67.受付嬢ちゃんへ挑む者
大変と言えば、地味に大変なのがギルド内の落とし物です。
所有物に本人であることを証明する名前でも刻んであればいいですが、大抵の冒険者さんはそんなマメなことはしませんし、そこまで几帳面な人は忘れ物をしません。
食堂の忘れ物が最も多く、財布や武器、防具に衣服など実に多種多様かつ冒険者として忘れてはいけなさそうな代物をポンポン落としていきます。これはひとえにお酒のせいで、時折支払いまで忘れている人もいます。悪質な場合は依頼の達成報酬から天引きです。
忘れ物はギルド規定で保管は三か月と定められているので、これを過ぎても持ち主が不明な場合はギルドが接収することになっています。武器防具は解体されたり競売にかけられたりし、衣服は再利用可能ならバザーに。お財布の中身は全額頂きです。思い出の品っぽいものも容赦なく捨てます。
何でも昔、落とし物を長く保管してしまうとギルド倉庫が武器で埋まってしまいそうなほど落とし物の多い時期があったからなのだそうです。以来、ギルドの落とし物保管期間はタイトになっていき、落とし物に対してルーズだった冒険者たちもきちんと持ち帰るようになった、という訳です。
これでめでたしめでたしと言いたい所なのですが、人間は喉元を過ぎれば熱さを忘れる生き物。タイトな荷物管理に慣れてきた冒険者の皆さんは、慣れ過ぎてまた落とし物を多く落とす時期に入っています。
大事なものなら大事にすればいいものを、と思いますが、常習犯たちにこの切なる願いは届きません。だって自分が悪いとは全く思っていないから常習犯になるのです。
そしてもう一つ、ここ最近になって由々しき事態が発覚しました。
それが、自分の武器だと偽って他人の武器を拾う遺失物偽装取得者の発生です。
存在が発覚したのがつい先日。
見抜いたのはなんと雪兎ちゃんです。
『その武器、昨日は凡剣士が持ってたのに何で今は似非騎士が持ってるの?』
『ははは、何を言っているんだいお嬢ちゃん。この剣はもともと私の――』
『でも柄に43度の角度で出来た凹みも右の鍔にばかり傷が集中してる癖も、鞘に括りつけた手作りベルトの原料と穴の数も全部凡剣士のと同じだよ? 偶然なのかなぁ、桜?』
『と、俺の自慢の娘の天才的記憶力が火を噴いた訳だが?』
『……!?』
凡剣士さんは桜さんとそこそこ仲が良かったため偶然にも剣の形状や特徴を覚えていた雪兎ちゃん。そしてその剣は似非騎士さんが『落とした』と申告して倉庫から持ち出したものであり、そのすぐ後に落とし物を探しに来た凡剣士さんが『どこにもない』と困惑していた……という状況が重なり、似非騎士さんはすぐさま隠密室の取り調べを受けました。
似非騎士さんは鎧やマントの見栄えの為に少々お金を浪費する悪癖があったようで、時々新しい剣を買う余裕がない時に同様の手口で剣を持ち出していたそうです。それを機に調査し直したところ、同様の手口でそれなりの数の武器や財布が持ち出されていた可能性が高いとの結論が出ました。
「で、武器登録制度って訳か。ふわぁ……来月から試験運用ってことは、忙しくなんなぁ」
会議が終わって大あくびをしたギャルちゃんに、周囲が頷きます。
「でもテレポットは既にナンバーが刻まれてますから、ノウハウはありますよね?」
デスクを几帳面に磨くメガネちゃんの問いに、イイコちゃんが頷きます。
「確かに! あぁん、でも武器に神秘数列を刻んでいる人とかは困っちゃうかもしれませんねぇ」
「奇術師とかも大変だぜ。あのオッサンしこたま武器持ってるからな」
「ナンバーを刻む武器や装備に制限はあるんでしょうか。消耗品の爆竹までは流石につけないと思いますけど……」
「鍛冶屋さんや道具屋さんにもお話通すことになりそー」
ポニーちゃんとしては、ナンバーが消えてしまった際にどうするかが心配です。仮に仕事でナンバーが消えたとして、まさか仕事のたびにナンバーに破損がないかギルドが逐一確認する訳にもいきませんから自己申告になります。そうなると、面倒がって自己申告しない人が必ず出るでしょう。
「超出るだろーな」
「出ますね……」
「ものぐささんもいますもんねー」
そして、破損させた側の責任の癖にいざトラブルが起きるとギルドに責任を取れとか言い出しそうな気がします。
「想像でき過ぎて困るわぁ」
「頭に血が上ってると話も聞いてくれませんしねぇ……」
「みんな協力してくれれば誰も不幸にならないのにねー」
定期調査するにも手間と時間がかかります。すれば確実なのは間違いありませんが、冒険者さんがギルドに武器を抱えたまま現れるとも限りません。依頼を受けた後に装備を整え、装備を家に置いてから報告に来る人も当然います。
この話、丁度いい落としどころを見つけるにはまだ時間がかかりそうです。
と――。
「ちょっと失礼するわよ。みんなお仕事お疲れ様!」
「あ、ベテランパイセンじゃん」
「ちょっと時間いいかしら? 実は業務が増えてるから受付嬢も増やすことになったの。まだ研修終わってない子だけど一足先に顔見せにと思ってね?」
ベテランさんの後ろに控えるギルド職員の女の子を見て、面々が立ち上がります。新人受付嬢――ポニーちゃんの周囲ではメガネちゃんが一番の新参で、ポニーちゃんも下から数えた方が早いために少し新鮮な印象を受けます。
受付嬢たちは個性的ですが、当然ながら誰でもなれる訳ではありません。一定の知識、コミュニケーション能力、容姿がなければ、ギルド職員にはなれてもギルド受付嬢にはなれないのです。また、一定の冒険者にウケる専門性も一つの基準となることがあります。
今回ベテランさんが連れてきた子は、その狭き門をくぐった子ということでしょう。
「で、この子が選定された子。現場に入るのはまだだけどね?」
「は、初めまして!」
ベテランさんに連れてこられてしきりに縮こまりながら周囲に礼を振りまく女の子は、ポニーちゃんより二つ年下のおでこちゃんです。メガネちゃんと同じくすこし気が弱そうで、綺麗なおでこが中々にチャーミング。なんとなく後輩感強めに感じます。
ギルド職員になって間もない初々しい同僚に、いつもの受付嬢仲間たちが次々に挨拶します
「シクヨロー!」
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしくねぇ~♪」
「ここ、こちらこそ! ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」
ポニーちゃんもご挨拶すると、おでこちゃんは熱にうなされるように緊張で真っ赤になります。メガネちゃんはシンパシーを感じ、ギャルちゃんは面倒見てあげようという顔で、イイコちゃんはいつも通り本心を覆い隠したスマイルです。
仕事柄考えるのは、どうしても彼女が現場で活躍できるかどうか。新人研修を受ければ基本は学べますが、応用は残念ながら現場で学ぶ他ありません。そこで心が折れた人も過去にはいたそうです。もし現場で適性がなければ、彼女はヒラの職員に逆戻りでしょう。
「ここは先輩として、貴方たちに一言ずつアドバイスをしてあげて欲しいの」
ベテランさんの頼みにだいたい率先して了承するのはノリで生活してる感のあるギャルちゃんです。
「いいかおでこ! ウチら受付嬢に一番必要なモノ……それは知識だ!! 間違った知識を説明すると当然冒険者も間違えちまうからな!」
それは確かに大事ですが、知識面で一番弱いギャルちゃんが力説すると説得力があるんだかないんだか。よく自分も分からない部分を周囲に聞いてから「だってよー!」と言うのが定番なので、ある意味一番自分に欠けているものとして重要性を訴えたのかもしれません。おでこちゃん以外の全員から胡乱気な視線がちらりと飛びます。
続いてメガネちゃんです。
「受付嬢には知識も大事ですが……私は勇気や度胸がいると思います! 冒険者さんって押しが強かったり顔が怖かったり、よくありますからね……」
それは確かに大事ですが、例によってメガネちゃんの度胸が一番足りていません。まぁ、彼女もピンチになると周囲に助けを求めますし、自分のような苦労を後輩にして欲しくないのかもしれません。子育てで子供に色々やらせようとし過ぎて失敗するパターンです。ギャルちゃんが腑に落ちない顔でメガネちゃんをちらっと見ました。
今度はイイコちゃんです。
「受付嬢は平等公平がモットーです。冒険者に怒らず、他の人に嫉妬せず、人任せにしない。これさえ出来れば皆さんすぐに頼ってくれますよ!」
それは確かに大事ですが、顔に出してないだけで全部やってる気のする彼女は華麗なるブーメラン使いのようです。バレなきゃいいのかもしれません。ベテランさんが心なしか呆れた視線を向けています。
と――考えている場合ではありません。次はポニーちゃんの番です。
――冒険者さんと仲良くすることが悪いとは言いません。
――しかし、受付嬢として一定の線引きをしてください。
――受付嬢になれば、沢山の冒険者と接し、そして別れていきます。
――自分の優先事項を見誤らないでください。
おでこちゃん以外の全員の視線が「それはひょっとしてギャグですか?」と言っている気がします。至極真っ当な事を言ったつもりだったのですが、何かおかしかったでしょうか。
(ガッツリ冒険者と親密に関りまくってるし……)
(可愛い女の子の為に優先すべきこと見誤ったばかりですし……)
(チッ、天然女が……)
「あの、ポニーさん。失礼ながら、重戦士さんとお付き合いしているポニーさんに言われても説得力が……」
おでこちゃん、まさかの離反です。
新人にまで根も葉もない噂が浸透していることに眩暈を感じます。
付き合っていません。何度も言いますがあの人とそんなに浮ついた関係になったことはありません。ただ担当受付嬢としてアドバイスしているだけです。
だいたい、重戦士さんなら療養がてら小麦さんとイチャついていますし。
「ああ、それで不機嫌に……」
だから何でそっちに話を持っていくんですか!!
「あのあの、重戦士さんって年下好みなんですか?」
……一つ、アドバイスを付け加えさせてください。
「はい?」
噂を真に受ける受付嬢は、だいたい長くないです。
「ヒッ!? も、申し訳ございませんでしたぁぁっ!!」
分かれば宜しい、とポニーちゃんは満足げに頷きました。
根も葉もない噂をトークテーマにするのは構いませんが、真実か否かや周囲の空気を読めなければ思わぬしっぺ返しを受けることになります。そう説明すると、おでこちゃんは顔面蒼白でコクコク頷きました。
翌日、おでこちゃんが受付嬢を辞退しようとして大変だったそうです。
……怖い顔をした覚えはないのですが。
「いやポニー、あのタイミングで笑み浮かべながらあのセリフはこえーぞ」
「ポニーさんのあれは、その、学術的にはアルカイク・スマイルと言いまして……」
ちなみに皆さんは悪質なデマを流布したりしていませんよね? にっこり。
「それだぞ、ポニー。そういうとこだぞー」
「笑顔とは攻撃的な意味合いを持つこともあると研究で……」
何か言いたいことでも? にっこり。
「「ありません、マム!!」」




