87.受付嬢ちゃんも空気になる・中
アイドルは、三大国の秘密さえも我がことのように語った。
「その時代、既に三大国の主要種族とそこから派生した幾つかの種族がロータ・ロバリーには存在しました。まず鉄鉱国。ガゾムは恐らく元はウジンが奉仕種族として作り上げた存在だったのでしょうが、このガゾムが歴王国に支配されない共同体となるよう仕向けました。恣意的と思われるかもしれませんが、歴王国の一極支配はこの星の未来にとって危険すぎました。彼らが地上に出る時は奉仕精神が消え、自由になる時。すなわち歴王国と対等な立場になれる時でした」
桜は口には出さず、しかしガゾムの便利すぎる肉体と水を嫌がるという弱点を考え、更に異常なモノづくり精神も加味して奉仕種族という設計コンセプトに妙に納得した。彼らの心は自由だが、逆を言えば心をどうにか出来ればこれほど便利な奴隷はいない。ウジンが滅んだことだけは世界にとって幸運なことだったのかもしれない。
「天空都市は?」
「マスターの指示でわたしが『ガナン』の一部を使い、作り出したものです。彼らには歴王国が地上の絶対的支配者となることを防ぐための中立者にして、自分たちが地上を支配しないようにという傍観者の役目を請け負ってもらいました。歴王国がどんな努力をしても天空都市のゼオムを実効支配することは出来ない――翠魔女。心当たりがありますね?」
唐突に話を振られて名前まで呼ばれた翠魔女が見たこともないほど取り乱しながら跪いて首を垂れる。
「は、はい女神様!! ゼオムの掟には『従属すべからず、されど支配すべからず』というものがあります!! 掟を破った時、天空都市は滅びを迎えると……!!」
「そうです。元々ゼオムはマスターユーザーに今後の人類を見守る役目を託された存在だったことと、ゼオムの寿命の長さから最適な役割でした。ただ、役目は永遠ではありません。ゼオムもいつかは解放される日が来るでしょう」
「あ、ああ、ありがたきし、しややせ!! ……はうっ」
(噛んだ)
(噛んだな)
(噛みおった)
(かわいい……)
翠魔女がポンコツになることで逆に好感度が上昇していくが、それは本筋ではない。
「三大国を中心として、様々な種族と国家が世界に生まれました。その手伝いを要所で行いましたが、基本は彼らの自由意思に任せました。しかし複数の国家が生まれると複数の思惑が生じ、争いが生まれます。その為、魔物を用いた襲撃によって人類共通の試練を生み出し、その副次効果で文明を停滞、破滅に向かわせる要素を削っていきました。それが過去数十回繰り返された退魔戦役の真相です。これについては、わたしを大量虐殺の指示を出したとそしる方もいるでしょう。わたしはそれを甘んじて受けます」
毅然としたアイドルの態度に、誰も何も言えない。
まだ小さな少女であるにも関わらず、彼女の物言いには一切の甘さがない。
重戦士が質問のために手を挙げる。
「いいか、アイドル。そこについて聞きたい――」
「おかあさんと呼んでもいいのですよ?」
「えっ。うん……今はやめとく」
真顔で言われて重戦士がたじろいでいる。ポニーちゃん以外が彼をたじろがせたのは初めてではないだろうか。本気になれば巨人サイズまで変身できる重戦士だが、ママンショックがだいぶ尾を引いているようだ。
「退魔戦役を起こしてはいるが、歴王国を直接滅ぼしてはいけない。それは分かるが、ならば歴王国の地球遺伝子を淘汰させる策とは何なんだ」
「――この星の全てのヒト種は異なる人種でも問題なく子孫が生まれるよう遺伝子設計を施していますが、実は個体差こそあれど全ての種でマギムの地球遺伝子に対し優性な遺伝子が多めに設計されています」
「遺伝子がユーセー?」と疑問符を浮かべる周囲の反応を見て桜はため息をつく。まぁこの世界の人間ならパッと理解できる言葉ではないから仕方ないだろう。
「子どもが生まれたとき、父親似とか母親似ってあるだろ? 簡単に言うと両親のうち優性遺伝子が多い方の特徴が子供に表れやすいんだ」
「つまり、マギムとエフェムが子を為したときにエフェムになるのは、エフェムは優性遺伝子がすごい多いから?」
「ふぅむ……坊と妾は優性遺伝子の事は気付いておったが、理由がわからなんだ。目的が地球人遺伝子と聞いて得心したぞ」
= =
「つまり、歴王国のマギムが国を離れて異種族と子を為すと、その人の遺伝子を残しつつ地球人遺伝子を淘汰出来ると。成程な……王侯貴族の純血主義が廃れてマギムが海外に行けば、異種族と子を為す確率も上がる。国が増えれば増えるほど歴王国が一人勝ちできなくなる。歴王国をゆっくりと消滅させ、そのリソースを他国に分配することで、歴王国民は国を失いつつ個人個人は生き延びる事が出来る。そして地球人遺伝子は淘汰され、世界はハッピーってわけだ」
「最大限の譲歩だ。別にいますぐ滅びろってんじゃないからいいだろ?」
「そう言えるのは、君が歴王国民じゃないからだよ。歴王国にだけ未来がないことが確定して、安心できるわけないだろ」
「……この話はもういいだろ。決着つかねーもん」
「……」
ゴールドは嫌味な物言いをしているが、頭の隅では様々な事を考えているようだ。理屈で分かっても感情が受け付けないのだろう。だが、その中にあって一つ察したことがあるのか、ゴールドは顔を上げた。
「待て……もうロータ・ロバリーには地球人遺伝子を持った人間が……桜がいる!!」
「……そーゆーコトだよ。エレミア様があんなに必死にハイ・アイテールの侵入を許すまいと頑張ってたのにさ……」
「ではつまり……桜は、この星の……」
「そだよ。アンタの友達がこの星に連れ込んだのさ……ハイ・アイテールを」
「違う……違うッ!! 桜の意志ではない筈だッ!!」
自分の隣にいた親友こそが星を滅ぼす元凶を呼び寄せた者――その事実を否定するかのように、ゴールドはヒステリックに叫ぶ。
赤槍士は、桜の事を知っている。
最初は情報だけ、ユーザーである為にエレミアの恩寵を全面に受けながら、ハイ・アイテールを呼び込んだ迷惑な存在としていい印象は皆無だった。
しかし実際に会うと、彼はどこか逃げ腰ながら不思議で面白い人物だった。任務も何度か一緒にこなしたが、彼の術や作戦は論理的ながらどこか人を気遣っており、ゴールドと親し気に話したり、碧射手に迫られて焦ったり、雪兎を前に破顔したり……彼はちょっとしたことで一喜一憂する、超然的でも何でもない普通のヒトだった。
彼を知る前はゴールドの言葉を否定できたが、今は違う。
もう赤槍士は桜を憎み切れない存在に感じていた。
「……そだね。多分だけど、桜は何も知らずに無理やりハイ・アイテールにこの星に飛ばされただけ。全部ハイ・アイテールの作戦通り……ヤになるよ、本当。ロータ・ロバリーにいながら地球アイテールを生成する桜がいることにより、桜をバイパスにアイテールを通してアイツはこの世界にやってきたんだ。なぁ……アンタも色々思うところはあるだろうけど、一度応接間に戻ろうぜ。桜ももう起きて説明受けてるみたいだし」
= =
「……じゃあ、俺が死ぬと雪兎は消えちまうのか?」
桜のその問いに、場の空気が一気に剣呑になった。
氷国連合側の「桜を殺せば雪兎に対抗できる」という脳裏をよぎった思惑と、それに反応した西大陸組の間に亀裂のような緊張が奔った。だがその緊張は即座にいつの間にかいた銀刀によって遮られる。
「無駄だ。この星で複数の遺伝子を取り込んだ雪兎は桜に手を出し、その血肉から地球人遺伝子を取り込んだ筈。これまで遺伝子や実体が希薄だった雪兎は、この星で自己完結した生物になった。もう桜を殺しても意味はない。説得の可能性を自分たちで手折るだけだ」
「おお、坊や坊坊、可愛い坊よ!! 漸く来おったか遅いではないか! 罰として妾に抱擁されながら話に参加するがよいさぁさぁさぁっ!!」
「寄るな馬鹿力!! 真面目な話の最中だろうが!!」
両手をわきわきさせながら銀刀に迫る白狼女帝と刀を突きつけて牽制する銀刀。もうこの時点で普段からこんなやり取り山ほどしてそう感が半端ではなく、部屋の隅でポニーが「いいなぁ」と顔に書いてるような面持ちで見つめている。のんきか。
「俺もエインフィレモスから一通り話は聞いた。雪兎がハイ・アイテールだと。そのハイ・アイテールが何かということも。ただ、目的が判らん。今、このタイミングで動き出したのは恐らく事が進むと自分の正体が露呈するからという状況判断だが、そもそも奴は何故地球を滅ぼしたのだ? それを知らないことには行動が予測できん」
銀刀の鋭い視線が向けられたアイドルは、しばしその瞳を見つめ、目を閉じる。
「ここから先はマスターユーザーの齎した主観的情報を基にしています。確実性に欠く部分が多いため、全て額面通りには受け取らないでください」
地球生物滅亡という途方もない大虐殺を行った存在の真意が、彼女の口から語られる。
「ハイ・アイテールは公的には実験で発生したことになっていますが、実際には過去にアイテール実験でゼオム化した二人の研究者が生み出した存在。つまりマスターユーザー当人がハイ・アイテールの誕生に関わっています」
「すべての因果がそこに集まってんな……」
「マスターユーザーは共同研究者である男性と共にゼオム化した女性でしたが、実際にはロバリーに存在するゼオムと違い、彼らは生殖能力……子を為す力を失ってしまいました。そのため二人は、自分たちの子どもを求めてアイテール研究に没頭し、一つの理論を形成しました。ABIE理論……簡単に説明すると、アイテールを従来にはなかった製法で濃縮する過程で特殊な神秘数列を用いることで、アイテールに自我を持たせるための理論です。これはゼオム化とも違う画期的な理論でした」
子を求めた二人は普通の方法では子を作れないし、養子を取ったとしても同じ時間を生きられない。かといってゼオムを生み出すには、元となる人間――すなわち赤の他人の子どもが必要になる。余りにもそれはエゴが過ぎると考えた二人は、一からアイテールで生成された存在を作ることにしたのだろう。
「この理論によって誕生したハイ・アイテールは、地球で生まれたために地球アイテールとしか適合しないという特殊性を持ちました。その代わり、ゼオムと違ってハイ・アイテールはアイテールとの境界線が曖昧ゆえに、地球アイテールを際限なく集めたり放出する事が可能でした。二人の研究者はそれを記録しつつも、ハイ・アイテールに人間の形、声、考え方等を教え、ハイ・アイテールは幼稚園児程度の知性と感情を得るに至ったそうです」
ここまでは、子宝に恵まれなかった夫婦のような研究者の感動話。
そして、続くのは絶頂から奈落へ落ちる崖際の話。
「この頃、世界は発展しつつも第二次霊素革命以降これといった技術革新を起こせない停滞期が続いていました。大地球連盟――こちらで言えば超国家連合に類するものですが、この組織は二人の研究者が作り出したハイ・アイテールに目をつけました。そう、表向き実験の成果とされていたそれは、二人の研究者から強奪されたものだったのです」
その場の多くの人間の顔が強張る。
女性陣、特に碧射手は我がことのように辛そうだ。
「そんな……酷い……」
「この際、二人は抵抗しましたが、男性研究者は極所相転移弾を受けて消滅。マスターユーザーは抵抗虚しく捕らえられたとのことです。恐らく、政府はこの二人を有用としつつもどこかで危険視していたのではないかと思われます。ゼオム化に成功した人物は地球の歴史上その二人しかいませんでしたから」
「父を殺され母から引き剥がされ、知らない大人たちに動力源として利用された……」
桜は呟きながら、その父親に自分を当て嵌め、ハイ・アイテールの姿に雪兎を思い浮かべる。雪兎の絶望と憎悪に染まる表情、そして下卑た笑いの役人たち。人間の自覚が曖昧な悪意と残虐さ、醜さを目の当たりにしたハイ・アイテールの人間としての心が破壊されても、何らおかしくはない。
それは、ひどく、ひどく人間らしい感情。
胸の奥がずぐり、と痛んだ。どうしてその時守ってやれなかったのか、傍にいてやれなかったのか――自分の事のように、苦しかった。
「その憎悪が、ハイ・アイテールの凶行を引き起こしたってことか……馬鹿なことを。本当に地球人って……」
「マスターユーザーはその騒ぎの中で半ば強制的に脱出船に乗せられました。それがガナンです。恐らく事態を終息させられる可能性のある彼女を生かしておきたかったのでしょう。船内でハイ・アイテールと再会したマスターユーザーもハイ・アイテールの凶行を阻止しようとしましたが、手は出されずとも干渉は出来なかったそうです」
「そりゃそうだ……ハイ・アイテールの親機は地球圏全体に充満するアイテール。総合出力も総量も文字通り桁外れだからな」
しかし、殺し尽くした後のハイ・アイテールは何をしていたのだろう。
ハイ・アイテールの活動時期から桜がロータ・ロバリーに送り込まれるまで凄まじい時間がかかっているのが気にかかる。
「その部分は判然としませんが……マスターユーザーの遺した行動心理予測ツール『アリナシサ』の結果を出します。『独りぼっちになって、寂しくなった。そしてマスターユーザーの事を思い出し、その名残を追ってロータ・ロバリーを認識した』。しかしロバリーには地球アイテールを生成する宿主がいない……もしロバリー内部に地球遺伝子を持つ人類が発生したら、ハイ・アイテールはロータ・ロバリーに侵入できます」
「仲良しごっこがしたいなら今行動を起こす意味があるのか?」
「『アリナシサ』に情報入力……現在の状況と嘗てのハイ・アイテールの精神を加味した予測結果は……『家族が欲しい』」
その結果が出たとき、その場の数名はほっとした。
なんだ、雪兎の頃と変わってない――と。
だが、続く言葉に全員が絶句した。
「『いなくならない、死なない家族が欲しい。自分に決して逆らわない家族が欲しい。自分にとって理想の、永遠に話を聞いてくれる家族が欲しい。だから満足するまでそれを作り、従わない存在は邪魔なので殺す』」




