63.受付嬢ちゃんを開放しなさい
鉄血巨人の移動は既に荒れ地を超え、山に差し掛かろうとしている。
山からは動物魔物に関わらず、生物が一斉に逃げ出しているが、巨人の移動速度からして逃げ切れない生物も多いだろう。そして、今の巨人は魔物、非魔物に限らずあらゆる命を吸い尽くす。
それだけではない。この荒れ地はギルド公認の立ち入り制限区画であるが、山より先は明確に外国領土だ。既に国境警備隊は存在に気付き、大慌てで迎撃準備をしているかもしれない。そうして配備された防衛部隊も、巨人を前には為す術もなく操られるか、根こそぎ血を吸収されるだろう。
全ての命運は、少女っぽい見た目の70歳児と少年っぽい見た目の40歳児と普通の十代後半女性に託された。
……外見年齢と実年齢の差が激しすぎる。
= =
重戦士さーん!!
じゅ・う・せ・ん・し・さぁーん!
きーこーえーてーたーらー!
へーんーじーしーてーくーだーさぁ~~い!!
……。
駄目です。いろいろ叫んで読んでみましたが、若干周囲の明るさが暗くなったり明るくなったりする程度で、総じて±ゼロです。そもそも今、重戦士さんがどういう状況なのかもわかりません。というかポニーちゃんの現状も客観的にどうなっているのか分かりません。
外の景色は凄い速度で風景が変わっていき、山が近づいてきました。緑の少ない山ですが、どうやら荒れ果てた区域を出ようとしているようです。なんとなくですが、重戦士さんはこの先に存在する何かに入ろうとしている感じがします。
この視界は重戦士さんの興味によって映る場所が変わるらしく、たまにくりぬかれた大地に足が八本生えてカサカサ追ってきているっぽい形容しがたいモノが映ります。上にキャンプ地と湖、緑に人影も見えるので昨日のキャンプ地が足を生やして追いかけてきているようです。
この意味不明加減、もしや桜さんが何かしたのでしょうか。
もうその気になったらギルドを変形させて人型巨人とか作れそうです。
冷静になって状況を整理しましょう。
まず、喫緊の問題として、ポニーちゃんは現状この広いとも狭いとも知れない空間から脱出できません。閉じ込められています。試しに動いてみたのですが、そもそも地に足がつかず、泳いでも進まず、壁らしいものにさえ手が付きません。
もしかしたら空間的にポニーちゃんが中心から動けない仕掛けがあるのかもしれませんが、とにかく自力でこの空間から脱出は出来そうにありません。
次に、ここはどこか。外からの映像や砲撃時の振動からして、ポニーちゃんはあの赤い塊の中にいると思われます。末端部分ならもっと大きく揺れたりしそうなので、順当に考えれば塊の中心部に近いのでしょうか。
地理的に言うと恐らく意識を失った場所と風景から鑑みて戦場跡の端部。山との位置関係を考えると元の位置より北か南ということくらいしか分かりません。
ポニーちゃんの体調はいまのところ問題ありません。喉の渇き、空腹なし。睡眠欲に関してはいっそこのまま寝ても快適かもしれません。目覚めたときに感じたように、空間は心地よい温度に包まれています。
しかし、考えたくはありませんが、二度とここから出られないというのは流石に困ります。外ではどうやら他の皆さんがいるようですし、なんとか救出するついでに重戦士さんを元に戻す術を教えてくれないでしょうか。
と、八本脚の歩くオアシスから何かが飛び出しました。
あれは――小麦さんを抱えた銀刀くんです!
『幾ら魔将の体の一部で不定形であろうが、物質は物質。むしろサイズが大きいほど強風時の影響は大きくなる。手始めに一発……』
そう呟いた銀刀くんの翼の後ろに膨大な風の神秘が宿り、次の瞬間には横薙ぎの嵐となって射出されます。ポニーちゃんが視たことのある嵐の神秘術は、魔物の巨体を吹き飛ばす威力はあっても範囲が狭く、逆に範囲を広げるとパワーが落ちるものでしたが、銀刀くんの発生させた嵐は自然発生した竜巻以上の速度と広さで赤い塊に殺到。
風圧に加えて真空波まで混じっているのか、赤い塊の表面が一瞬でボロボロに崩れていきます。しかし、風が止むと同時に瞬時に再生。一瞬足が止まった程度の効果しか出ていません。
『ダメじゃないですか! やる気あるんですか!?』
『手始めと言ったろう。強度チェックだ。全力でぶちかまして万一あの受付嬢に影響が出たら元の木阿弥だろう。そら、二発目行くぞ』
小麦ちゃんの抗議を無視して即座に二発目。一撃目より更に速く、そして強力な風に再び塊の表面がボロボロになります。しかも今度は虚空に神秘の塊を発生させ、そこから風を送り込むので一撃目より放射時間が長いです。
瞬く間に赤い塊の表層が剥がれていく中を、風のバリアを纏った二人が突っ込んできます。
《こちら桜! あれだ、あの球体の中にポニーがいるのを特定した!!》
『らしい。では、突っ込むぞ』
『また目の前で相棒を襲われるとは……』
『殺してないからいいだろう。文句を言うな』
『結果論だしっ!』
会話と同時に二人の姿が掻き消え、間髪入れずにポニーちゃんのいた空間にパキィン、と甲高い音。目の前の空間から赤い刃のようなものが侵入し、縦一閃に裂けた狭間から外の世界、そして二人の姿が飛び込んできました。
これには突然過ぎて仰天しましたが、裂けた空間の継ぎ目が次の瞬間に全て剣に変わって二人に殺到。銀刀くんはこれに分身の刃を生成して迎え撃ち、瞬時に状況が拮抗します。
その隙間から身を乗り出した小麦さんがいつもの快活さで叫びます。
「ポニーちゃん、無事っぽいね! 助けに来たよ! ……と、言いたい所なんだけどゴメン! ちょっと確認したいことがあるんです!!」
どうやらすぐに助けてくれないらしいです。見るからに余裕がなさそうなので仕方ないのですが、ちょっぴり失望感が否めません。それはそれとして、確認したいこととは何でしょうか。
「今の重戦士さんは自意識過剰ならぬ自意識希薄になってるみたいなので、重戦士さんの目を覚まさせる言葉が必要なんです!! 私は詳しく知りませんけど、ポニーちゃん重戦士さんに話しかけたときとか、何か大きな反応ありませんでしたか!?」
話しかけたとき……と言われても、重戦士さんにポニーちゃんが話しかけたときは総スルーでした。重戦士さんの声も数度しか聞いていません。
「一番重戦士さんの声がはっきりしたときとかない!?」
そう言われれば、やはりポニーちゃんが古傷さんにやり取りという名の叱咤を送った時になるでしょう。それまで重戦士さんの声はどこかこう、昆虫的な感情のなさに感じましたが、その時は確かに古傷さんに話しかけていました。
確か、俺が約束を守る所を見届けて欲しいとか――。
「それだ」
銀刀くんが会話に入ってきました。
「重戦士の意識を僅かでも浮上させたのは、恐らく亡きローと果たすことの出来なかった約束を守りたい本能的意識だろう。ポニー、お前なにか重戦士と約束したり、約束の話をされたことがあるか?」
話の流れが掴めるようで掴み切れませんが、とにかく淀みなく答えます。
重戦士さんが町を発つ前、ポニーちゃんは重戦士さんに必ず戻ってくるよう約束をしました。ポニーちゃんを守るために、戻ってくると。確かその話の前、重戦士さんは昔に約束をしたけど守れなかった気がするなどと言っていたと記憶しています。
「決まりだな。コイツの中でお前とのやりとりとローとのやりとりが混在してるんだ。恐らく約束の実質的内容が殆ど一緒だったんだろう」
嘗ての大戦で悲恋に終わった二人と同じ約束をポニーと重戦士がしているというのは喜劇なのか悲劇なのか。今回ばかりは悲劇で終わらせたくありません。問題があるとすれば、今の重戦士さんは一万発殴って千本の裁縫針を飲ませた所で全く効果がなさそうなことぐらいでしょうか。
「何だその悍ましい拷問は。心に暗鬼でも飼っているのか」
「その話は後にして、大体分かりました!! つまり!! パートナーたるこの私との約束をすっぽり忘れているおバカさんに、それを思い出させてやればいい訳でしょうッ!!」
小麦さんが赤い塊から生えた剣を素手で掴み、押しのけながらポニーちゃんの元に行こうとします。
直後、更に涌き出るように突き出た無数の刃が小麦さんに殺到。小麦さんの胸に次々に突き刺さりました。
「かふっ……!!」
ーー小麦さんっ!?
「ッ! ……残念! ガゾムは胸を貫かれても別に死にませぇんッ!!」
停止したのは一瞬。すぐさま、逆にこれがチャンスとばかりに小麦さんはずぶずぶと深く刺さる剣を気にせず無理やり体を鉄血巨人の中に捻じ込みました。
ぎちきちと軋む音と、罅割れる肌。痛々しい光景に目を背けたくなりますが、ガゾムの肉体はこの程度では死なないと本で読みました。
ガゾムは血がないのでいくら裂傷を負っても出血せず、戦いの死因になりやすい失血死が存在しないのです。しかも内臓を傷つけられても、よほど手ひどく破壊されない限りは内臓機能を含めて殆ど問題ないのだとか。
だからといって痛くない訳はない筈です。
なのに、小麦さんは止まりませんでした。
「ポニーちゃんとの約束を覚えている癖に私の約束は覚えていないだなんて、そんなことは許しませんよッ!! 私は、貴方の、パートナーですからねッ!!」
ポニーちゃんのいる空間に小麦さんが入ると同時、目を覆いたくなるまばゆい光が発生しました。
――スパナを失った悲しみが消えぬうちから今のパートナーを助けようとすることに、微かな戸惑いはありました。
ホームステイという形で当時私のいた工房にやってきたスパナは、マギムに生まれたことが勿体なくてしょうがないくらいに意気投合する相手でした。互いに切磋琢磨し、彼女の発想の柔軟さに驚かされたり、逆に技術力で驚かせたり、姉妹同然に思っていました。本当に楽しい記憶です。
生きていないかもしれないとは、心の隅でずっと思っていました。あれから30年、マギムのスパナには余りにも長い時間です。約束を破るタイプじゃなかった彼女が再会の約束をすっぽかす意味を、分からない私ではありませんでした。
でも――彼女の足跡を追う孤独な旅の中で、重戦士さんに出会えたんです。世話焼きで指摘が細かくて、でも優しくて、時々天然なのが可愛くて……。実を言うと、私の目的に重戦士さんは無関心だったと思います。その上で重戦士さんはパートナーの契約を飲んでくれました。
重戦士さんは私の目的ではなく、私を肯定した。
それは本当に、打算に塗れた私にとっては救いだったんです。
だから、重戦士さん。
約束、思い出してください。




