第15話 雨神の爪痕
6月7日 火の日 10時10分 マテリア寮
「やっと課題も終わったぁ~……購買部まで持っていけばいいけど雨の日は運ぶの面倒なんだよね……」
久々に同じ物を沢山作った気がする。
エレベーターに乗って下におりていくわたし。こういう本当に便利だと思う。上下の移動をここまで簡単にできる道具? いや設備があるなんて。縦に長く住めるところを増やしても物を運ぶのが本当に楽になってる。階段つかって運ぶ気になんてなれなくなる。
それに落として転がって壁に当たって壊れたら酷いことになりそうだもん。10階の景色は良いけどエレベーターが無かったら2階か3階に住んだほうがいいと思う。
まずはカゴに耐水布を持って行って……その後は保存食。こういう時こそテツがいてくれたらいいんだけど騎士のお仕事で大変そうなんだよね。まっ軽いからいっか。
チーン! ていう鈴の音が到着の合図。
「お兄ちゃんきたよ!」
「焦るなって――!?」
「えっ!?」
「あっ!?」
扉が開くと同時に誰かが入って来る。声は2つだけど1人しか見えない。小さい子? カゴが邪魔で見えないけどわたしは冷静。
ケガさせるわけにはいかない。回転して避けれ――!
ガンッ!!
「あっ――」
嫌な音が耳に届いて、手に響く抑えきれない衝撃。そういえばここは広くなかった……カゴが勢いよくにエレベーターの壁にぶつかって、収まっていた耐水布が破裂したみたいに噴き上がる。
白い布が葉っぱみたいに揺れて1枚、2枚と落ちて折り重なって。壁を作るみたいに1枚が落ちていき、床に落ちるかと思ったら折れ曲がるための相手を見つけられず黒い隙間に吸い込まれるように消えていった。
「え?」
「ああ!!」
誰も手を伸ばせなかった。流れ落ちていく姿を見送ることしかできなかったわたしの作った耐水布。
エレベーターとドアの間には隙間がある。この下はどうなっているかわからない未知の領域。その狭間に行ってしまった。
「こんなこともあるんだ……」
こんな偶然を見せられると逆にびっくりして興味もでてくる。だけど、必要な物なことに変わりないから使用人さんに報告すると、テキパキと動き始めてくれた。
やっぱり耐水布の回収作業のため、少しの間使用中止にしてしまうらしい。
立ち入り禁止の立て札。ランプやハシゴ。わたしも手伝ってみたかったけど、セクリに「ボクの仕事だから」と追い払われる。
せめて下がどうなっているかだけでも見させてもらえないかな……。
なんて頭で思えてるぐらいなのに。
「本当にごめんなさい!!」
「申し訳なかった」
「別に怒ってないって。えっと確か……ジョニー・ガイルッテだよね? それで2人は兄妹なの?」
本当に深々とごめんなさいの気持ちしか伝わってこない、こっちが申し訳ないと思ってしまう心の込もりすぎている謝罪をされてしまう。
それに、わたしの目の前にはカットされたフルーツがコップに刺さってるオシャレなジュースが用意されている。
ここまでしなくても本当にいいんだけど……小さい子が落ち込んでる姿もあまり見たくないんだけどなぁ。
──あ、コレおいしい。
「……そうだよ。覚えていてくれるとは光栄だね。こっちは妹のラミィ」
「ラミィ・ガードナーです。よろしくおねがいします!」
ペコリと下げる頭。
かわいい。人族の小さい子って本当にかわいいなぁ。ほっぺたとかふにふにしてそうで触り心地良さそうだし、外であんまり遊んだりしないのか肌も綺麗だし、指先も砂糖菓子みたいな味がしそう。わたしが同じくらいの時は獣に刃を突き立ててたような気がする……。
やっぱりこうして並んでみると兄妹だなってよくわかる。髪のくせや目も似てる。いいなぁ……わたしも妹か弟ほしかった……。今はもうその希望も叶わないんだよね。
「わたしはアンナ・クリスティナ。よろしくねラミィ――ん?」
じーっと視線を向けられてる? そんなに興味深いところってあったかな? それとも何か付いてる? 特に変わったような……ああ、そういうことか。
「角に興味あるの?」
「えっ! あ、ごめんなさい! オーガの人って初めて見たので気になって……」
「触ってもいいよ」
「いいの!?」
「こらラミィ。迷惑かけるようなことを言うんじゃ――」
「触られて減るものじゃないからいいって。小さい子の好奇心を満たすぐらい何てことないよ」
花開いたみたいにかわいい笑顔をしてくれる。うんうん、それでいい。
「えっとそれじゃあしつれいします……わぁ! すごい硬くて、不思議なてざわり! 真珠がちかいのかな? 先っぽはとんがってない! さわってもいたくないの?」
「ぜんぜん痛くないよ。爪を触られてるのと同じようなものかな?」
子供に遠慮なく触られるとちょっと心がポカポカする。普段からお手入れはしっかりやってるからケガさせることも無いし、こんな風に笑顔を見るのは好き。
思えば人の子に触られるのって初めてなような……そもそも触られた記憶が……セクリが髪を弄ってくれる時に触れるぐらいなような。
「あ、そういえば昨日学校に来てなかったけど課題は知ってる?」
「昨日の内に連絡が届いているから問題ないさ。気にしてもらえて嬉しいよ」
「探索や採取にでも行っていたの? 雨の日じゃ行けるとこも少なそうだけど」
ラミィちゃんの角をさわる手が止まって、ジョニーの表情が険しくなって空気が変わった。何か言っちゃいけないことを口に出してしまった?
「お兄ちゃんは雨の日外に出られないんだ……」
「え? どういうこと?」
そういう体質? でも人族にそんな性質があるなんて聞いたことない。魔力の膜を持たないテツですら元気に外にでているのに?
「10年前のアメノミカミの戦いでね、当時僕の家は西区にあって激戦に巻き込まれたんだ。その時のショックで雨の光景、音や匂いでも体が震えてくるんだ……」
「わたしは雨の日げんていでお兄ちゃんのおてつだいをしているの!」
「なんというかごめん……」
わたしはバカだ……反射的に聞いてしまったけど、もっと想像すればよかった。言葉にするだけで辛い心の傷かもしれないのに。
前に見たことある壁の上から見た破壊の景色。あれは膨大な雨が降る中アメノミカミが引き起こした跡だって後でわかった。10年前ならジョニーもかなり小さい子供。そんな戦いに巻き込まれて平気な訳が無い。
「妹の好奇心のお返しだと思っていい。それにしても……君が入学してきた当初は獣みたいな目付きで制服も着られているような姿だったのに、今じゃあ立派に着こなしてミュージアムに作品が展示されるまでになった。正直嫉妬すら覚えるよ」
「嫉妬? でも、わたしなんてまだまだ下の方でみんなに追いつこうと努力してる最中なんだけど? マナ・ボトルなんてテツやルティ、ナーシャにセクリ。師匠に助けてもらってようやく作れた。胸を張るなんて到底できないって」
知識量や経験、特に「人の為」に作るっていう経験はすごい差があると思う。
村でも誰かの為に作ったことはあるけど、月に1度あるかないか。でも、ここじゃあ毎日何件もやろうと思えばできる。お金のやり取りもある真剣なやり取りで、村のような適当加減じゃない。
「……僕の嫉妬は間違ってなかったよ」
「え?」
「大主人。回収も終わり綺麗にしてきました。このままボクがまとめて提出してきましょうか?」
「あ、セクリ。ありがとう。でもこれはわたしが持ってくからいい」
「かしこまりました。作業に戻りますね」
久々にお仕事状態のセクリと会話した……やっぱり全然慣れない。よくあそこまで別人みたいに切り替えられるなぁ……。
「改めて時間を取らせてしまい申し訳なかった。ラミィ、行くよ」
「うん、じゃなくて……はい! 失礼いたしました。あと、触らせてくれてありがとうございました!」
「うん、またね」
小さく手を振って見送ると小さくお返ししてくれる。かわいい。
それにしても、間違ってなかったってどういうこと?
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