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85.受付嬢ちゃんも勘違う

 薄ぼんやりとした天井にぶら下がるシャンデリアの光がカーテンの隙間から差し込み、意識が浮上する。


 頭が少しくらくらする。外を見ると日の光からして昼だ。

 寝坊してしまったのだろうかと思い寝惚け眼を擦ると、枕元にもふもふしたものがいる事に気付く。桜はそれに手を伸ばし、頭をかりかりと爪で掻く。


「お前は……白雪じゃねえか」

「キュー、キュー」


 それは、桜が碧射手に託した擬似生命体、白雪だ。小動物をイメージして構築したためか、本来別に気にならない筈の頭部を掻かれて気持ちよさそうに目を細めている。暫く特に意味もなく白雪を撫でて感触を楽しみ、ふと疑問に思う。


「碧射手と一緒じゃないのか? いや、碧射手に俺を見てるよう言われたか?」

「キュ」


 白雪は人の言葉を理解する知能はある。

 桜の問いに、白雪は肯定するように頭を縦に振った。

 白雪を抱えたまま立ち上がり、窓の外を見ると、雪が降り注いでいる。

 暫く黙考し、思い出す。


「氷国連合に……来てたんだっけ?」


 はっきりとは思い出せないが、西大陸のいつもの町はいま夏だ。対してこちらは冬であるため、雪が降っている。経緯に靄がかかっているが、桜はここが恐らく氷国連合であろうことを推測する。


「雪兎は……ここにいないならゴールドかポニーが面倒見てるか。しかし何で俺は一人で寝て――」


 ずきり、と、小さな痛みがわき腹に奔った。

 思わずわき腹に手を当てると、ガーゼが貼ってある。

 止血用のものではない。傷を治癒の術で癒した後の処置に貼るものだ。治癒術は術による作用で強引に傷を元の形に戻しているため、治癒終了後暫くは疼いたり、再度同じ場所に刺激があった時に怪我をしやすかったりする。


「傷自体は塞がってるけど、これ……体を貫通したのか?」


 気付いて周囲を見渡すと、ここはホテルの一室ではなく少々豪奢な医務室であることに気付く。しばし黙考し、推論を立てる。


「腹の傷を負ったショックによる一時的な記憶の混濁……ってことか」

「キュウ……」


 白雪には判断が付かないようだが、心配そうな視線を送っているところを見ると、恐らく正解だろう。桜は何らかの原因で意識を失い、此処に運び込まれたのだ。自衛手段だけは人一倍気を遣っていたにも関わらず死にかけていたという事実に眩暈がし、桜は微かに呼吸を乱してベッドに座った。

 死を意識するのは、未だに慣れない。


「どれぐらい寝てたんだ、俺……」

「22時間と14分03秒です」

「え? ……ロボっ子?」


 いつから立っていたのだろう。そこには、どことなく近未来的で限りなく人間に近いアンドロイド感のある女の子がいた。青白く煌めく長髪はこの星で見たどの人種の髪色より神秘的で、ヒスイのような芸術性と高度なレンズを組み合わせたような瞳は、まるで心の全てを見透かされそうに思える。


「ユーザーは一時的に記憶が混濁してるようなので、改めて自己紹介をさせていただきます。わたしは地球人支援システム『ハイメレ』の人型独立バックアップユニット、エレミアです」

「えれ、みあ……ハイメレが……」


 桜はエレミアを名乗った少女の額を凝視する彼女の額には小さいながら逆三角型のクリスタルのような淡い光を放つ鉱物が埋め込まれており、その頭に『Elemiah』と掘られていた。


 Elemiah。逆から読むと、ハイメレと読めなくもない。

 ハイメレと言えばスマホだ。肌身離さず持っていた筈のスマホを持っていないか探すと、どこにもない。そして目の前にはハイメレが人間の姿でいる。


 推論――俺のスマホが美少女になった。


「………………」


 桜は理解が追い付かなくなり、一度寝ることにした。


「……果てしない誤解を招いた可能性が30%。しかし、ユーザーの精神安定を優先するならここは否定せず睡眠を優先させるべきでしょう。申し訳ございません、ユーザー……これからは当該機が貴方を守ります」


 エレミアは眠りに落ちる桜の額を優しく撫で、子を見守る母親のような柔和な笑みで彼を見守った。


 


 = =




 そこから少し離れた応接間にて。


「白雪から、桜が目を覚ましたみたい。はぁ、よかった……刺されたショックで一時的に記憶が混濁してて、すぐにまた寝たらしいけれど、もう目覚めないんじゃないかと……」


 碧射手がほっと胸を撫でおろし、周囲も安堵の表情を見せる。


 現在、この場には西大陸からここまで来た面子のうち、ゴールド、ポニー、桜――そして雪兎を除いた全員と、かかわりのある氷国連合組が揃っていた。但しその中に異質な存在が一人増えているが。


「いやぁ、お腹を手が貫通したときはすわ即死かと焦りましたけど、エレミア様が攻撃された部分の空間を術で拡張したおかげでダメージは最小限で済んで良かったですねぇ」


 小麦も安堵の表情を浮かべるが、直ぐに少し険しい表情に変わる。


「でも、桜さんの防壁を貫通した上で、空間を歪めても尚素手で貫通させてくるなんて……雪兎ちゃん、本当に強いんですね……」

「うん……正直、信じられません。雪兎ちゃんが空を飛ぶまではまだ絶対ないとは言い切れませんが、女神様と国潰しの一族、更にオリュペス十二神具の適合者の計三人と渡り合ったなんて……あんなに慕っていた桜さんに攻撃したことも……信じたくないです」

「でも、起こっちまったことだ。もう変えられないよ」


 そう断言する赤槍士の顔には、普段のお気楽さはない。

 彼女の背中には、奇妙な二本の槍が抱えられている。

 彼女は立ち上がって周囲を見渡すと、自ら話し出した。


「エレミア様が桜の下に付いた以上、もう隠す理由もないけど……アタシ、エレミア様の直属の信徒なの。この背中に抱えたオリュペス十二神具が一つ『ヘファストの炎薪えんしん』もエレミア様から賜った。王都からずっと……雪兎の監視を兼ねてずっと近くにいたの」

「いくつか、確認していいか」


 重戦士が自らの両膝に肘をつけながら、問う。


「オリュペス十二神具は、異端宗派ステュアートがタンダリオン神殿から盗み出した。その盗品が、女神エレミアの手を経てお前の背にある。それはつまり、異端宗派とは、異端どころか女神直属の信徒の集団だったということで――いいのか?」

「うん……信徒っていうか、シンボーシャってのが近いかな。人によって考え方に差はあるけど、そう。紫術士は功名心であんなことになっちゃったけど、あれでも敬虔な信者なのよ? 本人も反省してるし」

「コンタクトを取ったのか?」

「この星の最高権限を有するエレミア様にかかれば牢屋の中も外も関係ない。なんならアロディータの宝帯と一緒に今すぐ強奪も出来た。やらなかったのは、紫術士がこのままじゃ仲間に合わせる顔がないって言いだしたからだし」


 信心深さから縁遠そうな赤槍士が国際テロリストであり、テロリストの正体が御使い。それだけでも一般社会を生きるメンツにとっては衝撃的な内容だ。なにせ最大宗教の教義に反する者だと思っていたら、立場が逆だったというのだから。

 ポニーのいない場所でこの話をしたのは、同僚の紫術士がやらかした手前、言い出しにくかったのかもしれない。


 当のポニーは現在、皇都で起きた事件について頭を悩ませながら報告書をでっち上げている最中だ。ギルド所属冒険者の義理の娘が女神と喧嘩して親に傷害、などと馬鹿正直にあったことを書いたら、ポニーは虚偽報告の疑いをかけられ今度こそ減給処分だ。仮にその疑いをかけられず全面的に信じられた場合は、今度は桜が大変なことになってしまう。

 なので、事実を交えつつ上手く本質を隠匿しなから書かなければいけない。


 いくら中立公平を尊ぶギルドと言えど、この町で先日起きた大騒動は理解の範疇と許容できる情報量をオーバーしている。また、情報を正確に伝えることで逆にパニックを起こす可能性もある。

 幸いにして、騒ぎの後にすぐ銀刀が連絡を寄越してこの一件の責任者となったため、ポニーの報告書の内容は組織的に合法であるのが救いだろう。


 閑話休題。

 事実確認の出来た重戦士は次の質問に移る。


「で、お前の隣にいるもう一人のお前はなんだ? ……ゴールドが魔将ハロルドだと言っていたが、双子のようにそっくりだ」

「ども、兄弟! デナトレス・フロイドでっす!! 他人の外見と深層意識を読み取ってコピーできる能力を使って、今は赤槍士ちゃんに化けさせてもらってまーす!」

「……アタシがゴールドの監視から離れる為に呼んだんだけど、まさかアイツ一発で見抜くとはなー……」

「流石は赤槍士ちゃんのボーイフレンドって感じ! ステキやん!」

「ちっげーわ馬鹿ッ!! 誰があんな奴と付き合うかッ!! ……あ、あー! デナトレス・フロイドは深層意識は読めても表層意識や細かい心理が読めねーから、変身後の人格への解釈が大雑把になんの!! だからコイツの言ってることとアタシの考えてることは近いようで大分違うかんね!!」


 恋する乙女のように頬を赤らめてゴールドに思いを馳せるデナトレス・フロイドを足蹴にしながら、鼻息荒く赤槍士が周囲に睨みを利かせる。


「……ぅあー、えーと。まぁ一応言っとくけど、魔将ハロルドは女神が特定の目的のために生み出した存在なんでアタシたち側なの。魔将が表のハデな戦いで、ウチら異端宗派ステュアートは裏でコソコソ国家間のパワーバランスとかを弄る。そして二つはエレミア様の下に集った同志ってコト」

「世界の敵と認識されるトップツーが実は女神直属とは、虚仮にされたものだ……つくづく道化だな」


 重戦士が不快そうにつぶやく。

 エレミアは大筋の流れは人類に任せてきたとは言ったが、生活と信仰の根本であるエレミア教の主神が実在し、現実に世界の敵とテロリストに命令を与えていたというのは、重戦士に限らずこの世界に生きる多くの人にとっての衝撃だろう。


 それに対し、赤槍士は不快そうな顔をする。


「どっちも人類が勝手に言い出したことだろ。エレミア様はそう認識しろと言った覚えもなけりゃ刷り込みをしたこともねー」

「じゃあお前たち異端宗派は何故、何の切っ掛けで女神エレミアとコンタクトを取ったんだ。敬虔な信者など世の中には山ほどいる。そいつらに信託でも下せばよっぽど効率的に世の中を変えられた筈だ」

「……エレミア様は、そういうことしないし。ただエレミア様は……この星でどうしようもなく居場所がない人を集めて教育を施し、記憶を弄って『世界に居る人間』として役割を与えて外に出していった。その中から稀に、エレミア様の理想に強い同調を示したりして記憶操作が上手くいかない連中が出て、それが異端宗派と呼ばれるグループになっただけ」


 その言葉に、小麦がはっとする。


「それって……都合の悪い嫌な過去を消されて新しい自分を与えられるってこと? じゃあもしかしたら世の中で生きている人たちの中には、そうしてエレミア様に役割を与えられた人たちが混ざって――?」

「いるよ、そりゃ」


 それはこの中にもいるかもしれない。それどころかギルド、役人、冒険者、一般市民……そのどこにでも、過去を失った誰かが潜んでいるかもしれないということだ。もしそんな人物がもしも過去に極悪人だったとしたら罪を免れのうのうと生きていることになるし、エレミアとの繋がりが絶たれていなければ任意の場所で任意の物事を起こさせることさえ可能だ。


「本当に、全てに見捨てられて誰にも助けてもらえないような、そんな一部の人だけよ。殆どが親に捨てられたか、親がいなくなった子供だし」

「それで救いある人生とやらを歩ませてくれる訳か。それは運命を操っているのと同じことだぞ……」

「言っとくけど洗脳だとか文句言わないでよ。しなきゃそのまま死ぬか人殺しに身を窶すような奴らの過去を一度清算し、もう一度生きる意味を探す機会を与えてくれてんだから。それとも社会のゴミはその権利もなく野垂れ死ねっての……!?」


 赤槍士の目には明瞭に、持たざる者が持つ者に向ける憎悪に近い感情が籠っていた。それは恐らく、社会に見捨てられたことへの消えない恨みなのだろう。重戦士はそれでも暫く睨み合ったが、やがて一つ息を吐き引き下がった。


「……分かった。俺個人の主義で話を拗らせて悪かった」

「ちっ……」


 赤槍士にとって、今の自分になる前の過去はひどく惨めなものだったのだろう。そんな境遇から救ってくれた女神エレミアを信望する彼女は同時に、世界に漠然とした憎しみを抱き続けているようだ。

 ふと、黙って聞いていた白狼女帝が口を開く。


「ゴールドに監視されておったと言っていたな。ゴールドはそのことを知っていたのか?」

「勿論知らないよ。ただ……前の任務で偶然顔合わせた時に異端宗派だってことはとっくに看破されてた。『ヘファストの炎薪えんしん』の事もね。その後何故か偶然二度も三度も仕事のたびに顔合わせちまって……腐れ縁ってヤツ。上司がいることには気付いてただろうけど、流石に女神だとまでは思ってないっしょ」

「ふむ……ゴールドは何故そのことを周囲に伝えなかったのかのう? 本来、通報して然るべきじゃ。指名手配にされておらぬのが不思議ではないか?」

「そんなの……知らね」


 ふいっと目を逸らした赤槍士に、白狼女帝は口元を扇子で隠しながら「分かりやすいのぅ」とにやける。ただ、当のゴールドは今回の件で精神が乱れているようで、今はひたすら宮殿の訓練場で剣を素振りしていた。


 赤槍士の危険性を知りながら出し抜かれ、親友は腹を貫かれ、付き合いの長い幼女が絶大な力を持つ『何か』と判明した上に逃走し、歴王国がエレミアにとって問題がある存在である旨まで伝わり信仰にも罅が入った。ゴールドの心境は下手をすれば桜並みに滅茶苦茶になっている。

 剣を振って雑念を取り払いでもしなければ頭が回らなくなっているのだ。その様相も鬼気迫るもので、精鋭揃いの近衛兵が何人か訓練相手になって叩きのめされている。


「ま、後でそのことを聞くついでにちゃんと事情を説明してやるのじゃな。下手に距離を取ると腐れた縁が更に拗れるぞ。関係が続くにせよ切れるにせよ、後腐れのないのが一番である」

「御忠告どーも……」


 赤槍士はそれで自分の出来る説明は全部だとばかりに不貞腐れてしまった。


 その後、白雪とテレパシーで繋がっている碧射手が、桜が目を覚ましてポニーから説明を受けていると聞いた面々は桜の病室へと向かった。重戦士はパニックを起こさないか心配で心持ち早歩きで、白狼女帝も真剣な面持ちだ。


 この一連の出来事全ての鍵を握るのは、桜だ。

 彼が現実を受け入れられるかどうか、大きな分岐となる。


 病室のドアを開けたとき、既にポニーと桜は会話を始めていた。


「雪兎がいないって……どういう、ことだよ」


 ――深呼吸して、気を強く持って聞いてください、桜さん。


「――っ」


 ごくり、と生唾を飲む桜。

 彼の様子をしっかり確認したポニーが何を喋るのか、面々には分からない。ポニーも事情を詳しく知り得ていないが、かといって他の面子なら桜に上手く物を伝えられるという状況でもない。彼女は桜にどう説明するのか――ポニーの唇が動く。





 ――雪兎ちゃんはイヤイヤ期に突入し、溢れ出るラブリーパワーを暴走させて家出してしまいましたッ!!


「……Noooooooooォォォーーーーーーッ!!?」




 ポニーは真面目に言い切り、桜は両手で頬を押さえて大口を開けて絶叫し、それ以外のほぼ全員が大理石の床に盛大にひっくり返り散らかした。

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[一言] なんなんだ、イヤイヤ期は反抗期でいいとして...ラブリーパワー...とは。 まぁシリアス続いてるし、たまにはね?
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