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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十一章 受付嬢ちゃんも!

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91.交差する薪

 ゴールドの言葉に、赤槍士は理解できないとばかりに困惑する。


「な、なに言ってんだよ。そんな訳……?」

「自覚ないのかもしれないけど、人に攻撃する時だけ君は祈るような真剣な顔で炎を放ってた。憎いとか殺すとか言ってたけど……君、多分テロとか人殺しとかに向いてない人なんだと思った」


 それは、二人が初めて出会った日に既に感じていた。




 桜に出会うより一年前、ゴールドは野暮用で歴王国にいた。

 彼女と出会ったのは、その時だ。


『もし、そこのお方。マッチ売りのマッチ、宜しければおひとついかが?』

『マッチ? これはまた古風なものを売っているね……』


 マッチは古代人が使っていたとされる木製の発火装置であり、何度でも再利用可能なクリスタルマッチが主流になった歴王国では完全に趣味の道具だった。ゴールドも必要としていなかったが、その日は寒い夜だったので一つくらいは買ってやってもいいかという同情が働き、一つ買った。

 心の隅に、ほんのわずかな違和感を感じながら。


 その違和感が確信に変わったのは数分後。

 小物入れに使っているテレポットが突如として火を噴き壊れたときだ。

 その爆発と同時に、歴王国の十数か所で一斉に火柱が立ち上った。


『あのマッチ売り、まさか……!!』


 ゴールドはすぐさまマッチ売りの少女を追った。

 先ほどであった場所と、火柱の中でも特に大きなものを追って走り回ると、思いのほか彼女はすんなり見つかった。


『へっへっへっ、我ながら完璧な仕事ぶり! 阿漕なことしかしねぇ歴王国にはいい薬でしょ!』

『……そうかい、そのナリでテロリストという訳か』

『ゲッ、アンタさっきの!?』


 彼女はマッチ箱に極小の神秘術を施し、自分の任意の瞬間に爆発的に炎上するよう設定していたらしい。炎が上がるのはどれも酒場ばかりで悲鳴や怒号が響くが、消化部隊が通る最短の道に特大の火柱が昇り消火作業が遅れていた。


 ゴールドが怪しいと思ったのは、その記述らしきものを偶然見たこと。故にわざわざテレポットに入れた。他にもマッチという特殊な品を売るにしては、いる場所がマッチを買いそうな客層とずれていることも気になっていた。値段も少し安すぎた。


 その時にもっと疑っていれば、と歯ぎしりしたゴールド。

 彼女を疑った三つ目の理由が、特に核心的だったのだ。


『マッチ売りの少女はエレミア教の古文書にある記述だ。意味するのは炎の凶兆……キミそのもの!』

『うげぇ、皮肉を込めてこのやり方にしたのにまさか気付くとか……腐っても歴王国、経典の穴を探しすぎてよく知っていらっしゃらぁ』

『そのふざけた言動で一体何人の人を焼き殺した……唯で帰れると思うなよ!!』

『へぇ、やる気なんだ。じゃあか弱いアタシも武器使っちゃおっかな~!』


 どこまでも巫山戯た態度の彼女は、自分の髪に刺していた髪飾りを二つ引き抜く。瞬間、術で縮小されていたらしい二本の髪飾りが特徴的な形状のトーチのような武器に変わる。どこかで見たことがある――そう感じたゴールドが記憶を辿って正体を思い出した時には、赤槍士はその道具から紅蓮の火焔を放射していた。

 間一髪反応の間に合ったゴールドは攻撃を回避しながら、戦慄した。


『オリュペス十二神具、『ヘファストの炎薪えんしん』ッ!? 貴様、異端宗派ステュアートだったのかッ!!』

『マジでなんでそこまで知ってるかなぁ……エレミア教マニアの方ですかぁ!?』


 表情を歪めて呟く彼女の手を見て、放たれた炎の余波を見て――ゴールドは再度彼女の顔を見た。強がって挑発的な笑みを浮かべているが、その腕はよく見れば当てようとしているにしては角度が上過ぎ、放った炎は建物に掠ってすらおらず空に昇っていた。


(牽制――? いや、扱いきれていないのか!? だったらッ)


 もはやこれ以上自国の民を焼かせる訳にはいかない。例え刺し違えようと仕留めなければならないと感じたゴールドは、全身にオーラを纏い、瞬時に彼女へ肉薄した。


『ぜやぁぁぁぁッ!!』

『今の炎を見て自分から向かってくるとか、馬鹿すぎるよッ!!』


 使い慣れていない可能性に懸けていたが、赤槍士は難なく反応して両手の『ヘファストの炎薪えんしん』でゴールドの抜身の剣を防ぐ。伝承では炎薪は炎を自在に操る禁じられた古代兵器。受け止められた以上、消し炭にされても可笑しくない。


『はいゲームオーバ~!』


 ゴールドの全身を熱が襲う。ゴールドの視界は次第に赤らんでいき――不意に、消えた。


『……ッ、ふぅ。これで戦えないでしょ?』

『な……っ、刀身が融解したッ!?』


 自分の相方である剣が中ほどまで融け、使い物にならなくなっていた。赤槍士は軽く額から汗を流しながら、身を翻して逃げる。


『ほんじゃ、もう二度と会うこともないっしょ!! あばよ、成金金髪自殺志願クソ歴王国民~~!!』

『ぐ……待て! 俺はまだ戦えるぞッ!! 予備の剣くらい持ち歩いてるッ!!』


 遠ざかる背を追いかけてテレポットから予備の剣を抜く。

 死んでいない以上は最後まで追うべきだと、国を憂う義心が叫んでいた。


『ンのっ、しつっ、こいッ、死ねぇッ!!』


 逃げ込んだ狭い路地から次々に炎の塊が放たれていく。それを紙一重で躱すうちに、ゴールドは奇妙な事に気付いた。逃げながらの牽制などという器用な真似をする以上は神具をある程度使いこなしている筈。なのにこの狭い路地で広域攻撃という最も単純な手段を用いないのは何故だ。


 先ほど刀身を融かされたのも可笑しい。あれほどの熱が本気で放たれたならゴールドは既に焼死体とも言えないほど酷い状態になっていた筈なのに、やられたのは剣だけだ。異端宗派は死人こそ多く出さないものの逃走の際に追っ手に重傷を負わせることはある。炭化するほどと言わずとも炎で足を焼くなりやり方はある筈だ。


 なのに、彼女は先ほどから牽制したり無力化を図ったり、半端な行動を取っていた。

 ゴールドは赤槍士の目を見る。そして気付く。


(なんだあれは……魔物の子どもにとどめを刺す際に躊躇う素人冒険者みたいな……『殺される』という恐怖や警戒感を、この女から感じない……?)

『ほらっ、一発でも避け損なったらさっきの剣みたくなるよぉッ!!』

(違う。あの牽制の炎は目くらまし程度の火力しかない!!)


 ゴールドは自ら直撃コースに乗って炎をオーラで防いで突破した。

 そして改めて彼女を見る。


 ――当たった事に動揺し、息が一瞬乱れた。


(見え透いた脅しを使って、怖がってる、のか……?)

『くっそぉぉぉッ!! もうヤメだ!! 強制転送ッ!!』


 瞬間、赤槍士は路地の角に入り込み、そして追い付いた時には彼女の姿はなかった。後になって思えば、転移術を用いて逃走したのだろうが、当時のゴールドにはそこまで気付けなかった。これまで悪党と呼ばれる存在と剣を交えたこともあるゴールドにとって、未経験の相手――逃がした悔しさと同時に腑に落ちない感覚を覚えながらゴールドは炎が立ち上った場所に向かい、驚愕した。


 彼女の放った遠隔発火の炎は、人体には一切無害で物体だけを焼却していたのだ。万が一にも自分の炎で人が焼かれ死ぬことがないように。確かに神具を使えばそのようなことも可能だろうが、ただテロをするだけなら大火力の方が手加減するより楽だ。そこから感じ取ったゴールドの印象は……。


(人を焼くことに抵抗がある。傷つけることそのものに慣れていない……むしろ恐れている?)


 彼女は優しいので人を傷つけることを恐れている――ゴールドは不思議と、そう感じ始めていた。最初から彼女は戦意喪失ばかりを狙っていたし、自分の攻撃が当たった事に動揺しているなど、人を平気で傷つけるテロリストならそう反応しない筈のことばかりだ。


 やがてゴールドは偶然にも歴王国の外でも数度彼女と出くわし、追ううちにそれに確信を得ていった。同時にガサツで口が悪く歴王国の人間だというだけで悪口を大連発する彼女の人間らしさに親近感を抱いてしまっていた。

 テロの内容も、見れば見る程慎重だった。

 怪我人すら極端に減らそうとしている節があった。


 人を殺すのは怖い――そんな当たり前の事を当たり前に思っている。

 そんな感性を持つ女の子がテロリストなんて、間違っている。

 もし彼女がいつか思い詰めて本当に人を殺めなければならなくなったとき、命を懸けてでも止めなければならない。彼女を外道の道に行かせてはならない。そんな感情を、ゴールドは彼女に抱いていた。


 今、目の前で強がる赤槍士にも変わらずそう思っている。


「君みたいな子に、人殺しなんて重罪は似合わない。だから君がテロを諦めるまで俺が監視しようと思った」

「ふ……ふざけんなッ!! さっきの見たでしょ、ヒステリーであんたを襲って暴れたじゃん!!」


 赤槍士はゴールドの肩に掴みかかって揺さぶる。

 しかし、ゴールドは意見を曲げる気はなかった。


「術、一切使わなかったよな。急所にも手を向けない。本当にただ暴れただけだった」

「恨んでんだよ、あんたの国を!! 見下してたのだって本当だ!! そ、その気になれば人間なんか一瞬で焼き殺して――!」

「君はその気にはならない」

「根拠がないじゃん!!」

「そりゃそうさ。俺が勝手に信じてるだけだからな」

「ぐっ、う……」


 赤槍士は言い返す言葉が見つからないまま体重をかけ、ゴールド諸共床に転がった。ゴールドを押し倒す形で上に跨った赤槍士は、その目から涙が零れていた。


「何でそんなに優しくするんだよぉ……ずっとずっと、世間様の敵だった頃から!! 昨日までウザい顔してたくせに、何でアタシより迷いのねぇ顔になってんだよぉ……何で、何で大っ嫌いな歴王国で育ったお前が、一番アタシの心を見透かしてんだ……!!」

「優しくしてる気はない。俺が勝手に放っておけないだけだ。もう覚悟も目標も決めたから、迷わない。赤槍士がテロリストを止めて普通の女の子になるまで、俺は君と共にいる。できれば、普通になった後も」

「ずっと……?」

「ああ」


 それから、どれほど見つめ合っただろう。

 気が付けば赤槍士の涙は止まり、どこか解放されたような柔らかい笑みが零れていた。そんな女性らしい顔が出来るのかと驚くが、彼女に思いが伝わったのが嬉しかったのか、ゴールドも自然と笑みで返す。

 と、赤槍士が急にはっとして顔を振る。

 閉じた目をそっと開けた彼女は、先ほどとも普段とも違う余裕のない眼差しをぶつけてくる。


「か……勘違いするぞ」

「え?」

「ああ、あ、アタシは! 身内以外の男に優しくされたことなんか……ない。体ヒンソーだし、髪色も昔みたいにキレーじゃないし、口悪いしテロリストだし復讐のこと忘れられなくて暴れる最低最悪の女だ!! そんな女に、や、優しくしたらなぁ……勘違いするぞ!! さっさとアタシをどけないと……し、しちゃうぞ!!」


 漸く何を言わんとしているのかに気付いたゴールドは、しかし、抵抗しなかった。というより、心臓が高鳴って抵抗することに気が回らなかった。恥じらいを隠せないままやけくそ気味にゆっくりと顔を近づけてくる赤槍士が何をしようとしているのかを悟りながら、その顔から目が離せない。


 今更気付かされてしまった

 人生で初めての経験だし、こんな瞬間にやってくるものと思わなかった。

 今、ゴールドは驚くほどに……この初心で優しい少女を愛おしく思っている。


 彼女の息がかかるほど顔が近くなって、ゴールドはようやく手を動かした。


「赤槍士……」

「ゴールド、アタシを見て。ずっとずっと、この憎しみが霞むほど……見てくれないと、もう焼いちゃうんだからね。アタシより綺麗な女にうつつを抜かしたら、アタシ本気で焼かない自信なくしちゃうことしようとしてるよ……」

「きみ、意外と奥手だったんだな」

「あ……」

「逆だぞ。俺が君を、絶対離さないんだ」


 垂れる彼女の髪を掻き分けて頬を優しく撫でる。

 彼女がそれ以上口を近づける前に、ゴールドは体を起こして彼女の唇を奪った。

 赤槍師は数秒、硬直して動かなかったが、少ししてゴールドの背中に手を回し、求めるように抱きしめた。やがてもつれ合う二人の身体はベッドの上に横たわる。


 部屋の中で何があったのかは、桜の防音術式が全て遮断したために誰も知らない。

 翌日、ゴールドの部屋のベッドの上。


「「やっちまったぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!!」」


 若さゆえの一夜の過ちに、二人はベッドの上で悶え苦しんだ。

 人間、雰囲気に流されてやってしまった後に自分を顧みて後悔する事はあるものである。とはいえ二人のそれは結果自体に後悔はない。二人が悶えているのは、もう仲間たちに言い逃れ出来ないくらいバレているであろうことにだ。


 時間は既に昼。

 そしてゴールドの部屋に入ったっきり出てきていない赤槍士。

 この状況で本気で言い逃れが出来たとしたら、それは天才的な詐欺師である。


 二人をからかうように、野鳥が外で愉快そうにチュンチュンと鳴いていた。

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