69.受付嬢ちゃんへの嫉妬
氷国連合首都への道はそりかと思いきや、容赦なく最新技術の車です。
しかもこの車、車体がとにかく長く、いくつもの車輪付き荷馬車が連結したような、説明の難しい形状をしています。桜さん曰く「連結車両」だそうです。
「移動列車『ノソログ』じゃ!! 除雪しながら移動する上に、魔物が直線上に居ても容赦なく撥ね殺すパワーに恐れ戦くがよい!!」
「線路のない列車かよ……うわぁ、機械と神秘術のゴリ押しで無理やり乗り心地と安定性を確保してやがる」
「白狼女帝様曰く、こっちの方が便利だからじゃ!!」
「パワハラ上司だなぁ……しかし、うわぁ……あっちの世界の鉄道関係者がこれ見たらなんて言うかな……」
桜さんのノソログを見る目が完全にゲテモノを見る目です。
具体的には翠魔女さんが飲んでいた真緑色のスープの原材料を聞いた時と同じです。
翠魔女さんははぐれとはいえ薬師なだけあり栄養学的に完璧な料理を作るのですが、見た目と味が完全無視されているので常人には食べられないレベルのモノが出来上がったりします。一度彼女の飲み物を一口貰ったことがあるのですが、青臭さ、苦さ、渋み、エグみ、酸味、舌を刺す刺激といった複合的な危険信号がねっとりと口の中に絡みついてきて、嘔吐寸前まで行きました。あんなものを平気な顔で飲んでいるあの人の味覚はどうかしてると思います。
列車の中は驚くほど暖かく、装飾も綺麗だし椅子やテーブルなどもあって快適でした。ただ、ポニーちゃんたちが利用した車両は皇族用に特別豪華な作りらしく、普通車両は人を多く乗せる事を重視しているそうです。
それにしても、窓の外に広がる景色はとにかく白いです。
草木も岩も何もかもが氷雪に埋もれ、川も半分は凍っています。
「氷国連合の季節は西大陸のギルド支部とは真逆で、今が冬なのじゃ。西大陸と比べると数か月長いし、雪も見ての通り。十二月くらいになるとこの辺りは草木溢れる土地となっておる。不思議なモノじゃのう」
確かに不思議です。どうして土地が離れると季節もずれるのかは研究中ですが、一般的には女神がそのように周期が回るよう創生したからと言われています。
……ところで桜さんならその辺知っているのではないでしょうか。
「……こりゃ俺のいた世界での話なんでこっちと同じかは知らねぇが、簡単に言うと俺らの住む星は斜めに傾いた状態でくるくる回りながら、更に太陽の周囲をくるくる回ってる。だから角度的に日の当たる時間が長いタイミングが夏で、逆が冬になる。ほれ、西大陸も中央少し下辺りの緯度――赤道辺りは常夏だろ? ありゃ、あの辺は星がどの角度でも常に太陽が一番よく当たるからだ。逆に北極、南極は常に日の当たりが直撃しないからクソ寒い。極南大陸は南極に近いから他の土地より冬が厳しいと考えられるな」
……全然わかりません。
「わからぬ」
「だいぶ知らない言葉出てきたぞ」
「太陽ってロータ・ロバリーの周囲を回ってるんじゃないの?」
「くるくる回ってたら、ここにいるアタシたちは何で目が回らねぇの?」
「だーっ!! あくまで俺の世界ではそうだったんだよ!! こっちじゃ本当に太陽がロバリー周辺回ってるかも知れねぇし、分かるかいッ!! ……まぁ、ロバリーが自転してるのは間違いねぇと思うけど。ちゃんとコリオリ力とかあるみたいだし」
これ以上聞いていても桜さんが困るだけなので、話は中断しました。
なお、このあと「コリオリ力ってなに?」という雪兎ちゃんの可愛い質問に、例の板切れをガン見しながら必死に説明する桜さんの姿はなんだか微笑ましかったです。
数時間後、ノソログが停車した先にあったのは――圧巻の迫力を誇る皇都でした。
屋根の傾斜が急で高い建築物が整然と立ち並ぶ大通りは、歴王国と違いさほど土地自体の高低差がないながら一つ一つの家々に高級感があります。遠くに見える巨大な宮殿は上部が玉ねぎのような不思議な形をしており、どこから見ても存在感が凄いです。
そして驚くことは他にもあります。
ゴールドさんが通りの道路を見て驚愕しました。
「嘘だろ、こんなに雪が降ってるのに……道路にぜんぜん雪が積もってないのか! 除雪とかじゃない、全部融けている!!」
「道路の下にはクリスタルを利用した温熱分配装置が埋め込まれておるので雪も融けるし氷も張らぬ。交通の便を良くするためじゃ。ああ、屋根の下には近づかぬようにな。我等フェリムは氷柱や落雪程度なんともないが、どうやらマギムは当たれば死ぬこともあるそうではないか」
ポニーちゃんの住む西大陸の支部は緯度的にそこそこ北寄りなので、冬は稀に豪雪になることがあります。その時の情報によると、屋根から落ちてきた雪の塊が直撃すると身動きが取れないし、顔まで埋まるとそのまま窒息死か凍死をするしかないそうです。氷柱は分かりませんが、手近な家の氷柱をみると大陸でイメージする氷柱の百倍はあります。頭に当たると単純に死んでしまいそうで恐ろしいです。
しかし今は桜さんがいるので大丈夫でしょう。
ね、桜さん?
「えっ、うん……まぁ日常生活に影響のない程度に色々術は張ってるから、それぐらいなら……ていうかポニー、お前その言い方よくない。勘違いさせる系言動だぞ」
心なしか少し厳しい視線の桜さんは、寒さのせいか顔が赤くなっています。
「ぴぴー! ポニー、イエローカード!」
笛がないので口で言う可愛さ爆裂の雪兎ちゃんが謎の黄色いカードを取り出しました。イエローというより癒えろーです。
あのカード、エレミア教が遥か昔、第一次退魔戦役より更に前に資金不足に喘いで一瞬だけ発行したと噂される免罪符に似ています。一枚の罪はぎりぎりセーフで、二枚揃うと神秘術が反応して赤くなり、有罪が確定するものだったそうです。教科書でしか知りませんが、変な技術と制度です。
「二枚目がでたらポニーはセキニンを取って桜に愛の告白をしなければいけません」
「やめなさい雪兎!? 一体どこでそんなの覚えてきたんだ!?」
「赤槍士が教えてくれた」
「赤槍士ぃぃぃーーーーッ!!」
怒り狂った桜さんが煙管の先端から寒そうな風の塊を連打し、赤槍士さんはきゃーきゃー騒ぎながら逃げ惑っています。愛に拘る赤槍士さん。こっそりギルド内でカップル成立に暗躍しているという噂ですが、肝心の本人はどうなのでしょう。
と、碧射手ちゃんが背後から突然声をかけてきます。
「ちなみにどうなのポニーちゃん。本気でするの?」
……何故告白すること前提の質問なのでしょうか。
「自覚ないから次もやらかすの確定じゃないの。それに雪兎ちゃんの頼みは断れないでしょ、あなた。桜のこと随分信頼してるみたいだし」
若干顔が怖い碧射手ちゃん。努めて平静に振舞っているのがひしひしと伝わってきますが、もしかして恋敵と認識されているのでしょうか。あの碧射手ちゃんが、とうとう恋を。二人が結ばれるのであればポニーちゃん的には歓迎する気です。
「ほんとに? 本当に? 後になって私と桜と雪兎がギルドから居なくなっても後悔しないですか?」
……………。
……桜さんの加護の神秘術と雪兎ちゃんの親権だけ置いていくというのはどうでしょう。できれば時々でいいので碧射手ちゃんが元気にしているかも確かめたいです。
「どうでしょうじゃないわよ、それって引っ越すなってことじゃない。欲望丸出しよ。はぁ……まぁいいわ。どっちにしても私は良くて二番にしかなれないし」
えっ。
「どうせエフェムの私は桜とは寿命が違う。同じ時間を過ごせるのは普通の伴侶の半分……満足したら身を引くのがエフェムとマギムの恋だもの」
――エフェムの寿命はマギムの二倍少し。不幸な死がなかったとしても、今の彼女の年齢ならば必ずマギムが先に命が果てます。そしてマギムとエフェムが子を為すと、不思議と子は必ずエフェムになります。すると子も親もマギム基準の社会では居づらくなり、自然とエフェムの里や多種族都市に行くことになり、離別します。
故に、マギムはエフェムと結ばれると不幸になると言われています。
他の種族とエフェムの合いの子では殆ど起きない、不思議で残酷な種族的特徴です。
それはそれとして、桜さんなら頑張れば200年くらい生きそうな気がします。
そう言うと、碧射手ちゃんはぷっと噴き出しました。
「あなた、そんな冗談言う人だったっけ? ふふ、でもそれってとっても面白いわ。二人で仲良く分け合いましょう?」
はい、と言いかけて、ハっとして首をブンブン横に振ります。
だから桜さんとポニーちゃんはそんな関係になる予定はないんですって。
「冗談よ。そんなに必死になっちゃって、実は満更じゃないんじゃない?」
ポニーちゃんは受付嬢の不文律、冒険者を恋人にしないを遵守する真面目で模範的な受付嬢です。確かにいい人募集中という事情がなくもないでもなくはありませんが――。
「桜ってその気になれば冒険者やらなくても食べていけるし自衛能力高いわよね」
う。
「重戦士さんは事情が複雑だけど、もう一生の約束してるんでしょ? 彼ももう仕事辞めても一生ポニーちゃんを養えるだけの貯蓄はあるんじゃない?」
うう。
桜さんと共に雪兎ちゃんと暮らす毎日を想像します。
……くっ、そう悪くない気がします。なんだかんだ努力家の桜さんなので、ポニーちゃんが困れば一生懸命に手伝ってくれるでしょう。何よりセットで付いてくる雪兎ちゃんを娘に出来るという破格の数量限定豪華予約特典が強大な存在感を醸し出します。
そして重戦士さんと一緒に暮らす毎日を想像します。
……パートナーの小麦さんがどう出るか分かりませんが、顔もよくて優しい重戦士さんと共同生活する自分を想像すると非常に奥さん感があって惹かれるものがあります。ポニーちゃんも乙女です。誰かの伴侶となって生活する自分に夢を見ることはあります。
し、しかし! これは相手がポニーちゃんの誘いをOKして初めて成立するものであって、トラヌタヌキのナントヤラではないでしょうか!!
「魅力は感じてるんだー」
ふみゃあああああ!? ととととにかく!! 現実に発生していないたらればをどうこう話しても意味がありません!! 前だけ見つめていないと人生の春はやってきませんよ!! いい、言っておきますけど碧射手さんが断られる可能性だってあるんですからね!!
「逃がさない。もう決めたもの。序列は二番でいいけれど、全部二番じゃ気が済まないわ?」
舌なめずりして妖艶に微笑む碧射手ちゃんに、ポニーちゃんは思わず後ずさります。肉食女子の何たるかを知った気がしました。見つけた獲物を絶対に引きずり下ろすという断固たる決意は、ちょっとポニーちゃんには真似できそうにありません。
「はッ!?」
「どうしたの、桜? トリハダ凄いよ?」
「今なにか身の危険を感じた気が……理由はないが今日は戸締りを厳重にしておくか」
その日の夜、ギルド近くの宿を取ったポニーちゃん一行でしたが、碧射手ちゃんは桜さんと雪兎ちゃんで取った二人部屋に戸締りする前に突入してそのまま一晩出ていかないという荒業を敢行。隣の部屋から「雪兎だけは、雪兎だけには手を出さないで! アァァーーーーー!!」という謎の悲鳴が響いていたとは、赤槍士さんと相部屋だったゴールドさんの談です。
赤槍士さんの監視の為とゴールドさんは口癖のように言いますが、正直独占欲を出してるようにしか思えません。赤槍士さんも結局断らないのだから憎からず思っているのではないでしょうか。そうに違いありません。今日のポニーちゃんはオフなのでいつもより僻みっぽく偏見を振り回しちゃいます。
一足先に白狼女帝に謁見に向かった軽業師ちゃんもおらず一人きりの部屋の中で、ポニーちゃんは仕事が落ち着いたらそろそろ真剣にパートナー探しを考えようかな、と切実に思いました。
うう。碧射手ちゃんがあんな話するものだから、第一候補と第二候補以外何も出てきません。冒険者以外、冒険者以外……ゴールドさんと水槍学士さんは退いてください! イケメンですけど貴方たちも冒険者ですし経歴に多少問題があります!
おのれ碧射手ちゃん、いつか絶対仕返ししてやりますね。
ゴールドさんの豆知識:トラヌタヌキのナントヤラ
トラヌタヌキとは古代語で、その意味するのは『幻の宝』とされている。ナントヤラも当然古代語で、こちらはかなり多様な使い方をされていたためか意味の解釈が難しい。ただ、隠し事や背徳的な感情を覚えるシチュエーションで使われることから、トラヌタヌキのナントヤラは古語で『実在するかどうかも分からない宝の使い途に想像を膨らませる』という意味の諺だと解釈されているね。
……ん? どうしたんだ桜?
そんな外国人の間違った文化の使い方を見るような目をして。




