66.受付嬢ちゃんへ再相談
療養を続ける重戦士さんは、少しずつ安定を取り戻しています。
不意打ち的に後ろから触ると結合が緩んでずぶっと手が体に沈んでしまうこともありますが、気配察知能力を取り戻してからはそれも減りました。なにより小麦さんが隙あらばちょっかいを出しているので慣れてきたようです。
「おほっ、ほっぺ思ったよりプニプニですよ重戦士さん。ぷにぷにぷに~」
「何……? それは柔らかいんじゃなくて歯の硬度が再現しきれてないせいだな」
「このまま残しましょうよ! 意外性あっていいと思います! ……あ、ポニーちゃんおはよう!」
「おはよう、ポニー」
食卓でじゃれ合う二人にこちらも挨拶します。
その向こうでは古傷さんが食事をしています。
表情は前に見た頃と余り変わりませんが、筋肉が少しばかりしぼんだ気がします。時折重戦士さんの方を目で見ては、複雑そうな顔をしていました。ただ、一角娘ちゃんとはきちんと向き合っているようです。
ポニーちゃんは古傷さんにも挨拶します。
「………」
無視されました。ポニーちゃんが切っ掛けで死ねなかったことにか、或いはポニーちゃんが激怒した件を素直に謝るのが嫌なのか、古傷さんは時々こんな反応をします。という訳でポニーちゃんは古傷さんの真ん前の席に座り、思いっきり息を吸い込んで全力で挨拶しました。
「……おう」
今日もポニーちゃんの勝利です。
ちなみに返事しなかったらするまで挨拶する気でした。
小麦さんや重戦士さん、他数名がくすくす笑い、古傷さんは居心地が悪そうです。更にキッチンから食事を運んできた一角娘ちゃんの追撃が入ります。
「お父さん! またポニーちゃんにイジワルしてないでしょうね!」
「俺がされてるんだよ……何でいちいち話しかけてくるんだ」
「お父さんが悪いことしたからじゃない? こんなうら若く可愛い娘を置き去りにしようとした保護者だもの、監視されて当然よね!」
「……俺の味方はいねえのか」
すっかりお父さんを尻に敷いてしまった一角娘ちゃんの朝ご飯は今日も美味しく、ポニーちゃんはやる気を漲らせました。
ちなみに一角娘ちゃんは古傷さんから鍛冶系の加工技術も学んでいるそうです。種族的に筋力は高い方なので、案外向いているのかもしれません。
= =
嘗て説明したことがありますが、日雇い冒険者とは不安定な職です。
魔物と戦う場合は特に命懸けで、それ以外でも体調不良で治療費も有給もありません。ほぼすべての仕事におけるリスクは自己責任。明日も働ける保障はどこにもありません。そんな職だからこそ、将来の事を考えてふと不安になってしまう人もいるでしょう。
ポニーちゃんはあくまで受付嬢ですが、受付嬢なりに時折相談を受けたりもします。この日、未だに寝泊りしている宿の食堂で一人の相談者が話を持ち掛けてきました。
「戦闘力のインフレについていけません」
まさかの二度目相談、碧射手ちゃんです。
「いい相方になると思っていた桜の術の才能が圧倒的過ぎて……正直、わたし要らないんじゃないかなって思い始めてます」
しゅんと縮こまる碧射手ちゃん。
確かに最近彼女の周囲では軽業師ちゃんが超絶パワーを発揮したり、重戦士さんが更なる超パワーを身に着けたり、件の桜さんの事もあってだいぶ宿内のパワーバランスが偏っています。
しかし、碧射手ちゃんは風の術を使う後衛職という安定したポジションにいます。他の冒険者と違う弓矢という武器も加味して、差別化は十分。個人の実力よりチームとしての動きを考えた方がいいのではないでしょうか。
「桜くらいなんでも出来る人になると、もう自動で術を発射する術とか作りそうで……」
ああ……と、残念な事に妙に納得してしまいました。
桜さんは重戦士さんとの一戦のあとも表向きは実力を隠して仕事をしていますが、彼の何でもありにも程があるトンデモ数列処理は記憶に新しいです。さしもの彼も接近戦は出来ないようなので相棒にして親友のゴールドさんの地位は揺らぎませんが、碧射手ちゃんとしては悩ましい問題なのでしょう。
「それなりに仲良くなったつもりだったんですけど……結局のところ、ちゃんと彼の口から認められたことはないんです。私がちょっと茶化してたのも原因ですけど」
それまた確かに、彼女の普段の誘い方はシングルマザーに近づく魔手っぽかったのは否定できません。いえ、これは多少のポニーちゃんの偏見が含まれるかもしれませんが。つまるところ、桜さんに「必要ない」と言われたら碧射手ちゃんは何も出来なくなってしまうと言う事でしょう。
しかし、ポニーちゃんは思います。
桜さんは何だかんだで結局身近な人の問題に見て見ぬふりが出来ない人です。碧射手ちゃんがこんな悩みを抱えていると知れば、なんやかんやで気になってそわそわして解決策がないか講じ始めるでしょう。
ここは一計を案じましょう。
少しばかり、イジワルに。
= =
「俺が碧射手の専属戦術アドバイザーになるぅ!?」
碧射手ちゃんは先の戦いで自分の将来に不安を覚えたのです。
つまりこれは桜さんの所為で起きたと言えなくもありません。
もちろん断ってもいいのですよ?
ええ、ええ。正式にパーティを組んでいる訳でもない碧射手ちゃんの悩みなど知らないと背を向けて去っていくのも選択肢の一つでしょう。指導する人間も責任ある立場。軽々しくなるものではありません。
「そこはかとなくやれと言われてる気がする……」
「やらないの、桜?」
じぃ、と何か言いたげな視線で雪兎ちゃん乱入です。
ただし、事前に事情を話して一緒に美味しいオムライスをご馳走しています。
つまりはそういうことです。
雪兎ちゃんは賢いですね。
「碧射手、いつも桜のこと信じてる。桜と一緒に仕事したがってるよ?」
「う、うう……!!」
「碧射手、一緒に遊んでくれるし、お風呂で髪洗うの手伝ってくれるもん。そんな碧射手が困ってるのに、桜はやらないの?」
成長著しい雪兎ちゃんは子供の立場を最大限に利用するかのように的確に桜さんの精神を追い詰めていきます。もちろんこれは雪兎ちゃんの純真無垢な感謝の心と良心を含んだもの。桜さんが恨めし気にこちらを見ていますが、ポニーちゃんは先ほど言った言葉の通り、断ることを選択肢として否定はしません。
否定はしませんが、それはそれとして断られた碧射手ちゃんは悲しむでしょう。
「だぁー!! 断るなんて一言も言ってないからその目をやめてくれっ!! いいよ分かったよ受けるよ! 報酬は!!」
育成を終えた碧射手ちゃんがいつでもパーティ申請にイエスしてくれます。腕利き冒険者との信頼と繋がりはお金に代えがたい価値があるのです。今とどう違うかについては碧射手ちゃんに相談してください。
「つまり! 碧射手が俺に釣り合う実力と能力を手に入れるまで俺が育てて、育て終わったら正式加入と!! 別に割に合わないとまでは言わねぇけどさぁ……なーんか問題の中心に俺がいるのがなぁ」
若干ぶーたれつつも、ポニーちゃんの予想通り桜さんは依頼を受けました。後ろで碧射手ちゃんがガッツポーズしています。人知を超えた未知の術式を手繰る桜さんの指導で彼女も自信が付く筈です。
「つってもなー。現状碧射手って後衛として完成されてんじゃん。具体的に何が欲しいの? パワー? 手数? 精度?」
「それは自力で上げるから、新しい神秘術に手を広げたいかな……桜が戦いで欲しくなるような!!」
「……とりあえず、銀刀が使ってた風分身でも参考にするか」
ここから先は彼らが決める道です。
ポニーちゃんは事の次第を見守ることにしました。
「という訳でこれをお前に託す」
「キュー」
見覚えのない、兎と幼竜と猫を足して三で割ったような不思議な小動物――或いは魔物の幼体に見えなくもないものを桜に差し出された碧射手は困惑した。
「何です、これ?」
「神秘数列で組んだ擬似生命体だ。お前の命令に従うよう設定してあるが、基本は自己学習。お前の生活や戦いを観察し、それを行動に反映する使い魔だと思え」
ツカイマが何なのか碧射手は分からないが、差し出された生物を受け取ってみる。くりっとした瞳、ふわふわの白い毛。そして背中から生えた可愛らしい羽。しかし碧射手にはこの小さな生物の体に高密度の神秘が内包されていることが感じ取れる。
というより、異様なまでの情報密度が逆に実体を発生させているようだ。
「周囲の神秘を吸収するが、食い物を食えばそれを神秘に変換したり、神秘を蓄えたり、神秘を分け与えたりも出来る。こいつを育てれば戦いの幅は大きく広がるだろう」
サラっと言っているがトンデモ便利生命体である。まさかその日のうちに作るとは思わなかったが、これを育てたらどうなってしまうのか好奇心が抑えきれない。同時にしかし、これを育て切ればこの生物が相棒になってしまうのでは、とも思う。
すると、桜が頭を掻きながら言葉を付け加えた。
「俺はこれ以上育てる子供増やすと大変だし、育て切れば、まぁ、パーティメンバー増えるし。お前が不測の事態に陥った時に守ってもくれる訳だから。すべてはお前の育て方と、お前自身の成長次第だ」
「桜……」
それは、碧射手にも死んでほしくないという桜の真心だったのだろう。
「つまりこの子は桜と私の愛の子だと!」
「えぇ、話そっちに持っていくのか……?」
「大事に育てるわね、パパ!!」
「激しく選択を間違えたかもしれん!」
なお、この神秘生命体はエレミア教本にある古代語にして「寄り添う者」の意味を持つ「ポチ」という名前を付けようとしたが、何故か桜が拒否反応を示したため白雪という名前になった。
雪兎が「かわゆい」と捕まえて頬ずりしている様は癒されたがポニー的にはやはり可愛い動物より可愛い幼女らしい。




