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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十章 受付の外で起きるコト

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81.答え合わせを始めよう

 待ち望んだ答えを目の前に、一瞬足がすくんだ。

 しかし、ポニーと共に待っている雪兎たちの姿を思い出し、足を殴って奮起する。俺はずかずかと前に進み、モニタの前に仁王立ちした。


 両腕を組んで見せるのは威嚇し自分を大きく見せようとしている、なんて説を昔に聞いたが、今まさにそんな気分だ、と桜は思う。自分を少しでも大きな存在だと思わなければ、目の前の巨大なコンピュータに心で負けてしまいそうだ。


「……まず、確認する。お前は――ハイメレとは何で、何のために存在しているシステムだ?」

『第一の質問に回答。ハイメレは、元々はマスターユーザーを補助する為の情報処理ツールでした。マスターユーザーの出現以前は星の統合コンピュータであり、その機能は今も残っています。ハイメレはもし万が一、地球人と同じ遺伝子構成の存在が惑星内に誕生した際の事態を想定して、地球人の遺伝子認証を通った存在をユーザーと認めるよう設定が施され、ユーザーを補助するようプログラムされています』


 やはり、話の見えない部分が多い。氷国連合側はチキュウが桜の故郷である程度の情報は持っているため一旦は口を挟んでいない。


『第二の質問に回答。ハイメレの存在意義について、特に優先度の高いものを列挙します。一つ、ロータ・ロバリーの霊長類の発展を促し、見守り、より文化的精神的にバランスの取れた成長をするよう一定の管理を施すこと。一つ、ハイ・アイテールの脅威からロータ・ロバリーを守護し、手段を講じること。一つ、地球人と同じ遺伝子構成の個体が惑星に出現した際、これをユーザーと認め優先的に協力すること。一つ、ロータ・ロバリーの霊長類の文明が指定ラインに到達したと認められた際に、ハイメレは段階的に惑星の管理を終了し、後の歴史を彼らに託すこと。以上が特に優先すべきハイメレの存在意義です』

「……驚いたな。機能が停止する条件なんて定められてたのか」


 ゲーム脳の桜としては、この手のコンピュータはだいたいどこか思考回路が狂っており、人類を永遠に管理しようとしたりするというイメージがあった。しかしこのコンピュータは自分の役割が終わるときを明確に示されているらしい。

 いずれ停止する為に自己学習機能が制限されているのかもしれない。


 そして、今の情報で一つ確証が出来た。


(ハイ・アイテールの脅威は完全に去ってはいない……!)


 この話はまだ周囲には一切していないが、こうなるとハイ・アイテールについても後で確認する必要があるだろう。

 と、白狼女帝が一歩前に出た。


「では、答え合わせをしたい。単刀直入に聞くが、人類の祖先と魔物は妾たち国潰しの如く同じ方法で造られたものか? 桜、仲介せい」

「……話の内容自体は聞いてるんだろう? どうなんだ、ハイメレ」

『肯定です。この惑星の人類の祖先、或いは人類そのものは、魔物の生成と同じ技術を用いて行われています』


 ロータ・ロバリー組全員の纏う気配が、揺らいだ。

 白狼女帝は予想通りといった顔だが、周囲は多かれ少なかれ動揺している。それもそうだろう。人類の敵と呼ばれる化け物の群体と自分たちが兄弟だなどと言われて、すんなり受け入れられる者は殆どいない。


 今度は重戦士が口を開く。

 その口調には珍しく棘があった。


「何のために、魔物を生み出している? 退魔戦役も全てそちらの仕組んだことだということか? 意味が分からん……人類の大量死と文明の破壊は、どう考えても成長の妨げになる。魔物の存在も然りだ。矛盾している」

『その意見は肯定であるが、魔物の発生と退魔戦役の目的は厳密には異なる』


 また、話が拗れる。

 小麦が即座に疑問を呈した。


「厳密にはって、同じ魔物の生成なのに二つには違いがあるんですか?」

『……』

「あれ、無視!? 桜さーん!!」

「どうなんだ、ハイメレ」

『……魔物が常にこの星に発生しているのは、単純に人類が誕生するより以前から魔物と呼ばれる存在の祖が地上に存在していたからです。ハイメレは確かに魔物の生成を行っていますが、地上に存在する魔物の九割近くは自然が育んでいます。その上で魔物を定期的に地上に放っているのは――人類の共通の敵を作る為。そして文化的な停滞を生みにくくするためです』

「……ああ、そうなのか。そうだよな。納得した」


 俺はそれに、ドライな感情ながら得心がいってしまった。

 ロバリー組の視線が刺さったのですぐに説明する。


「重戦士と小麦には少しだけ話したことがあるけど……俺の故郷は魔物が居なかった結果、人間同士で争った。散々馬鹿な殺し合いで無駄に命を擦り減らし、ボタン一つで何千何万と人を殺せる武器を馬鹿みたいに製造し、表向き戦争がなくなっても貧富の差だの何だので他国とひたすら小競り合い……嫌になるような社会を構築していた。何故なら、人類にとって共通の敵が存在しなかったからだ」


 俺の言葉に、白狼女帝は唸った。


「政治を司る者として分からなくはない、かの。退魔戦役が終わると国々は国益を競い合う傾向に一気に偏った。国々は常に戦力を維持しようとするが、それも魔物がいつ攻めてくるかわからぬからだ。魔物がいなくなればみるみるうちに戦人は職を無くし、それに付随する文化は停滞し、廃れるだろう」

「そんな! 文明は常に発展に向かうものでしょ!?」


 小麦が抗議の声を上げるが、白狼女帝は首を横に振った。


「それはおぬしらガゾムであればそうだろう。しかしな、人類とは本質では怠惰なのだ。働かずとも食うに困らぬと思うと人は仕事をしなくなる。今が続けばいいと思い、維持にばかり気を配って先に進むことを恐れる。前進には常に未知の失敗という恐怖が付きまとうからだ。世の多くは凡人と俗人で出来ておる。その声は賢人と変人より遥かに大きい」

「賢人と変人で導けばいいじゃないですか、国を!」

「そうもいかぬ。民が王に政を任せるのは、そうすることで魔物の脅威から守ってもらえるからだ。王に頼らずとも身の安全が確保されれば、民は指導者の威厳より足元の些細な違いに目をやり、腹を立て始めるものよ」


 桜はふと疑問に思った事を問う。


「まるで、経験談のように話しますね」

「ん、そうさな……氷国連合は、連合なのだ。連合国家になる前は色々とあった。妾自身が見たものもあるが、生々しい当時の資料も残っているものよ」

 

 白狼女帝は遠い目をする。

 それは、俗人凡人の類である桜には理解できない為政者の目だった。


「そういう認識でいいか、ハイメレ」

『――白狼女帝の発言に同調します。この停滞と人類同士の幼稚な戦いを防ぎ、相互に協力することの重要性を意識させることに、魔物の存在の意義があります』

「では、退魔戦役の意義はなんだ」

「人類の発展を阻害する文化の排除と、歴王国のすり減らし」


 重戦士の責めるような口調にハイメレが何か言う前に、今度は白狼女帝が答えた。驚いた周囲の視線を心地よさそうに楽しむ彼女は、どこからか取り出した扇で口元を隠す。


「ふふん、坊と二人で出した推論だ。どうだ、違うかの? 桜や、確認を」

「……そうなのか、ハイメレ?」

『前者の問いについては部分的に肯定します。後者については結果だけに視点を絞れば正解です』

「ほうほう、ハズレではないが正答には届かんかったか。いいセン行っとると思うたんじゃがのう」


 それでも白狼女帝は悪戯が成功したようにころころ笑った。

 重戦士は、頭を抑える。


「……すまない、少し熱くなっていたかもしれん。そうか……桜の世界で起きたような、人類同士の戦いや文化の停滞に繋がる要素を破壊していた、と?」

『肯定である』


 人間同士の戦いは、最終的に感情の戦いになり、歯止めも際限もなくなる。「博士の異常な愛情」という有名な映画みたいなオチになってしまってはせっかく用意した地球文明の遺産にも意味がなくなる。その点、魔物は御しやすかったのだろう。


「さっきから気になってたんですけど、私たちの質問には答えないくせに重戦士さんの質問には口調が固いけど答えますね?」

「それについても推論があるが、まぁ後にするかの?」

「ハイメレ、話を続けてくれ」

『文明の破壊と人類側では言われていますが、崩壊後も国家の建国という発想、農業知識、医療技術等、文化発展に必要な要素は消滅させていません。ただ、それを育む環境はどうしても時間と共に腐敗や停滞、そもそもの根底の間違いが発生します。前々回の退魔戦役まではそれらの過ちを正すだけの倫理が人類に育っていませんでした。貴方方が第一次退魔戦役と呼ぶ戦いの中で、やっと倫理を是正する作用を持つ組織が機能し始めたことは、大きな発展と呼べるでしょう』


 一度頭が冷えたらしい重戦士が、思い当たった事を口にする。


「……ギルドの存在か」

『肯定する』


 ギルドは退魔戦役に備えて各国が協力するための組織だ。

 そして、民に求められ、国家と国家を繋ぐために非常に強固な目的意識を持っている。超国家条約という当時まだ絵に描いた餅だった条約を形にするだけの力を、ギルドは確かに発揮している。


 ふと、他にも考えが及ぶ。


「じゃあ、エレミア教はロータ・ロバリーの人間の規範とすべく生まれた……世界中で言語や貨幣が統一されているのも、その方が統一意識を持った共同体として文明が成長しやすかったから?」

『その通りです』

「この星の全ては作り物か。与えられた宗教、与えられた文明、与えられた価値観で構成された『理想の世界』。馬鹿にした話だ」

『それは違います』

「何が違う。ここにいる連中の顔を見てもそう言えるか?」


 小麦は顔を青くして口元を抑え、重戦士は静かな怒りを湛えている。


「私たちの身体がこうなのも、エレミア教を信じたのも、マーセナリーを目指したのも……全てはハイメレさんの手の内? それじゃまるで、ハイメレさんが神のようじゃ……」

「陰でこそこそ、俺達の文明と戦いを経過観察のように見物し、作業のように人を喰らう魔物を補充していただと……? 虚仮にされたようなものではないか。俺達はペットでも人形でもないぞ……!」

『肯定する』


 その想いすら作業的に、ハイメレは言い切る。


『当該システムに、人間の感情をコントロールする機能は存在しない。指標を失った人類に当該システムより指標を提示し、それを強要したことはない。エレミア教は過去の地球人が犯したあらゆる過ちを知らせる婉曲な警告文章に過ぎない。当該システムは、道半ばで途切れた線路に過ぎない』

「ハイメレというシステムは、この星の人間が地球人より先の未来に到達する為の補助機能に過ぎない、ということか?」

『或いはそれは、マスターユーザーの恣意的な感情の介在が微かには存在するかもしれません。その為に、退魔戦役以外の場面でも僅かながら人に干渉を行っていた事を、独善的だと指摘することを否定もしません。当該システムはただ、この星の人類がいつかシステムの範囲の外に羽ばたく事を願って残された――願いの遺産なのです』


 そのメッセージだけは、やけに。

 ハイメレが自分の思いを独白するような、意思が宿っていた気がした。

「今頃何やってんだろーねー、アンタの友達はさー」


 ぶらぶらと子供のように手を振って歩く赤槍士に、ゴールドは「さあね」と気のない返事をして歩く。


「てゆーか、どこに向かってんのこれ? 宿は反対側っしょ? もしや迷子? お坊ちゃまー、迷子でーすーかぁ?」

「……この辺でいいかな。開発途中で人もいないみたいだし」

「いや、何がよ。雪合戦しようとか言わないよね? そこまでガキになった気は――」


 その言葉が言い終わるより前に――ゴールドは剣を抜き放って赤槍士の首筋に突きつけた。

 寸分の狂いもなく、あの僅かに手を捻るだけで頸動脈を掻き切れる位置に置かれた刃に宿る、確かな殺気と共に、ゴールドは白い息を吐きながら問う。


()()()()()?」

「うぇええ!? ちょ、ちょっとぉ!? なにもちょっとしたジョークでそこまで怒らなくたって――」

「俺の知ってる赤槍士はね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

「――あーそう。あー、そうかー……うん、そうか。じゃあしょうがないな!」


 にかっと笑った赤槍士は、そのまま自らの首を刃に差し出した。瞬間、ゴールドが驚愕に目を見開く。


「貴様……ッ!!」

「お初にお目にかかる、ゴールドくん! 私の名はデナトレス・フロイド!! 君らが魔将ハロルドと呼ぶ――君たちのブラザーなのさ!!」


 デナトレス・フロイドを名乗ったそれは、ゴールドの剣を首半ばまで押し込みながら、赤槍士の顔をしたまま笑う。その首の断面は、血の一滴も零れない極彩色の『流体』で構成されていた。


「――トイレに行ったときにすり替わったなッ!! 彼女はどこに行ったッ!!」

「やーゴメン。これはほんとにゴメンなんだけど……今だけは私に付き合ってよ、ゴールド!!」


 黄金の闘気と極彩の侵気が、激突した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 管理はする、でもいずれ手の内から離れることを目標として。というところも一応マスターユーザー(これは開発者、つまり漂着した実質最後だったはずの地球人?)の意図ではあるのかな。 しかし、地球人…
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