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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
八章 受付嬢ちゃんを!

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55.受付嬢ちゃんを困惑させる

 ――夢を見る。


 ここではないどこか。

 遠く、近い、セピア色の断章。

 見覚えのない憧憬――未知と既知の混ざり合う、不可思議な感覚。


『第二師団壊滅!! 鷹将軍が戦死なさいましたッ!!』

『北方戦略区域にて『神腕』と魔将が激突ッ!! もはや割って入れませんッ!!』

『中央で『慈母将軍』が魔将との戦闘に勝利ッ!! 魔将に勝利ッ!!』

『今をおいて他に命を賭する瞬間なしッ!! 攻めよ、攻めよッ!! 幾千幾万の兵たちよッ!! 我らの背中に続くであろう幾億幾兆の未来の為にッ!!』

『人間に……栄光あれぇぇええぇぇぇッ!!』


 怒号、悲鳴、剣戟、地鳴。

 舞い起こる疾風、砂塵、火焔、霹靂、氷塊、閃光。

 血で血を洗い、肉が弾け骨が砕け、魔と人が激突する。


 戦争――目を覆いたくなる、凄惨な戦争。


 遠くで雷鳴が響き、鉄鉱国の陸上戦艦が次々に赤黒い煙を上げた。


『ロスアンゲルス級一番艦から三番艦までが轟沈ッ!!』

『そちらはアサシンギルドが対応する。貴殿らは戦線を押し返せ』

『氷国連合はまだ戦線に到着せんのかッ!!』

『東方の山中で敵魔物集団と遭遇し、戦闘に突入したとのことですッ!!』

『急がせろッ!! 我等人間には今しか……此処しかないのだァッ!!』


 悪夢のような暴力と殺戮の中、一際鮮烈に戦う騎士。

 そのマントはあちこちが破れ、焼け落ち、もはやマントの体を為していない。それでも男はお構いなしに大剣を掲げ、迫りくる魔物を次々に両断していく。男に続くように雄叫びを上げる兵士たちの手で魔物は数を少しずつ減らしていき、やがて部隊は厚い魔物の層に穴をあけ、一気呵成に攻め立ててゆく。


『これで……なんとか、保つ筈だ……!』

『氷国連合が敵集団を突破しましたッ!!』


 伝令と同じく、白球のような神秘術が大量に敵陣に降り注ぎ、命中した場所から情報に巨大な氷柱がせり上がった。巻き込まれた魔物は例外なく氷漬けになり、次の瞬間に氷諸共砕け散った。


 更に、先ほど戦艦の撃沈された場所より後方から、目にも止まらぬ速度の砲弾が敵陣に降り注ぎ、爆音と共に魔物を肉塊へと変貌させてゆく。


『大砲王の超弩級陸上戦闘母艦『ディロイトス級』が到着ッ!! 艦砲射撃による支援を開始しましたッ!!』

『おおっ、天は……女神エレミアはまだ我らを見捨てておられなかったッ!!』

『隊長ッ!! 鉄血隊長ッ!!』

『ああ、勝てるさ。この戦いに勝って凱旋するのだッ!!』


 勇ましく剣を翳す見覚えのある男の勇姿に、胸を打たれる。

 自分たちの存在する現在が、勇猛な戦士によって切り拓かれた末に許された道であることを思うと、何故だか高ぶりを感じてしまう。


 しかし、同時に、歴史とは残酷なものだ。


『――隊長ぉッ!! まっ、魔将がッ!! 魔将が……高木の森方向に単独で移動したと報告がッ!! 『数学賢者』のいる研究砦に確認を取っていますが、通信が途絶していますッ!!』

『な……なんだとッ!?』


 運命は捻じ曲がり、狂っていく。

 魔将討伐という大義名分を理由に、あと少しで勝てる戦いに背を向け、英雄は己の最愛の恋人の下へと馬を走らせる。

 

 夢は、そこで醒めた。

 寝ている間に様子がおかしくなかったか問うと、魘されても苦しんでもいなかった、と、少女たちは言った。




 = =




 桜さんの謎が明かされた翌日の朝――。


「謎が解けた感じがしないのは私だけかしら」

「異議なし」


 碧射手ちゃんの言葉に、桜さんが真っ先に同意しました。


「桜がちょくちょく『異世界』って言葉使ってたのがね、引っかかるの。煙草も神秘道具もいっそ異質なまでに高度な技術が使われてるし。その辺はどうなの、桜?」

「うむ、よくぞ聞いてくれた。色々と考えたんだが、俺のいた国がこの世界のどこかに存在するとはどうしても思えないんだ」


 ちなみにゴールドさんと雪兎ちゃんは外で遊んでおり、銀刀くんは興味がないのかまだ寝ています。軽業師ちゃんは桜さんと付き合いが薄いせいか法螺吹きだと思っているようで、氷の家に籠っています。


「まずな、俺の世界の神秘道具はそもそも神秘術使ってない純粋な加工品なんだよ。というか俺のいた場所に神秘術はない。術の類は一般的に魔法と呼ばれ、おとぎ話や幻想文学でしか存在しない代物だ」

「……」

「……」


 黙って話を聞いてはいるものの、全員が「コイツ頭大丈夫かな」みたいな視線を送っています。神秘術が高度化したのは近年の事でしたが、神秘の概念や運用は常に人類と共にありました。古代文明の多くが神秘を応用していることから鑑みて、神秘の存在がないというのは「俺の国には空気がないんだ」とか言っているようなものです。


 しかし仮定であっても真実であることを前提にしなければ話の腰を折ってしまいます。とりあえずこの話を進めるかどうかの権限がしれっとポニーちゃんに集まっている事を周囲のチラチラとした視線が物語っているので、先を促します。


「神秘術はなくても、俺のいた場所の文明は機械……こっちじゃマキーネだな。それを用いた加工や情報のやり取り、移動を行う文明が発達してるから、生活とかそこまで困らないんだ。あと、あっちにゃそもそも魔物がいない。だから戦いとなると基本は異なる国の人間同士とか、異なる思想の集団同士になる」

「地獄じゃない」


 翠魔女さんが嫌そうな顔をします。

 魔物との戦いの歴史を繰り返した人類も幾度かは人同士で激突が起きましたが、その末路は常に悲惨なものでした。人間同士の戦いはロータ・ロバリーでは一種のタブーのような認識があります。


「ジッサイジゴク。具体的には歴王国がいっぱいある感じ。権利を主張したり自分ルール適応したりこっそり実効支配しようとしたり、女神の崇め方を大義に掲げて殺しまくったり国内の悪人同士で潰し合ったり。なお、大体において一般人が巻き添え食って死ぬし、逆にそれ狙ってる奴もいる」

「うわぁ」


 翠魔女さんがもっと嫌そうな声を出しました。

 歴王国は歴史が長く文明的にも優れていますが、その分やらかしの量も膨大な国です。何を隠そう歴史上の大規模な人間同士の激突は殆どが歴王国のやらかしなのです。今でこそ超国家条約によって一国としてのポジションですが、歴史を振り返ると侵略戦争に植民地支配、環境破壊に条約の一方的破棄など他の国では聞いたこともない悪事を働いて来ています。


 そんな国が複数存在したら、人間同士の戦争も起きるでしょう。

 おまけに、口ぶりからして異端宗派のような存在も少なくはないと思われます。

 正道なき狂気の世界です。


「価値観の相違だな。こっちだと魔物の脅威で常に人の命が失われてるが、あっちにはそれがないから人間が際限なく増える。膨れ上がった人間の命から価値が抜け落ちていくから戦争、テロ、内紛になる訳だ。俺の国も今でこそ戦争には参加してないが、酷いときはだいぶやらかしたらしい」 

迎撃機械オプスマキーネみたいなのを引き連れて人間同士で斬り合いを……?」

「少し違うな……斬り合いしてたのは昔の話。今は数銃みたいなのを撃ち合うのがよく知られた戦い方だ。迎撃機械オプスマキーネみたいなのはあっちじゃまだ作れないから、人間が乗り込むマキーネを使う。鉄鉱国の戦艦みたいなのの方が近い。ま、その辺は細かく話すと長いからこの辺にさせてくれや」


 確かに、少々脱線しました。

 しかし、今聞いた時点で既に、桜さんのいた場所はこのロータ・ロバリーの文明とどこか決定的に異なる歩みをしていることは漠然と感じ取れます。


「そもそも俺らの所じゃ未発見の島とか存在しない。遠見の術の凄い版みたいなことができる機械を空高く飛ばしてるから、地表にあるものは割と何でも発見できる。星の裏側の人間と会話なんて大して難しくもない。こっちに比べて圧倒的に情報の伝達と拡散が速いから『冒険』が既にあまりないんだよ」


 未発見未開拓の場所が少なく、魔物がいないから土地を拓くのに危険性が圧倒的に少ない。そんな世界であるならば、確かに冒険者の需要は激減するでしょう。いえ、将来的には消滅するかもしれません。


 冒険者という職業の需要が高いのは、魔物がうろつく『外』という空間にしかないものが非常に多いからです。そして『外』の概念は危険性を払拭することで少しずつ『中』へと変わります。

 であるならば、危険性の低い『外』は『中』との区分が曖昧になります。冒険者が戦う必要が減り、必要なものを手に入れる場所への道は拓かれ、最後には専門知識を持つ者が冒険者である必要性そのものが消えます。

 半ば独り言のように呟いた言葉に、タレ耳ちゃんが反応します。


「疑問。その社会では冒険者は存在しないのか?」

「地下とかは実際に行かないと探れないし、見つけただけで行ってはいない場合もあるから、いるにはいる。ただし超少数だな。そもそも戦闘能力求められないし。俺はむしろこっちに来てから冒険者たちの戦闘能力の高さにドン引きしたぞ。ポニーも言ってたが、魔物の存在の有無がデカイんだろうな」

 

 未だに信じられない気持ちはぬぐえませんが、桜さんの語る世界は絵空事と呼ぶには破綻がありません。ロータ・ロバリーの一般常識をすっ飛ばして考えれば、成立しうるだけの距離の近さは感じます。


 では仮に、実際にそのような国――いえ、世界が存在するとします。

 とすると、端的に最大の疑問が発生します。

 桜さんは一体どういう経緯でここに来たのでしょうか?


「そこがナゾなんだ。少なくとも俺の国には異世界に跳ぶ技術なんて空想の中でしか存在しない。というか、俺がこっちの世界を暫く信じられなかった。俺はこれから、ここが俺の世界からして何処で、どういう経緯で飛ばされたのか調べていこうと思っている」


 話に耳をそばだて熟考していた翠魔女さんが、口を開きました。


「異なる法則の下に成り立つ世界……だから異世界、か」

「俺は少なくとも今のところ、そう認識してます」

「……あなたの意識が確かなものであるのならば、ここに来る前に聞こえた『声』が最も怪しいわね。異変が起きたのはその直後……トリガーであると考えるのは自然なこと。世界の壁さえ超えて届く声、ね……女神エレミア様くらいしか思いつかないわ」


 成程、どうやら桜さんはこれから神の証明をしなければいけないようです。

 古往今来、天上におわします女神のご尊顔を拝んだ人も、存在を物理的に証明した人もいません。一応お告げを聞いた人がエレミア教開祖とされており、ポニーちゃんも存在を疑ったことはありません。エレミア教の教えは人間の基本的道徳を説く素晴らしいものです。


 しかし、「神が桜をこの世界に呼んだかどうか証明せよ」というのは途轍もない無茶ぶりではないでしょうか。この世で最も敬虔な信者である教皇様でさえ声を聞く「かもしれない」が精一杯の存在です。一個人が神の意志を確かめる術などあるのでしょうか。


 それを口にすると、桜さんは「そこなんだよなぁ」と呟き、空を見上げました。


「イカロスとなるか、ガガーリンとなるか……どっちも嫌な話だぜ」


 その言葉の意味を問うより早く、地平の彼方から立ち昇る砂煙が見えました。


「……重戦士ご一行の到着だ。話はこの件が終わってからにしよう」


 もし神の証明方法を後で相談されたらどうしましょう。

 いくら受付嬢でも神学は嗜む程度しか知りません。

 帰ったら一度エレミア教聖書を読み返そうと決心するポニーちゃんでした。

桜の疑問:女神エレミア

不思議っちゃあ不思議なんだよなぁ。俺の知ってる神話の存在って言えば多神だったり、そうでなくとも御使い的な存在、対応する悪とかが居そうなものなんだけど、エレミア教の聖書って基本は女神エレミアとそのお告げを受けた人しか出てこないんだよ。

土着神とかいないでもないみたいだけど、個人的には単一の神が表立って教義上の敵も作らず、腐敗もそんなにないまま存続してるってのがな……。おれ吃驚したんだけど、教義の上では魔物は敵とは書いてないんだぜ。魔物との戦いは宗教上はあくまで自己防衛なんだってさ。ゴールドが宗教詳しくてマジ助かる。

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