかく下に向かおう」
「ええ!」
本当にアンナは立派な考えを持ってるな……過ぎ去るのを待っていても誰も非難しない状況だろうに誰かの役に立とうと動いている。だからこそ、この素晴らしい心の持ち主は失ってはいけない。何としても守らなきゃいけない。
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