79.子守は任せ、いざゆかん
「………………」
聞く前はあれほど葛藤があったのに、知ってしまえばあっという間だった。まるで物語のようにすんなりと、簡潔に、地球人類が滅ぶまでの過程を知る事が出来た。
人間の欲望は果てしない、とゲームやアニメの悪役は時折言うが、結局はその通り。発展を急ぐ余りに余計なものに手を出して、人類は自滅したのだ。自分や家族が死んだ後の遠い未来の出来事のせいか、そのハイ・アイテールなる存在に憎しみや恨みは感じなかった。それは恐らく、情報と現実の距離感を捉えそこなったせいなのだろう。
ここで桜がすべきことは、真実の究明だ。
「質問がある。アイテールとは、もしかして『神秘』の事か?」
この世界に満ちる『神秘』と話に聞くアイテールは、どちらも再生可能エネルギーだ。世界の中核を担っていると言っていい。もしや共通項があるのではないかと桜の勘が囁いていた。
『厳密には異なりますが、基本部分では同性質のエネルギーです』
『厳密には異なる……とはどういう意味だ」
『判断中……言語の意味ではなくアイテールと神秘についての関係性を問うもので間違いありませんか?』
たまに忘れそうになるが、ハイメレはあくまでサポートツールであって人ではない。人間なら容易に察するような言葉でも前提の錯誤を起こすことはあるようだ。確認してくれるだけまだ有難い。
「そうだ」
『アイテールは宇宙全体の空間に満ちていますが、恒星などの大型の星の引力が作用する範囲内では特徴的なスペクトルに変調します。そのため地球圏の外に出ると地球製霊素機関は波長のズレから効率が低下し、全く別の恒星の圏内ではハーモニクス装置を用いても大きなエネルギーロスが生じます。以上の理由から、厳密には地球圏内のアイテールと別恒星付近のアイテールは利用上別のエネルギーとして扱われます』
「電圧の違いみたいなもんか。本質は一緒だが、まるっきり同じようには扱えない訳だ」
『広い視野でならばその認識で問題ありません』
成程、と思う。
以前に地球には神秘がないと言ったが、それは神秘が人類に発見できていなかったからに過ぎなかったようだ。嘘をついてしまったな、と小さな罪悪感が湧くが、今は捨て置く。
「ロータ・ロバリーに生きて辿り着いた人間の話を聞きたい。データはあるか」
『その人物は嘗て日本と呼ばれた国に存在した民族の末裔で、循環型外宇宙航行艦『ガナン』に乗船していました。ただし、正規の乗員ではなかったようで、データベースに名前は記載されていません。ハイ・アイテールの襲撃を受けた際、彼女だけが生存。ロータ・ロバリーから放たれた救難シグナルを偶然にも拾い、辿り着いたようです』
船員が皆殺しにされたにも関わらずたった一人だけ生き延びて、惨劇の船に取り残された女性の胸中を思うと、ぞっとするものがある。彼女にとって救難シグナルはきっと最後の希望であり、そして辿り着いた先で彼女は希望を断たれた。
なぜなら、救難信号を送った連中はとうの昔に殺されていたのだから。
『女性はロータ・ロバリーに、地球人に似た性質を持つ全く別種の生命体を生み出し、ガナン内部に保存されていた継承文化を彼らが手にするよう様々な細工を施しました。それらの細工は、『ウジン』に既に大部分を改造された当惑星では難しいことではありませんでした』
つまり、彼女はあの地下の装置のようなものを使ってこの星に『人類』を作った。この星の人間が桜と同じような体格で恐ろしく戦闘能力が高い事があるのも、そうした品種として作られたからだろう。とすると、魔物は実験動物の名残か何かだろうか。
「魔物の事も気になるが、そうか……腑に落ちることもある」
エレミア教の経典だの、古代のレシピだのに地球の名残を感じたのは、その最後の地球人の女性が残したもの。よりにもよって犯罪組織の実験場で育った生物が地球文明の継承者になるとは数奇な話である。
ハイメレは恐らく彼女自身がそうした細工をする為の補助システムとして生み出したのではないか、と推測する。とすると、実は彼女は優秀な科学者だったのかもしれない。
『女性はその後、ハイ・アイテールについて研究を行い、ロータ・ロバリーがハイ・アイテールの干渉を受けない為の措置を施したのち、老衰で亡くなりました』
「そうか……それで、何故彼女はハイ・アイテールに殺されなかったんだ? ハイ・アイテールの目的は? 具体的な措置の内容……いや、そもそもまだハイ・アイテールの脅威は存在しているのか?」
『検索……検索……当該端末のアクセス権限では情報を開示できません。上位端末によりメインサーバーの認証が必要です』
「ちっ」
今までなんでも答えてくれたスマホの裏切りに舌打ちが漏れる。
どうにもそこまで上手い話はなかったらしい。
しかし、不明ですの一言で片づけられるよりはまだ希望がある。
「俺が地球人であることをお前は正しく認識しているな? では、何故俺は西暦の時代から未来のロータ・ロバリーに送られたのか、その原因を答えろ」
『検索……検索……当該端末のアクセス権限では情報を開示できません。上位端末によりメインサーバーの認証が必要です』
「認証があれば、答えるんだな? 不明という訳ではないのだな?」
『質問への回答権限が当該端末にはありません』
「禅問答対策にセキュリティはバッチリって訳か。そもそも認証とやらは俺に降りるものなのか?」
『当該システムは地球人のサポートの為のシステムであるため、特別の理由がない限り拒否されることはありません』
「特別の理由とは?」
『情報開示によって、対象ユーザーに著しい悪影響が及ぼされると論理的に予測される状況です』
「確かめてみないと分からない、か。もっとストレスフリーに事を運びたいもんだ」
正直に言えば、未だに真実を知る事への不安はある。
しかし、これほど高度な情報処理とサポートを行えるシステムの上位端末ともなれば、この端末では知り得ない情報を山ほど表示出来ておかしくはない。きっとそれは、このロータ・ロバリーで繰り返される魔物と人との戦いの秘密にも繋がっている筈だ。
「上位端末はどこにある」
『イルミネイターリンク……現在地から最も近いのは、第八垂直構造体マエスティーティアを経由するルートです。マエスティーティアは二日前にユーザーが足を踏み入れた人造新人類研究所から入る事が出来ます。施設内のシステムはこの端末でアクセスが可能です』
「地下の人造人間を生成してた場所か……あれについての質問も、回答権限がないんだろうな」
『質問の内容にもよりますが、回答可能範囲に大きな制限があります』
その後、桜はいくつか細かい確認を行ったが、その多くが大した情報にならない、または権限が足りずに確認できなかった。
やることは決まった。
明日、この星の住民と共に暴ける全てを暴く。
全てが終わった時、桜がどうなるのかは桜自身にも分からない。
それでも。
「ちゃんと目的があって生きるってのは、いいもんだな」
この世界は、灰色じゃない。
= =
「その顔、どうやら快い返事が聞けそうじゃの」
その日の昼、玉座から桜を見下ろす白狼女帝は満足げに、そしてどこか成長を祝うように告げる。
「では、改めて頼もう。桜よ、我が国のリメインズの調査に協力せよ。褒美は大きいぞ? なにせこの白狼女帝に恩を売れるのだからな」
「互いに得がある話で結構だ。その依頼、謹んで承った」
雪兎の事は一旦ポニーたちに預けた。
ここから先のややこしい話に無駄に巻き込みたくない。
心配はされたが、背中を押してくれた上に子供の面倒も見てくれるポニーには感謝しかない。冷静に考えると彼女は五歳くらい年下であることを思い出し自分って駄目人間だなと思うけれど、彼女に出会わなければここまで進んでこれなかっただろう。
上目遣いの雪兎は行かせたくないかのように呼び止めてきた。
「桜……嫌なことは嫌でもいいんだよ?」
「ありがとな、雪兎。でも大丈夫だ……全部はっきりさせて、また一緒に西大陸の宿に帰ろう」
雪兎の心配する声を振り切るのは辛かったが、もう少しの辛抱だ。
リメインズを探索する他のメンバーは、あの日、宮殿より続く地下へ向かったのと同じメンバーになる。戦闘力や思慮、能力共に頼もしい面子で、特に重戦士の協力は心強い。これで物理的妨害が入ってもどうにか出来るだろう。
「今度こそ暴く。この異世界もどきの全容ってヤツを……!」
旅の終わりが、近づいていた。
ハイメレのデータ抽出:循環型外宇宙航行移民艦『ガナン』
垂線間長:100km
最大幅:47km
常備重量:240億t
主動力源:離元動力炉(アイテール排除型)
特徴:高度再利用化により、無補給で100万人規模の人間が生活可能な居住空間を有する星間航行艦。必須設備維持に必要な人員はおよそ3万人であり、人類史上初の原子変換装置を搭載することによって物質的資源に一切の無駄をなくすことに成功している。
戦闘は着脱式防衛艦『アトス』『ポルトス』『アラミス』を含めれば単艦でありながら四隻編成が可能であり、実弾、衝撃弾、エネルギー弾など多彩な火器を所持。更に汎用機動鎧殻を同時200機展開可能。防御面では外壁に攻撃エネルギーを0にする新技術『ディスパネ』が全面的に用いられている。




