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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十一章 受付嬢ちゃんも!

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95.受付嬢ちゃんも可愛がるだけじゃない

 それは、記憶に残るなかで最古の情報。


『貴様らは人間ではない。貴様らは個体パーソナルではない。貴様らは組織に服従を誓うのではなく、組織の手足そのものだ。手足に思想はいらない。手足は脳に従うのみだ。マスターオーダーは唯一つ……任務を遂行せよ』


 今はタレ耳と名乗り、それ以前は名前とも呼べない番号を割り振られた少女は、その言葉通りに訓練を受け、言葉通りに蟲毒の部屋で同胞と実の親を名乗る何者かを殺し、言葉通り組織の手足として任務の遂行に当たった。


 特に疑問は覚えなかった。

 個体パーソナルではなく、部品パーツだから。


 何人殺害したのかは覚えていないが、20本の指に収まるくらいの人間を殺した頃、そしきが壊滅した。タレ耳がオーダーを遂行して戻ってきたときには既に壊滅していた。実行したのは異端宗派ステュアートと呼ばれる組織。脳を失った手足は機能せず、タレ耳は脳の喪失に何の感慨を覚えることもなく、また困惑もなく、ただその場に留まった。


 異端宗派は何故かそんなタレ耳を気にかけ、紫術士という新たな脳をタレ耳は得た。


 紫術士のオーダーはタレ耳の悪戦苦闘するものばかりだった。

 前の脳には施されなかった一般教養やコミュニケーション、神への祈り、殺害を禁じた任務……しかしタレ耳は手足だ。何の感慨もなく、苦戦しつつもそれをこなした。他の行動原理が存在しなかったし、必要性も感じなかった。


 紫術士は、そんなタレ耳に「それは人間の生き方ではない」と常々言っていた。

 タレ耳は人間だが、その心が人間ではない、ということらしかった。

 彼はその心を手に入れる方法として、女神とタレ耳を引き合わせる事を考えていたらしい。それが脳の望みならばと、女神という存在にさしたる感慨もなく紫術士という脳に従い続けた。


 あるとき、任務に失敗した。

 圧倒的な実力を持つ重装鎧の大剣士、重戦士の前にタレ耳は為すすべなく敗北し、紫術士の護衛という任務を全うできなかった。失敗したのは初めての経験であり、しかもせっかく得た脳をまた奪われてしまった。


 以前は脳の喪失という事象の意味を理解できていなかったタレ耳だが、紫術士のオーダーをこなしたことで多少はその意味を理解する。脳を失った手足は行き場もなく彷徨い、無意味に生きるのみ。ならばこれまで殺した時のように、殺されることもあるかもしれない。アサシンギルドに連行される中、タレ耳は漠然とそう思った。

 思う、という思考は、これまでタレ耳になかったものだった。

 それでも、死への恐怖はなく、それが当然であるかのように感じた。


 タレ耳は、生かされた。

 アサシンギルドは鬼を狩る。タレ耳の心の中に鬼はいなかったらしい。代わりにタレ耳はアサシンギルドという新たな脳を得た。人殺しの技術は身に染みている以上、その性能が活かされることになるとタレ耳は思っていた。

 しかし、予想は外れた。


『貴様は影だ。己と云う影を為すものの正体を知らん。光を向け、意志を持て。貴様はまだ鬼でも人間でもない――何者かになれ』


 タレ耳は手足ではなく、影だと男は言う。

 影は光と実体があって初めて動くものだ。

 それはしかし、タレ耳には抽象的過ぎて、理解の及ばないことだった。

 しかし、それが脳からの指令オーダーであるのならば。


『この世に生まれ意識を持った全ての存在に下される、生きる者の使命オーダーだ。貴様にはそれを受ける義務がある――生きているのなら』


 タレ耳はまだ行動が可能だ。

 任務続行可能な状態にある。

 そして指令が下されたのなら、任務を続行しなければならない。

 

 ただ、タレ耳の胸中には困惑があった。

 到達点のヴィジョンや具体的な任務の障害が謎に包まれたその任務は、いついかなる時に優先されるのか分からなかった。結果としてタレ耳は脳以外の存在からのオーダーもこなさなければならなくなった。断るという選択肢を知らなかった。


 今なお、タレ耳はオーダーの意味、『何者かになる』の意味を理解できない。

 そんなタレ耳は今、前例のないオーダーに挑もうとしていた。


「桜、オーダー遂行の協力を求む」

「えっ、ああ……とりあえず内容を聞かせてくれ」

「私を撫でろ」

「うん……うん?」


 それは、実はこの町で最も多くの『遊び』や『頼み』のオーダーを齎し、今はここにいない存在――雪兎からのオーダーだった。




 = =




 ある日の休日、ポニーちゃんは奇妙な光景を見かけました。


 桜さんがタレ耳ちゃんの頭を撫でているのです。

 二人は普段殆ど絡みがありませんし、タレ耳ちゃんはその手の可愛がりを拒否しがちなので珍しいこともあるなと思いましたが、少々様子がおかしいです。


 桜さんは表情に困惑が浮かび、タレ耳ちゃんはただ桜さんを見つめるばかり。

 流石に状況が気になってきたポニーちゃんは二人の下に向かいます。


「ポニー接近」

「あ、ポニー。待ってくれこれはタレ耳に頼まれてやっているだけで俺は不審な事をしている訳では……」


 変質者の言い訳みたいな話は放っておいて、何をしているんですか?


「状況説明。一か月ほど前の話になる……」


 タレ耳ちゃんが話し始めたということは、タレ耳ちゃんから持ち込んだ話ということのようです。

 なんでもタレ耳ちゃんは、前に雪兎ちゃんの遊びに付き合っていたらしいです。本人は乗り気ではなく、雪兎ちゃんと遊んであげてとポニーちゃんが頼んだことがあるので、それを律義に守っていたのが真相です。


 そんな折、雪兎ちゃんはタレ耳ちゃんにこんなことを言ったそうです。


『もし私がかくれんぼしてるときに桜やゴールド、ポニーが寂しそうにしてたら、私の代わりお願いね!』


 ちなみに鼻のいいタレ耳ちゃんは雪兎ちゃんがどんなに発見困難な場所に隠れても完璧に見つけ出し、以来かくれんぼを持ち掛けられなくなったというちょっと悲しい話も聞きました。その他、雪兎ちゃんは自分と年齢が近く付き合いのいい存在としてタレ耳ちゃんとちょくちょく行動を共にしていたりします。


「これは雪兎からの依頼である。依頼は遂行されなければならない。そして今、桜はアイドルが席を外している為に孤独を感じていると判断。依頼の遂行に当たった」

「依頼の遂行とは言っても、いきなり目の前に来て頭を撫でろ、だぞ。フツー戸惑うわ」

「桜もゴールドも雪兎の頭を撫でることで喜色を示していた。わたしは傷が美観を損なうものの、体格的には雪兎に近く、性別も女である。代価可能かもしれないと判断した」

「あのな、雪兎が小さい女の子だから撫でてた訳じゃねえから。雪兎が撫でてもらうのが好きだったから何かと理由つけて撫でてただけだから。ただ撫でろと言われて撫でても幸せとか生まれねぇよ」

「……諒解。任務失敗」


 表情は変わらないものの心なしか耳と尻尾のタレ具合が深化した気のするタレ耳ちゃん。前から少し気になっていましたが、タレ耳ちゃんは命令とか遂行とか約束事に少々煩いきらいがあるようです。やたら刃物に使い慣れ、本来武器ではない包丁で魔物を仕留めるくらいの手練れですし、何か秘密があるのでしょうか。

 タレ耳ちゃんは今度はこちらを向きました。


「ポニー。受付嬢としての能力を見込んで、この任務を遂行するにはどうすればよいか助言を請う」


 ……と言われましても。親しくもない相手にいきなり取り入ろうというのが無茶です。そもそも雪兎ちゃんはその約束をどこまで本気で言っていたのかもわかりませんし、彼女は義理とはいえ桜さんの娘。娘ではない女の子に娘の代わりだと言われて納得できる親などいないでしょう。


「では、桜の子になればいいのか?」


 えっと……なりたいのですか?


「任務遂行に必要ならば」


 身寄りのない彼女の親に桜さんがなるのは、別にそこまで反対する気はありません。しかし頼まれごとを遂行するための条件に適合するために家族になるとは、もう家族と呼べる関係ではないと思います。ポニーちゃんはいつものように甘やかすのではなく、別の助言をするべきだと感じました。


 タレ耳ちゃん。

 桜さんにとって、雪兎ちゃんの代わりが出来るのは雪兎ちゃんしかいません。

 その任務は、決して達成することの出来ないものです。


「……私には、代わりが出来ない?」


 タレ耳ちゃんが約束を守ろうとするのは偉いと思いますし、タレ耳ちゃんが可愛さで劣るとはポニーちゃんは微塵も思いません。しかし、雪兎ちゃんと桜さんの関係とは、心の問題です。桜さんという人と雪兎ちゃんという人の心と心が通じ合って初めて成立します。


 タレ耳ちゃんが雪兎ちゃんの代わりにお手伝いをすることは出来ても、雪兎ちゃん本人の代わりになることは出来ません。何故なら、タレ耳ちゃんはタレ耳ちゃんなのですから。


「遂行不能な任務……代価不能な価値。わたしは、わたし……?」


 タレ耳ちゃんはその言葉にはっとしたように目を開き、しばし考え、桜さんとポニーちゃんに問いました。


「質問。私は――何者だ?」


 とても簡単なようで、実はとても難しい問い。タレ耳ちゃんにとってそれは、誰かに問わなければ見えないものなのでしょうか。

 どう答えるか一瞬考えている間に、桜さんが答えてしまいました。


「タレ耳だろ。クエレ・デリバリー所属で雪兎の友達で、まぁ、俺達の仲間かな?」


 余りにもありきたりであっけらかんとした答え。

 でも、ポニーちゃんもそれに異議はありません。

 ただ付け加えるなら、可愛い仲間です。

 雪兎ちゃんとは違う可愛さを持った、雪兎ちゃんとは違う、大事な存在です。


「諒解。わたしはタレ耳……それが答え。それがオーダーの意味……」


 タレ耳ちゃんは静かに目を閉じ、胸に手を当てました。

 彼女の中で、何かの答えが出たようでした。


 恐らくこれは彼女にとって、とても重要な一歩なのでしょう。

 いつかその話も彼女に聞きたいと思いつつ、ポニーちゃんはタレ耳ちゃんの頭を撫でました。普段は仏頂面をする彼女は、それを素直に受け入れてくれました。


 ただ、翌日から。


「桜、食事量に対して運動量が釣り合っていない。有酸素運動を行うべきだ」

「えぇ……アイドル、何か言ってやれ」

「ユーザーの健康度が上昇するのはいいことです。サポートします」

「えぇぇ……てゆーか、タレ耳。お前仕事もせずに何でここにいるんだ」

「雪兎が戻るまで、お前が体調を崩さないようサポートすることを決定した。これは雪兎の友達としての――私のオーダーである」


 タレ耳ちゃんの行動に、ポニーちゃんは珍しく桜さんに羨ましさから嫉妬してしまうのでした。あんなかわいい女の子二人に囲まれて健康管理だなんて、切実にポジションを変わって欲しいです。




 = =




 最近、シルバーは歴王国の王都に奇妙な気配が漂っているのを感じた。


 気付いたのはほんの数日前。

 表面上はいつもの歴王国。

 しかし滅竜家の当主として王城に出入りする度、言葉に出来ないほど微細な違和感を感じていた。気のせいかと思いつつも気配の元、を探ろうとするが、見つからないまま気配が大きくなっている気がする。屋敷の人間も数名、どことなくその気配を感じてるようだった。


 何かが起きようとしている。

 嘗て父に聞いたことがあるが、この手の『嫌な予感』は当たっていることを前提に考えなければ起きた際に手遅れになるそうだ。シルバーは兄の関連で嫌な予感がしたことは幾度かあるが、今回のこれは過去に経験したものよりもずっと大きく、大きすぎて漠然としか感じられないもののような気がした。


 シルバーに出来ることは少ない。

 執事にそれとなく情報収集を頼んだり、私兵隊長にそれとなく騒ぎの予感を口にしたり、親しい十摂家の人間と世間話をして探りを入れたり――その程度だ。結局それらしい成果もなく、不安だけが心の隅に少しずつ堆積していった。


 そんな折、予期せぬ来訪者があった。


「久しぶりだね、プラチナ。君から会いに来るなんて珍しい」

「ハァイ、シルバー。前に会った時より顔色は良くなったけど、婚約者が会いに来たにしては浮かない顔ね。またお兄さんのこと? 嫉妬しちゃうわ」

「いや、少し考え事があっただけさ。今はほら、こんなに笑顔」


 冗談めかして互いに笑う。

 プラチナは十摂家の一つ、千里家の当主ご息女の一人だ。貴族令嬢にしては口が軽いが、人当たりの良さから周囲には好かれている。元は兄ゴールドの婚約者だったが、今は当主であるシルバーの婚約者になっている。

 元々貴族の家同士なら政略結婚が当たり前だし、彼女とゴールドは特段親密でもなく、そしてシルバーと彼女は同じく政略結婚に対しては「そういうもの」という共通認識を持っている。故に特段関係が拗ることはなく付き合っている。滅竜家内のごたごたが片付いた今、結婚式の予定まで建てている。


 ただ、憂鬱が募っていたシルバーにとってお喋り上手な彼女との会話は久しぶりに気兼ねのないものとなった。下手に愛があるよりは、こういった気楽な付き合いの方が楽でよかった。


「あはは……あ、そうそう。こんな噂があるんだけど」

「へぇ、それはどんな?」

「国王陛下が女神の託宣を受けて何かの準備をしてるって話」


 その言葉は極めて気軽に、しかしプラチナの目は今まで見たことがないくらい真剣なものに変貌していた。


「一週間くらい前から、急に近衛とか王家お抱えの考古学者が忙しく動き出してね。十摂家のうち幾つかに使者が入ったり、国外に出ている役人を呼び戻したりしてるって……」

「託宣……何か始めるつもりなのか?」

「だけど、何を始めるのかが分からない。パパにも話が来たし、多分もうすぐシルバーの所にも来る。十賢円卓会議の知らせが」

「……! 国の緊急事態に召集される最重要会議じゃないか……!」

「ねぇシルバー、わたし嫌な予感がするの。表向き世界は変わらないのに、見えない裏側で大切なものが塗り替えられているような……そんな嫌な予感が」


 プラチナの手がシルバーの手に触れる。

 彼女の手は微かに震え、汗ばんでいた。

 自分がこの話を婚約者に伝えることが正解かどうか、彼女にも分かっていないのだと悟る。

 国内最大貴族の未来を担う二つの家すら把握できない何がか、歴王国内で動き出していた。


(兄さんが、何か掴んでないかな……)


 シルバーはプラチナを宥めて彼女を見送った後、自室の隠し棚に保管されていた神秘道具を引っ張り出す。兄ゴールドの友人であるという男が用意した、緊急連絡手段。今は緊急と言えるものではないが、もう少し状況が見えたら使うべきだとシルバーは決心した。

SS:赤槍士と結ばれた次の日のゴールドと桜


「お前なぁ……一応祝福するけどなんつータイミングでやってんだよ。地球じゃこういう重要な局面でいきなり女に愛の告白したり『この戦いが終わったら俺……』とか将来の夢語り出す奴は死にやすいっていうクッソ縁起の悪いジンクスあんだぞ!! こっちの世界にも伝わってるの知ってんだろ!!」

「……」

「どうした、おいまさか……」

「あの時危うく戦いが終わった後に何するかって話しかけた」

「お前マジでいい加減にしろよぉッ!? 俺を置いて勝手にあの世行くフラグをコツコツ建設してんじゃねぇッ!! タダでさえ罅と風穴だらけの俺のガラスのハートにトドメ刺す気かこのヤロォォォォーーーーーッ!!!」

「おおおお落ち着け落ち着け分かった分かったからッ!!」

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