第12話 兵棋演習と隊長としての器
6月6日 太陽の日 18時30分 調査部隊室
「もどったわよ。そっちも少しは頭が冷えた?」
「キャミルか……」
一人で書類に向き合い、テーブルに広げた国の地図にコマを置いていく。兵棋演習の最中であった。
アメノミカミが西区、北区、東区、南区、王都、のいずれかで出現した際の行動を予測し、それに対応した策と人の流れを試行していた。
青く不定形を模した駒はアメノミカミ、剣を携え鎧を纏った赤い駒はライトニアの騎士、鎧も何もない白い駒は国民。そして、王冠を被った二つの黄色の駒は現王と先代王、王の駒はどちらも王都内に配置されている。
「悪いけど10年前の話をテツオにした。あのままじゃ仲が悪化しそうだったからね」
「そうか……構わないさ。彼が戦う気になってくれれば何でもいい。向こうは10年前の雪辱を晴らすために万全の対策を持って攻めて来るだろう。こちらも多くの策は用意しているが、足りているとは思えない。奴の想定外の矢があってようやく対等に立てるはずだ」
10年前は偶然が重なって撃退に成功した。しかし、アメノミカミに兵を割き過ぎて国内の混乱を治める兵が足りていなかった。加えて統率できる者が殆ど残っておらず、騎士の動きに迷いが多く余計に不安を煽った。とどめとばかりに最高位の王も倒れた。
避難誘導、壁内に紛れこんだ分離体の駆除。負傷者の治療。安全な経路や場所の確保。残された騎士に求められることが多すぎて処理できず混乱を極めた。
当時の惨状を理解しているからこそ、現在では指揮系統は見直され部隊長が作られ騎士一人一人の質も高め緊急時の行動もマニュアル化されている。
「私が最前線に立ち奴を凍結させる。その後コアを破壊するために『次元爆弾』を使う。そこにレクスの力があれば成功率は跳ね上がるだろう」
黒く斧を携えた鎧騎士の駒を赤い駒の隣に配置する。
レインの能力を使えば最初の一手は必ず通る。それは誰もが知っている。そしてアメノミカミの操縦者も例外ではない。
被害を広めたのは超高火力の爆弾によるところが大きい。過去の過ちを繰り返さないために、最初の一手が確実に通ることから危険性も威力も高いが、範囲は民家一軒にも及ばない爆弾『次元爆弾』が採用され改良された。
性能は発動した範囲の空間を歪ませ捻じり弾け飛ばす。防御や硬度を無視した空間干渉型の錬金道具である。対生物においてはあまりの残虐性かつ非人道的なので使用禁止と決められている。
「けれど、テツオはアンナの隣にいるでしょうね」
杖を持った緑の駒を王都中央に配置し、黒い駒をその隣に移動させる。
破魔斧の持つ魔力を奪い、魔術を壊す力。広範囲かつ変幻自在、分身体は触れればただの水に戻り、全方位より波状攻撃の如き水の攻めは無効化される。本体に魔力吸収が決まればどれほどの影響を与えるか不明であるが、期待はできる。
アメノミカミ戦において、神が遣わした切り札と言える。だが、その札は騎士ではなく錬金術士に与えられた。
「アメノミカミを相手にするには少数精鋭でないといけない。加えて属性淘汰環境でも魔術を発動できる人間も必要になる。ラオルは主属性が火だから相性は最悪、ゴッズも同様だ」
「だからラオルのおじさんは王の警護にあてるのよね」
王の駒の隣に騎士の駒を配置する。
大雨下のアメノミカミに対して有効属性は数が少ない。
アメノミカミが操れるのはあくまで液体だけであり、同系統の氷属性で固めることが一つ。
相性の良い雷属性による魔術で攻めることがもう一つだが、ライトニア王国の騎士に雷属性の使い手はいない。だがそれは国土の環境により人が得意とする属性は決まりやすく、この国では火、土、風が多い。
王の警護は各部隊隊長副隊長が絶対に必要だと口にした。その役目は隊長クラスの人間がやるべきだとも決まっていた。
「同じことを繰り返すようでは学が無いようなもの。だから隠し通路も外からは開けられないようにしてある」
「侵入に関してはこれで問題はなさそうね、外から王室ごと破壊するような攻撃が来ない限りはね」
「壁上に防衛部隊が展開するから大丈夫だろう。それに遠距離狙撃のホークもいる発動すらできないさ」
王都を囲う壁の位置に騎士の駒を複数配置する。
防衛部隊に与えられている任務は壁上からの遠距離砲撃と通信具による情報共有。高所からの状況確認により王都内外の危険を察知し避難や防衛を支える重要な役目が与えられている。
「後は確か……各部隊が隠し球を持ってるって話よね? 内容や場所は漏洩のことを考えて各部隊で秘密にするって」
「ああ、ラオルもホークも何か用意しているはずだ。私も知らないし調べるつもりはない」
もしもの備え。他者に知られてはいけない策や武器。多くの騎士も噂等でその存在があることは知っているが正体は誰も知らない。ブラフか真実かそれを確かめる術もない。
「みなが最善を手繰り寄せようとしている。レクスの力は必要だ。存在は相手にも知られているだろうが、あの力は対策しようがない。やはり王都内よりアメノミカミの前に――」
黒騎士の駒に手を伸ばそうとするが、手に取る前にキャミルが先に引っ手繰る。
「けどやっぱりレインも言葉が下手よねぇ、あんな言い方じゃテツオは付いて来ないわよ?」
「……何を言いたいんだ?」
「ゴッズはガイアさんの右腕だった。だからレインに従ってくれる。ケインはあれでも騎士で貴族の血が流れてる。だから騎士の本分も叩きこまれている。サリーは大会で戦うレインに惚れて国を越えてここまで来た。私もガイアさんに助けてもらった恩もあるし、レインは友達だから色々融通きかせるけどね」
願いによってなった隊長。正しい手順で隊長になった訳でも無いが何もしなくても付いて来る。言葉を掛けなくとも信頼されている。誰もが隊長だと認めている。
鉄雄を除く調査部隊の全員がレインの言葉に従う状況。上下関係だから逆らえないではなく、感情や恩義や思い出という要素もあって共に歩んでいる。特にサリアンが良い例であるレインに心酔し彼女の言葉は神の言葉と言わんばかりに無条件で従うのだから。
「レインの言葉に何でも「はい」って良い返事で応えるのしかここにはいないのよね。でも、テツオは別にレインの何かに惚れてるって訳じゃないのよ。渋々入らされた調査部隊の上司でしかないのよ」
そう、鉄雄にとってはレインは特別でも何でもない。強い力を持っている一人としか認識していない。なんなら討伐、防衛の両隊長とそこまで好感度の差は無い。好きでは無いが嫌いでも無い。
早一ヶ月は経過しているが、両者の間に共有できるような思い出は無い!
「隊長として慢心しているんじゃない? それにレインってちゃんとテツオの顔みてる?」
「当たり前だ、訓練の時も相手の目を見てしっかりと行っている。ある程度は鍛えられた、レクスを使い援護するには十分だろう」
レクスの力は油断して受ければ死に直結する。だからこそ真剣に向き合い、徹底的に訓練で扱き上げた。
魔力を持っている人間と同じ感覚で。騎士になるために鍛え上げた人間と同じように。レクスと入れ替わった鉄雄がその場にいる気持ちで。
それでも鉄雄はアンナを守るためにという健気な気持ちで喰らい付いていた。おかげでレインは間違いに気付くことが無く、鉄雄は褒められることの無い日々に縮まることの無い差に強くなった実感を得ることは無かった。
「ならわかってるでしょ? テツオが強くなろうとしたのは国の為じゃないアンナの為。破魔斧レクスがあったとしても、誰のために使うか決まってるから思い込んだ期待じゃ碌な未来が来ないわよ」
「理由なんていくらでも作れる。彼女の父はこの国が帰る場所。彼女の目的を考えれば無下にはできないだろう」
「──気付いてほしくはなかったわ……」
行方不明となった父、ロドニー・クリスティナ。彼を探すためにアンナは錬金学校マテリアへ入学した。技術を高めるため、情報を集めるため。他国との繋がりを得るため。
国が滅びれば、その足掛かりが消える。父の故郷は消えてしまう。
鉄雄が戦うには十分な理由。
「それに実力が足りてないとしても彼には霊魂レクスと交代する力がある。あの状態になれば負けは無いだろう」
「はぁ~~……!! やっぱり大陸最強の強さは隊長としての器量に繋がらないのね……これじゃあ印象を悪くさせないようにしたのに無駄骨ね。この場にテツオがいなくてよかったわ」
その言葉は鉄雄にとって最も聞きたくない言葉。
「レクス」は強い。だが「鉄雄」には何がある? そうだ、もうレクスに替わってしまえばいい。役に立たない鉄雄は消して、圧倒的に強いレクスが鉄雄の体を物にすればいい。
そんな言葉が聞こえてしまえば心は折れてしまうのは共に過ごせばわかるもの。
無論キャミルはわかっていた。修行の中で自分が必要とされたいと願っていることを。
「アメノミカミがガイアさんの事件に繋がっている可能性が高いのは確か。コアを手にすることができれば十年前の首謀者を探す手がかりになるかもしれない。だけど視野を狭くしたり、人を都合の良い駒みたいに見るのはやめなさい」
「大いなる力には相応の責任が付いて回るものだ。国を脅かした存在を暴くことはこれ以上ない誉れだろう?」
「誰かの都合の良いように動かすことは責任とは言わないわよ? それに、レクスに替わったらアメノミカミとレクスを同時に相手をする事態が来る可能性が高いのよ。テツオが甘ちゃんだからレクスも甘ちゃんになってると勘違いしてるんじゃないの?」
レクスは都合の良い正義の味方ではない。恣意的な行動を主として裏で何を考えているかわからない。過去の使い手達が欲望に塗れ滅びていく様を一番間近で見続けて娯楽としていた存在。
おいそれと交代できなくなった今でも成り代わることは諦めていない。
「……珍しいな君がここまで言うなんて。言葉にするのは吝かだけど、もしや特別な感情を持っているのか?」
「結構付き合い長いけど、そう括られるのは心外ね。確かに情が無いと言えば嘘になるけど、惚れた腫れたじゃないのよ。テツオは可能性の塊。教えていて楽しいのよ、教えたら教えただけ力を付けていく貪欲さ、特別な力に驕らない姿勢。レクスの強さにテツオがただ乗りしているなんて私は思ってない。力に見合った使い手に成ろうとしている」
ずっと見ていた、ずっと指導していた者の言葉。退屈しのぎが何時しか生き甲斐になっていた。
「あいつが本気でアメノミカミと戦うって言ったのなら私は止めない。でも、こんな都合よく道具みたいに扱おうとするのはレインであっても許せない」
黒騎士の駒を握る力が一層強くなっていた。
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