第14話 心の檻を開く言葉は
「じゃあ交代や。うちが聞きたいんはその惨劇の斧やなくて……そや、破魔斧レクスについてや」
「これですか?」
「おおうっ!? そんな簡単に見せびらかしていいもんなん? 情報なんて曖昧な噂しか入ってこんし、研究資料っていうのはお偉いさんが最初に見てうちらには全然入って来んのよ──にしてもほんまに噂は頼りにならんな。悪いことする武器には見えんでこれ」
じっくりと清潔にされて追加拡張された破魔斧レクスを観察してくれる。ただ直に触るのは怖いのか机の上に乗せたまま観察している状態だ。しかし、悪いことする武器じゃない。か……目指した方向は間違ってなくて少し心が温かくなる。
見た目の問題は改善されている。となると次は――
「ちなみに噂ってのはどんなのが?」
「起動するには生贄が必要で毎夜地下収容所から罪人が選ばれてるとか。使い手は強欲の限りを尽くしてレイン・ローズを手籠めにしてるとか、色々やね」
「……噂って怖いですね。術を使うのに魔力が必要なだけで特別な手順は必要ないですし、それにレインさんを力でどうにかする方法ってないでしょうに……訓練でどれだけ転がされてると思ってるんですか?」
もしそんなことをしようものなら死ぬ。全身レイピアで貫かれて氷結させられて粉氷と化して下水に流されて死ぬ。
クソみてえな噂というのは大体面白半分で広がったのが捻くれた人間のそうであって欲しい願望から固着した物。流されなければ問題無い。自分が自分であり続ければいい。
「惨劇の斧として暴れた時の資料も少しは残ってるんやで。魔力を喰らうとか、何でも消し去ってしまうとか、全身真っ黒な鎧で動き回るとかそういうのばっかりやけど」
「大体間違ってはいないですよ」
「そんなら騎士の人ら千切っては投げ、触れては倒しで好き勝手できるんとちゃうん? 無敵やん?」
昔の使い手達の情報を持っていない訳では無い。レクスと繋がっている影響なのか夢として出てくることもある。
ただ、何というか参考にしたくない使い方ばかりで嫌気が差す。適当に広範囲に黒霧を広げて魔力を奪って、大雑把に消滅をぶちまける。
強いかもしれないけど、あまりにも情けなく見えた。無意味に自然を削り取って、力をひけらかしてまるで新しいおもちゃを手にした子供のようだった。
「そうだとかっこいいんですけどね……弱点とかもありますよ。想像すればわかる程度しか話せませんけど、魔力を糧にして動くので魔力が少ないと能力も弱くなるってところや、単純に魔力使わなくても強い人には勝てないですね」
少し嘘がある。
正直、容赦なく人を殺すつもりで使えば接近してくる相手に対して無敵とも言える。攻撃を受け止めるタイミングで消滅の力で包み込めばいい。そうすれば一瞬で勝ちが決まる。考えるのは簡単だけどそんなことできるのは人間性を捨てた悪魔ぐらいしか不可能だけど。
「にしても想像とは全然違ったわ! もっとこ~んな目つきの悪くてふざけた態度してる兄ちゃんかと思っとったのに、ぜんぜんしょぼそうやん! 警戒の必要ないとちゃうん?」
滅茶苦茶失礼な……いや、ある意味誉め言葉なんじゃないか? 怖いと思われているよりかはずっといい。
「誉め言葉として受け取っておきますよ」
「やっぱりそんだけの力があったらアメノミカミも楽勝やな!」
「いえ、俺は――」
戦わない。
「家族も安心できる。うちらは戦いの後復興の手伝いで来たんやけど、酷いもんやった。いくら騎士さん達が対策立てとると言っても、あの光景は子供ながら覚えとる。妹が巻き込まれるかもと思ったら死んでも死にきれん……」
と言える訳が無かった。
「本当やったら新米騎士に頼むことと違うと思う。でも、調査部隊の隊長が犯人だと疑われとって、この遥か下やけど生きとる。不安の芽を生かしとる連中を信用するのはうちには難しいわ」
「冤罪の可能性も高いって言っていますよ……」
何て軽い言葉だろうと我ながら思ってしまう。信じきるなんて到底できない。誰かが変装して罪を擦り付けたって。そんな都合の良い希望に縋って良いのか? 真犯人の目星なんて無いんじゃないか? 調査部隊のみんながそれを信じているのは少しの怖さがある。証拠不十分でも犯人を仕立て上げてしまうかもしれない危うさ、もしも殺害未遂と国宝強奪が真実であったなら受け止め切れるだろうか? キャミルさんは妄信している訳じゃ無さそうだけど、信じるってのは疑うことができることでもあると俺は思う。
「10年経っても真犯人は見つかっとらん。レインさんは立派な人やとわかっとるけど、あの事件に関しては冷静やあらへん。まるで復讐者や。けどあんたはちゃうやろ? 異世界人で何のしがらみも知らん。破魔斧の被害は聞こえてこない、宝箱を開けたとか、ダンジョン攻略に尽力したとかそんなのばっかりや」
「耳が早いと言いますか、俺がやってること結構筒抜けなんですね」
「なんせあんたが悪い事したらここの牢屋に入れられる予定やからな!」
いい笑顔で言ってくれるが。看守関係の人が口にすると冗談なのか本気なのかわからなくて笑えない……。
「話を戻すけど、もしも出現したら囚人の脱走防止や部外者の侵入防止でここも閉鎖される。ソルの情報は国の宝でうちはそれを守らなあかん。だから、力があって何があっても折れずに戦ってくれる奴が必要なんや」
「俺はそこまで立派な人間じゃないですよ……」
「立派とか凡人とか関係あらへん。脅威を前に適当な言い訳で逃がしてもらえるわけないやろ! 敵は待ってくれへん、次は自分かもしれんってみんな不安になっとる。自分の命を守ってくれる相手が信用できんくなっとる!」
返す言葉が無い。彼女の言葉は正しい。騎士は民を守るためにいる。10年前はその騎士に裏切られた。その不安の芽は未だ成長を続けている。
だから俺みたいなのに頼らざるを得ない……。あれ? 頼る? 俺に?
「…………もしかして俺って頼られたりしてます?」
「そう言っとるやん」
「破魔斧に対してじゃなくて?」
「何で道具に頼らなあかんのや? 使っとるのはあんたなんやからあんたに頼まなあかんやん」
「???」
???
「何でそんな呆けた顔しとるん!? あれ、うち変なこと言ったか? 本当に頼っていいのか不安になってきたな……」
この人は何を言ったのだろう?
皆が認める無価値な俺は、レクスの力があるからこの世界で生きていける。レクスの力があるからアンナの役に立てる。レクスの力があるから誰かと一緒にいられる……。
だから恥じないように、乗っかるだけの自分にならないために努力してきて、使える力は全部物にしたくて、破魔斧に似合うのはテツオしかいないって言われたくて、テツオ以外に使い手はいないだろうって思われたくて。でも、そんな言葉は一度も言われなくて。
誰もが俺じゃなくて破魔斧しか見ていなくて――
「少し、考えさせてください……」
「またそんなっ……! ――いや、ええわ。ちゃ~んと考えて決めてきいや」
「ええ、ありがとうございます。頼ってくれて」
何て思っていた。見てくれる人はいた。良かった。俺はちゃんと前に進めていた。体の奥底が熱くなる。目頭にも熱が伝わっている。俺はレクスのおまけじゃないんだ!
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