60.受付嬢ちゃんを無視するな
ふと、心地よい感覚のなかでポニーちゃんはゆっくりと覚醒しました。
まるで冬の寒さの中でお布団と毛布にくるまれているような温かさから目を覚ますと、ポニーちゃんはどことも知れない、ピンク色の温かみある光が差し込む空間に一人ぷかぷか浮かんでいました。
ぼんやりとした意識の中でここはどこなのか考えていると、段々と意識を失う前の記憶が蘇ってきます。そう、古傷さんが重戦士さんを殺すと言い出し、それを止めようと体を前に出したら、ポニーちゃんは突如としてどこかに体が落っこちてしまったのです。
あのあと一体どうなったのか。慌てて周囲を見渡すと、ピンク色の空間にぼやけた場所がありました。もしかしてこの先に何かあるのでは、と注視すると、次第にぼやけが鮮明になり、その視線の先に、変身した軽業師ちゃんの姿が見えました。
軽業師ちゃんは目前に迫る夥しいサイズの赤い塊と、その塊から生え揃う巨大な剣たちに向けて強烈な吹雪をお見舞いします。塊はその場で氷に覆われて停止しますが、やや間を置いて氷を溶かし、突き破ってまた接近。畳みかけるように何度も吹雪を放ち、氷の剣で逆に塊を寸断する軽業師ちゃんですが、凍った赤を巨大な赤が呑み込み、また元に戻っていきます。
『ぬうううう! 国潰しの氷を以てしても時間稼ぎにしかなっておらぬのか!!』
『効いてはいる。ただ、お前の攻撃のダメージを1とすると、奴が体内にため込んだ膨大過ぎるエネルギーは10000以上だ。まともに戦って決着などつかん』
軽業師ちゃんの隣に銀刀くんがいます。
美少女と美少年の競演ですが、銀刀君の体が透けています。
精霊と化した銀刀くん。ありだと思いますが、多分違います。
『英傑ともなると風で分身さえ生み出すか。合わせよ!!』
『ふん』
軽業師ちゃんが今までより更に強烈な冷気を全身から放出し、銀刀くんの分身が風でそれを纏めて赤い塊にぶつけます。先ほどより更に大規模に赤い塊が凍結しますが、やはり間を置くとまた動き出しています。
『重戦士ッ!! 貴様、なにを訳の分からぬ形状に変化しておる!! 疾くぽにぃと共に戻ってこぬか、役立たず冒険者めが!! 決着はまだついておらぬぞ!! 剣を握って戻ってこいッ!!』
重戦士さんがこの場のどこかにいるのでしょうか。
そういえば古傷さんも重戦士さんもどうなったのか分かりません。少なくとも銀刀くんは無事だったと思われます。心なしか、空間が僅かに暗くなりました。
と、場面が切り替わりました。
今度は翠魔女さんと碧射手ちゃん、そしてまた分身銀刀くんがいます。
翠魔女さんは大地を神秘術で操り、次々に赤い塊を退け、その隙間から碧射手ちゃんが強力な風の矢を次々放ち、足りない部分は銀刀くんが術で弾きます。先ほどと同じく、赤い塊は一時は退けられてもすぐにまた押し寄せてきます。
『何を呆けているの、重戦士ッ!! 私と肩を並べて色んな任務に付き合ってくれた貴方は、言葉だけで崩れ落ちる程軟弱な男じゃなかったわよッ!! 自信を持ちなさい!! 貴方はどこにもいない存在なんかじゃないッ!! みな貴方を待っているわ!!』
『重戦士さんッ!! 私、リメインズで死にかけたときに重戦士さんに助けてもらったとき、なんて大きい背中なんだろうって感動したのを覚えてますッ!! あの時の借りをこれで返せるのかは分かりませんが――私、貴方が戻ってくるまで頑張りますッ!!』
巨大――形状――もしや、とポニーちゃんは気付きます。
ネイアンは血の支配者たる魔物。そして赤い塊はまるで血のよう。そして重戦士さんはネイアンが変生した姿。つまり、あの赤い塊は重戦士さんだというのでしょうか。また、少し空間が暗くなった気がします。
と、場面がまた移り変わりました。
今度は水槍学士さんと小麦さん、そして当然のように分身の銀刀くんです。
小麦さんはいつものように両手に数砲を構え、水槍学士さんはどうやら守りに徹しているようです。赤い塊を水で押しのけ、逸らし、その隙に小麦さんが情け容赦なく大量の弾丸を赤い塊に浴びせています。特殊な弾頭なのか、着弾と同時に燃えたり凍ったり様々な降下が赤い塊を妨害しますが、やはり止まらないようです。
『私は絶対ぜーったい諦めませんからねっ!! こんなのケーヤク違反ですっ!! 一緒にいてくれるとか守るとか色々言ってたくせになーに私が席を外した間に即暴走してるんですかっ!! だいたい重戦士さんは他の人には『ああ……』とか『気にするな……』とか言葉少なでいる癖になんで私の時だけきっちり叱りつけてくるんですかっ!! 私の親ですか貴方はっ!! 私たちは対等! たーいーとーうっ!! だから今度は私が叱りつける番ですよ!? 覚悟しな……さいッ!!』
ドゴォンッ!! と、特大の弾丸が赤い塊が抉れる強烈な衝撃を放ちます。
その瞬間、ポニーちゃんのいた空間がぶるんと波打ちます。
まさか、と冷や汗が流れました。
『ちょっと小麦さんッ!! 中にポニーちゃんいるんだからあんまり強いのはマズイですよッ!!』
『ダイジョーブモーマンタイ!! だって重戦士さんプラス桜くん結界で守られてる訳だし、仮に中まで弾丸が届いても血のせいで威力は減退されますってっ!!』
『ああ、この人のアバウトなところがッ!! 聞きましたか重戦士さんッ!! 僕一人では彼女の暴走を抑えられないんです!! お願いだから戻ってきて止めるのを手伝ってくださいッ!!』
ここ重戦士さんという名の赤い塊の中だー!? とポニーちゃんは叫びました。冷や汗が噴き出しますが、自力で出られそうにも有りません。と、今度は明らかに周囲の明るさが減り、桃色だった空間が赤みを帯びてきました。
――妨害――排除――マモル――方法、検索。
言葉とも言えない断片的な思考が、ポニーちゃんの脳裏に響きます。
もしかしてこれは、重戦士さんでしょうか。
彼の中にいることで、彼の思考が伝播してしまっているのかもしれません。
場面が切り替わり、オアシス。
これまでの映像に出てこなかったタレ耳ちゃん、雪兎ちゃん、桜さん、ゴールドさん、赤槍士さん、そして一角娘ちゃんがいます。ここには本体の方の銀刀くんが同行しているようです。
『動体反応多数!! 中から独立した兵隊が出てくるぞッ!! 浸食されんように全力フォローに回ってるから俺は動けん!! 総員重戦士に呼び掛けながら非戦闘員を防衛してくれ!!』
『了解っ!!』
彼らに迫る剣を持った赤い人型の魔物のような存在に混じり、赤い剣を握った男性が一人。その顔を見て一角娘ちゃんが更に顔を青ざめて口元を抑えます。
『待って……嘘……あの赤い人型の先頭にいるの、お父さん……っ!!』
『なっ、何だとぉ!?』
『っ……、取り込まれてたか……!!』
事態は、最悪の方向へ向かっている――そう気づいたポニーちゃんは、叫びました。
――重戦士さんっ!! 私の声が聞こえますかっ!!
――マモル、今度 そ。 束、感知、迎撃。
返ってきたのは、途切れ途切れの思考とさえ言えない何かでした。




