68.受付嬢ちゃんへの辞令
氷国連合。
極南とも呼ばれる極寒の地に存在した幾つかの国家を統合する形で誕生したこの複合国家は、ロータ・ロバリーでも数少ない、連合の帝政の国家です。
この国は謎が多くミステリアスで、ギルド経由の情報でも国の全容が把握できないのだそうです。環境については軽業師ちゃんが幾度も語ってくれましたが、とにかく過酷な環境下で民を統べる為の強さが皇族に求められるという珍しい価値観を持っています。
そんな国への出張を命じられたポニーちゃんは、ギルドの皆とまた別れを告げてギルド所持の超大型移動陸船で移動中です。
大きな用事があって動かしている訳ではないらしいのですが、わざわざこの移動陸船をギルドが持ち出したのは、単純に定期的に動かさないと逆に壊れやすいからだそうです。動かさないことによって逆にパーツの劣化が激しくなることもあり、ちょくちょく長距離移動に使われているみたいです。また、地ならし代わりにもなるから新しい道を作るのに使われているとも聞きました。
今回の旅はギルドとしての派遣な訳ですが、実際には里帰りの軽業師ちゃんが同行しています。他、桜さん、雪兎ちゃんは軽業師ちゃんの招く客扱い。ポニーちゃんの護衛名目で碧射手さん、ゴールドさんと赤槍士さんも同行しています。
他メンバーはギルドに残っていますが、実際には桜さんの術によって重戦士さんと小麦さん、タレ耳ちゃん辺りはいつでも合流可能です。その術、反則過ぎませんか。
「しかしゴールド、何でおまえ赤槍士を任務にブッ込んだんだよ?」
「彼女から目を離さない為さ。それに寒い土地では炎使いが居た方が頼もしいだろ?」
「いけすかねーの。でも割のいい仕事だから今回は乗ってやりますよーだ」
「金の亡者」
「アンタが誘ったんでしょうが!!」
相変わらずゴールドさんと赤槍士さんの言い合いが微笑ましいです。
雪兎ちゃんは外の風景を興味深そうに眺めており、軽業師ちゃんは別室にいます。何故かというと、今は夏なので彼女は暑さを誤魔化す為に冷たい風の神秘術を纏っており、それが部屋を冷やし過ぎてしまうからだそうです。この溢れ出る優しさに、100万PPをあげちゃいたいですね。
と、冗談はさておき、丸一日を費やして移動陸船は西大陸最南端にある港へ到着しました。ここは西大陸で唯一氷国連合行きの船が存在しています。そのうちの一つにびしっと指を指した軽業師ちゃんが叫びます。
「見よ!! あれこそが世界で唯一、鉄鉱国の技術提供を受けずに開発された弩級大型動力船『スロン号』じゃ!!」
「こりゃまた……」
「おっきぃ!! おっきぃよ桜、ゴールドっ!!」
「砕氷船……まるで鉄の塊だな。陸に住んでる人間としては、あれが浮いてるのが不思議だよ」
「って、桜は驚かないの? あんなに珍しいのに……あ、もしかして故郷ではああいう船が一般的?」
「一般的とまでは言わんが、見る機会はあるな。俺の世界の船とだいぶ似てる」
そこにあったのは、超大型移動陸船に劣らぬ特大サイズの巨大船舶です。帆もオールもついておらず、船体はどう見ても金属製。ポニーちゃんがイメージする一般的な海の船とは別物と言って過言ではありません。
極めて奇異な外観で、特に船底が猛烈に堅そうな上に、両サイドに巨大なネジのような長い螺旋状のパーツが左右に分かれて船底から顔を覗かせています。
軽業師ちゃんが説明したそうにそわそわしているので説明を促すと、耳と尻尾をぴこぴこブンブンしながら鼻高々に説明してくれます。
「極南の海は寒さの余り大きく広範囲に氷が張っていることも多く、流氷もある! 西大陸や東大陸でよく使われる従来型の木造帆船ではとてもではないが極南大陸には近づけぬ!! しかぁぁーーーしっ!! このスロン号は船体の重量、動力に寄る凄まじい推進力、更に船底についた氷を砕く螺旋柱によってバリバリ氷を粉砕しながら航海できるのじゃっ!!」
「すげえなアレ、動力によく分からん鉱石使ってるけど、神秘殆ど使ってねぇぞ。しかも冷却システムを冷たい海水から頂戴するとはまた大胆な……」
「ステイ桜、ステーイ。俺等にそんな話されても分かんないから」
成程確かにその説明ではさっぱりわかりません。
とりあえず桜さんでも凄いなと思う技術が使われているらしいので、めちゃ凄いのでしょう。軽業師ちゃんも凄いということが伝わってご満悦です。
こうして全員スロン号に乗船。
荒波、突風に氷塊もなんのそのな馬力は本当に凄く、なんと山ほどある氷塊が船の前に迫ってきたのを真正面から打ち砕きました。船の先端に超振動破砕機なるものがついているらしく、これで体当たりされれば鉄鉱国の海上戦闘艦さえ真っ二つの超威力だそうです。
「氷塊って実は海の上に出てるのちょびっとだけで海中にある方が大きいから、普通砕けないし迂回するけどな」
「それでは最短のルート取りが出来ぬ!! ……と白狼女帝様が仰られ、開発部が死に物狂いで開発したのじゃ!!」
「なんというパワハラ。早くも行き先に暗雲が……」
以前にも話しましたが、桜さんは雪兎ちゃんの身体の秘密を探る為に軽業師ちゃんの力を借りると言う話をしていました。その力というのがどうやら皇族の許可なしに利用できない代物で、しかも文を送ったところ白狼女帝が直々に迎えを寄越してくれることにまでなっているとか。
果たしてどんな世界なのか、氷国連合。
今から出会うのが楽しみでなりません。
それから一晩が経過し、朝の六時ごろ――。
「……え、氷国連合って氷山の中に港作ってんの!?」
一見して断崖絶壁に向かって船が突っ込んでいくようにしか見えない現状に耐え兼ねて船員に聞いた桜さんが素っ頓狂な声をあげます。
言われてみると確かに陸からはみ出るように聳え立つ氷山にはいくつか巨大な穴があり、中に入れるようになっているようです。スケールが豪快過ぎて呆れてしまいますが、氷塊の頂点には灯台も見えます。
港に入っていくと、中はかまくらのようにくりぬかれた空洞であり、中には整然とした立派な港があります。よく見ると氷壁のそこかしこにクリスタルが埋め込まれており、クリスタル・インフラを利用してこの港が港として成り立っている事を伺わせます。
ポニーちゃんはあまり港には詳しくありませんが、船が通るルートを示すようにクリスタルのライトが規則的に並んで光を放っている光景は、なんとも未来的です。歴王国でさえこのような港は作れないのではないでしょうか。
「ガイドビーコンまで……呆れた秘密基地だなオイ。不凍港とかなかったのか?」
「なくはないが、場所が不便での。西大陸、東大陸、極南大陸の三大陸の間には数多の島によって生み出された不可知海流が渦巻いており、不凍港はどうしても地理的にその影響を受けやすい場所にあったのじゃ。無論突っ切ることも不可能ではないが、氷国連合としてはメリットがない。こちらの方が便利じゃった」
ちなみに、港内は暖かいという程ではありませんが意外と快適です。
雪兎ちゃんと彼女を肩車したゴールドさんはこの港の光景に感動し、二人ではしゃいでいます。赤槍士さんも流石にスケールの大きな港に視線が泳いでいます。
さて、ここから更に地下トンネルをくぐり抜け、雪原を横切る道路を踏破した先に存在するのが氷国連合の首都だと渡されたパンフレットにはあります。この先に待っているであろう未知なる光景に、ポニーちゃんは仕事と分かっていつつもワクワクが止まりませんでした。
受付嬢ちゃんの豆知識:不可知海流
ロータ・ロバリーには西大陸、東大陸、極南大陸の三つの大陸に囲われるように、数多の未発見の島々が点在しています。なんでも三大陸の丁度中間に存在する場所こそがエレミア教の聖地だと言い伝えされているらしいのですが、その聖地に辿り着いた人はいません。
その理由が『不可知海流』。三大陸の中間であることや未知の島々、海流、風の影響で起きる予測不能の海流や天候の事を指し示す『不可知海流』によって、人類が海で安定した航海が出来る場所は極めて限られているのです。
しかし近年、予測不能とされていた『不可知海流』も航海技術の発達で多少は解明され始めたらしく、歴王国を中心とする様々な国が少しずつ島々と交易を始めています。商魂逞しいですね。




