71.受付嬢ちゃんへの助力
氷国連合皇都の中央に位置する白亜の宮殿――ヴァルネラ宮殿。
連合最強『国潰し』の一族が住まう連合最大の重要拠点にして、連合最強の戦力がひしめき合う場所。その大広間の奥の巨大な扉を見上げ、ポニーちゃんは驚きました。
歴王国の王城の門も大概な大きさでしたが、この扉はその数倍はあります。しかも、王国は入り口が大きかったのに対し、これは扉。室内に存在するものです。驚くべきはそれだけではなく、なんとこの扉は金属製なのです。
「これぞ宮殿名物が一つ、『アカヌトビラ』じゃ!!」
「扉片方約一千トン、両方合わせて二千トン。はっはっは、もし倒れてきたら俺ら死ぬわ」
「トンって何だい、桜」
「……総重量100万ケイグって言ったら分かる?」
「それは死ぬね。押し花の如く」
ゴールドさんと桜さんがサラっと想像したくもない未来を語っています。
是非とも実現してほしくありません。
現在、気まぐれでも有名な英傑である白狼女帝が『身内が世話になったから』と特別に謁見してくださることになり、ポニーちゃんは皆を連れて宮殿までやってきています。
ポニーちゃんと手を繋いだままの軽業師ちゃんが、どや顔で扉の解説をします。
「連合盟主にして皇帝でもある白狼女帝様が座する謁見の間はこの奥じゃ! ちなみに白狼女帝様はこの扉を片手で開けるが、妾が真似したらウンともスンとも言わず、近衛兵数十人でやっと動いたくらい重い!! この扉一つ取っても白狼女帝様の偉大なるお力が理解できるという訳じゃ!!」
「……なぁ軽業師。この扉、よくデカイ扉にありがちな『いちいち開けるの大変だから普段はこの脇の所から入ります』的な出入り口が見当たらねぇんだけど」
「脇門の事か? ないぞ。故に白狼女帝様か他の上位皇族の協力がなくばお掃除係すら中に入れぬ」
「利便性も何もあったもんじゃねぇ。ある意味究極のセキュリティだな……」
開閉機能を利用するには物理しかなく、しかも扉を支える為か扉周辺の壁さえ金属製。これの建築を要求した人は余程謁見という行為を軽んじているのではないかと疑ってしまいます。
「流石の慧眼じゃ、ぽにぃ! 何を隠そうコレの建築を要望したのは白狼女帝様! 会うのが面倒な相手を追い返す為に考案されたアイデアなのじゃ!! スゴイじゃろう、スゴイじゃろう!!」
連合盟主にして皇帝。更には発想がフリーダム。
これはまた癖の凄い皇帝が出てきそうな予感です。
ちなみにどうやって開けるのでしょう。
「む? 開いていないのだから自力で開けろということじゃろう! ちなみにこの扉には神秘術を妨害する特殊な鉱物が含まれておるから術で開けるズルは出来ぬのじゃ!」
「のじゃ、じゃねーよ。招いた客に扉開かせるってもてなしの『も』の字もねーな」
ちなみに肝心の近衛兵の方々は、宮殿にポニーちゃん一同を送り届けると慌ただし気に別の場所へ向かってしまったので周囲にはいません。
という訳で、全員で扉を引きます。親切なことにチャレンジの為に綱引きロープのようなものが扉に繋げられています。まさかの外開きらしいです。こういうのは普通内開きじゃないのでしょうか、と思いつつ、みんなで縄を引っ張ります。
よいこらしょ、どっこいしょ。
……寸毫たりとも動く気配がありません。
「……神秘術による肉体強化バフはノーカン!」
「俺の気の力を全開にする!」
「鬼の角、にょきにょき」
「妾とて『国潰し』!! これしきの事で近衛の力など借りぬ!!」
せこい手段に出る桜さん。金色のオーラを放つスーパーゴールドさん。そして変身する幼女組。これで数十人分くらいの力になった筈です。
よいこらしょ、どっこいしょ。
……分厘たりとも動く気配がありません。
赤槍士さんと碧射手ちゃんが綱引きの後方で愚痴を零します。
「いや、もうコノエって人達の手ぇ借りようよ。アタシ手の皮痛くなってきたんだけど」
「そうですよね……そもそもこのお城は宿より少し寒いですし、手がかじかんで……」
「というかコレ本当に近衛兵呼んだら開くのか!? 肝心の近衛兵が宮殿内に見当たらねぇし!!」
「今の時間、近衛兵たちは皇都名物『凍てついた巨人』の整備に出かけておるからおらぬぞ」
「いないんかぁーーいッ!!」
虚しいツッコミが宮殿に響き渡ります。
ちなみに皇都名物『凍てついた巨人』は山の合間から見える氷漬けの巨人です。氷の中身はうすぼんやりとしか見えませんが、何でもその巨人は魔将だったそうで、当時まだ皇位に就いていなかった白狼女帝がたった一人で氷漬けにして仕留めたものを観光名物として再利用しているのだとか。
あの荒野を駆けた鉄血巨人に負けず劣らずの巨体を撃破したその武勲は超国家連合にとって衝撃で、事実、第二次退魔戦役で人類がどんなに劣勢になろうとも彼女率いる氷国連合の参加した戦いは唯一度の敗走もなかったと言います。
……あ。
「どうしたポニー、扉を開ける名案ありか?」
いえ、『人間サイズの巨人』に心当たりが。
数分後。
「これを引けばいいんだな?」
防寒着に身を包んだ重戦士さんが扉の縄を手に持ち、そのまま引っ張ります。
ゴゴゴゴゴゴ、と重厚な音を立て、ロープを軋ませながら扉がゆっくりと開かれていく様にポニーちゃんは驚きと感激の拍手を送りました。他の皆もおおむね感動していますが、軽業師ちゃんだけ物凄く悔しそうな顔をしています。ぐぬぬ顔の軽業師ちゃんも可愛いです。
「……実感はないが、本当に俺の身体は魔将なのだな」
自分のやったことに半信半疑といった顔の重戦士さん。
魔将でもある重戦士さんの本体は膨大過ぎるほど膨大な血の塊なので、そのパワーは質量分出せるようです。つまり重戦士さんがその気になれば自分の重量で地面を陥没させたりも出来る、とは桜さんの推測です。
でも、重戦士さんは重戦士さんですよ。
「そう、そうです! ポニーちゃんが今いいこと言った!」
「ああ……大丈夫だ。もう見失わない」
付き添いの小麦さんも同意してくれます。ちなみに小麦さんはどんなに薄着しても種族的に寒さはへっちゃらみたいですが、見た目が寒いのでモコモコなコートを着せられています。
こうして無事に扉が開き――謁見の間で座する白狼女帝への道が開けました。
「ほぉう、『似た匂い』がすると思えば……そうか、お主も来たか鉄血。いや、今は重戦士であったか?」
愉快そうに喉をくつくつと鳴らすその女性は、純白の体毛と白玉のような肌、そして息を呑むほどの美貌と心の奥底まで覗かれそうな琥珀色の瞳でこちらを見下ろしていました。
成程、この存在感は――彼女は確かに連合を束ねる皇帝に相応しい風格を持つ存在です。恐らく、ポニーちゃんの人生で出会った人物の中で最も大物です。同じ英傑の中でも王位に就く者の持つ気配は素人でも只者では収まらないと分かってしまいます。
しかも、彼女は生前の重戦士と出会っています。
ここは説明せねばと前に一歩踏み出て、しかし白狼女帝は手を翳して制しました。
「慌てるな。坊に子細は聞いておる。ああ、坊とは銀刀の事よ。律義に伝えてきおって、相も変わらず愛い奴よのう」
どうやら既に事の成り行きは知っているようです。
それにしてもアサシンギルドの頭領にして実年齢40歳以上の銀刀くんを坊と呼び愛いと呼ぶこの方は、もしかしてポニーちゃんと物凄く気の合う人なのではないでしょうか。……と思いましたが、白狼女帝も既に年齢は50代を過ぎている筈。あの人から見れば今でも十分子供なのかもしれません。
「ポニーよ、ギルドの者よ。よくぞ我が宮殿に参った。そちの事は幼狼……いや、軽業師からの文に書かれておった。随分よく面倒を見てくれたようではないか。礼を言うぞ」
ちらっと軽業師ちゃんの方を見ると、暴露されて恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしながら必死に堪えています。よりにもよって憧れの人だと常々公言している人に言われて、余計に恥ずかしいのでしょう。これを可愛いと言わずして何を可愛いと言えというのでしょう。
「軽業師の幼少期はわが国もインフラ整備で忙しくてな。皇族たちも忙しくなかなか遊んでやる機会なく寂しい思いをさせてしまったものじゃ。これからも可愛がってやってくれ」
もちろんですとも、と欲望に忠実に頷くと、白狼女帝はころころと愉快そうに笑いました。
「そちらに見えるは桜と雪兎じゃの? 無論聞き及んでおる。後でお主らの要件にも応じよう。ふふ……随分嗅ぎ慣れぬ匂いに、混ざり合った匂い。ぬしら面白いの。ああ、返事は良いし警戒も必要ない。この白狼女帝の名に懸けて無碍にはせぬとも」
桜さんは緊張からか、僅かに雪兎ちゃんを庇うような姿勢になっています。雪兎ちゃんはその意図を察してか肩一つ分だけ桜さんに近づきます。それも白狼女帝はお見通しのようです。
「そちらのお主はゴールドじゃな。歴王国の者を謁見の間に通したのはお主が初めてだ」
「恐悦至極にございます」
「堅苦しいのは好かぬが、まぁよいだろう。そうせねばお主自身の気が済むまい。慈母もそういうところがあったしな。隣は確か、赤槍士だったかの? 城に気に入った調度品があれば一つ程度持って帰っても構わぬぞ? 随分懐が厳しいそうではないか。カカカカ!」
「えっ、マジでいいの!? キャッホウやるじゃん皇帝太っ腹ぁ! ……あダッ!?」
飛び跳ねた赤槍士を叩き落とすようにゴールドさんの容赦ない鉄拳が降り注ぎ、赤槍士は頭を両手でおさえながら抗議の視線をゴールドさんに送ります。
「にゃろう、気軽に人の頭を叩きやがって……馬鹿になったらどうする!」
「元々馬鹿だろう君は。もう少し下心隠す努力しようとか思わないのかい?」
「構わぬ構わぬ! 本心に忠実なのは嫌いではない! にしても、お主らも面白そうだのう。後ろの耳長は碧射手か。ふんふん……おぬしと同じ匂いが桜の耳からするのう。昨日の晩は果たして何をしておったのか気になるところじゃのぅ~」
「あ、あははは……」
これまでと違ってニヤニヤした顔をする白狼女帝。
先日碧射手ちゃんがやったことがばれているようです。まさかパートナー候補篭絡積極策に出た翌日に他国の帝に見抜かれるとは、流石に恥じらいが勝ったか碧射手ちゃんも真っ赤な顔で笑って誤魔化すしかありません。
「して、重戦士に小麦か……お主らの事は名前くらいしか知らぬ。これから知るとしよう」
「鉄血としては、知ってるんじゃないのか。付き合いは少なくとも話す機会はあったろう」
「それはお主の中に残る鉄血の残滓、そうであったという記録を見ただけに過ぎぬ。今のお主のことなど妾は知らぬ。そうではないか?」
「……そうだな」
「とはいえ、亡き戦友の遺児と思えば無碍にはしたくない。気軽に話しかけるがよい」
初々しさのない、互いに理解しあったかのようなやり取り。もしかしたら白狼女帝は口ではそういいつつ、重戦士さんが鉄血と別人だとは思っていないのかもしれません。互いに距離感が定まったところで、小麦さんも元気よく手を挙げます。
「じゃー私も遠慮なくタメ口でいきまーす! ヨロシクっ!」
「うむ、ヨロシク。しかしあれだの、小麦。お主らガゾムは見慣れぬせいかどいつもこいつも大砲王に似て見えるわい。おぬしら一族は海に出る時は自分たちの種族が作った船以外には乗りたがらぬからわが国には殆ど住んでおらんでのぉ……おっと、余談だったな」
白狼女帝はゆっくりと玉座から立ち上がり、今一度謁見の間に入った面々を見渡す。
「さて、堅苦しいのはこの辺にしよう。別の部屋に茶と菓子を用意させてあるので、そこでゆるりと話そうではないか。皆の者、ついてまいれ!」
軽業師ちゃんの氷国連合解説:鉱物資源
ぬ? 『アカヌトビラ』を見るにこの国は鉱物資源が豊富なのではないか、じゃと?
あるにはあるが、持て余しておるのが現状よ。海外へ輸出しようにも、そもそも最も近い西大陸は鉄鉱国のシェアが圧倒的。加えて荒れた海に流氷、特殊な海流と海路は不安定じゃからな。重い金属の輸出は下手をすると逆に赤字になってしまう。国内で使うのが一番なのよ。
加工技術は大したものじゃぞ? 『熱膨張』という現象と理論を発見したのも氷国連合だしの。加工技術に加えて学問にも抜かりなしじゃ!!