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騎士団長の息子はヒロイン王子CPを推したい

 屋敷の自室。綿密に書き記したフローチャートに目を通しながら青年は呟く。


「明日から新学期が始まる。予定通りなら、今年編入してくるはずだ」


 良くも悪くも純真で、物怖じしない性格の男爵令嬢。そして、この物語の主人公。


「頑張って王子を堕として欲しいな」


 ちらりと時計に目を向ける。

 まだ早朝で使用人たちが起き出す時間だ。


「早めに出よう。任務に遅刻する訳にはいかないしね」


 机の引き出しの底板を外し中にフローチャートを隠した。


「ごめんね。新学期から数日、休むことになるや」


 青年はほくそ笑む。


 青年は騎士団長の息子として生まれた。若くして才能を開花させ、在学中ではあるが正式に騎士として活動している。今回は、街道に出没する盗賊の討伐任務に自ら志願していた。




 男だけど、乙女ゲームをプレイした経験がある。主人公に感情移入するというよりは、一つの物語を読んでいる感覚。主人公の選択によって分岐する、もしもの可能性は、ありえたかも知れない恋の物語を垣間見ることができた。男の観点からすると、主人公が攻略対象者にむしろ攻略されている気分になるときもあるけど、攻略対象者にしても魅力的で恋に発展するのが腑に落ちたりする。どうしてそうなった!? なんてことも多いけど、それはそれで面白い。純粋に楽しめたんだ。


 僕は騎士団長の息子として転生した。この乙女ゲームにおける攻略対象者の一人。でも、主人公と王子のカップリングを僕としては推したい。王子すごい良い奴なんだよ。転生して幼馴染として過ごしたから自信を持って言える。それに、物腰が優雅で王族として女性の扱いを心得ているし、容姿も端正な顔立ちの美青年。加えて、知力や魔力も秀でている高スペックな超人だ。婚約者がいないのは運命の悪戯だろう。


 弱点という程ではないが、王子には心を許せる相手が少ない。そして、その心の隙間を埋めるのが主人公になる。主人公の存在は、王子にとって大きな支えとなるのだ。




 任務も終わり、新学期が始まって初登校する。僕は学園に続く桜並木の道を歩いていた。本来であれば、ここで攻略対象者が集い歩いている姿を主人公であるソフィが遠目から眺めるイベントがある。一枚絵もあったはずだ。初日は個別に出会いのイベントもあるし、編入して数日は立て続けにイベントが発生する。

 だから、任務を理由に休んだ。騎士団長の息子は学園では王子と行動を共にすることが多いから、王子を攻略しているのに騎士団長の息子のイベントが発生したりするしね。ソフィのことは嫌いではない。むしろ好きな部類ではあるけど、推しのカップリングが尊すぎて不可侵の領域というか恐れ多いというか。

 そんなことを考えながら独りで歩いていると、女学生の姿が目についた。


 桜舞い落ちる景色に佇む女性。


 ドクン


 ……あれ?ソフィじゃないのか? こんなイベントなかったけど。


「綺麗」


 近くを通り過ぎようとしていたときに、桜を見上げていたソフィの呟きが聞こえた。誰かに宛てた言葉ではない。よし。このままスルーしよう。


「あ、あのっ!」


 残念、逃げられない。呼び止められた。


「私はアルシェ男爵の娘、ソフィと申します」


「フランセル伯爵家のシリルです。何か御用ですか?」


「ああっ! やはり、あなたが……ッ」


「!?」


 両手で僕の手を握り、身体を寄せてきた。

 いやいやいや、ソフィってこんな子だっけ!?

 物怖じしないのは知っていたけど、ここまでグイグイ来るのは想定外だ。


「あの……」


「あっ……す、すみません! 騎士様に憧れていまして……」


 慌てて手を放したソフィは顔を赤くして俯いた。

 アルシェ男爵家も騎士の家系だ。彼女は護身術代わりに剣術を嗜んでいる。同年代の男相手にも充分通用する強さで、学園の授業で目を付けた騎士団長の息子が模擬戦を申し込む展開とかあったな。それはともかく、どうしてこうなった。同じクラスだし、別れて登校するのは不自然かな?


「光栄です。立ち話しも何ですから、学園までご一緒にいかがですか?」


「はい! 喜んで!」


 原作の騎士団長の息子は強気な俺様系。ソフィの強さに目を付けたことが切っ掛けで距離が縮まる。まあ、仲が進展するとヘタレるんだけど。僕とは似ても似つかないな!前世の頃から武術の心得があったから今の段階で騎士になれたけど、期待に添えるような人間じゃないよ?

 頭を抱えたくなる気持ちを抑えてソフィと登校した。




 教室でソフィと別れたあと、王子が近づいて来た。


「おはよう、シリル。任務、大変だったね」


「おはようございます、殿下。心配はご無用ですよ」


「学園では昔のように接して欲しいな」


 王子が困ったような笑みを浮かべた。


「……わかったよ、ユーグ」


「ありがとう。それにしても、シリルが女性を連れて登校するなんて珍しいじゃないか」


「成り行きだよ」


 ユーグが席に座っているソフィに目を向ける。


「彼女、面白いね」


「アルシェ男爵令嬢が?」


「ああ。シリルが休んでいる間に何度か話す機会があってね――」


 順調にイベントが進行しているようだ。

 今まで学園ではユーグの護衛も兼ねて一緒にいたけど、常駐している専属の護衛がいるから本当は要らない。ソフィとの仲を邪魔しないように別行動することも視野に入れないと。


「ユーグ。少し席を外すよ」


「えっ……」


 捨てられた子犬のような目で見つめられる。


「……お手洗いだよ」


 駄目かもしれない。別行動はなしだ。




 案の定というか、なんというか。

 狙ったかのように突発的なイベントに巻き込まれる。


 とりあえず廊下の曲がり角は気をつけないと、いつぶつかるか分からない。


「ご、ごめんなさい!」


「怪我はなかったかい?」


 ユーグがソフィを抱きしめるような形で倒れないように支えた。

 気配を察知してユーグとの立ち位置を入れ替えていたのは内緒だ。


 階段も危ない。踏み外したソフィが後ろに倒れそうになる。


「大丈夫かい?」


「は、はいぃぃ」


 ナイスキャッチ王子。


 ユーグと食堂で食事をしていると、ソフィがトレイを持った状態できょろきょろしている。席が埋まっているのか。ユーグの周囲は皆が遠慮して空いているけど――ユーグが動いた!


「ソフィ嬢、相席でも良ければ空いているよ」


「ありがとうございます!」


 楽しそうに会話しているな。この空間に居られるのは良さみが深い。




 さてさて、やって参りました剣術の授業が。ソフィが模擬戦をしている様子を観戦しているのだけど……本当に強いな!?

 流石に正式な騎士ほどではないけど、騎士の家系の嫡男を相手に優勢だ。


「くっ、参りました……」


 ソフィが首に木剣を突き付けた。

 これはソフィに挑みたくなる気持ちも分かるな。挑まないけど。


「凄いなソフィ嬢。シリルなら勝てそうかい?」


 ユーグ、分かっていて聞いているよね? その手には乗らな――


「シリル様! わたしと手合わせして貰えませんか?」


 挑まれるパターンか!


「良いですよ」


 ソフィと訓練所の中央で向き合う。


「本気でお願いします」


「善処するよ」


 ソフィの木剣を受け止め、こちらからも斬り返す。そのまま数合打ち合った。速いけど、軽い。木剣を弾き飛ばし、そのまま首に付きつけた。


「強いね、ソフィ嬢」


 悔しそうな、でもどこか嬉しそうな顔……?


「参りました」


 ソフィは学園での活動次第で知力、魔力、剣術のパラメータを上げることができる設定だった。編入して間もないのに剣術特化になっていない?




 授業が終わり、放課後。ここからは個別のルートに入るために行動する時間だ。王子と仲を深めるなら生徒会、騎士団長の息子は剣術の部活、宰相の息子は図書室で勉強、教師狙いで仕事の手伝いとか。攻略対象者に合わせた放課後の過ごし方がある。ちなみに、僕は放課後になると騎士の訓練に行くので、剣術の部活に入っても会えない。ふっふっふ……騎士団長の息子ルートなんて存在しないのだよ!

 どうやら、ソフィは生徒会に入ったようだ。王子との未来が明るい。




 最近、ユーグとソフィが二人でいなくなることがある。他の攻略対象者に会っている様子はないから、王子ルート確定だろう。昼食も二人で食べれば良いのに……気を遣って席を離れようとするけど、ユーグもソフィも引き留めてくる。二人がそれでいいなら、別に良いけどさ。適当に相槌を打ちながら会話を聞いていると、話題が僕の婚約者の話しになった。


「シリルはどうして婚約者が決まっていないんだい?」


 ユーグに言われたくないよ!?


「明確な理由ではないけど、強いて言うなら約束……かな?」


「約束?」


「うん。子どもの頃にちょっとした約束をしてね。それが心残りなのかも。父上には学園を卒業するまでには婚約者を見つけると伝えているよ」


「どんな約束なのですか?」


「あはは……恥ずかしい感じのやつだよ」


 笑って誤魔化した。






 子どもの頃とは言っても、前世の記憶もあったから精神的には子どもではなかった。

 屋敷を抜け出し、良く街を探索していた。そんなときに一人の少女と出会う。身なりから察するに、有力な商人かお忍びの貴族の娘。慌てた様子と付近に親らしき人が見当たらないことを考慮すると迷子かもしれない。


『お嬢さま、どうかされましたか?』


『えっ……?』


 大きな瞳に涙を浮かべた少女が振り向いた。

 吸い込まれそうになるほど綺麗な瞳。不謹慎にも胸が高鳴った。嘘、でしょ……確かに可愛い女の子だけどさ。なんとか心を落ち着け問いかける。


『僕の名前はシリル。お父さんとお母さんがいないの?』


『うん、みあたらなくて……っ』


『わかった。僕が一緒に探してあげるよ』


 立ち竦む少女の手を引き、街を歩いた。

 程なくして彼女の両親を見つけることができた。


『おかあさぁぁぁん!』


『無事で良かった……』


 少女を母親が抱きしめた。


『娘が世話になったようだな』


『いえ、当然のことをしたまでです』


父親は目を見張る。


『しっかりした子だ』


『光栄です』


『名は?』


『シリルと申します』


 反応から察するに貴族だよね。家名を言った方が良いのかも知れないけど、今はお忍びだ。それに、僕が往来で名乗るのは自殺行為でしょ。単独で行動しているのも不味い。


『シリル君。娘のこと感謝する』


『えっと、どういたしまして』


 子ども相手に頭を下げるの!?対等な人間として評価されたような感じがしてむず痒い。器の大きな人だな。


『それでは、僕はこれで……』


『あ、あのっ!』


 先ほどまで母親に抱きしめられていた少女が僕に駆け寄る。


『また、あえますか?』


 見たところ彼女は同年代だ。貴族と仮定するなら、学園で会えるはず。


『きっと、会えるよ』


 少女の笑顔が胸に焼きついた。


『泣いている顔よりも笑っている顔の方が素敵だね』


 思わず心の声を口走った。……おい。何言っちゃってんの僕!? 父親の前というのもヤバい! めっちゃ睨んでる!!


『――ッ』


 少女が顔を赤くして俯いた。

 ど、どうしよう……。立ち去るタイミングを逃した。ええい、ままよ!


 片膝を折り、少女の手を取る。そして、手の甲に唇を落とした。


『僕は騎士です。必ず再会することができると誓います』


『あらあら』


 母親が面白そうにこちらを見ている。父親は…怖くて顔を向けたくない。


『それでは、今度こそ失礼します』


 僕は走り去った。


 少女の名前を聞き忘れたことに気がついたのは屋敷に帰ってからだった。






 月日は流れ、クリスマスパーティーが近づく。

 学園で行われるクリスマスパーティーは一種の社交界だ。婚約者がいる者以外にとっては、パートナーになる者が将来の伴侶になるかもしれない。


 ゲームにおいても、親密な攻略対象者からソフィにエスコートの申し出がある。ユーグがソフィを誘うだろうし、僕はどうするか。幼き日の思い出が脳裏を掠める。結局、彼女と再会できていない。もしかしたら学園で既に会っているのかもしれないけど分からなかったんだ。名前を知らないのは致命的だったな……。


「シリル様!」


 ソフィ? 先ほどまでユーグと連れ立って歩いていた気がするけど、ユーグの姿が見当たらない。


「ソフィ嬢、どうされましたか?」


「クリスマスパーティーで私をエスコートしてくれませんか?」


「――は?」


 はあああああぁぁぁぁ!? どうして主人公からエスコートのお願いが来るの!? どういうことなのユーグ!! どうしてソフィにエスコートの申し出をしていないの!? それよりも僕にフラグ立つ要素あった!? ソフィ×ユーグじゃないの!? いつもは完璧なユーグが見せた弱さをソフィが慰めるアレは!?


「すみません。困りますよね……」


「いえ……殿下がソフィ嬢をお誘いしているのだと思っていたので驚きました」


「ユーグ様はお慕いしていますが、友情です。共通の話題がありましたので」


「えっと?」


「そんなことだろうと思ったよ」


 ユーグが物陰から姿を現した。

 見ていたのかよ! 何これ修羅場!?


「ソフィ嬢にシリルのことを相談されていたんだ。その見返りに婚約者に渡すプレゼントを買う手伝いをして貰ったりしていたけれど」


「ユーグ婚約者いるの!?」


 略奪系!? あ、いや、婚約者を優先するなら問題ないのか。ソフィもユーグは友達みたいだし。婚約者って誰なんだろう?


「最近、婚約したんだけどね。クリスマスパーティーは彼女をエスコートするよ」


「そうなんだ……」


「シリル様。……憶えていませんか?」


 ソフィがおずおずと聞いてくる。

 なんだろう。胸中がざわつく。目の前にいるのは〈ソフィ〉ではないのか?


「私、あなたと初めて会ったのは桜の木の下じゃないんです」


 ドクン


「迷子になった私の手を引いて両親の元まで届けてくださった」


 それは、僕と彼女の思い出。


「きっとまた会えると。再会することができると誓ってくださった小さな騎士様……」


 僕はソフィを見つめた。灯台もと暗し、なのかな。どうして僕は彼女が分からなかった?

 彼女の面影がこんなにも残っているのに。


 僕は彼女の前に跪いた。


「……憶えているよ」


 彼女の手を取り、手の甲にそっと口づけ、立ち上がる。


「ごめん。ソフィ嬢だったんだね」


「シリル様。助けてくださって、ありがとうございます。ずっとお礼を言いたかったの。でも、気づいてくれなくて……。忘れてしまったのかと思いました」


 涙を浮かべ笑うソフィに胸が締め付けられる。

 やっぱり素敵な笑顔だった。……認めるよ。僕は彼女が好きだ。ずっと前から。ユーグとソフィはお似合いだと思う反面、側から離れようとした。二人と一緒にいる空間は心地良い。触れられない、触れてはいけない。近くて遠い場所。眺めているだけで充分だと思っていた。


「ソフィ嬢」


「――ソフィ。ソフィと呼んでください」


「ソフィ。あなたをエスコートしても良いですか?」


 馬鹿だ。大馬鹿だ。この世界がゲームではないことなんて騎士になってから身に染みて感じていた。学園という舞台だけ例外なはずはない。ソフィとちゃんと向き合う必要があったのに、目をそらし続けた。


「はいっ!」


 こうして僕は彼女を連れクリスマスパーティーに出た。ゲームのようでゲームではない世界。でも、あえてゲームっぽく言うのなら、ここから先は僕のルートだ。どうか最後まで攻略して欲しい。



 ようこそ騎士団長の息子ルートへ。






シリル(騎士団長の息子):前世は大学生。転生トラックに轢かれた。攻略されないように立ち回っていたはずが、幼い頃にフラグが立っていた。ソフィが編入した翌年から宰相の息子や教師、隣国の王子等が絡んでくることになる。紆余曲折はあったが、無事にソフィを守り抜き婚約。結婚することができた。


ソフィ(主人公兼ヒロイン):本来であれば出会うはずのない時期にシリルと出会ったことで、学園入学時点でシリルに対する好感度が異常に高かった。思い出補正もかなりある。剣術特化になっていたのも騎士になったシリルに振り向いてもらうため。王子からはシリルの情報を貰いつつ惚気ていた。


ユーグ(王子):完璧であるが故に孤独を抱えていたはずが、幼少期にシリルと知り合い親友になったおかげで克服していた。シリルは王子にとって大きな支え。ソフィとはシリル自慢で意気投合。流石に面と向かってシリルに言う訳にはいかず、隠れて盛り上がっていた。婚約者は隣国の王女。ゲームと違い心に余裕があるので、彼女のことを見据えて愛することができた。

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