75.今、貴方は何を思うのか
氷国連合の食事は大陸に比べて大分独特な気がします。
主に炙り料理、煮込み料理、保存食を利用した料理が多く、特に碧射手ちゃんは少し不満だったようです。ただ、食糧事情を理解しているのか特に文句などは言いませんでした。
「私の故郷も森の中だったから、冬になれば結構似たようなものなのよね。干し肉、魚の干物、ドライフルーツに豆中心の煮込み料理……ここだけの話、冒険者になって森を出たのはそれが嫌だったのもちょっとだけあるの」
苦笑いする碧射手ちゃんに母国の料理の文句ともとれる言葉を言われた軽業師ちゃんは怒る……かと思いきや、そうでもありません。
「んむ。白狼女帝様もその事を気にして食料改革に力を入れておるからな。温熱を利用して冬も新鮮な作物を育てられないか研究中じゃ」
「どうしてもこの時期って豆スープばっかりで、パリっとした葉物とか恋しくなるものねー」
「あとは果実じゃ! 噛んだら皮が割れ甘い汁が口に広がるあれが欲しい! ジャムでは満足できぬのじゃ!」
「ああ、分かる! すごい分かるわよ!」
まさかの意気投合です。ポニーちゃん的には氷国連合の料理も新鮮味があったのですが、彼女たちは別の新鮮味を求めているようです。
それにしても、結局桜さんも雪兎ちゃんも宮殿に行ったっきり戻ってきませんでした。曰く、桜さんが少し体調を崩してしまったため宮殿に泊まっているのだそうです。なんとなく桜さんは万能な存在だと思ってしまいがちですが、肉体は普通の人間。西大陸から氷国連合への移動は急激な環境変化というストレスを伴います。今回のそれは、そういうことなのでしょう。
今日は急ぎの用事もありませんし、お見舞いにでも行きましょうか。
と――そんな話をしていると、前方に見覚えのある桜色の髪と白髪が見えました。桜さんと雪兎ちゃんです。体調は良くなったのでしょうか。
「あっ、ポニーたちだよ桜! おーい、おはよー!」
「……あ、ああ。おはようさん」
少し遅れて桜さんが気持ちの入らない挨拶をします。どうやら体調は万全とは程遠いようで、心なしか顔色もよくありません。ゴールドさんは挨拶するなり近づいて心配そうに覗き込みます。
「見た所まだ調子が戻ってないみたいだな。出歩いて大丈夫か?」
「ああ……歩いた方がまだ、気が紛れるからな」
「無理だけはするなよ」
「……」
「……成程。分かった、落ち着くまで変な無茶はしないでくれよ。雪兎、しっかり見ていてやってくれ」
「うん!」
一瞬、二人の間に不自然な沈黙がありましたが、ゴールドさんは納得したように桜さんを離れます。
「皆、そういう訳だから桜は一旦雪兎にまかせよう。桜も変に気遣われながら観光しちゃ素直に楽しめないしね」
「え、うん……桜! 散歩もほどほどにしっかり休養してね?」
「賓客証を持っておれば衛兵などにも話は通じる故、どうしても気分が優れぬなら頼ってみるとよいぞ」
「じゃなー!」
ポニーちゃんも、休むときは休むのも冒険者の仕事ですよ、と念押ししてその場を去ります。少し心配でしたが、桜さんの親友であるゴールドさんが態々距離を取らせるような事を口にしたということは、ゴールドさんは何かを感じ取ったのでしょう。
二人と離れて暫く経ったのち、ゴールドさんが口を開きます。
「何か、相当堪えることがあったみたいだ。無理するなって言ったとき、今まさに無理してるって怒鳴り散らしそうな顔だった。あれは俺にはどうしようもない。あそこまで余裕がない桜を見るのは初めてだ……」
あの一瞬でそこまで桜さんの心情を理解するとは、スゴイを通り越して若干気持ち悪いまであるなぁ、とポニーちゃんは内心で失礼な事を思いました。他の面々はそこまで通じ合えなかったので驚いています。こういうときに茶化しを入れる赤槍士さんも黙って話を聞いています。
「雪兎がいる間はヤケは起こさないだろうが、心配だ。一度宮殿に行って何があったか確認したい所だが……」
「確かに、女帝様か、或いは小麦辺りなら何か知っておるかもしれぬの」
「……雪兎を調べるって奴でよっぽどショックなことでも分かったんじゃないの?」
「違うと思うよ。そうなら雪兎ともっとぎくしゃくしてるさ。距離感自体はいつも通りだった」
桜さんと雪兎ちゃんの距離感だけで心情を全て読み取れるゴールドさん。付き合いの長さの差でしょう。ポニーちゃんも雪兎ちゃんの世話は相当しましたが、ゴールドさんは桜さんに次いで二番目に雪兎ちゃんの世話を焼いています。
特に体力を消費する遊びへの付き合いは必ずと言っていいほどゴールドさんで、散々遊びに付き合った後も肉体、精神共に疲れ一つ見せない姿は素直に凄いしイケメンだと思います。ついでに関係ない子供たちにも遊んで欲しいとせがまれたりもしていてポニーちゃん的には極めて羨ましく思っています。ゴールドさんは町の子どもたちのお兄ちゃんなのです。
ともかく、宮殿で話を聞いてみるべきだということで、一同全員宮殿に向かった結果――。
「仲間を心配するその様は美しきかな……されど今回は駄目じゃ。よいか、帝王たる妾が駄目と言った以上、今はこの口から情報を聞き出せると思うでない。重戦士と小麦、雪兎、そして当の桜自身も、口外しない旨の誓約書にサインした。これを破ることは国家の敵となる事と心得よ」
かなりガッツリ目に拒否されました。
しかも食い下がろうとしたら畳みかけられました。
アカヌトビラから締め出され、ゴールドさんがこめかみを抑えてため息をつきます。
「参ったな……これは無理だ。完全にあちらに理がある」
確かに、誓約書のサインを持ち出されるとこちらはぐうの音も出ません。それに、こちらは仮にもギルドの人間。ギルドとの関係が希薄な氷国連合相手に約束事を破るなど、職務上文句なしに最悪の選択肢です。こうなると当人相手に話させること自体に問題が発生します。
「ううう、ぽにぃの力になってやりたいのはやまやまであるが、今回ばかりは妾は無力じゃ……」
軽業師ちゃんも両耳を手で抑えて降参です。仮にも国家元首が駄目だと言った以上、皇女の軽業師ちゃんは何も言えません。これについては彼女を責めるのはお門違いですので、気にしてはいません。
「私、桜のこと分かってきたつもりだったのに、全然理解できてなかったのかな……」
碧射手ちゃんが胸に手を当てて沈痛な面持ちで呟きます。
先日までの前向きな雰囲気も冷め、場を覆う空気は重苦しいものがあります。沈黙を破るように、赤槍士さんが露悪的な口調で呟きました。
「これ以上考えてもしょうがないっしょ? 人間の腹の内なんて元々分かるものじゃないし。隣にいる人だって、心の隅で何をどう思ってるかは本人にさえ分かってないんだから……」
桜さん――。
今、貴方はこの寒空の下、何を思っているのでしょうか。
それは私たちに分かち合うことの出来ないものなのでしょうか。
受付嬢ちゃんの豆知識:ギルドと氷国連合
以前にも触れたかもしれませんが、氷国連合はギルドと極めて希薄な関係にあります。
氷国連合の民は強靭な肉体と自立心が高く、通常なら冒険者に任せるような事を自分たちで行い、手が届かなければ国の兵士にやってもらうというある種アットホームな環境があります。故に、ギルドが提供できる『冒険者』というシステムが氷国連合では必要とされていません。
その他のシステムも地理的な特異性から恩恵は薄く、この国ではギルドはいつ氷国連合から追い出されても不思議ではない存在なのです。常時国家間の足並みを乱してギルドとギスギスしている歴王国とは対照的な苦労ですね。




