82.答え合わせを続けよう
いくつの衝撃的な事実が発生しても、問答の種は尽きない。
「お主の話には納得できる事も多々あるが、読めぬところもある。差し当たって気になるのは、我らが氷国連合と西の大国、歴王国じゃな。坊と妾で情報を集めて色々と話し合ったとき、退魔戦役や魔物の動きに一つ興味深い点があることに気付いた。ハイメレよ、お主――回りまわって歴王国の国力を削ぐために魔物を動かしておるだろう?」
「……そうなのか、ハイメレ」
『その通りです。二つの優先的理由に付き、歴王国が弱体化し、最終的に三大国から陥落させることを目的にした活動を行っています。これは人類に過干渉しないという前提を違える内容ですが、優先順位が高い事柄が絡むため、やむを得ずそのようにしています』
「ゴールドが聞いたら怒り狂うかもな」
「ですねぇ。愛国心のある人ですもん」
桜と小麦はうんうんと頷き合う。
家も家族も歴王国の重役であるゴールドには聞かせ辛い話だ。
しかし歴王国はやらかしの多い国とはいえ、何故弱らなければならないのかが気にかかる。
「まぁ我が国としては別段困ることはないのだがな。そしてハイメレよ、おぬし、空いた三大国の一角にあわよくば我が氷国連合が捻じ込まれる事を望んでおらぬか?」
「ハイメレ」
『消極的にですが、そのようになることが社会の安定に繋がるとは推測しています』
「で、あるか……おかしいとは思ったのだ。氷国連合の自然は厳しすぎる。国土面積で言えば世界最大の国家だが、同時に資源も産業も限られていた。それが、『国潰し』の一族の登場による統一から、第二次退魔戦役後のリメインズ発見までとんとん拍子に進み過ぎておる。リメインズは偶然出現したのではなく、我らにくれてやるつもりで『提供』したのだと妾は考えた」
「女帝様、それはつまり……」
「国潰しの一族を生み出す神殿を提供したのはハイメレで、リメインズの上の永久凍土を割ったのもハイメレ……我が国の発展はハイメレの差し金だったと!?」
連合組がざわめく。これぞまさにハイメレによる恣意的なコントロールと受け取れる。自力での発展と与えられた発展では意味合いもその後の顛末も大きく話が変わってくるが、まさか歴王国の後釜とは殆どの人間が思い至らなかった。
同時に、白狼女帝と共にこの推論を導き出した銀刀は一体どこまで知っているのか、末恐ろしく思う。もちろん、この女帝にもだ。
「何故そうまでして歴王国を滅ぼしたがる?」
『厳密には滅ぼしたい訳ではありません。マギムの単一国家を形成し、そして滅亡へと突き進んだ旧文明に最も類似した文化性を維持する歴王国という国家体系には二つのリスクが付きまといます』
「その片方は、地球と同じ未熟なまま力を得る可能性があるってことだよな」
『その通りです』
「ではもう一つは?」
『歴王国のマギムの遺伝子の中には、僅かな割合ですが地球人と同じゲノムが受け継がれています。そして歴王国はその血統を他国よりも優先する傾向にある。つまり、このゲノムを持つ者同士の婚姻、出産時に、地球人と認められる遺伝子を持った個体が生まれる可能性があります』
「――それの、何が問題なんだ」
『それは――』
「待て、それより前に一つ確認したいことがある」
重戦士の待ったがかかり、その質問の答えは一旦見送られる。
残念に思う反面、地球人のややこしい話を展開するのは後に回した方が理解しやすいかもしれないと思い、桜は逆に重戦士の話に乗ることにした。
「何だ、重戦士」
「魔将の存在についてだ。生命の神殿にはこの星のあらゆる生物のげのむとやらの情報が入っていたが、魔将だけはデータがなかった。何故だ、と問う気だったが――俺も推理した。魔将とは、貴様が人類に干渉する為に作りだした特別な魔物なのか?」
『――肯定する。魔将とはより細部への文化の淘汰を可能とする為に設計し、戦役にて魔物の『やりすぎ』が発生しないよう管理する役割を持たせて設計してある。氷国連合には特例として生命の神殿と呼ばれる施設を開放しているが、魔将のデータの提供はこの目的行動の妨げとなるため、データを共有していない』
「――ネイアンが鉄血に恋をしたのも、実際には別の意図があったのか?」
その恋心さえ計算され尽くしたのなら、鉄血とローの思いを機械的計算で平然と踏み躙ったことになる。重戦士は鉄血ではないが、もしそうなら許すことはできなかった。
しかし、その懸念は杞憂に終わる。
『当該システムは、魔将が異性や異種に対して抱く恋愛感情に干渉しない。果たすべき役割を果たせば、他は個々の意思の自由にしている。よって、ネイアンが鉄血に恋をしたのは、恋をする心があったからに他ならない』
「そ、そうか……意外と、放任主義だな。桜は別として、他の連中には答えないのに俺の質問には答えるのは、俺が魔将だからか?」
『肯定する。当該システムは『お母さん』として、子供の質問には可能な範囲で答えるようにしている』
「こ、この鉄の塊が俺の母親……!」
(急に人間臭いこと言い出したなこのシステム)
重戦士が筆舌に尽くしがたい複雑な顔をしている。
当人たちは極めて真剣なのだろうが、寸劇感が否めない。白狼女帝は後ろでくつくつと笑い、小麦は「息子のパートナーに無視決めるのはどうかと思います!」と全力抗議している。
(しかし、この星の支配者にして魔物を統べる者か……魔王か神か、そう呼んで差し支えない存在……俺は神へのアクセス権を持つ、さしずめ預言者か何かか? マジで笑えな……あ、そうだ)
ここに来て気が緩んだせいか、割と大切な事を今更になって思い出した。
そろそろ聞いても良い頃合いだろう。桜は、これを忘れるなど我ながら何と間抜けな、と自嘲しながら問う。
「ハイメレ、前の質問は一旦取り消して、聞きたいことがある。俺が地球からロータ・ロバリーまでたどり着いた経緯を、知る限りで教えてくれ」
『――警告』
「あ?」
これまで一言も発せられたことのないメッセージに、桜は面食らった。
『その情報は、ユーザーの心理に著しいストレスを与える可能性があります。覚悟はよろしいですか?』
「……そんなもん、もう十分食らったよ。覚悟してきたんだ、今更野暮な事言うな」
『了解、情報開示を――』
――桜はこの日、このタイミングまで質問を思い出せなかったことを、大いに後悔することになる。
『――緊急警報発令!! 緊急警報発令!! メインフレームが侵蝕を受けています!!』
「な……んだとッ!?」
けたたましい警告音を吐き出して、部屋の全てのモニタが次々に真っ赤に染まっていく。その全ての画面が警告、危険、障害発生の文字に彩られ、荘厳なまでの空気に包まれていた部屋は一気に戦場の如き緊張感に包まれた。
「何じゃ、これは。何があった、桜!」
「どういうこったおい……お前コンピュータだろうが! 侵蝕って、ハッキングかウイルスでも食らったってのか!? 一体誰がどこからどうやって!!」
『干渉元特定!! 当該機直上、第八垂直構造体マエスティーティア第四層、人造新人類研究所からです!!』
――いつもいつもこの世界は、桜の覚悟を一歩上回る。
数分前――『それ』は、誰に気付かれる訳でもなくその部屋に到達した。
周囲を見渡し、中央部に存在する作りかけの少女に目をやった『それ』は、少女が浮かぶポットに近づき、ガラスに似た透明な合成素材を素手で貫いて少女の頭部に触れ――暫くして、手を抜き取る。合成素材からは培養液が漏れ出し、ホロモニタには電子音と警告が響き渡る。
『それ』は、ホロモニタを一瞥し、手を振り上げ――それに、培養液に塗れた腕を叩きつけた。モニタを空間に投影していた下部ユニットに、その腕はまるで泥を貫くように容易に沈み込み、それの全身が青白く発光する。
光は膨れ上がり、生物のような有機的な動きで機械内部にずぶずぶと侵入していく。まるで綿に水が染み込むように呆気なく、光はユニットを通して部屋全体に広がっていく。
――ミ・ツ・ケ・タ。
『それ』の口は、まるで無垢な子供が大人の隠した玩具を発見したような無邪気さで、確かにそう呟いた。




