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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
八章 受付嬢ちゃんを!

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57.受付嬢ちゃんを泣かせたくない

 30年前の英傑『鉄血』が、実は魔将に敗北していた。

 その驚愕の事実の意味を問われる前に、古傷さんは話を変えました。


「その話をする前に、もう一つの事件のことを話さなきゃなるめぇ。小麦と水槍学士はそっちも知りてぇだろ」

「はい」

「鉄血の話も気になりますが、ね」


 どうやら小麦さんと水槍学士さんは、それとは別の話を求めていたようです。重戦士さんが拳を一種に握りしめ、しかし何も言わずに古傷さんに続きを促しました。重戦士さんも不安がない訳ではないのでしょう。


「とはいえ、そこは俺より銀刀殿の方が詳しいだろうが」

「……まぁ、いいだろう。俺が話す」


 銀刀くんが少し面倒臭そうに、しかし自ら前に出ました。


「お前ら、不思議には思わなかったか? いくら研究砦が魔物の侵攻をやり過ごす砦だからって、目前まで魔将が迫っているのに援軍一つ寄越してない事を」


 確かに、鉄血さんの話に気を取られていましたが、言われてみれば変な話です。いくら極秘の砦だからと言って、そこには英傑クラスの実力者がいて、更に一騎当千のゼオムである数学賢者までいたのですから。

 魔将を倒さねば人類は滅びる。

 いくら堅牢な砦とて、魔将に攻められれば一たまりもありません。


「簡単な話だ。ネイアン襲撃時、砦の内部にいた、ある男が人間側を裏切り、砦内の人間を皆殺しにしたんだ。この前に町に現れた男……『遷音速流』によって」

「そうか、そういう事だったのか!!」


 水槍学士さんが突然大声を上げました。


「第二次退魔戦役の資料を読み解くと、『鉄血』などが討伐したことになっている魔物の出現場所と時期が、実際には行軍ルートに含まれていなかったり時系列的に不自然な所があった。僕はその真相を突き止めるために禁忌書庫に忍び込んだ……幻の、もう一人の英傑の正体を知るために!!」

「そうだ、その正体が『遷音速流』……奴は異端宗派ステュアートだったのさ」


 水槍学士さんは以前、歴史都市の禁忌書庫に忍び込んだことであらぬ濡れ衣を着せられたと聞いています。その真相が、こんなところで明かされるとは。そうなると疑問も浮かびますが、今はそれを問うている場合ではないでしょう。


「発表出来る訳がない。人類の希望だった英傑の一人が味方を砦ごと皆殺しにするクソったれた鬼畜だったなどと。故に戦後、生き延びた兵士たちには『遷音速流』の事は何一つ告げられず、情報操作で「語るべからざる存在」として暗黙のルールを築いた。名前の載った書物は片っ端から改ざんした。幸か不幸か砦の存在は秘中の秘だったため、砦で殺された人間たちも行方不明扱いとなった……」

「その行方不明になった子のなかに」


 今度は小麦さんが、重苦しい口調で口を挟みました。


「その中に……スパナちゃんっていうマギムの子がいませんでしたか。歴王国出身で、当時たしか17歳……」

「いた。機械開発部門の人間だ」

「確かですかッ!!」

「俺は記憶力がいいんだ。数学賢者の手伝いで出入りもしていた。砦の人間の名前は全員覚えている」


 突き放すような言葉を聞いた小麦さんが、ふらり、と揺れ、地面に尻餅をついて俯きました。その肩は、震えています。


「スパナちゃんは開戦前は鉄鉱国に留学してて、戦争終わったらまた会って機械いじりしようって約束して、それっきり生きてるとも死んでるとも分からなかった……やがてその真相を阻害しているのが『機密』であることを知って、機密に触れられる地位を手に入れる為にマーセナーに入った……」

「それがお前の探し人か、小麦。俺と離れなかった理由は……」

「出世の近道だと思ってたのに、まさか直接答えに行きつく道だったなんて、笑えますよね重戦士さん?」

「……」

「笑え……っ、笑ってくださいよ。もしかしたらまだ生きてるんじゃないかって願って散々貴方を振り回した小娘を、笑ってくださいよ」


 力ない、弱々しい声でした。

 小麦さんが冒険者を続ける理由――それは行方知れずになった友人を探した果ての戦い。その答えに到達した小麦さんを待っていたのは、きっと、心のどこかでは結論だけ出ていた事だったのでしょう。

 重戦士さんは不快そうに眉を顰めました。


「俺が、お前を笑うような男だと思っているのか?」

「……ごめんなさい」

「お前は普段悪びれないくせに、こういうときだけ謝る。お前は俺に一度でも嘘をついたか?」

「……ついてない」

「承知済みでお前をパートナーに受け入れたんだ。今更妙な遠慮はするな」


 厳しくも優しい言葉に、小麦さんが小さく頷きます。ポニーちゃんが見たことのない、二人の時間の積み重ねを垣間見ました。


「……顔洗って、ちょっと気分転換してくる。今の顔は……見せたくない」

「泣いているのか」

「泣かないよ。だってガゾムの体構造には涙腺がないから。他の人間はズルイよね、悲しい時に涙が出てさ……じゃ、後でね……」


 とぼとぼと、力ない足取りで小麦さんはその場を後にしました。

 水槍学士さんも、礼をして下がります。


「学問の徒としてまだ聞きたいことはありますが、大きな疑問は氷解しましたし、小麦さんが少し心配なので今は下がります。どうぞお構いなく続けてください」


 古傷さんは、二人の探し求めるものを語るために今の話をしたのでしょうか。

 今の話は鉄血の話と直接はつながりのない話に思えました。


「フン……間接的には繋がってんだ。嘘は言ってねぇ。何故なら砦の事件で死ぬ間際……数学賢者は魔将ネイアン対策に作成した『呪剣』を神秘術で鉄血隊長に送りつけたんだからな」


 『呪剣』――あまり聞き慣れない言葉ですが、これは知っています。剣に神秘術を直接彫り込んたものがそう呼ばれていたそうです。鍛冶で刀身が出来上がるまでの過程に術を彫り込むため、原理は簡単でも加工が極めて難しく、現在の刀鍛冶でこれを再現できた者はいないそうです。


 しかし、そんな剣を以てしても鉄血は負けたというのでしょうか。


「鉄血隊長は、切り札を使ってネイアンを死の寸前まで追い詰めた」


 古傷さんは、こちらを振り向きもしません。

 もしかしたら、古傷さんはもう現在ではなく過去しか見ていないのかもしれません。


「だが、だがな……ネイアンは最後の最後に、自分と隊長の間に支配を受けたローを滑り込ませたんだ。恐らく……恐らくだがネイアンは、隊長にローを斬らせることで、ローの存在を隊長の心からも切り捨てさせたかったんだろうな。実際、ローまで斬ったら隊長の心は壊れちまったかもしれない」


 民を斬り、部下を斬り、最後には恋人までに手をかける。


「だからな……隊長は、躊躇い、斬れなかったんだ。そのままでは逆にローに殺されると知っていても、斬れなかった。隊長はあのとき、致命傷を負って死んだんだよ」


 瞬間――ポニーちゃんの意識が不意に、夢に沈みました。




 = =




『どうして……?』


 少女が、血の海に沈む騎士を見下ろし、心底理解できない表情でしゃがみ込む。

 可憐で、妖艶で、色白で、しかし長い髪だけは鮮血のように赤い少女だ。


『人類の為に敵になった相手はみんな斬るって言ってたじゃない。どんな罠にも屈しないって言ってたじゃない。だったら斬り捨てる筈でしょ? ローは強く設定したけど、今のあの瞬間ならあなたの方が早くローを殺せた筈よ。そう分かっていた筈よ』

『――』


 鉄血は答えない。

 答えられない。

 そこにはもう、生命がないから。


『どうしてなの? こんなに貴方の事が欲しいのに。貴方に恋焦がれているのに。人類存続という貴方の信念を曲げてまで、この肉人形になった女がそれほど恋しいの!? 死を以てして別てない想いなんて……どうすれば曲げられるのよッ!?』

『――』


 少女は不意に、その傍に無表情で立っている女、ローの顔に手を伸ばし、爪でバラバラに引き裂いた。べしゃべしゃと音を立てて顔だったものが落ち、遅れて切り裂かれた髪がはらはら落ちた。

 自分で手を下せば結果は変わったのか。変わらなかったのか。答えを自らの選択で永遠に失った少女は、もう何もかもがどうでもいいように呆けた顔で空を見上げた。


 しかし、その顔に不意に、表情が生まれる。


『ああ、そっか。幸せの定義が違うんだ』


 それは、少しひねくれたクイズの正解を見つけたような笑顔だった。


『相思相愛は鉄血の愛ではない。鉄血の愛は自己犠牲の愛なんだ。なんだなんだ! そうなんだ!! だったら出来る、私にも出来るっ!!』


 少女の体が崩れ、崩れた場所から夥しい濁流のような鮮血が大地に流れ落ちる。鮮血が触れた場所からはありとあらゆる水分が瞬時に吸い取られ、草木が朽ちていく。遠くに一人の人間が走って遠ざかるのが見えたが、もはやそれは興味の外だった。


『私の中の全ての命を捧げて、鉄血を作る。いいえ、鉄血はもういない。だから鉄血と私を混ぜ合わせて、新しい命を作ろう!! 新しい命の中で鉄血と私は生きる! 死を前にしても決して別たれない、あの女にも邪魔されない、究極の愛の結晶っ!!』


 もはや元の形など完全に崩壊し、血液しか存在しなくなった赤い世界。

 その赤が余すことなく全て、倒れ伏した鉄血の血溜まりに殺到していく。


『ああ、ああ! 私は貴方になる! 貴方は私になる! 私という心を形成する殻が砕けたとしても、それは愛だから――私と鉄血の愛はここに完成するのっ!!』


 全てが沈み、赤以外の何一つ見えなくなった世界の中で、恍惚に溺れる少女の甘い声だけが響き渡った。





 やがて、撒き散らされた膨大な血液がスライム状の一つの血の塊になり、全ての声が途絶えた。


 スライム状の何かは不規則な変形を繰り返しながらゆっくりと人間のようなシルエットになり――そこで。


「そこで」


 『それ』は。


「俺は」


 あの血の海に沈みながら死んだ瞬間のまま原型を留めていた、鉄血の死体を――。


「俺は……『俺を見た』。俺はそれを、俺の顔だと思った。それの形になるべきだと思い、取り込み、調べ、ゆっくりとゆっくりと時間をかけて――俺は鉄血の形になった、んだ……!」


 ――いつの間にか夢が現実に引き戻されていました。


 そしてポニーちゃんの横には、重戦士さんがいました。


「そうだ。お前は、お前の正体は――ネイアンの変生体だ」


 重戦士という名の、魔将が。 

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