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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
八章 受付嬢ちゃんを!

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56.受付嬢ちゃんを守りたい

「まさかこの死に果てた大地にオアシスとはな……今時の若ぇのは何考えてるか分からん」


 多分案内までに「草一本生えない死の大地だ」とか雰囲気たっぷりに説明していたのであろう古傷さんは、ポニーちゃんたちのキャンプ地に軽い眩暈を覚えているようです。冷静に考えたら一夜で緑化なんて環境学者を嘲笑うトンデモ技術ですので、無理もありません。

 小麦さんは微妙な顔で、荒涼たる大地と青々とした緑地を見比べます。


「なんというか、廃墟感とか荒涼とした感じとか、そういう儚い印象を逐一この緑がブチ壊していきますね」


 小麦さんとは対照的に、水槍学士さんは爛々と輝く瞳で大地にしゃがみこみます。


「す、凄い! 術による防塵を抜きにしても、地面が適度な湿り気を帯びたふかふかなものになっているッ! あ、あとで一体どんな方法で大地を緑化したのかぜひ問い質さねば……! これはロータ・ロバリーの歴史が変わるぞぉぉぉーーーーー!!」


 到着早々訳の分からないものを見る目をしていた重戦士さん一行に、集団の代表として銀刀くんが簡単な説明を行った結果、ポニーちゃんたちと重戦士さんたちは合流を果たしています。皆さんの連れてきた馬は水を飲んで草を齧って存分に休んでいます。

 というか、現在進行形で桜さんが馬蔵を作ってどんどん環境が整えられています。馬の飲む水用に水路まで引いて飲み水と分ける徹底っぷりです。


 で、それはいいのですが重戦士さん。


「……なんだ」


 心なしか、いつもよりポニーちゃんと距離が近くないでしょうか。


「……魔将に干渉されたなどと聞かされて、心配にならない訳がないだろう」


 若干の棘があるのに優しさしか詰まっていない解答に、ポニーちゃんはいたたまれなくなって目を逸らしました。いえ、ポニーちゃんは今回は何もしていないのですが、何もしなくとも厄介ごとに巻き込まれて心配をかけてしまったのは事実です。


「お前は、意地でも俺に約束を守らせない気か?」


 そこを突かれると非常に痛く心苦しいのですが……そう言われてもですね。今回ばかりはポニーちゃんは悪くないと思うのです。押しかけてきて押し付けていったエインフィレモスとかいう不法侵入魔将がポニーちゃんに目を付けたのがいけないのであって、ポニーちゃん自身は本当に何もしていないのです。


「……とにかく、もう自分を守ってくれる相手から離れるな。俺が安心できん」

「その心配も、用事が終われば問題なくなるだろ。多分な」


 緑のオアシスから離れて古傷さんがやってきます。


「そろそろ、語らせて貰う。30年も溜め込んだ秘密をな……」


 ――ポニーちゃんは受付嬢として時々、「この人はもう帰ってこない」と確信する瞬間があります。


 因縁の魔物と決着を付けたい、戦士として現役を全うしたい、行方不明の仲間を何が何でも助けたい――決して引けない理由を持ち、そして目的をやり遂げたか否かにかわらず二度と戻ってくることはない。そんな冒険者が纏う、言葉に出来ない気配。

 人によっては『死神に憑かれた』と表現するそれを、ポニーちゃんは別の言葉で呼んでいます。


 「死相」。


 殆ど無意識に、ポニーちゃんは古傷さんに問いました。


 ―― 一角娘ちゃんはどうするのですか?


 一角娘ちゃんは古傷さんの娘さんだと言う話を、少し前にポニーちゃんは聞いていました。実際には血の繋がりは殆どない親戚で、親族が病死したことで遠縁の古傷さんに面倒を見てもらう事になったそうです。

 古傷さんが趣味で経営する宿、『泡沫の枕』の従業員として超巨大迷宮リメインズ組の世話も焼いていたとか。


 元々ギルドの町にあった宿『泡沫の枕』は、重戦士さんがあの町に引っ越すに際して古傷さんの計らいで資金を出し、古傷さんの代理人として一角娘ちゃんが切り盛りしつつ重戦士さんを出迎える為の場所だったそうです。


 再会したときは仕事中だったので余り言えなかったけれど、自慢の父なんです、と宿ではにかんでいた彼女の顔が、今では心をざわめかせます。


「――それは、お前さんの気にすることじゃないな」


 一瞬の沈黙ののち、古傷さんはこちらの顔も見ずにぶっきらぼうにそう言い放ちました。それが意味するところを理解しきれないポニーちゃんは、それだけ重大な過去を語るのだろうと自分を納得させることしかできませんでした。




 = =




「……英雄、『鉄血』の物語は、その多くが事実に裏付けられている。だが、全てがそうではない。そしてこの事件の裏に、王国がひた隠しにするもう一つの物語が存在したことを知る者は、殆どいない」


 『鉄血』の墓標を見つめながら古傷さんはまるで独り言のように語り始めました。


 この場にいるのは重戦士さん、小麦さん、水槍学士さん、銀刀くん、そしてポニーちゃんです。他の面子は古傷さんに「後で当事者から聞いてくれ」と遠ざけましたが、桜さんは恐らく音を拾う神秘術で内容を盗み聞きしているでしょう。雪兎ちゃんもいつのまにか兎耳を生やし、ぴこぴこ動かしています。桜さん曰く兎肉を食べた影響らしいですが、正直可愛すぎて堪らないです。


 古傷さんの情報を純粋に聞きたいのは前三名。

 銀刀くんは「事実確認」だそうで、ポニーちゃんに関してはエインフィレモスの言い様から必要な存在なのだろうと仮定していることを許可されています。軽業師ちゃんとタレ耳ちゃんは護衛をしようとしましたが、渋々引き下がってくれました。


「大戦末期……俺は鉄血の部隊の古株として最終決戦に臨んでいた。勝ち目がねえのに負けは許されねぇ。人間の命がゴミみてぇに吹き飛んでいく。英傑の誰か一人でも敗北すれば全てが覆される人類存亡を賭した一戦……その戦局がなんとか人類側に傾いた頃、あの報告が飛び込んできた」

「魔将が鉄血の恋人がいる村を襲撃した、という奴か」

「厳密には違う。そういう情報があるから後方にあった『研究砦』……数学賢者の管理していた砦に問い合わせたところ、何故か通信が途絶してるって報告があった」

「研究砦……聞いたことがあります」


 聞き覚えのないワードを水槍学士さんが難しい顔で補足します。


「天空都市に住まうゼオムでありながら地上の人類に協力し、現代神秘術の父と呼ばれる偉大な術士、数学賢者殿……彼の人物は神秘術や神秘道具など、人類を勝利させるために様々な研究を行っており、その研究所こそ研究砦だと。情報漏洩を避けるために場所は今なお機密扱いと言われていましたが……」

「偶然にも、高木の村の近くにあったんだよ」


 言われてポニーちゃんは夢の内容を思い出します。

 夢の中の鉄血が確か、恋人に危なくなったら数学賢者のいるギルド拠点へ逃げろ、と言っていました。


 その話をすると、古傷さんの肩がぴくりと動きました。


「……研究砦は元はギルドの拠点だったものを数学賢者が砦に改造したモンだ。元は研究所でも砦でもなかった。そのことを知ってるってことは、例のエインフィレモスとかいう奴が見せた夢は相当なもんだ」


 とりあえず、ポニーちゃんの夢の記憶の正確性がだいぶ増したようです。


「数学賢者は英傑と並び称される偉大な人物だ。そんな人が管理する砦で、しかも万一に備えてそこにゃ英傑クラスの戦士が一人常駐していた。万一人類が敗北したときに、人類を生き残らせるための箱舟でもあったんだ。当然場所や中身を魔将に知られるなんて論外だ」


 小麦さんが、いつになく真剣な表情で問います。

 もしかしたらこの場の誰よりも、それを知りたかったかのようです。


「そんな重要拠点の通信が途絶える。これはおかしい、確認が必要だとなった訳ですね?」

「そうさ……幸いそのタイミングで人間側の戦線が一気に押し上がってた。『鉄血』と、鉄血が直接率いる斬り込み部隊だけなら抜けてもなんとか穴埋めができた。俺達は必死に馬を走らせて、尻の痛みも喉の渇きも忘れてひたすらに戦場の外へ駆け抜けた……その先に地獄が待ってるとも知らず」

「何が……」

「村に出現した魔将の名は、ネイアン……自らをそう名乗っていた」


 そこは演劇でも語られています。実際にどんな魔物だったかは諸説あり、演劇場のシナリオによって色々と違いはあれど女性型だった部分は共通です。


「ネイアンは以前から確認されていた魔将だった。アレは自らの血を刃に変えて斬撃や刺突を放つが、相手を殺さない。何故なら、刺した相手を意のままに操れるからだ。当人は適当に手を出して手勢が増えれば高みの見物。味方を殺せず躊躇った兵士は次々傀儡に殺され、その兵士もネイアンの支配下に置かれていく……一度侵されれば、ネイアンの支配からは絶対に逃れられない。しかも当人が魔将だけあって桁違いの強さ……悪夢だったよ」

「それで鉄血の部隊は壊滅したの……? 鉄血の婚約者もその時に?」

「少し違う。だが、結果は一緒か。ネイアンにとっちゃローお嬢は邪魔の極みだったろうよ。何せ自分の想い人の婚約者だからな」

「……は?」


 今、ちょっと理解の追い付かない言葉が出た気がします。

 想い人とは、もしや話の流れからして鉄血のことなのでしょうか。

 魔将が、人を。想い人。

 意味は分かりますが頭の中で話が繋がりません。

 と、銀刀くんが補足説明をしました。


「ネイアンは何度か鉄血と衝突している。鉄血自身、激しい戦いの中でネイアンに傷をつけられ、支配の対象となった。ところがネイアンは鉄血を能力で支配しようとしなかった……ネイアンは支配とは違う形で鉄血を自分に惚れさせたかった、らしい。最初はもっと人を外れた姿だったが、鉄血に襲撃を仕掛けるたびに段々とマギムのような女に近づいていったと資料にあった。能力で惚れたよう振舞わせるのでは虚しいとかも言ってたらしい」


 好きな人に好かれる為に容姿に気を遣う。

 結果ではなく過程に拘り、理屈より感情を優先させる。

 ポニーちゃんが抱いた感想を代弁するように、水槍学士さんが茫然と呟きます。


「それは……それではまるで、本当に恋する少女のようではないですか」


 理不尽と恐怖の対象である筈の魔将が――恋をしていた。

 にわかには受け入れ難く、理解に苦しむことです。

 人類を滅亡させんとする魔物でも最上位、国を滅ぼす程の埒外の暴力と理不尽の塊。そんな魔将にそこまで人間的な思想があったこともですが、よりにもよって人間を虐殺しながら恋した相手だけ操らないなんて、そんな事は戦術的ではありません。

 古傷さんは気分が悪そうにフンと鼻を鳴らしました。


「理屈で考えりゃ無駄な事だ。だからこそ恋なんだろうよ。実際、最後になると能力使わなきゃ人間とあまり見分けはつかなかった……話が逸れたな」


 そこから始まるのは、まさに地獄の戦いです。


「村人は例外なく全員ネイアンの支配下。しかもその日のネイアンは今日こそ本気で鉄血隊長を手に入れようとしていた。村人はネイアンの血によって半ば魔物化し、俺達は見知った人々の面影と声のする人々を殺さなきゃならなくなった」

「魔物化したら、人格はどうなる?」

「正気が残ったような言動のまま、動きだけは全く自己制御できずに人を襲っていた。人格はそのままだったのかもしれんが、そう振舞わせただけかもしれん。今更答えが出はしない」


 ――ということは、まさか。


「鉄血は他の全ての村人と、負傷してネイアンの支配下に置かれた部下を泣きながら全員斬り殺した。殺した連中の血が全てネイアンに吸収され、奴は更に強くなった。そして――隊長の恋人、ローはネイアンに過剰に血を注がれたことで、ネイアンの最強のしもべと化していた」


 それが悪夢であるならば、早く醒めてほしい。

 そう思えるほどの、最悪の中の最悪。

 これほどの不条理が何故この身に降りかかるのかと、鉄血は嘆いたのではないでしょうか。それでも彼は――。


「鉄血は、ローを殺したのか」


 端的に。

 重戦士さんは、問いました、


「――いいや」


 古傷さんの答えは、否定。


「お前が殺したのか」

「いいや」

「ではローは、生きているのか……?」

「死んだよ、疑いようもなくな」


 ポニーちゃんの想像した最悪とは違った、しかし要領を得ない解答。


「勝負はな、重戦士……ネイアンが勝ったんだよ」


 三十年の時を経て、事実が逆転した瞬間でした。

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