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ショタになった


 すすり泣く声が聞こえる。

 微かに開く瞼に映るのは清潔感のある白い天井を背景に涙を流してくれる両親と妹。

 まだ聞いていたいのに段々と聞こえなくなっていく声、まだ見ていたいのに薄暗くモヤが掛かる視界。

 医療ドラマでよく見るモニターからまるでBGMのようにピッ、ピッと電子音が聞こえていたはずなんだけど、もうそれも聞こえない。


 ああ、そうか。

 僕は、もう、死んだのか。



「……ここは?」

 次に僕が目を覚ましたのは病院のベッドとは似ても似つかない、真っ暗な空間だった。何も見えないながら僕はとりあえず立ち上がり周りを見渡すと一筋の光が見えた。

 僕はすがるように歩を進めた。

 まるで街頭に群がる虫のように。

 その光は街頭ではなかったが、同じように天から降り注いでいるようで、その光をまるでスポットライトのように浴びている人がいた。

 ああ、そうか、これ知ってる奴だ。

 僕の記憶が確かで、これが夢でないとするなら、あの人は女神なんだろう、つまりこれは死後の世界。僕の好きな物語に準ずるならきっと異世界へ転生……とまでは言わないけど、生まれ変わらせてくれる女神様なんだろう。

 正直死んだ実感もないし、不思議と悲しくもないし後悔もない、……っと言うかほとんど生前の記憶と言うか思い出みたいなものがないんだよね、まぁ、こうなった以上深く考えても仕方ない、とりあえず、次の人生を謳歌出来ることを願って女神様に会いに行くとしよう。

 光に向かって歩き続ける僕だったけど『ふと』したことを考えてしまう。

 いや、ちょっと待って、女神様ってことは美少女ってことで、もしかすると、その女神様とのラブストーリーに発展する可能性もあるよね、世の中、男は顔じゃないと言うし、絶対にないわけじゃないよね。

 女神様に対して望み薄とは言え、そこら辺の高校生が社長令嬢の美少女と恋愛するなんて漫画とかではよくある話だから、顔に自信のない僕だって――。

出来る限り身だしなみを整えて女神様の待つ、光の下へ急ごうと再び一歩踏み出すと光が消えてしまう。

 あれ? どこに?

「哀れな子羊よ、汝の死を私は嘆き受け入れましょう」

 そう思った次の瞬間、まばゆい光と共に綺麗な声を背に受けた僕は、女神様が瞬間移動して背後まで来てくれたのだと理解する。

 正直予想通り過ぎて、驚いているけど、さすがは女神様、琴の音のような声だよ。まぁ、琴の音を聞いたことないけど。

「不安でしょう、悲しいでしょう、しかし、それももう少しです。女神である私が汝を救いましょう」

 ああ、やっぱり女神様だったんだ。実は女神じゃないみたいなことが無くてよかった。思い違いだったら恥ずかしいし。

「汝の御霊を――ゲホッ、ゲホッ」

 ん? 女神様? なんで咳き込んでるの?

 いやでも、女神様とは言え、咳き込むことぐらいあるか、ん? あるのか?

「あー、きっつ」

 なんか今聞こえちゃいけない独り言のようなものが聞こえたんだけど、と言うか、残業終わりのおじさんみたいな声してたんですけど。

 それまで祈りを捧げるように瞳を閉じ、胸の前で見よう見まねで十字架をきり、両手を合わせていた僕(無宗教)だったけど、さすがにこれは振り返ったほうが良いと思い、恐る恐る振り返るとそこには女神? がいた。

 たしかにフォルム的には、生物学的には女なのだろう、一応出るところは出ている。

 ただ、予想していた女神とは全く思えない外見をしていた、そう、わかりやすく言うのなら中学校の運動会、そこでよく目にするフォルムをしていた。

 まぁ、察してほしいところだけど、一応、気を遣って言えばマシュマロ系オバサンと言えばこれ以上の説明はないと思う、ブスを隠すためか、必死な厚化粧も正にオバサンそのもの――と言うか、隠しきれてないんだけどね。

 まぁ、そんな僕の心の声はともかく、そのオバサン女神を見た瞬間僕は、「あっ」と見てはいけないものを見てしまったような声を出してしまう。

「……なによ? ジロジロ見てるんじゃないわよ」

「い、いえ、そのすみません」

 さっきまでの声とは全く違う声だった。

 だが、それは驚くべきものじゃない、よくよく思い出してみれば、僕の母も電話を取る時と切った後の声が別人だろ、って思ったことあったし。

 そんな声に若干驚きながらも睨まれたので僕はついつい謝ってしまう。

「ったく、こっちが気を利かせて後ろから声を掛けてるってのに、振り向く奴がいるかね? 本当に今時の若い奴は空気が読めないわねぇ」

 何故か理不尽に怒られている、僕としては褒めてほしいのに、何故かって? オバサン女神を見た瞬間、『オークのメスかよ』と言いそうになったのを必死で堪えたからだ。

 気を遣った僕がこんな風に言われるのなら、もうこのオバサンに気を遣う必要なんてないんじゃないかと思えてくる。

「えっと、その、つかぬ事をお聞きしますが、こういうのって、その若い女神様が出てくると思うんですけど?」

「っち」

 ええ、今舌打ちしたよ、このオバサン女神、そんななりでも一応女神名乗ってるのに態度悪過ぎるでしょ。

「そんなもんねぇ、あたしだってわかってるわよ。女神=若くて可愛い女ってことぐらい、でもねぇ、仕方ないでしょ、天界だってね、若い女神が不足してんの。あーあ、昔は良かったわよ、女神なんて憧れの職だったからねぇ、それこそ掃いて捨てるほどいたわよ。ここはキャバクラか、ってぐらいね」

 なんか、押しちゃいけないスイッチを押したみたいで、愚痴が止まらなくなってしまう。

「でも、今の若い女神は駄目よね、ちょっといびっただけでイジメだ、パワハラだって叫ぶし、あたしが若い頃なんてね、先輩にボロクソ言われても笑顔でありがとうございますって言ってたってのに、ほんと、最近の女神は駄目、口だけだもの」

 うわぁ、こういうのって神様の世界にもあるのかぁ、聞きたくないんだけど。

「だから、あたしもあんたたち人間の夢を壊さないために、姿を見られないように背後に回って、出にくくなった高い声出してたんでしょ、それなのにわざわざあたしのことを見て『こういうのは若い女神様が』とか言うなんて信じられないわね。そんなんだから童貞なのよ」

 いや、余計なお世話だよ! ……確かに――いや、生前の記憶はほとんどないから、そう、だから、覚えてないだけだから! きっと彼女だっていたし、童貞じゃない……はず。

 残っている記憶に女子の姿は妹だけしかないけど、忘れているだけということにしておこう、とりあえず、このままこの女神の愚痴を聞いていても仕方ない話を進めてもらおう。

「その、気を遣っていただいてありがとうございます、僕が至らないばかりにすみません。えっと、それで、これから僕はどうなるのでしょうか?」

「あ? ああ、そうね、ここであんたみたいな冴えない男と話してても時間の無駄よね、それじゃあ、簡潔に言うわ、あんた生き返りたい?」

「そりゃあ、勿論生き返りたいです」

「生き返りたいっと、それじゃあ、このリストから生き返りたい生物を選んで」

 テキトーなコンビニバイトの接客と言えば伝わるだろうか? そんな感じで女神が出現させたリストのようなものに目を通す。

「なになに…………えっと、すみません。これ、人間がないんですけど」

 そのリストの中には虫、魚、鳥、植物の名前しかなかったからだ。

「そんなもん、あんたの生前の働きが悪かったんでしょ? ちゃんと生きてぽいんとを積んだ者がよりいい生物へ生まれ変われるなんて当たり前でしょ? 大したこともしてない癖に最上位の人間に生まれ変わろうなんて考えが甘いのよ」

 え、えぇぇぇぇ!? 人間に戻れないって、たしかによく見たら二重線が引かれてる項目に人間がある、っていうか、哺乳類にさえなれないみたいなんだけど。

「えっと、たしかにそんな大それたことはした覚えは無いですけど、哺乳類にさえなれないって、逆にそこまで酷い事とかしたことないですよ」

「ふ~ん、そう、身に覚えがないと、大人に隠れてお酒を一滴たりとも呑んでいないの?」

「ないですよ」

「いじめに加担したこともないの?」

「ないですよ」

 記憶がほとんどないとはいえ、僕の性格上お酒なんて手を出せないだろうし、どちらかと言えばいじめられる方ではないかと思うから、断言しても大丈夫だな。

「なるほど、嘘は言ってないようね。それじゃあ――」

 全く、まじめを絵に描いたような僕がそんなことをしてるわけもないって言うのに、疑り深いな。

「16才で他界してるあなたはR18と書かれている物に手を出してないの?」

「……あ、ありません」

「おい、こっち見なさいよ、目を見て言いなさいよ」

「いやだなぁ、嘘なんてついてませんよ」

「なら、ここに証拠があるから見てみようじゃない」

 女神はUSB的な何かを取り出し、笑みを浮かべる。

「あの、えっと、それは、まさか――」

「生前あんたのパソコンに保存されていたデータがここには入っているのよ、女神ならこれぐらい朝飯前よ、さてっと」

「お、お許しを! 女神様ぁぁ!!」

 再生機的な何かにそれを刺そうとした瞬間、僕は負けを認めた。そこに入っているのは……何かは言えない、じゃなくて覚えていないけど、思春期の男のパソコンの中身と言うだけでヤバイ、いや、僕がヤバイ画像とか保存してるわけじゃなく、一般的な話だから、履歴とか調べられて動画サイトとか出てきたらヤバイし、いや、記憶には一切ないけどね。

「ったく、わかったらさっさと選びなさいよ、あたしだって暇じゃないんだから」

 土下座をしたことが良かったのか、精神的な処刑一歩手前で事なきを得た僕は、渋々、リストに目を通すがなんど見ても生れ変わる気にはならない、強いて言えば空を飛べる分だけ鳥類かな、程度なので駄目元で質問してみる。

「その、つかぬことをお聞きしますが、もし、生き返りたくないと言った場合どうなるのでしょうか?」

「あんたにある選択肢は2つ、1つはそのリストの中から生き返りたいものを選んで現世へ甦ること、もう1つはポイントを稼ぐため女神の手伝いをすること、この2つだね」

「ちなみに女神様の手伝いとは、どんなことを?」

「そりゃあ、色々よ、あんたの国でわかりやすく言えば、そうねぇ、家事代行サービス的な奴?」

 これの家事代行を!? 冗談じゃない……けど、鳥に転生するよりはマシなのかな?

「あー! そうだ。思い出した。……あんた、今の感じだとそのリストに不満があるってとこなんでしょ?」

「ええ、そうですけど」

「それならとっておきの方法があるわよ、女神の仕事の1つに世界の秩序の維持があるんだけど、あたしが担当している世界の1つが少し変なのよ、その原因を見つけて排除してくれれば、あんたの好きな生物で好きな転生先にしてあげるわよ」

「ほんとですか!? なんでもいいですか?」

「勿論、何でもいいわよ、ただの人間じゃなくて金持ちの両親の子とか、芸能人の二世とか、なんでも選び放題よ」

「ホント!? じゃあ、それでお願いします!」

「今、言ったわね?」

「え?」

「今ここに契約は交わされた。あんたはあたしの手となり足となり、世界の秩序を守りし者、秩序守護者バランスキーパーとして世界の秩序を保ってらっしゃい」

 困惑している僕をよそに女神は仕事を終えたように、背伸びをしていると、僕の足元に魔方陣的な何かが出現し、次の瞬間、僕は異世界へ転生されてしまった。



 頬にひんやりとした冷たさを感じゆっくり目を開けると、どこかもわからないような暗い路地裏で倒れていた。

「そうか、異世界転生したんだったっけ? まずは情報収集を……ん?」

 起き上がった僕はそんな独り言を呟きながらある異変に気づいた。

「ちっ、ちっちゃくなってるぅぅぅ!?」

 生前の僕は残された記憶通りなら175センチぐらいの中肉中背の体格だったはずなんだけど、自分の目線、腕の長さに地面までの距離、どれを見ても自分の身長が縮んでいるのは明白だった。

「うるさいねえ、何を騒いでるのよ?」

「そりゃ、騒ぐよ! だって僕の体が――ん? 今の声、女神様?」

 ついさっきまで聞こえていた声に少し冷静さを取り戻した僕はどうしてこんなことになっているのか問いただそうと視線を動かし、辺りを探すが人の姿さえ存在しないので、首を傾げると、そんな僕の前に1匹の可愛いリスが現れる。

「あっ、可愛いリスだ。おいで……って、イッタァ!!」

 僕がしゃがみ手を伸ばすと、リスは可愛い顔のまま容赦なく噛んで来た。

「気安く触るんじゃないよ、まったく」

 目の前の可愛いリスからは想像できない聞き覚えのある女神の声が聞こえてきた。

「えっ! 女神様? もしかしてリスになったとか?」

「違うわよ、これは使い魔、通信機だと思ってくれればいいわ、私はちゃんと天界にいるわよ」

「えっ、僕って女神様の手伝いとしてこの世界に転生したんですよね、だったら女神様もこっちに来るはずじゃ?」

「はぁ? 行くわけないじゃない、そんな面倒なこと女神自らやるわけないでしょ、私の代わり、つまりは女神代行としてあんたがやるから意味があるんじゃない、馬鹿なの?」

「(くっそ、酷い言われようだ)わかりました。とりあえず、このリスは女神様の使い魔で通信機的な役割で女神様はこちらに来ないということですね、それはわかったんですけど、あの、僕、縮んでいるような気がするんですけど」

「……気のせいじゃない?」

「いや、そんなんで誤魔化せるわけないでしょ」

「ったく、面倒くさいわね、あんたの元の体はすでに腐敗が始まっているからそっちに持っていけないわけ、つまり、あんたを異世界転生させるには適性のある現地の空になった人間の体に魂を入れるしかないわけ」

「えっ、それじゃあこの体って元の体が縮んだだけじゃなくてそもそも別人の体ってこと!?」

「ほれ」

 リスはどこからか、手鏡のようなものを取り出し僕に見せてくる。

 肩に掛からない程度の長さをしたボサボサな紺色の髪に不健康そうな色白の肌、つぶらな紫色の瞳、背丈は大体150センチ無いぐらいでやせ細った体格をしていた。

「誰だ、これぇ!?」

「あんたの新しい体よ、なによ、随分と不満そうね、4日も掛けて元のあんたより大分美少年な体を選んであげたんだから、感謝なさい」

 たしかに顔は美少年だ。悔しいけど、元の僕では勝負にならないくらいの美少年、このまま元の世界に戻れれば、某男性アイドル事務所にも余裕で合格するぐらいの顔だ。

「そりゃあ、ありがたいですけど、なんで子供なんですか? 秩序を守るんですよね? だったら大人の方が体格も良くてなにかと便利なのでは?」

「この異世界で死んで空だった適性のある体がアクションスターみたいなゴリマッチョのおっさんぐらいしか他の選択肢がなかったのよ」

「いや、それでいいですけど」

「はぁ? 馬鹿じゃないの? 美少年の方がいいに決まってるでしょ、こんないかにも幸が薄そうで貧弱そうな母性のくすぐられる感じの可愛い坊やのなにが不満なのよ?」

 通信機越しでもわかるほど、キラキラとした口調で美少年のことを語る女神。それを聞いて僕は「(そっちの趣味じゃん)」と心の中でツッコミながらも仕方がないと思いそれ以上は追及せずに話を進める。

「それでショタコン――じゃなかった」

 しまった、本音が出てしまった。せっかくここまで女神様だからと自分に言い聞かせて接していたのに、あの気難しそうな女神様のことだ。きっと怒られる。

「誰がショタコンよ、全く、元の姿のあんたなら歯の1本でも抜いてやるところだけど、まぁ、美少年に言われるなら悪くないわね」

「理不尽すぎる」

 あー、イケメンって幼い時からこんなにお得なのかぁ、前世の記憶はほとんどないけど、この沸き上がる感情的におそらく元の僕はこんな経験したことないんだろうな。

「それで、女神様。これからどうすればいいんですか? 情報収集?」

「それも大事だけど、その前にあんたの体は魂が抜けた抜け殻、つまりは死体に入ったわけ、だからあんたはここで死ぬはずだった『ユーネスト』として生きて行かなくちゃならないわけ」

「あー、なるほど、そうですよね。人間関係とか、その他諸々引き継ぐ形ですよね、でもそうなると面倒なんじゃ? 家族とかどうするんですか?」

「それについては大丈夫、こんなところで飢え死にするぐらいだもの、その子に家族なんていないし、親しい人もほとんどいないわ、だからボロが出ることもほとんどないだろうし、いざとなれば記憶喪失とか言っておけばいいわよ、あとは……」

「女神様?」

「あー、呑み過ぎちゃったかしら眠くなってきたわね。あとのことは『あの』に任せるわ」

「えっ、ちょ!? せめてあの娘って誰かだけ――」

 僕の声は届かず、通信機として役目を終えたリスが虚しそうにツー、ツー、と電話が切れた時の音を発しているのを見て項垂れる。

 さっきまでの会話中お酒呑んでたのかよ、一々ムカツク女神だよ、もうどうすればいいんだ。こっちの世界の事、全然わからないし、頼みの綱の女神はあんなんだし、すでに帰りたいんだけど。

「あのー、すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」

 可愛らしい声が聞こえ、振り向くと前髪を綺麗にそろえた長い茶髪の美少女がいた。

 僕はこの時察した。この子がさっき言っていた『あの娘』なのだろうと、何故なら体格は中肉中背だけどメリハリのある女の子らしい体つきにあの可愛らしい声と特徴的な赤いイヤリングをしている。これはもうヒロイン的なポジションの子だろうと確信して『あの娘』の声に答える。

「あー、あなたが『あの娘』ですよね? いやぁ、探す手間が省けて助かりました。あなたもあの女神なんかにこき使われて大変でしょう? これからよろしくお願いしま――す・ね?」

 僕が話している言葉が全く響かないと言った様子で、頭の上にはずっと?マークが並んでいるような顔つきの彼女は、自信を失くした僕の『ね?』と同じタイミングで首を傾げてくる。

「え、えっと、すみません。もしかして人違いをしているのでは? わたくしは少し道を聞きたくて声を掛けたのですけど……、その様子だとあまりここには詳しくないようですね? すみません、先を急ぎますので」

「い、いえいえ、こっちこそ、勝手に勘違いしてしまって」

 僕がへこへこ頭を下げるとその娘は礼儀正しく頭を下げてくれて、僕の前から走り去って行ってしまった。

 ――めっちゃ、恥ずかしい!

 めちゃめちゃ恥ずかしいよ、これ、えっ、でも今のタイミング的にどう見ても『あの娘』登場の流れじゃない? つまりあの娘モブキャラ的な感じってこと? モブキャラにしては可愛すぎるし、タイミング悪すぎるでしょ!?

 とりあえず、赤面しているであろう熱くなった顔を両手で押さえ、石畳の路地裏でのたうち回ったのちに、僕はとりあえず『あの娘』を探そうと光が差し込んでくる方へ歩いた。

 あーうん、いや、凄いよ、異世界転生何てめちゃくちゃ凄い事なんだろうけど、なんだろう、このやり尽くされてる感、そしてこのファンタジーにありがちな地中海近辺の町並みたいな既視感、一言で言えば思ったより感動しない。

 路地裏を出ると目の前には眩いばかりの日光に照らされている王道ファンタジーの白い壁と橙色のレンガをメインとした綺麗な街並み(ペスカトーレとかが美味しそうな)が広がっていた。

 本来ならテンション爆上がりのはずなんだけど、初っ端からやらかした精神的ダメージが癒えていないことと、見慣れ過ぎたような光景も相まってため息が出てしまう。

 心の傷も癒えないまま、『あの娘』を探すためにリス(通信機)を肩に乗せてフラフラと歩き出すと通りのレストランの前で人だかりが出来ているのが目に入る。

 何かの見世物でもしてるのかな? 行く当てもないし、見てみよう。

 人混みの足元を器用に抜けて近づいて見ると、どうやら大食い大会が開かれていたらしく、町の大食いチャンピオンと挑戦者の一騎打ちが行われていたようだっ『た』。

 そう言うのもチャンピオンらしき大男はとっくにテーブルに突っ伏しているのだ。

 言ってしまえば残り10分を残してすでに勝負はついている。それにもかかわらず、挑戦者は涼しい顔で食事を楽しむかのようにペスカトーレらしきパスタを食べ続けているのだ。

 3人前は盛っていたであろう大皿がすでに10枚以上積まれているにもかかわらず(ちなみにチャンピオンのほうは3枚)。

 これは凄いなぁ、と呆けていると挑戦者と目が合う。

 キラキラと光を反射するかのような長く綺麗な銀髪、白魚のような肌、誰がどう見ても美少女だと言い切れるほどの端整な顔立ち……まではいい、その顔立ちに似つかわしくないほどの死んだ魚の目のような灰色の瞳、『もうこれ以上は勘弁してください、ディナー分のソースが無くなってしまいます』と嘆きながら土下座する店主を無視して口の回りをトマトソースまみれにしながら食べ続ける、その姿。

 目と目が合った瞬間、僕は嫌な予感がしたので肩に乗ったままのリスに視線を移すと、どことなく頷いたように見えた。

 女神様、どうかお願いです。

 チェンジでお願いします。

 そう、大食い勝負何て関係なしにただただ己の食欲を満たすためだけに、店主に土下座されながら口の回りをトマトソースまみれにしているこの大食らいこそが、どうやら『あの娘』らしい。



最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字脱字が、もしありましたらご報告いただけると助かります。

1人でも多くの方に読んで頂けるように頑張っていきますので

応援のほどよろしくお願いいたします。


一応投稿ペースなどは1週間に1本を目安に考えております。

1話目は少し長くなってしまいましたが、

2話目以降は半分くらいの文字数を予定していますので

これからはより軽い気持ちで読んで頂けると幸いです。

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