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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十一章 受付嬢ちゃんも!

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86.受付嬢ちゃんも空気になる・前

 再び応接室。

 先ほどとは違った意味合いの沈黙が場を包む中、部屋に侍女が入ってくる。

 白狼女帝が静かに紅茶をテーブルに置き、そちらを向いた。


「桜はどうだ?」

「女神エレミアの膝の上で『俺の可愛い娘が……』ってめそめそ泣いています」

「……酷いな。色々と」

「ええ、まぁ」


 おかしい。我々はもっと深刻な問題を目の前にしている筈ではなかったのだろうか。部屋の端でデナトレス・フロイドにおっかなびっくり状況説明を受けているポニーを尻目に、その場の全員は珍妙な面持ちになる。神妙ではない。珍妙だ。

 重戦士が歯切れの悪い感想を口にした。


「……まぁ、なんだ。桜が自棄になったり精神崩壊することを危惧していた身としては、ポニーはよくやったと思う。現状を受け入れさせつつ真実から上手く目を逸らさせた……と、思う」


 ストレートに伝えられて人格が崩壊した男の言葉なだけにシャレにならないが、あの状況説明はポニー以外のこの場の全員が思いつきもしなかった内容だ。皆、この残酷な真実を記憶がはっきりしない桜に伝えるべきかどうかにばかり神経が向かっていた。


 そんな中、ポニーはどのような内容で伝えればいいかを考えていた。

 ある意味大きなダメージを負う事にはなったものの、結果として桜は女神に慰められて泣く()()で済んでいる。本物の絶望に沈まずに済んだのだ。受付嬢として対人経験を多く積んできた彼女ならではの意識誘導と言えるだろう。


「桜の方はそのうち立ち直るだろう。問題はゴールドの説得を赤槍士が出来るかどうかだ」


 その言葉に小麦が難しい顔で頷く。


「歴王国の存在を女神に否定されたと言ってもいい状態だもんね……更に家族みたいに面倒を見ていた雪兎が突然友達を傷つけて逃走……敵だと思っていた異端宗派はむしろ女神直属。信心深いゴールド君には、自分の常識が全て覆ったようなものだよ」


 対照的に、軽業師は得心していない顔だ。

 彼女にとってゴールドは、切磋琢磨し合えるよきライバル的な存在だった。


「あ奴がそんなにも堪えておると? にわかには信じがたいが……」


 彼女からすればゴールドは自立した一人の人間で、一見すると成熟した精神を持っているように見える。手合わせは勿論何度も任務を共にこなしたゴールドが今更そんなことで気を散らすのか、軽業師には疑問だった。

 しかし、重戦士は首を横に振る。


「ゴールドを育み、自信を与え、己の誇りとなったのは歴王国だ。歴王国という強く歴史ある国の一員であると思えばこそ、ゴールドは自分の選んだ道に自信を持てた。それにゴールドは家柄がそうなのかエレミア教の敬虔な信者だったようだ」


 ゴールドは当然、自分の実力を信じて冒険者をしている。

 しかし、ゴールドが心に「正しさ」と定める事があるとすれば、その柱の要部には歴王国民の誇りと信仰がある。その二つが折れた柱はいま、恐ろしく脆くなっているだろう。


「信じるものが崩れると、人は自信を失う。軽業師、お前が敬愛する白狼女帝が国を棄てたと知らされるようなものだ。信じようとは思えないだろ?」

「むぅ……まぁ、頷いておいてやろう」


 嘗ては対抗心を剥き出しにしていた軽業師も、様々な経緯を経て最近は重戦士への態度が多少は軟化した。その様子を少し遠くから白狼女帝とポニーが肩を組んで「いつのまにか大きくなって……」と子の成長を確認する母のような暖かな視線で見守っている。


「しかし、そうであるならこれからあ奴は何を支えに生きればよいと?」

「そればかりは外野が決めることじゃない。事情を説明しに行った赤槍士から話を聞いて、あいつが何を思うか――」


 言いかけの言葉は、応接間の扉を開いた桜によって止められる。

 隣に伴っているのは女神エレミア。普段は雪兎がいるポジションである左ではなく右に控えている光景に、周囲の心をちくりと痛ませる。


 彼女は、雪兎は、本当に桜を捨てたのだろうかと。

 桜の顔色はあまりいいとは言えないが、話は聞けそうな顔をしている。ただ、碧射手はすぐに彼が無理をしている事には気付いた。紫術士の事件があった後に一度勉強した『支配オクト』の術を自分に掛け、半ば無理やり精神を安定させているのだ。


「すまん。抑制術式で精神を鎮めてなんとか落ち着いた……事情も『観た』」

「とは言うものの桜よ……観た、とは如何なる意味であるか?」

「人間の記憶は脳細胞が物理的に破壊されない限り脳から消えない。支配オクトの術を使えば過去の擬似的な追体験が出来る。正直胃が痛いことが沢山あってつれぇが、情報を共有してぇ。雪兎の家出と家庭内暴力ドメスティックバイオレンスの真相――そして『雪兎は何者なのか』の部分をはっきりさせないとな」


 落ち着いたとはいえ精神のダメージは大きかったのか桜の足取りは良いとは言えず、ふらつく体を女神エレミアがそっと支える。甲斐甲斐しい彼女に桜は複雑そうな心境で、デナトレス・フロイドは若干羨ましそうな顔で見つめる。


 碧射手はその光景に目を逸らしたくなった。

 自分で自分を騙した上に女神に支えられなければいけないほど、彼は弱り切っているのだ。本当はこの中で一番辛く苦しい筈なのに、目を覚ますと彼はまた「自分がいないと話が進まない」と無理を押して場に出てくる。


(こんな時にくらい寝てたって誰も責めないのに……お願いだから、自棄になるのはやめてよ……?)


 碧射手は、ポニーのように上手く目を逸らさせることは出来なかったし、女神エレミアのように彼を慰めることも出来なかった。単なる人選の問題かもしれないが、その人選に入り込む余地がなかった。碧射手は、白雪を通した連絡くらいしか役に立てていない現状がもどかしかった。

 なんとか椅子に座った桜は、女神エレミアを見る。


「……エレミアって直接呼ぶのも、これからいらぬ騒動を招くかもな。仮の名前が必要だ。んー……アイドルで。奥のデナトレス・フロイドは流体でいこう」

「ペットネームとして登録します」

「流体ねぇ、名は体を表すってヤツか。いいよー!」


 勝手に話が纏まったところで、桜は改めてエレミア――もといアイドルを自分と反対の席に座るよう手で促す。アイドルは桜の隣を離れる事をわずかに逡巡したが、従って座る。近くに座っていた重戦士がものすごく複雑な表情で「これが俺の母親……」と呟いている。

 鉄の塊から少女にランクアップしたものの、余計に受け入れるのが難しくなったらしい。しかし、その軋轢は後で各々解決してもらう。


「俺が知りたい事は分かるな、アイドル。マエスティーティアでの質問の続きを始めよう」

「了解。ここからは端末の関係でユーザーに開示できなかった秘匿部分も含んで説明します。事情を正確に把握するために幾つかの話を順序立てて説明しますので、質問や説明の要求は控えめにお願いします。それではまず――ハイ・アイテールについてご説明いたしましょう」




 = =




 応接間で話が始まっているその頃、宮殿の訓練場で、二人は邂逅していた。


「何の用だ、赤槍士」

「何でも……って言いたいけど、ホントは分かってるんでしょ?」

「分かっていても聞きたくない日はある」

「じゃ、勝手に独り言で話す」


 声をかけてきた相手に目もくれずに剣を素振りするゴールドの姿に、ちくりと赤槍士の胸が痛む。ああ、やはり真実を告げればこうなるのだ、と。前々から覚悟はしていたが、思ったよりも胸の痛みは鋭かった。気を許してしまっていたことを自覚させられる。


 赤槍士は勝手に喋る。異端宗派設立の理由、魔将との関係、女神エレミアのこと。ゴールドはそれに一切反応せず剣を振り続ける。一通り喋り終わった後、ゴールドの動きが不意に止まった。


「君にとって俺の言動はさぞ滑稽に見えただろうね」

「あ……?」

「女神に望まれない国を誇りにし、見守ってくれない女神を崇め称える俺の……俺達歴王国民の姿を、君はさぞいい気分で見ていたんだろ? いつも歴王国の事を小馬鹿にしていたものな」


 立場が逆転し、赤槍士はいまゴールドを見下せる立場になった。ゴールドからバカにされた時はいつか立場を逆転させてやると思っていたが、いざなってみると、思っていたほど爽快でも嬉しくもない。ただ居心地が悪いだけだった。


「立場が逆転したら今度は僻みかよ……ああそうさ。歴王国の連中なんて大嫌いだ。自分と身内贔屓ばかりで自尊心が高くて、他の文明を見下して、協調とか調和とかそういうのが全く出来ないお前らのこと、ずっと愚かで滅んじまえばいいって思ってたよ」

「歴王国に捨てられたから、とかかい?」

「半分正解、半分不正解……アタシの話は今はいいじゃん」


 女神に誓った忠誠は本物だ。

 しかし同時に、歴王国を滅ぼすことに加担できる事に後ろ暗い悦楽を感じていた事を否定する気はない。今だってそうだ。


「君は、雪兎がああなった理由を知っているのか?」

「ああなったも何も、あれが本性じゃねーの。桜のいた故郷を滅ぼした張本人だよ、あれ。人を殺したとかじゃないから。動植物から何から、本当にきれいさっぱり完全に滅ぼしたんだってよ」

「俺の知ってる雪兎はッ!! 子供だったんだぞ……誰も頼れる人がいない、孤独な子供だった!! 人と一緒にいたがってた!! あれが本性だとか、気安く言うなッ!!」


 桜の次に彼女の世話を焼いていたゴールドに、それは信じられず受け入れがたいことだろう。しかし雪兎がこの星に出現したその日から、エレミアも異端宗派も魔将も皆、こうなる日を予想していた。予想より遥かに起きるのが遅いくらいだ。


「ガキが大人に頼るのは身を守ってもらうための防衛本能じゃん。利用されただけなんじゃねーの? あの可愛さで頼られたら、真っ当な人間は保護しようと思うもんな」

「……ッ!!」


 ゴールドの剣を握る手に力が籠る。振り上げられはしないが、怒髪天を突いたか全身から臨戦態勢の際のオーラが漏れ出ていた。


「……何で歴王国を滅ぼそうとしてたか、まだちゃんと話してなかったよね」

「御託はいい。早く言え……!!」


 尊大な態度を鼻で笑って拒否してやろうという思いが微かに心の奥で燻ったが、それだけ感情的になっても剣をこちらに振り下ろさないゴールドの心中を思うと、心がちくりと痛む。自分は彼にこんな顔をさせる為に一緒にいた訳ではないのに、と。


「……雪兎は、遥か遠くの星の文明のなかに生まれたエネルギーだけの存在。桜が作った白雪をとびっきり複雑化して拡大した存在って感じかな。多分桜んとこの文明はそれをエネルギー源か何かとして使いたかったんだ。最初はそれが意思を持つとは思ってなかったみたい」

「でも、彼女は排泄も食事もした。それはどう説明する」

「模倣してただけ。周囲の人間を見て、人間はそういうものだと学習した。擬態ってやつよ。食事に関してはエネルギーを吸収して溜める為と、この星の遺伝子情報を集める為……」

「またイデンシか……げのむとかイデンシとか、分からない言葉ばかり使われる」

「じゃあ遺伝子だけ覚えてくれればいい。遺伝する因子で遺伝子。分かりやすいだろ?」


 ロータ・ロバリーに遺伝子という考え方は未だ存在しないが、赤槍師は基礎的なことくらいは教えられていた。至極単純に言えば、人間の遺伝情報がゲノムであり、遺伝子とはそれを構成する一部だ。その一部分こそが、問題の発端と言える。


「ロータ・ロバリーで生まれた人間は自分の身体から神秘を発生させることができる。草木も魚も魔物も、大気から神秘を取り込んではいるが自分からも発生させている。でもな、これはロバリーの外の生き物が発生させる神秘とは『波長』が違うんだ。そっくりだけど、違う」




 = =




「地球圏由来の生物は全て体内に神秘を発生させる遺伝子情報が存在します。故に地球の人がどれほど遠く逃げたとしても、地球のアイテールの上位互換となったハイ・アイテールには関係がない。ガナンがハイ・アイテールの襲撃を受けたのは、その乗員や家畜、観葉植物等の生命体が全て地球由来だったから。彼らは、地球人であるが故に決してハイ・アイテールから逃げられないという()()()()()()()()()()だったのです」

「なんてことだ……」


 最初から助かる筈のない逃避という悲劇。

 アイドルの語る真実に、桜は口元を覆って俯く。

 その中心に雪兎がいる姿を想像し、すぐに頭を振って気を散らした。気が付けば全員の視線が桜に集中している。心配されている事を自覚しつつも、大丈夫だと先を促した。


「マスターユーザーはハイ・アイテールの特性を調べたのち、この星の実験生物のなかで殺害されたものを調べました。結果、それらの生物は全て地球から持ち込まれた遺伝子を基に作られていたことが判明しました」


 ウジンという非合法組織は技術的な問題で生物実験が滞っていたらしいが、その真相がどうやらこれのようだ。ロータ・ロバリー由来のアイテール適応生物は、地球圏ではアイテールの自己生成と発動が上手く行かなかったのだ。

 ウジンはこの問題を遺伝子的なキメラを作ることで解決しようと試みていたのかもしれない。もしこれが成功すれば、地球に一切気付かれずに、地球へ幾らでもアイテール適応型生物兵器を送り込める。


「マスターユーザーが新人類を創造したのは、旧来の地球人遺伝子を持つ生物が一個体でも存在すればハイ・アイテールはこのロータ・ロバリーを発見してしまうから。幸か不幸か、地球由来遺伝子を持つ生物は既にハイ・アイテールに全滅させられた後。ラインが途切れていました」

「……例外がいるだろう。マスターユーザーだ。彼女は何故殺されなかった」


 女神さえ創造したこの星の人祖の謎。

 桜の問いに、アイドルは今度こそ答える。


「マスターユーザーは……彼女はアイテールというエネルギー源が発見された際のアイテール暴走に巻き込まれ、全身がアイテールで構成された存在になりました。俗な言い方をすれば、幽霊に近かった。端的に言うと、彼女はゼオム種の祖です。そしてゼオムは全身が最初から神秘アイテールで構成されているため、アイテールを自己生成する遺伝子が必要ない。更にゼオム種はこの世界で恐らく唯一……周辺のアイテールの性質によって己のアイテールスペクトル同調が可能な存在」

「つまり……ガナンに乗船して地球圏を離れたことで、マスターユーザーは既に地球アイテールの固有スペクトルを失っていたから干渉できなかった?」

「そのように理解していただいて構いません」


 この会話は西大陸組にも『窓』を開けてホットラインを繋げているが、あちら側で聞いていた翠魔女が思わぬ一族の秘密に青ざめている。まさか自分が女神エレミアを創造した存在の子孫などとは思いもしなかったのだろう。


「しかし、この星には一つだけ不確定な要素がありました。地球遺伝子を用いたアイテール発生実験の失敗作とされたヒト種が、星には既に存在していたのです。彼らは地球人の遺伝子を持ちながらアイテールの自己生成が出来ないために、ハイ・アイテールから存在を意識されることはありませんでした。それが――」




 = =




「それが、現在まで存在し続けている三大種族の一つ……アタシやアンタもそう、マギムだ」

「……馬鹿な。マギムなんて大陸中どこにだっている! いくら歴王国がマギム中心の国家だからって、歴王国だけ滅ぼして何が解決するって言うんだ!!」

「だーかーらー、国に滅んで欲しいだけで人は滅びなくたっていいんだって。その……マスターユーザーもそう考えたらしい。『子どもに罪はない』ってサ」


 その言葉に、ゴールドの剣呑が少しだけ下がる。

 少し冷静になり、もしマスターユーザーが自分たちを本気で滅ぼしたいならもっと早い段階で出来ていたことに思い至ったのだろう。少なくとも、少しは対話を続けようという意志が感じられた。


「別にマギムとマギムが子供を作ったらいきなり地球人遺伝子が発生する訳じゃない。そもそも遺伝子発現に失敗した存在だもんな。しかし先祖返りの可能性は排除できなかった。だからエレミア様はマスターユーザーの命に従い、彼らの婚姻を管理するシステムを作った」

「……まさか、エレミア教?」

「複合的な意味合いはあったけど、歴王国に関してはそうだよ」


 歴王国では愛し合う者同士の婚姻や子作りに至るまで、全てエレミア教会が管理している。もちろん漏れがないという訳ではないが、星そのものを管理するエレミアにとって特定の遺伝子を持つ者同士を近づけないことなど造作もないだろう。


「でもね、マスターユーザーがお亡くなりになって以降、ちょっと話が拗れ始めた。ウジンはどうも失敗個体さえ何かに利用しようと人類の知識や社会について学習させていたみたいなの。その世代の知識を総動員して彼らは歴王国という国家を作り上げた。王権と貴族を中心とする社会……地球人の文明そっくりの社会構造を」

「血統主義……婚姻そのものは管理出来ても、古い遺伝子が残り続ける……?」

「エレミア様はマスターユーザーの命令を拒否できないし、歴王国の存在を力づくで叩き潰すことはできない。特定の遺伝子を持っているというだけで殺害したり子孫を残させないようにするなんてエグいことは許されなかったんだろうね」


 創造主に逆らえないのは被造物の宿命。

 それに、エレミア自身に存在する自我も、これに拒否反応を示した。


「だからエレミア様は考えた。歴王国という国家の在り方が過去の存在となり、子孫を残しつつも地球人遺伝子の自然淘汰が可能となる世界の構築……つまり、多数の国家と種族が存在する現在のロータ・ロバリーの骨子だよ」

 桜の心はボロボロだった。


 ポニーが目覚めて早々『雪兎の家出』というワードを持ち出して泣かせたのが最適解だった。泣くという行為は持て余した感情を発散する手段だ。なまじ耐えてしまうと行き場を無くした負担が心身を蝕む。


 それでも、桜は自分で自分の記憶を覗いたときにまた泣いたし、過呼吸になったし、胃液を逆流させたし、八つ当たりでベッドを殴った。もう記憶を覗くのが嫌になって何度も術を止めようとした。それでもたった一つ、桜にはどうしても知りたいことがあった。


 ――雪兎、お前は俺たちの事を都合のいい隠れ蓑としか見ていなかったのか?


 ――俺を星を侵略するための尖兵として、かりそめの感情を見せていたのか?


 ――俺がお前から感じたぬくもりや優しさ、孤独は、偽物だったのか?


 記憶の中の雪兎がその質問に答える筈もない。桜は雪兎が自らの腹部を無表情で貫く様を見て、己の希望的な予想が脆く崩れ去っていくのを感じた。全てを見終えた桜は項垂れてしばらく指一本動かす気さえ起きずに泣いた。


 桜の中で、答えは出た。


「――エレミア。皆の所に行く」

 

 立ち上がり、進む。

 心の中で出た答えを暫く咀嚼したが、揺るぐことはなかった。

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