第13話 太陽を管理する者
6月8日 火の日 9時23分 騎士団本部地下3階
本来だったら準備運動やら基礎訓練やら事務仕事に勤しむ頃合いだが、追い出されるように俺は地下にいる。
隊室に踏み入れる前にキャミルさんに「地下で管理されているソルを1度見に行って来なさい」と言われ、そのまま回れ右して地下へと続く階段にまで向かわされた。
昨日の会議室といい、今日の管理室。何だか地下に色々仕込まれているなこの国……俺が売られた競売所も地下にあったし、この下には地下収容所なんて囚人達を封じる場所もあるわけだ。ひょっとしたら地上よりも地下の方が広いんじゃないか?
とはいえ今の目的は人工太陽ソル。なんだが――
「妙に広いし……まるで迷路だ……」
地下3階に収容所監視室やソルの管理室があるという話を聞いたけれど、ここがどこだかわからなくなってきた。
升目構造をしている階層なおかげで同じところを何度も回っているんだと錯覚してしまう。いや、実際繰り返し回っているだろう……。
救いとなりそうな地図が壁に立てかけられているが汚れや劣化で文字もかすれてこの世界の文字に未熟な俺では読み取れない。加えて現在地もわかったものじゃない。人も全然通らないし……
「これは迷子というやつか……?」
何回道を曲がった? どれだけ直進した? 下りてきた階段に再会できればすぐに帰れる。そこからやり直して目的地を探せる。
なんでこんなにもわかり難くしたんだ? 侵入者防止か? 使われていない部屋がどれくらいある? 見るからに倉庫。何も書かれてない扉。
苛立ちが募りながら耳に規則的な音が仄かに聞こえてくる。小さな希望を胸にその部屋に向かうと。『ソル管理室』と書かれたドアプレート――
「あっ――!」
不安と焦りで抑えられていた感情が毛穴から吹き出るように全身からブワッと溢れた。迷子じゃなくなる。思わずノックをして人を呼び出す。
「すいません! 誰かいませんか!?」
ガシャンッ!! ドタンッ!! ガラガラッ! 「あああああぁぁぁ!!!」
凄まじい音がドア越しから響き渡った。少しの静寂の後、錆び付いたドアの軋む音と共に開かれ部屋の主と──
「何なんもぉ~! うち忙しいんやけど!」
「すいません、道に迷って……」
「まいごぉ? ……騎士が迷子になるわけないやん」
「ソルについて調べようと思ったんですけど」
相当不機嫌な顔で下から睨みつけられるが恐ろしさは無い、でも申し訳なさはとても湧いてくる。
失礼ながら予想以上に身長が低い、アンナよりも小さいときた。それより気になる特徴がある、この人は獣人だ。頭部から垂れた長い兎の耳がピクピクと動いている。それに手の甲と指先にも髪色と同じ茶色い毛並みに覆われている。
初めて見たけど、部分的に動物の姿と混ざり合ってる感じなのか?
「ジロジロ見てスケベやな~、いくらうちがええ女だからってそないな目で見て良い許可はだしとらんで。それにソルについて知りたいなら監視室行けばええやん! 詳しいのがおるで! ここは管理室と言ってもソルの情報を収集するところがメインや。帰り帰りぃ! ……ん? なんかどっかで見たことある顔しとるような……あっ! カミノテツオ! あんたカミノテツオやろ!」
「よくご存じで……」
言葉も連続で飛んで来るし話の内容がどんどん移り変わる。
勢いと態度が独特というか、まるで前の世界の……いや、異世界に来たのに情緒を無くすようなことを考えてはならない。
「騎士団に属する人間は誰も知っとるわ。人相書きもあるからな」
「まるで犯罪者にでもなった気分ですよ……」
そんなものまで作られているとは……ちゃんと人間扱いされているか心配になってくるな。何か起こしたら破魔斧が悪いんじゃなくて俺が悪い。大事な時は俺じゃ無くて破魔斧が求められる。
我ながら何とも酷い扱いだなこれは。
「……まっいい機会やな。少し話でもせん? うちの名前はミクリア・タシアー。ミクと呼んでええで。うちが答えられることは答えるさかい、そっちもうちの質問に答えてや」
「いいですよ。むしろそういうことをするためにここまで来たようなものですから」
うさぎの獣人ミクさんか。垂れた耳が髪の毛と同化気味だから注意深く見ないと気付かなそうだな。態度や喋り方はともかく非常に愛らしい姿だな。背丈に合ってない微妙に袖に隠れた手が良い感じだ。
「さあ入りや。大事な情報が溜まっとるから持ち出し厳禁やで」
「おお、これは中々……! どころではないような──」
大学の研究室でもここまで酷くはなかった。積み重なった紙や本の塔。掲示板には大量に張り付けられ横から見ると膨らんでいる資料。壁の棚にはファイルが並んでいるが、ファイルと上の棚の僅かな間に横にして突っ込んでいるのも見られる。
唯一綺麗と言えるのはメーターが沢山並んでいる機器の周りだけ。不自然なぐらいに綺麗だが、数値やらなにやらが表示される場所。遮蔽物や汚れがあったら問題大ありだからだろう。
「それで、何が聞きたかったん? ここで計測しとるんは熱量、光量、消費魔力量。後、地下農園の温度。でも、聞きたいんはそういうことじゃあないんやろ?」
俺に背もたれも無くお尻への負荷を一切考慮されない木製の丸椅子を差し出し、彼女は背もたれ付きのクッションが効いてそうな良い椅子に腰かけて向き合ってくれる。
「まどろっこしいのは嫌なんで早速。どうしてソルは故障したんですか?」
アメノミカミはソルに勝てない。もはや決まっていることのように誰もが言う。これがあるから今までこなかった。
相手にとってどうしようもない弱所だとするなら、故障なんていう状況は作らないはずだ。
「どうしてかぁ~……そう言われても単純に経年劣化やろうね。地下という環境やから外的要因は入り難い、囚人共は真上で輝くソルに物理的に手は出せん。ソルがどれだけ立派な物でも道具であることに変わりない。いつかは故障もありえた。それが今というだけや」
偶然が重なった。認めたくはないけどありえない話じゃない。ほんの何十、何百、何千分の一の確率で最悪のタイミングを引き当ててしまったということだ。
「それじゃあ今のソルにアメノミカミを退ける力は無いということですか?」
「可能か不可能かで言えば可能やね」
「ええっ!?」
「ただ勘違いしないでほしいんは、安全使用できる時間が数秒程度ってところや。大量の水塊を蒸発させる熱量。制御不能に陥ったらどんな惨状を引き起こすかわからんからな。ただ退けることだけならどんな結果になろうとも可能ということや」
「なるほど……」
頭に浮かんだのは西区を壊滅に導いた本当の理由。もしも無理して運用すれば二の舞、いや太陽を模した道具であるなら思い浮かぶ最低を大きく超えた何かが広がることになりかねない。
「後、気になったんですがどうして地下収容所にソルが置いてあるんですか?」
「1つは迂闊に盗まれんようにするためやな。こんな所にあるおかげで簡単には忍び込めんし、どうやっても持ち出せん。ま、精々表にあるレプリカでも盗んで満足しろってことやな」
「確かに使いどころが多そうな道具ですからね」
人間の営みは太陽と共に過ごして来たと言っても過言じゃない。強い日差しは凶器に成り得るが程よい日差しは癒しと恵みに繋がる。この世界に来ても変わらず太陽があるっているのはありがたい話だ。
「も1つは地下収容所の連中なんて基本生かす価値ない犯罪者ばっかやろ? ソルの運用情報をまとめるいい実験対象になるんやって。ここで手に入れた情報を糧に非戦闘用のソルを作るみたいや。それに、囚人共は他の犯罪グループと繋がりがあるかもしらんし、情報を聞き出すために生かす必要がある。そうなると飯が必要やろ?」
「…………えっ? まさかソルって地下で食材を作るために利用されているんですか!?」
「そゆこと。天候が荒れることないから安定して野菜を作れる、囚人共にやらせれば自給自足になる。実らなきゃ飢えるだけやから必死なんがおもろいで。過去自分達が奪って来た物を自分達が身を持って作り上げてる姿ってのは」
そりゃ食事が無いと人は生きられない。農家さんから規格外を格安で卸してもらっているかと思えば自給自足をやらされているとは……農具使って穴掘って脱獄とか武装して暴動の心配はありそうだけどこんな地下じゃやれることは限られるだろうし、そんな人間は錬金術の実験対象にでもされてそうだな。
「なんせ死んだら畑の肥やし、周囲は頑強で穴を掘って脱出はできん。問題を起こせばさらに地下に落とされる。騎士だけやなくてお天道様にも見張られとる。大人しく刑期までお勤めするのが正解やと思っとるんやろうね」
ここにいるということは間接的にも囚人達の行く末というのを見ているのだろう。それに、さらに地下という言葉。ガイアさんが擦り付けられた罪の重さからしてどれだけ地下深くに押し込まれたのだろうか……。
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