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トオイ ヒノ キヲク

 記憶。


 いつかの、どこかの、記憶。


 なぜ、今、それを思いだすのだろう。



「……まさか、こいつの子守が今回の依頼か? 俺は、スクールの教師じゃないんだぞ?」

「違います。マーセナリーの正規の手続きを通した『紹介』です」

「……『紹介』、だと? こいつが、俺を探していたと?」

「こいつ、じゃなくて『小麦』です! 初めまして、重戦士さん! 今回はパートナー探しの折に貴方の噂を聞きまして、是非お近づきにと!」



 聞き覚えのある声。


 懐かしい声。


 誰の、声?


 いつの、声?



「……つまり、俺がこいつを――」

「こ・む・ぎ・です♪ 名前、ちゃんと呼んでくださいっ♪」

「……小麦のマーセナリー適性を調べ、問題がなければ……任意で、パートナー登録に応じる。違いないか?」

「そゆコト! さあ、一緒に迷宮で暴れまわる私の勇姿を評価してくださいっ!」



 爆音と崩落音。


 気の抜ける疲労感。


 あれは、いつの記憶なのだろう。



「どっかーん! よし、進路クリアー!!」

「……クリアなのはお前の脳味噌だ、このバカタレめ。遺産ごと破壊する気か……」

「はっ!? 後ろで待ってくれている……!! 重戦士さんが後ろで待ってくれてるよぉ!! 腰も抜かしてないし逃げてないし、春の木漏れ日のような温かい瞳で見守ってくれてるよぉ~~~!!」

「今すぐお前をつまんで地上に帰りたいという点では、逃げ出したくもある。成程、お前にパートナーが出来なかった理由が……この過剰な火力か……」



 決して少なくない、経験だったのだろうか。


 或いは短くとも忘れがたい、経験だったのだろうか。


 浮かぶ言葉は常に鮮明に。



「俺が囮になる。その隙に、熱弾頭を水中にありったけ叩き込め。あの魔物を茹で上がらせろ」

「絶対に二人で地上に帰るんです。死んだら許しません、鉛玉ブチ込んでやります」

「……敵にしろ、敵に」

「約束、してください。パートナーを置いていかないって!!」



 ……。


 ……やく、そく。


 約束を、したのだろうか。



「意識を失っていたから、朧げだが……俺の首はあのとき、落ちていたか?」

「知りません」

「何故、隠そうとする? お前に都合の悪い事があるのか?」

「存じ上げません」

「面白半分なら、やめておけ。今回ばかりは……俺も引けない」

「記憶にございません」

「小麦……!」

「過去の自分を知るとか知らないとか。さっき自分の身に何が起きたとかなんとか。そんな過去を振り返ったって何かいい事がある訳でもなし! 平和な日常が一番です! ね?」

「都合のいいことしか言わないパートナーとは、解約するぞ」

「ッ……、それでも、言えません」

「……言え」

「嫌です。だって重戦士さん……一人で出ていこうとする目をしています! どうしても聞きたいなら約束してくださいッ!! どんな事情に発展しようがパートナーを、私を置いて勝手に行かないと!!」


 また、約束。


 特別なことだ、約束は。


 特別な人、だったのだろうか。



「お前の目的は、行方不明の友達の捜索だろう。俺についてくると、目的から遠ざかるぞ」

「そうとも限りませんよー? 人気者の重戦士さんがギルドの信頼を得られればもっと深く探れますし。それに、重戦士さんはなんだかんだで最後まで約束を守ってくれてるじゃないですか。だから私がそれを先に破る訳にはいきません」

「物好きだな」

「そっくりそのままお返しします。この広い世界でたった一人だけ、この物好きガゾムのパートナーでいてくれる……」




『「重戦士さんッ!!」』




 そうか。


 重戦士というのは――俺の名前か。


 重戦士は、誰かを守り、帰ってくる以外にも約束をしていたのか。


 しかし、一見して繋がらないこの約束を守るには、どうすればいいのか。


 思考。


 予測。


 結論。


 もっと大きな処理が出来る思考回路と、それを維持する人格が必要だ。


 条件に見合う人格を検索。


 古傷と約束し、守ることを約束し、小麦と約束した人格。


 該当人格、一。


 当該人格を核に再構築するに辺り、客観的外見性のデータが欠如している。


 付近に当該人格の形状を把握し、かつ公正な記憶を持つ存在。


 該当人物、二。




 ――完全には元に戻れないけれど。


 ――せめて、約束を守れるカタチになりたい。


 ――だから、もう一度だけ想起イメージして、呼んでくれないか。




「重戦士さんってばッ!! もう、この寝坊助!!」


 ――重戦士さん、ゆびきりげんまんですよ!?




「――……大丈夫だ、聞こえているよ、小麦。俺でいいなら一緒にいてやるさ」

「な、約束破りそうなのそっちだった癖に言い草っ!! ……まぁいいです。で? もう一つの約束はどうなんです!?」

「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます……だろ、ポニー?」


 鉄血は死んだ。ネイアンも死んだ。

 今ここに約束を果たす為に存在するのは、重戦士と呼ばれる俺だ。

 俺で、いいのだ。




 = =




 ――その後の顛末を、ポニーちゃんが説明させていただきます。


 あの後、赤い塊が急速に収縮し、最終的にはそれは普段の重戦士さんの姿にまで戻りました。意識はありませんでしたが、すうすうと寝息を立てています。じきに目を覚ますでしょう。

 めでたしめでたし、一件落着です。


 が、出てきた重戦士さんは全裸でした。ポニーちゃんには余りにも刺激が強すぎて思わずキャーキャー騒いでしまいました。その、色々と逞しかったです。冒険者さんのカラダってスゴイ。小麦ちゃんは全く気にせずお帰りと告げていました。


 その後、山の向こうから異常を聞きつけた国境警備隊がやってきていたので隠密行動でとっとと退散。重戦士さんが全裸なせいで碧射手ちゃんと一角娘ちゃん、赤槍士ちゃんがキャーキャー騒いで手で顔を覆っていましたが、全員指の隙間からガッツリ見てました。翠魔女さんは生娘じゃあるまいし、とそっぽを向いていましたが、心なしか耳が赤かった気がします。


 なお、軽業師ちゃんは自分の出番が少なかった腹いせに全裸の重戦士さんに悪戯を仕掛けようとしていたので止めました。後のお世話は全部手の空いたゴールドさんに任せ、オアシスが元あった位置に戻った頃には重戦士さん、古傷さんは目を覚ましました。


 なお、古傷さんに関しては目を覚ますと同時、「お父さんの馬鹿ぁっ!!」という声と共に一角娘ちゃんのビンタが待っており、威力が高すぎて一度失神していました。有角族ディクロムである一角娘ちゃんの筋力は、見た目の三倍は威力ぱぅわーを出せるのです。

 重戦士さんにも同じビンタが打ち込まれましたが、重戦士さんの体が不定形化した影響か彼女の手が重戦士さんの顔にずぶりと入るというホラーな珍事が発生しました。


 これは重戦士さんの人格から鉄血の要素が薄れたせいで不安定化しているらしく、これから重戦士さんの自意識が確立されていけばこんな事故は起こらなくなるのだそうです。


 重戦士さんのこれからは――どうなるか、ポニーちゃんには分かりません。

 本来のギルド職員としては、やはり魔将の存在は通報すべきなのでしょう。

 しかし、ポニーちゃんには重戦士さんが邪悪で人類に仇名す存在になるとはとても思えませんし、それを伝える事によって発生する混乱は決して少なくないでしょう。銀刀くんはこの事を公開する気はないらしく、特には何も言いませんでした。

 ただ、指示自体はありました。


「俺たちがここに向かった直後のあの大事件だ。関連性を疑われると面倒なので、これから俺たちは『何か騒ぎが起きて道が封鎖されたため、目的地に到達できなかった』という事で口裏を合わせる。元々俺たちが瞬間移動でここまでたどり着いたことは、俺達しか知らん。特段疑われることはないだろうが、念のためな」


 ――そして、今現在。


「戻ってきたと思ったら今度は氷国連合に出張予定ねぇ。上の指示とはいえ立て続け過ぎるだろ。いっそがしーなぁポニーは」

「で、でも……軽業師ちゃんが地元だから、避暑ついでに付き合ってくださるんですよね……それなら、そんなに不安はない、かな?」

「ポニーちゃんがいないと私たち、仕事が増えちゃって大変ですよー」


 いつもの受付仲間たち、ギャルちゃん、メガネちゃん、イイコちゃんに相槌を打ちます。なお、イイコちゃんは内心で「担当冒険者の取り分今のうちに根こそぎ奪ったらぁ」と黒い本心を隠している気がしてなりません。


 今度は上からの正式な指示で、ポニーちゃんは暫くしたら氷国連合に大陸からの視察という事で向かいます。このタイミングでポニーちゃんにお鉢が回ってくるというのは少々都合が良すぎる気がするのは気になりますが、せっかくなので軽業師ちゃんや雪兎ちゃんたちと共に行って来ましょう。

エインフィレモスレポート:もしもポニーがいなければ

ポニーというファクターの欠如は、隣国への鉄血巨人侵入と多大な犠牲を是とする。その終結は小麦を以てして収束に向かう。古傷は死亡し、完全に存在を消失。重戦士の記憶の収束ファクターの不足により重戦士としての復活には三年の時間を要する結果になる。

この事件において小麦と重戦士は表向き死亡扱いとなる。

実際には生存しているが――これより先の事象は、今となっては意味を消失した情報である為、レポートではこの事象の説明を省く。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間側はともかく、エインフィレモスは今回の介入に関して何の理由があったのか。観客として悲劇は避けたい、くらいの気持ちだったのか、ネイアンに関しての感傷があったのか、はたまた...? どうで…
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