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最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~  作者: 巣瀬間
第三章 雨の魔神と太陽の錬金術士
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第11話 全か個か

 6月7日 太陽の日 16時30分 マテリア寮


 雨の中廃墟となったレーゲン地区の住宅街から帰ってきた俺は先に寮のお風呂を利用することにした。

 身体を温める目的もあったけど、考え事をするには自分を覆う物を無くして誰の邪魔も入らず、お湯が流れる音だけを感じてするに限る。俺は身体を洗った後、浴槽に足だけをつっこんで今日の話をずっと振り返っていた。

 レインさんが戦う理由。国に残された傷跡。辛い記憶なのだろう。ただ、どうしても他人事に思えてしまう。

 この国に深い愛着があるわけでも無い。レインさんとそこまで深い仲でも無い。みんな俺よりも圧倒的に強いのだから俺の力なんて必要ない。

 それに、俺は俺だ。破魔斧レクスを使えるからといって便利屋でも道具でもない。守る戦いは誉れだろうけど、どうしたって心を燃やすような最後の何かが無い。

 ブレない何かがないといざという時に取り返しの付かない失敗をするものだ。


「ふぅ……いい湯だった……!」


 色々と黒い感情が駆け巡ったりするが、風呂に入るとスッキリする。

 銭湯並みの広いお風呂に毎日入れるなんてなんと贅沢なんだろうか……。こっちの世界の浴場技術も負けていないのは素晴らしい。正直1時間ぐらいは余裕で入っていられる。利用者は錬金科の生徒ぐらいで男性使用人も生徒が使わない時間に使っているから出会うこともない。

 静かでマナーが悪い大人もいない、心のオアシスとはこういう所を言うんだろうな。

 気を抜きすぎたのか廊下の曲がり角で人にぶつかりそうになってしまう。


「おっと失礼!」

「あっ! ごめんなさい!」


 幸いにも接触はしなかったが、まだ湯気が残る少女に軽く頭を下げる。少女も同様に頭を下げてくれると足早に行ってしまう――あれ?


「子供?」


 幼い。俺の胸の位置よりも低いし10歳前後くらいだろうか? 錬金科の生徒しかここは利用できないはずで、幼い子がここにいるのはおかしいような……。

 いや、使用人さんの娘さんかもしれない。雨に濡れてお風呂に入れてあげた。その方が自然……いや、そんな訳ないだろう。謎だなあの子は……とはいっても知ったところで何かしたい訳でもないし、さっさと部屋に戻るか。


「ただいま」

「あれ? 今日は随分と早いのね?」

「まあ、色々とあってな」


 なんというか気まずい、悪い事をしている訳じゃないんだけど。普段より早い時間に帰ってくるとなんだか自分が卑怯なことをしているように思えてしまう。

 アンナは釜の前に立って何やら思考に耽っているのも尚更その気持ちを加速させる。


「アンナは何を作ろうとしているんだ? それにこの芽が出た種は……」


 ソラマメサイズの発芽したての種が机の上に無造作に置いてある。マスコットじゃなくて錬金術で作った何かだろうきっと。


「それは暇つぶしに作ったお遊び用の植物爆弾『オールプランター』。芽を抜いて5秒後に発動するから、試したかったら試していいわよ」

「へぇ、遊び用か……」


 爆弾なのにか? というツッコミは心にしまい。試してみたい欲求が湧いてきた。

 触感は完全に種子。表面のデコボコ加減も絶妙だ。出来の良さに感心しつつ言われた通り、芽を抜いて時間を見計らって宙に放ると、種子が割れて中から手の平サイズのエアプランツによく似た植物が現れ、ゆらゆらと宙を舞い床にポトリと落下した。

 なるほど、名前の通り全てが鉢植えということか。


「なんというか手品みたいだな。花とか咲かせたら人目を引きそうだ」

「いいねそれ! 今度作ってみる!」


 創作意欲を刺激できたのなら良かった。それともう一つのこれは何だ?


「見た感じ布みたいだけど、不思議な感触がする……」


 ザラ付いている? でも、見た感じは皮に近い。どういう技能を持っている布なんだ? 前の世界でも触ったあるような無いような……。


「それは『耐水布』だよ。そうだ! 説明するよりもわかりやすいから見てみてよ!」


 布を持ってセクリがいい匂いを作り出している台所まで引っ張られる。余程自信に溢れているのか掴む手の力も中々のものだ。


「ボクも見たけどすごかったよ。エプロンにも利用したいぐらいにね」


 蛇口を捻って、布に流水を当てると染み込むことなく表面に綺麗な水球を作り、傾けた方向に素直に流れていく。蛇口を閉じて布の表面に付いた水を流すと水痕が一切残っていない布がそこにあった。


「どう? すごいでしょ! 全然濡れないのよ!」

「確かに見事なもんだな。撥水性(はっすいせい)がここまで優れているなんて」

「はっすいせい?」

「単純にいえば水を弾く性能だな。確かハスの葉も同じ性質持ってる」

「ハスの葉? 素材に使ったのはロータスの葉だけど関係あるの?」


 そう言って見せてくれたのはまごうこと無きハスの葉。形も色も、触ったときの感触も同じ。


「なるほど、同じ物だけど名前が違うだけだな。やっぱり世界が変わっても同じ物って結構あるもんだ」

「へぇ~。世界が違ってもまったく同じ植物があるなんておもしろいね」


 人の姿も大して違わないのも中々興味深いけどな。ただ、魔力の有無は何が原因なのか気になるところでもある。それがわかれば俺も魔力を得られる可能性も生まれる。

 でも、そうなってしまったら破魔斧を持てなくなりそうだからよく考えないとならない。まっ、無駄な想像だろうけどな。


「でも懐かしいな……ボク達が出会ったダンジョンにあった巨大花。あれもロータスの花を模したものなんだよ」

「そういえばそんな形だったな」

「あの経験は忘れられないって……」


 つい昨日のことのように思い出せる。なにせ俺達は死にかけた。レクスがいなければ確実に死んでいた。ギリギリ生き残ったダンジョンだ。結果として子供達も助けられてセクリとも出会えた。

 胸を張って成功だと言える思い出だ。


「花言葉は「神聖」や「清らかな心」……情報は沢山入ってるんだ。綺麗で沢山の人の支えになっていた。自分の目でちゃんとした姿を見られなかったのが残念だったけど」

「それは何というかすまん……」


 緊急事態とはいえ、花を真っ二つにしてしまったんだよなあ……。


「あっ、ごめんね! 攻めてる訳じゃないんだ。それに形だけなら今温室で見られるから」

「見た目は綺麗だったし、思い出深いのよね…………あっ!」

「ん? 何か気になることでもあったか?」

「ううん。別に。ちょっと良いこと思いついただけだから」


 いい笑顔な企み顔を浮かべて自室に戻ってしまう。言及するのも味気ないだろう。


「本当に元気だな……」

「そういうテツオは何だか元気がないように見えるね、何かあった?」

「見えるか?」

「うん、悩みでもあるなら何でも聞くよ」


 隠すべきかそうでないか。言いふらすべき情報で無いことは確かで、伝えられた情報は飲み込んだが胸焼けを起こしているのも確かだ。

 それに、この悩みを吐き出せる相手はセクリしかいないかもしれない。


「俺の部屋で話そう。アンナの耳に入れるのも良くないし、他言無用で願いたい……」

「大丈夫! 使用人の口は金庫よりも硬いんだから安心して話して!」

「実はな……」


 アメノミカミが襲来する可能性が高いということ、レインさんには深い因縁があるということ、被害にあった場所を見てきたこと、俺も戦って欲しいと言われたが、喧嘩みたいに断ってしまったこと。

 セクリは俺の話をしっかりと聞いてくれた。ただ、それだけで何だか心が楽になった気がする。


「なるほど……随分と大変なことが起きそうなんだね。ボクも秘密裏に準備しとこうかな……」

「構わないけど周りに気付かれないようにな。まだ予想の範囲だし話を聞く限りじゃ心に傷を負った人が多い事件だ。いたずらに混乱を招く事態は避けたい」


 あの感じだと確実に来ると決まってるみたいだった。でも何時来るかまではわかっていない。事前に避難はできない。解除したタイミングで出現したら最悪の事態になりかねない。

 不安を煽ることは本当に容易い、根拠が無くても適当なことを言えば相手は勝手に想像して不安を覚える。おまけにガソリンに火を点けたように簡単に爆発的に広がる。当時の光景を思い出す人も大勢いる。迂闊に広まったら手が付けられなくなるだろう。


「もっと他に話したいことがあるんじゃないの?」


 その言葉にドキリとしてしまう。正直にある。心の奥底で渦巻いているある想い。


「こんな相談多分セクリにしか話せない。俺は、どうしたらいいのかわからないんだ……キャミルさんからこの話を聞かされても戦わなきゃって気持ちがまるで湧いてこなかった。アンナの為だけに戦いたいって言葉も逃げで使ってるんじゃないかって思う自分もいる。本気の心が無いのに破魔斧の力を振り回すのは間違ってるとも思う。でも、全てが逃げに感じてしょうがないんだ!」


 自分の感情から、他人の期待から、力の責任から。自分の信念を体のいい逃げ道に使っているんじゃないかって。


「それが悩みなんだね」

「アンナを守りたいことに嘘はない。使い魔だからだけじゃなくて俺自身の心でそう決めてる。だからこそなんだ……」


 破魔斧の力。確かに頼りたくなる栄光の輝きを放っている。沢山の人を守れるだろう、アメノミカミともいい勝負ができるだろう。

 助けられる人も増えるかもしれない。そんな想像もできる。

 でも、そこに俺の意志があるのか? 


「そのままで良いと思うよ? ボクだって誰でもお手伝いしたいって思わないよ。アンナちゃんとテツオが1番大事で、少し余裕ができてルティのお手伝いができるようになった。これからもっと技術が上がっても誰も何でも助けることはできないと思う」

「それは確かにそうだけど……」

「深く考えすぎだよ。ボクの胸に飛び込んで頭空っぽにしてもいいんじゃないかな?」

「……本当にヤバくなったら借りるよ」


 深く考えすぎ。状況が状況だけに深く考えてしまう。

 俺が離れている間にアンナが傷つくようなことがあるのは本当に嫌だ。力があるのに危機に晒せば何のための力になる? アンナを守るために力を欲したのに、別の誰かを助けるために駆り出される。その間にアンナの身に何かが起きたらどうする?

 本末転倒じゃないか。


「でもね、テツオが国のみんなのために戦いたいって言うならボクは全力で応援するし、ボクを頼ってくれてもいいよ」

「えっ?」

「きっとどれも正解で間違いなんてないよ。ただ何を掴むかだけ、後悔しない道を選ぶだけだよ。全部1人でどうにかできるわけないんだから」


 俺がアンナを守ること、それは間違いじゃない。でも、俺以外もアンナを守ってくれる。これも事実。視野が狭くなっていた、俺一人だけがアンナの絶対的な味方じゃない。


「きっとその時にならないとわからないなこれは……」


 何を選択すべきなのか、その時の状況で変わる。

 そして、最悪の選択肢が突き付けられるようなことがあっても、心に決めた「誰か」や「何か」を守ることだけは諦めてはいけないだろう。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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