8.受付嬢ちゃんと怪しい新人さん
更新再開です。
受付嬢の基本的な仕事の一つ、冒険者登録はそれなりに時間のかかる手続きです。
なにせギルドは公的な機関ですから、手続きも疎かには出来ません。余りにも身分の不確かな人を登録してしまうというのは、得体のしれない人物にいきなり公的な身分を与えてしまうということです。身分証明書類ありでも認可に丸一日、そうでない人は厳正な審査と調査が必要なため最速でも三日はかかります。
初日で簡易面接と書類への記入、上へ提出。上はその書類や外見情報を元にその人物の本国に確認をとり、これがない場合は前科がないかなど様々な調査が行われます。これを潜り抜けて暫定的に問題がないと判断されるとギルド本部から支部へと査察員がやってきて最終確認と二次面接を行い、これにクリアしてやっと冒険者として認められます。
いくら魔物との戦いなどで人の手が足りないと言っても、人を傷つける犯罪者の資金源になる訳にはいきません。この審査に落ちた人間はたとえやむにやまれぬ訳があっても拒否しなければいけません。逆にここに通ってしまうと怪しくとも通さなければいけません。
思うことはありますが、ギルドは秩序を守るからこそギルドなのです。
……そもそもポニーちゃんが決めることじゃないという根本的な問題もありますが。
「これが許可証か~……え、これ動物の皮紙か!?こんなもの使ってんのかよ……」
ともかく、目の前のちょっと怪しいマギムの冒険者候補さんが冒険者になることも、ポニーちゃんには口が出せない事なのです。公的書類をこんなもの扱いとはどういう教育を受けているのか、目の前の桜色の髪の男は物珍し気に紙をぺらぺら弄んでいます。
ちなみにギルドの公的書類は偽装が困難な特定魔物の皮を加工した皮紙が使用されています。彼の隣にいた金髪のマギムの男性は苦笑いしています。
「思ったより早く申請通って良かったね?」
「三日で国籍取れるようなもんと思えばそりゃ有り難いが……武器使えねぇぞ俺」
「身分がきちんとしてりゃ商人証とかもアリだったんだけど、それがないなら冒険者登録が手っ取り早いんだよ。国籍と違って国家間の移動も許可下りやすいし、実績重ねれば将来色々と便利だし」
「そんな持っててよかった英検二級みたいな言い方されても……」
エーケンニキュウってなんでしょう。
ポニーちゃんの桜さんへの不信感が増加します。
ちなみに目の前で盛大に打算的な事をいう金髪イケメン冒険者ことゴールドさんですが、桜さんの申請が簡単に通った理由の一つがゴールドさんです。この人、どうやら歴王国のお偉いさんの家系らしいのです。つまりゴールドさんの家柄による保証があってこそ桜さんの許可が早く降りたということです。
お金持ちが冒険者になる場合は様々なタイプがありますが、その大半は坊ちゃん冒険者です。高額のお金で雇った護衛を引き連れて冒険という甘い言葉に独りよがりに酔いしれ、そして自分だけ満足するよう行動し続けるか、或いは勝手に理想との差に機嫌を損ねて辞めていきます。
あとは実家を勘当されたタイプ、三男坊で特段継ぐものもないタイプ……そしてその中から稀に、本物の実力者が頭角を現すこともあります。ポニーちゃんの見立てでは、彼はかなり冒険者としての生活が板についているようです。高級武具で装備を纏めたボンボンは珍しくありませんが、彼の高級装備は「冒険を知っている人」の高級装備です。
しかし、謎です。この人たちはどういう関係なのでしょう。
桜さんはどうにもこの辺の人ではないのは確かで、服も着慣れていないし周囲をちらちら見てお上りさんのようにも、隠し事のある人にも見えます。纏う雰囲気もどこか馴染みのない感じです。
対し、ゴールドさんは良家のお坊ちゃんで旅慣れしてイケメンと特徴てんこ盛りであることも気になりますが、何故彼がここに来たのかという大きな謎があります。
調べた限り、ゴールドさんは特定のギルドに長居せずに各地を転々としている道楽冒険者です。過酷な地にも足を運んでいる辺り一定以上の実力がありそうで、過去にはチームでとはいえ危険度7の魔物を討伐した記録もあります。
そんな彼がこれといって地理的特徴もないこのギルドにやってきて、しかも得体のしれない誰かさんを冒険者にすることを手伝っている……これは少し怪しい話です。
そして怪しさに拍車をかけるのが、ゴールドさんの足元にいる小さな少女です。
「………………」
「お腹空いてるのかな?」
「うーん、わからん。案外特に何もないのかもしれないし……」
無言を貫く少女は、純白の髪、白い肌、真っ赤な瞳の典型的なアルビノです。
何を言うでもなくゴールドさんの近くに立って、時折周囲に視線を送っています。
年齢は7歳ほどでしょうか。浮世離れした姿はギルド内でとても浮いています。
二人は困ったように少女を見ています。つまり二人は少女の家族や親しい間柄ではないということです。なのに共に行動しているというのなら、迷子などと考えるのが自然です。しかし彼女は桜さんたちが三日前にギルドに来たときには既に一緒にいました。男二人が物言わぬ子どもを連れまわしている……ゴールドさんが身分の不確かな人だったら衛兵案件待ったなしです。
ここはひとつ思い切って、その子供は誰なのか質問してみます。
「え、知らん」
知らんて桜さん、どういうことですか。
「……ある日突然、気がついたら野宿中の俺たちの寝床に入り込んでたんです」
困ったようにゴールドさんが補足説明します。
「最初は迷子かと思ったんですが、近隣の村々を回っても見覚えがないって言うし、しかも彼女は喋れないんですよ。文字も書けない、ご飯の食べ方もあまり分かってない、トイレの仕方も分からないという状態でして……」
え。でもあなたたち二人とも男ですよね。
「だから余計に困ってるんですよ……ここには桜の冒険者登録のほかに、この子の引き取り手探しも兼ねてるんです」
衝撃の展開です。男二人で少女を囲んであんなことやこんなことをしていた男たちが、養うのを面倒になって他人に押し付けに来たようです。この二人は予想以上のクズなのかもしれないとポニーちゃんは戦慄しました。
……しかし悲しいかなポニーちゃんは女の子を引き取って世話ができる職場環境でもないし金銭的な余裕もそこまでありません。このまま彼女がどこかの孤児院に放り込まれるのを見ていることしかできません。他人の人生を左右する選択ですが、そこにポニーちゃんの越権行為も許されなければ、育てられる環境もないのに無責任に預かることもできません。
と、白い少女――雪兎ちゃんがゴールドさんと桜さんのズボンの裾をきゅっと手で掴みました。
「お、どうした?」
「お腹空いてるのかな」
「おいゴールド、お前毎度それだな」
「………ぁ」
「!」
「!」
「………い、しょ。いぃ、しょ」
たどたどしい言葉、いえ、本当に言葉なのかも分からないような声でした。しかし2人に一生懸命にしがみ付いているように見えるその様に、2人はしゃがんで雪兎ちゃんの頭を撫でます。
桜さんが優しく問います。
「一緒がいいのか?」
「う、う」
こくりと頷いた雪兎ちゃんを桜さんが抱き上げて背中をなでると、雪兎ちゃんは目を細めて彼に体重を預けました。まるで母親の手に抱かれたかのようです。
「………ゴールド」
「俺は最後まで面倒を見ることはできないぞ」
「うっ」
「でもまぁ、君が腰を落ち着けてどっかに住んで彼女の世話をするっていうなら、手伝いくらいはする」
「ゴールドぉ!心の友よ!付き合い3か月だけど!!」
「君は時々ものすごく虫のいいこと言うよね!?」
……なんだか桜さんのことを訝しんでいた自分の心が汚れてしまっていたような錯覚を覚えたポニーちゃんは、ちょっぴり人を第一印象だけで判断したことを後悔するのでした。
受付嬢ちゃんの日記:雪兎ちゃん
親元から引き離された可能性などを考えて一応ギルドの身分調査にかけることになった雪兎ちゃんですが、白い髪に赤い目というのは世界最南端の強国「氷国連合」で見られる特徴です。あの地は世界で最もギルドの影響力が弱い地域ですし、外界との繋がりが少ないので通達一つにも時期と天気が悪いと時間がかかります。耳の形状に特徴がないし、マギムに近い新種族の可能性もあります。
ちなみに雪兎ちゃん、初発見時は服も着ていなかったそうです。余計に犯罪臭が凄いですが、桜さんたちがいい人だと信じて黙っておくことにしました。