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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十一章 受付嬢ちゃんも!

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96.受付嬢ちゃんも質問する

 ある日――うっかり仕事道具をギルドに忘れてしまったポニーちゃんは、流体ちゃんの付き添いでそれを回収しに行き、夜道を帰っていました。


「最近人間の生活も板についてきたな~。赤槍士ちゃんも遂に自分に正直になったみたいだし、人間関係は順風満帆! あとは母さんの心配事だけかな~」


 町では「赤槍士ちゃんの双子の妹で、ずっと病気だったのが治ってここに引っ越してきた」という設定で活動している流体ちゃん。とてもではありませんが、隣り合って歩いていると普通のマギムにしか見えません。

 というか自分に正直にって、彼女のコピーはその恋心まで認識しているのでしょうか。


「感覚的にだよ、感覚的に。深層意識しかコピーできないからさ、ゴールドが好きなのは分かるけどぐいぐい接近せず遠慮してた理由とかは分からないの。記憶もコピーしてるんだけど、あくまでそれは設定資料渡されたような感覚だから完全には馴染まないワケ」


 つまり流体ちゃんにコピーされると建前や隠し事が取っ払われて剥き出しの人間性が取り出されてしまう、ということでしょうか。さらっと恐ろしい話です。自分の隠したい秘密が全て暴露される訳ですし、こんな能力があると尋問という行為の意味がなくなります。コピーされたら何もされずとも情報を抜き取れてしまいますから。


 それにしても、赤槍士さんの双子の妹でアイドルちゃんの子どもで重戦士さんの妹。加えて変装の名人と凄腕尋問者の側面を併せ持ち、肉体的には理想的なタンク――敵の注意を引きつけ、受け止める役――とは、流石魔将。戦役終了後は戦闘力より特殊能力を重視した魔将が生まれるそうですが、納得のハイスペックです。


 しかし、ポニーちゃんはそんな魔将に少し聞きたいことがありました。


 魔将は、表向き確認された全てが退魔戦役で討ち取られています。

 こういう言い方は嫌な思いをするかもしれませんが、彼らは殺されるために生まれてきているのです。しかし魔将は死の間際に命乞いをしたとか泣き叫んだとか、そういった記録は一切ありません。


 死ぬことが怖くないのでしょうか?


「はぇー、斬り込んでくるねー。でもポニーちゃんいい人だし真面目だから、悩む前に答えて進ぜよう! 死ぬときの寂しさはあるけど、怖さはないかな。私以外の皆もそうだったと思う。ネイアンおねぇは恋に落ちて暴走したから例外かもだけど」


 ポニーちゃんは、死ぬのは怖いです。

 怖いことが沢山あります。

 魔将に恐怖の感情はないのでしょうか?


「ううん、そうじゃなくてなんていうか……根本的に死生観が違うんだと思う」


 その時の流体ちゃんは、赤槍士さんのコピーではなく、恐らくはデナトレス・フロイドとしての本音を語っていました。


「人間って生きている間に何かを残して死のうとするものだと思うの。財産、偉業、思想、子供、自棄になった人でも事件とかの結果を残したがるよね? それは自分が世界に生まれたことには意味があったと証明する為……だけど、魔将は違う。生まれてきたこと自体が意味だし、存在の証明は母さんがいる時点で成されてる。私たちは母さんに望まれてるし、人間の未来の礎になる価値があるし、子供を残さなくとも母さんがデータを全て保存してくれてるもの。だからね……死ぬまでにどうするか、どんな風に終わるかを、私たちは楽しみにして生きるの」


 それは――部品としての生き方のように感じます。


「まぁそうとも言えるけど、それで別に不満はないよ? 自由ってなると、逆に全く必要性のないことをやるってことだから、そっちの方が私たちには難しい生き方かな。それに母さんは別に死ななくていいし、死んだように偽装することも出来るって言ってる。ただ、誰もそれを選ばない。私たちにとっては魅力のない選択肢だから。戦いの中で己を超える存在に打ち倒される方が安心するじゃん。ああ、この人が未来を担っていくんだって……じゃあ倒れても安心して死ねるなって」


 自分の死こそが、価値?


「まぁ、これはあくまでアタシの考え方。魔将によって多少考え方に違いはあると思うよ。エルムガストって魔将、知ってる?」


 エルムガスト……かの英傑、慈母さんが撃破した魔将です。

 資料によると実体が存在せず、周囲の物体を自在に操る術を行使するため出現当初は何の抵抗も出来ず人類側は一方的に嬲り殺されたそうです。しかし慈母さんと数学賢者が二人で『ポゼッション・フィギュア』という術を開発。無理やりエルムガストに実体を持たせることで撃破に成功し、慈母さんは女神の祝福を――。


「実際には女神じゃなくてエルムガストの祝福。死の間際に自分の神秘を慈母に注ぎ込んで、彼女は年を取らなくなった。あれはどっちかというと呪いなのよ。本人もそれを自覚してるみたいだけど、先に噂が広まってしまってむしろ今のままの方が波風が立たないと思ったんだろうね」


 何故、そんなことを……?


「母さんの指示ではないね。どっちかというとワガママ。慈母の美しさを見て、いつかそれが失われるという事実が辛くなったらしいよ。もちろん慈母が永遠を望まないのであれば、母さんはその呪いを解くだろうけど……羨ましいよね。母さんにワガママ言ってまで実現したいモノがあるとかさ」


 なんだか、また壮絶な話を聞いてしまった気分です。魔将とは死の間際にこそ最も個性が出る存在なのかもしれません。彼女はその個性を羨ましがってすらいます。人間と全く違う価値観の種族――魔将とは、そう考えた方がいいのかもしれません。


 でも、その上でポニーちゃんは思います。


 流体ちゃんが死んだら多分悲しいです。私たちのような小さな人間は、世界の行く末より目先の悲しみが気になって一喜一憂する生き物ですから。ですからそのことは……忘れないでくださいね。


「……」


 流体ちゃんは暫くきょとんとした顔をしていましたが、やがて破顔してポニーちゃんの頭を抱きしめました。


「もう、ヤダポニーちゃんったらもう!! そんなこと言われたら死ににくくなっちゃうじゃん!! ああそっか、そういう! あはははは、策士めこのこのぉ!!」


 その後しばらくポニーちゃんはもみくちゃにされ、いい加減痛くなってきて「痛い」と怒りました。流体ちゃんは反省の色が見えない笑みで謝り、二人はそのまま泡沫の枕に向かいました。


 ただ、その途中で思いもよらぬ拾い物をすることになったのですが。




 = =




「イイコちゃん、飲み過ぎだって……」

「そうそう、明日の仕事に影響でちゃうよ?」

「今日はうちに泊まっていきなって」


 男たちの猫を撫でるような声の裏に感じる密かな欲望に辟易しつつ、拒否する。


 他者にはそうは見えないだろうけれど――私の本質は、劣等感だ。

 醜い本性と醜い体を隠し、笑顔を張り付けて歯の浮くような言葉を並べ。

 薄っぺらな愛を受けることでしか安心も満足も出来ない。

 薄っぺらいから……めくられてはいけない。


 ふと、他の受付嬢だったらこんなときどうなるだろう、と思う。

 ギャルは強い。下手な冒険者なら素手で殴り飛ばせるし、どんな環境でも一人でとことこ歩いて独自の生活を確立するタイプだ。彼女ならこんな状況、男以上に酒を飲んで暴れるだろう。

 メガネは分を弁えている。出来ないと思うとすぐに折れて逃げられるうちに逃げようとする。長く大きなものに巻かれ、庇護下に入り、冒険しない。酒に酔う前に逃げるだろう。


 ポニーなら――。

 あの女ならどうなのだろう。

 メガネのような臆病さと警戒心が薄く、ギャルほど押しが強くなく、自分ほど男の扱いを知らないあの女なら――何もしなくてもいい。彼女を慕う周囲の人間たちが、なんだかんだで問題を片づけてしまうだろう。当人はそれを眺めるだけというタイプでもないから自力でどうにかしようとするかもしれないし、それが功を奏したりもする。

 何をやっても結果的には成功する

 それが、ポニーだ。


「あ、流体ちゃんにポニーちゃん……こんな夜更けに女の二人歩きは危ないよ?」

「うわ、イイコちゃんベロッベロ……おーいポニー、イイコちゃんが出来上がっちゃってる。男に運ばせるのも送り狼の可能性あるし、一旦宿に運んであげない?」

「あ、明け透けに言いますね……まぁ、困ってはいましたけど」


 ――そうですね。イイコちゃん、立てます? 肩を貸しますね。


 そんな劣等感を覚えるポニーに、運ばれるだなんて。

 嗚呼、深酒なんてするんじゃなかった。

 ポニーなら深酒なんてせず、途中で寝るだろう。

 そんなポニーを皆放っておけず、介抱する。


 もし自分が同じことをして眠ったらば――そう、愉快で暖かなことにはならない。

 だから、劣等感を感じて嫌いなのだ。この女が。




 = = 




 イイコちゃんに持っている印象は、あまり良いとは言えません。


 日常的に猫を被り、ポニーちゃんにちょくちょく辛辣で、八方美人な一方で男を口先で転がして貢がせて金銭面では悠々としている……一般的には悪女と呼ばれる人間です。仕事も基本は優秀ですが、時折意図的にポニーちゃんに責任が流れるよう細工をしていることがあります。根拠や証拠はありませんが、そう感じるだけの状況が揃っては疑わざるを得ません。


 ポニーちゃん自身は別段イイコちゃんを嫌っている訳ではありません。

 ただ、イイコちゃんは八方美人ゆえに本音で何を考えているか分からない面があり、積極的に一緒に話もしないのです。昼の受付四人衆の中で、唯一イイコちゃんだけは一対一で個人的な雑談をした記憶がほぼありません。

 逆を言えばそれはイイコちゃん自身が避けているということでもあり、ポニーちゃんとしても流石に自分の事を嫌っていそうな人に積極的に話しかけるのは躊躇われました。


 しかし、紫術士さんの事件のときに珍しく自ら近づいてきた際には「女の自覚が足りない」と厳しい警告を発し、彼女としては珍しく「そういうところが嫌い」と明瞭にポニーちゃんを罵倒しました。それは同時に彼女がただ単にポニーちゃんを毛嫌いしていた訳ではない優しさのようなものを感じられました。


 それと、万魔侵攻イミュームの際の避難民数え間違いで叱責を受けたとき、イイコちゃんは唇を噛みしめて頭を下げていました。最初は彼女の不注意が悪い方に出たのかとも思っていましたが、イイコちゃんが仕事の合間に業務マニュアルを読み漁ってノートにかりかりと一心不乱にメモしているのを偶然目撃して考えは変わりました。


 彼女は自分がミスしたことが悔しくて悔しくてしょうがなくて、絶対に同じミスをしないよう自分の業務を徹底的に見直していたのです。ポニーちゃんはそれまで彼女に努力をしているイメージがなかったので、彼女の仕事態度を疑った自分を恥じました。


 今になって思えばあれは彼女だけが悪い話ではなく、事実として彼女のみ減給や停職の処分を受けるということはありませんでした。けれど、それを知りながらも再発防止のために地道な努力をこっそりするということは、それだけ職務の責任を熟知しているということです。


 そんな彼女を今、ポニーちゃんは宿の空き部屋に運び込んでいます。

 かなりお酒が入っているイイコちゃんは、意識はあれどもぼうっとしており、ポニーちゃんを見る目は不機嫌そうです。ただ、不機嫌の理由が気分なのか機嫌なのかまでは判然としません。


 ひとまず彼女は宿に泊めます。一角娘ちゃんから事情が事情なので一日くらいならお金は取らないと有難い言葉を受け取っているので、彼女をソファの上に座らせました。少し面倒な気持ちはありますが、彼女の世話をしてからでないと眠れなそうです。

SS:アイドルの独白と、幻霊の囁き


 ポニー、貴方は気付いていないのでしょうけれど。

 貴方は個性的かもしれないけれど、特殊ではない人なのです。

 本来、ここに居ても居なくても変わらないような、歴史を動かす力のない人です。

 でも、エインフィレモスは今も彼女に強い興味を持っています。


『だからこそですよ。本来彼女のような個体は探せば類似した存在を見つけることが容易です。しかしわたしは彼女の存在と、それが招く因果律予測に驚きました』


『彼女は、到達する結末には存在しなくともいいのです』


『ただ、ネイアンの際の干渉で確信に至りました』


『彼女の存在する未来の方が――興味深いのですよ』


 彼女の観察や接触で、特別な情報など得られませんでした。

 発見できたのは、少々年下の存在に対する愛玩欲求が強いことくらいです。

 しかし、一つだけ言えることがあります。


(私は彼女に対して好意的な印象を持っている)


 善良な存在に好印象を持つのは論理として当前のことです。

 しかし、接するまでは当前そのような印象を抱く余地はありません。

 全ては偶然でしかない。


 でも会って良かったと思える、そんな偶然でした。

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