72.受付嬢ちゃんへの共感
「はっはっは。海の向こうの者たちの話もよい暇つぶしになるわ」
白狼女帝主催のお茶会は思いのほか盛り上がりました。
一番話題で盛り上がったのは西大陸を旅して回ったゴールドさんの話ですが、ポニーちゃんのギルド苦労話も意外とウケました。氷国連合には冒険者が存在しないため、新鮮だったのかもしれません。軽業師ちゃんも話に参加できるよう話題を選んだのでいい感じになっています。
また、途中途中でボソっと入る桜さんのツッコミや、知らない話題を質問する雪兎ちゃん。気になる部分を掘り下げる碧射手ちゃんに庶民的な感想を漏らす赤槍士さんという雑談感も白狼女帝には退屈しなくてよかったようです。
ちなみに小麦さんは「話す内容が殆ど大砲王と同じ」とすぐ呆れられ、重戦士さんに関しては「話が下手」とばっさりでした。なので二人とも聞きに徹しています。
ところで、重戦士さんって食べても排泄しないらしいです。
昔から妙に催すことが少なかったそうですが、実は人間の名残でやっていただけで実際にはしなくともよかったというのが実情だったとか。今では食事が全て重戦士さんの体内にため込まれ、血液の栄養となることで余計に血液量を増やしているそうです。
……羨ましい。どんなに食べても重戦士さんの外見重量と質量に変化はありません。白狼女帝さんはどうなのでしょうか。
「妾か? 我等氷国連合の皇族の身体には『蓄臓』という臓器があっての。余分はそこに蓄えられ、力を発揮する時に消費されるのだ。故に基本、太ることはないの」
「うへぇ、生物学的にどうなんだそいつ。メカニズムとしては重戦士の血の貯蔵と近いぞ」
「否定はせぬよ。優れた生物的特徴を持つのは良いことだと妾は思っておるしの。しかし桜、おぬし中々着眼点が良い。良ければ宮廷学者になってみぬか?」
「謹んでお断りさせて頂きます。俺は無責任なくらいの立場でいたいんで」
「よよよ、袖にされてしもうた」
わざとらしく眩むような仕草をする白狼女帝。ヘッドハンティングは失敗のようですが、もし万が一にも桜さんが話を受けたら、氷国連合が三大国を超えるかもしれない重要な場面だった気もします。
「太るといえば、慈母の奴は肉が大好物なのに太らなかったのう。さしもの妾も三食肉料理に加えて間食も干し肉であったのはちぃとばかし引いたものよ。それを鉄血の奴が、野菜も食えと叱りつけてな。周りが笑う中で一人顔色が優れぬのが銀刀の坊よ。その気になれば食べられる慈母と違って本気で苦手であったからな。数学賢者にこっそり苦手野菜の克服法を教わっておったと知ったときはもう、のう? 分かるであろうポニーや?」
そんなの抱きしめて愛でるしかないと思います!
「であろう! もう坊の奴は何故あそこまでかわゆいのかのう! 嫌がる仕草がまたかわゆうて仕様がないのじゃ!! あーはっはっはっ!!」
顔がふにゃふにゃに笑っている白狼女帝と一緒にポニーちゃんの表情筋もふにゃふにゃです。テーブルの端で碧射手ちゃんと赤槍士さんが何やらヒソヒソ話していますが、ついにあの二人も銀刀くんの可愛さに気付いたのでしょう。
(銀刀がポニーの抱擁避けてたのって、もしかして……)
(白狼女帝が全ての元凶なんじゃ……なんかこの話題限定で超気が合ってるもんな)
しばし楽しい歓談が続きましたが、楽しい時間はあっという間。
やがて話は本題へと移ります。
「……さて、まずはギルドの視察についてじゃが、連合の安全保障に関わる範囲の外であれば好きに回るがよい。ポニーにA級賓客証を与える。護衛にはC級賓客証じゃ。いくら護衛とはいえ他国の戦力を余り自由にさせ過ぎると問題がある故ランクは落ちる。等級による違いや施設の場所は軽業師に聞くといい。どうせポニーを補佐して回る気じゃろうて」
「お見通しでしたか、女帝様……!」
「はははは! 尻尾と耳が正直すぎてのう!」
喜びや興奮が隠し切れないときにぴこぴこ耳が動き尻尾をブンブンしてしまう軽業師ちゃんの感情を読み取らずにいることは困難を極めると思います。白狼女帝も銀刀君の話をするときは、軽業師ちゃんのそれより大きく立派な耳が微かにぴこぴこしていました。
ちなみに、護衛扱いなのはゴールドさん、碧射手ちゃん、赤槍士さんの三名。他の人々は正式に依頼を受けてここにいる訳ではないので別の扱いになるようです。
「桜と雪兎の用事はちと待つが良い。お主らを案内するのは機密に関わる場所故、賓客証とは別に誓約書と特別な許可証がいる。なに、主らは軽業師に招かれておる扱いじゃからそう不自由はさせんよ」
「感謝します、白狼女帝」
「ありがとーございます」
礼儀正しく頭を下げる桜さんに倣って頭を下げる雪兎ちゃん。
これでようやく雪兎ちゃんの謎が解き明かされそうです。
「重戦士と小麦はしばし宮殿を出るな。ここは皇族特権が効いているゆえ問題ないが、おぬしら入国手続きを済ませておらぬからな。明日からでよければC級賓客証を発行するぞ?」
「悪いな……本来ならすぐ帰るべきなんだろうが……」
「構わぬ、構わぬ。妾もそろそろガゾムに我が町の都市整備について感想でも聞きたいところじゃった。観光を終えたらぜひ感想を聞かせてくれ」
「そりゃーもう、頼まれなくても聞かせちゃうかもしれませんよ!」
元気な不法入国者ともう一人の不法入国者も許されました。
あ、ちなみにですけど。
入国許可問題はちゃんと重戦士さんを呼び出す前に軽業師ちゃんと話し合ってから二人を呼びました。王宮には銀刀くんが問題なく白狼女帝と謁見できるよう意図的にルールに穴があるようなのです。白狼女帝さん、どんだけ銀刀くんが大好きなのでしょうか。ポニーちゃんもギルドの権力者になったらやってみたいです。
◆ ◇
ギルドの視察とは言いますが、必要なデータの半分は地元のギルド支部に貰うだけです。いくつかの視察項目を順番に片付けていきます。
まずはギルド職員の仕事ぶりですが、前にも説明した通りこの国には冒険者の需要が皆無なために主だった仕事の確認はとても容易でした。資金繰りも問題なし。氷国連合は連合なだけあって首都以外にもいくつか都市があるのですが、全て地下トンネルで繋がっているため物流はむしろ大陸より容易なようです。
半面、食糧不足には昔から悩まされていたようですが、熱を利用した温室栽培などを推し進めた結果、今は需要と供給のバランスが安定してきているそうです。大陸より少々割高ではありますが、食料品等の商品も異常は見られませんでした。
ただ、医療関連、とりわけ病気の治療環境についてはあまり芳しくありません。
もともと極寒地域な上に、ご存じの通り歴王国の医療独占状態が未だ続くこの世界で、海外との貿易を頻繁に行えない氷国連合の地理的特徴はかなりのハンディです。
魔物との戦いなど傷にはめっぽう強い半面で、解毒や症状緩和の薬は極めて貴重。今、農業技術を発展させて薬草栽培に挑戦するのが国家上の急務に位置づけられています。
護衛として共に回っていたゴールドさんが唸ります。
「だからこそ氷国連合では強さが上に立つ者の指標なんだろうね。病に負けない健康な肉体は国民全体の憧れなんだ。……やっぱりスヴァル神殿の独占ってあくどいよなぁ。シルバーも気にしてるみたいだし。桜がちょっと面白いことを言っててさ」
「ほう、なんと言うておったのじゃ?」
「スヴァル神殿からは安定して薬草が採れる。歴王国はいつも薬草を持っている。それが逆に各国を薬草後進国にしてしまってるんじゃないかってさ。安易に手に入る方法があると思うと、人は別の手段で薬草を手に入れること……薬草栽培という選択を取りたがらなくなる。結果、薬草栽培の文化が衰退する……もちろんそれだけが原因じゃないだろうけど」
確かにそれは、興味深い話です。
利便性の高い技術は依存を引き起こす。近年の技術発展にそのような警鐘を鳴らす学者もいると聞きます。前々から思っていたのですが、桜さんのいた世界は桜さんみたいな視点の人ばかりなのでしょうか。
「多分じゃが、桜の世界は人間同士の戦いが多い分、人間の心を分析する学問が発達したのではないか?」
「ああ、それもなんか言ってた。あっちの世界は退魔戦役みたいな人類全体が退廃する出来事が頻繁に起きないから、文明がこっちほど失われないんだって」
「……行って見たいわぁ、その世界」
ぽつりと赤槍士さんが呟きます。
人間同士の戦いはある――そう言われたとしても、ロータ・ロバリーに生きる人間にとって退魔戦役のない世界という言葉はとても眩しく感じます。
この世界は、幾度となく魔物の大侵攻による退廃とか細い再生を繰り返してきました。何千年か、何万年か、或いはもっと前からなのかは分かりません。第一次と第二次はあくまで『戦役の全容が記録として明確に残っている』戦役に過ぎません。それ以外の戦役は、被害が壊滅的過ぎて確たる記録が何も残っていないのです。
三大国は例外中の例外ですが、その一角である歴王国でさえ戦災で何度も何度も築き上げた文明を壊されては、あらゆる場所に隠した文明記録を生き残りたちで回収、補完していち早く立ち上がってきました。
天空都市は余りにも時間が余りあってる上に地上に干渉しないため、全てが口伝で文明継承を行っているらしいです。なので記録媒体はなく、また、地上でこれまで幾度文明が滅ぼされたのかを彼らは知りません。
地上の存在を知らなかったガゾムもまたそうです。彼らは地上に出なかったため昼と夜の違いが判らず、したがって何年地下で過ごしたかも曖昧です。
「桜が元の世界に帰る術をみつけたら、一緒に付いていってみるのもいいかもね」
ゴールドさんは冗談めかして言いましたが、その場の全員が桜さんの世界に夢を感じました。
今、この繁栄はいつ崩れるとも知れない奇跡的な積み重ねによって成り立っているのです。




