53.受付嬢ちゃんでもキャンプは出来る
高木の村の跡地は、ポニーちゃんが思っていた以上に朽ち果てた場所でした。
名前からして嘗ては緑に溢れ、高い木々が鬱蒼と茂っていたのでしょう。しかしそんな過去が想像できないほどに、この場所には生命の息吹が感じられません。罅割れた硬い土、もしかしたら嘗ては木だったのかもしれない朽ちた何か。建物の痕跡であるレンガは多少見当たりますが、ひどく風化しています。
ゴールドさんが茫然と周囲を見渡します。
「なんだこれは……それなりに大陸を旅したけど、これほどまでに朽ちた場所は見たことがない……!」
赤槍士さんはしゃがみこみ、土を触るや否や険しい顔で唸ります。
「ひでぇなこりゃ。土というより、土の残りカスだ。救荒作物も……いや、ぺんぺん草ですら育たねぇよ」
「ああ、土地が荒れすぎて耳までおかしくなってきた。赤槍士が救荒作物なんて難しい言葉を知ってる訳ないのになぁ」
「ウッセーなコラぁ!! おっさんに本読めって色々押し付けられたからそこまで馬鹿じゃねーんだよ」
「へぇ、いい人に出会ったじゃないか。ま、口うるさく言われているうちが華さ。精々言う事をしっかり聞いておくんだね」
「ふんだ! お前に言われることじゃねーよ!!」
こんな場所に来ても未だにこの二人は仲がいいです。
それにしても、二人の言う通り雑草さえ見当たらないこの光景は異常です。
建物らしいものの跡もちらほらありますが、木製だったと思われる柱や壁は触るとクッキーのように脆く崩れます。風が吹くたびに粉塵が舞い上がりますが、翠魔女さんが神秘術で弾いているので吸い込むことはありません。
「このまま周辺に鎮塵の数列を敷くわ。これで暫くは呼吸に問題ない筈だけど、長期間いるべき場所ではないわね。私は平気だけど、この塵の量は喉や目をやられるわ」
「その辺の事はアイツがどうにかする気みたいだぞ」
気のない顔で二代目銀刀くんが指さす先には、自重を捨てた桜さんがまたあの板切れを弄っています。
「荒れ地の緑化とか漫画か緑化運動してるおっさんの特別講義くらいでしか聞いたことねーんだけどな。えーと、恒常的に水を流す川とか、草木が育つには保水性の高い粘土質の土とか? そもそも植物の種がいるけど、成長させるだけなら術で促せるらしいな。塩害ってどうやって取り除くんだっけ……水源は……いっそ雨降らせるか? あーでも、ここで雨降らせると周辺地域で雨降らなくなるとかありそう。地下水脈くみ上げるのにクリスタルコンデンサと……スヴァル神殿から種パクって……あんまり大規模にやるとキリなくなるから、オアシス的なのにしとくか。防風林をピックアップして、町の景観や墓地まで手ぇ回すのは当事者の話を聞いてからにして、町跡地の外れの方で試験的にやったるか」
ゴールドさんの言う変な癖が出てきたのか、全く何を言っているのか理解できません。碧射手ちゃんと雪兎ちゃんは顔を合わせてちんぷんかんぷんだという顔をしていますが、桜さんはおかまいなしだと言わんばかりに町の外れに歩いて凄い勢いで術の行使を始めました。
「というか、さっきクリスタルコンデンサとスヴァル神殿の種パクるとか聞こえたんだけど。桜? まさか我が母国の財産をパクる気かい!?」
「コンデンサは故障で廃棄予定の奴を空間捻じ曲げで貰い受けてこっちで弄るからいいだろ。神殿だって見た所オートメーションで増えてるから多少減ってもいいだろ。ついでに地面に栄養やるために下水から栄養分抽出して堆肥替わりにさせてもらう。いやー歴王国は素材の宝庫だぜぇ!!」
「……ホドホドにしてくれよ、本当に」
とってもいい顔で滅茶苦茶な事をのたまう桜さんが作業を初めて三十分。
見る見るうちに周囲の地形が変わり、水が噴き出して泉になり、草木が生えて防風林が立ち並び、丁度ポニーちゃん一行がキャンプをするのに不自由しないオアシスが完成しました。ちょっとした村が建ちそうな規模です。
「ふぅ、こんなもんか。さぁ雪兎、テント立てるぞ!!」
「えいえいおー!」
確かに神秘術は理論上地形を変えるくらいは出来るし、植物の成長を促すことも出来ます。しかし、桜さんのやったそれは恐らく百人規模の術者が相応の年月をかけなければ不可能なまでの殺人的数列処理です。
もはや能力の程度がどうとかいう問題ではありません。
ハチャメチャのメチャクチャです。
雪兎ちゃんより余程謎人間です。
周囲は既に驚きすぎて表情筋が死んでいます。
銀刀くんは呆れ顔、翠魔女さんは「師匠面してた自分が恥ずかしい……」と顔を押さえて蹲っています。どうやら翠魔女さんを以てして、この神秘術の嵐はこなせる自信のないものだったようです。地上最強術士種族たるゼオム以上とか普通に考えて頭おかしいです。
しかし、分かったこともあります。
どうやら彼が神秘数列を使うための主な媒体は、煙管ではなくあの板切れのようです。思えば今までも幾度か見たことのあるそれが如何なる神秘道具なのかは不明ですが、恐らくは彼しか扱うことのできない類のものなのでしょう。
恐らく、アレが力のかなめ。そして力のかなめが周囲に知れれば、必然的にあの板切れを手に入れれば同じ事が出来ると考える人は出てきます。そういった争いを避け、能力が低い存在であるように擬態することが、桜さんなりの自己防衛手段だったのかもしれません。
つまり、それを見せていいと思える程度には、ポニーちゃんたちも信頼されたということでしょうか。
それだけは、悪い気はしませんでした。
それからはしゃぐ雪兎ちゃんと一緒にテントを設営したり、軽業師ちゃんが思いのほか暑いと術で氷の家を建てたり、少々の和やかな時間が過ぎた後のこと。
「一応、俺の身の上話を聞いてくれないか」
テント設営後の食事が終わった頃、星空を見上げていた桜さんがそんなことを言いだしました。口にはいつもの煙管と違い、見たことのない紙の筒を咥えています。赤槍士ちゃんが未だに売っているマッチを慣れた手つきで擦り、紙の先に火をつける。
すぅ、と吸い込み、ふぅ、と吐き出した煙が上に登っていきます。
微かに風の神秘術を使って周囲に煙が散らないように調整しているようです。
「ああクソ、やっぱり美味ぇな煙草……禁煙してたんだけどいざ吸うと味わっちまう」
「タバコ? その紙の筒が?」
「こっちじゃ紙煙草がなくてよ……しかも元々売ってる煙草もマズイの何の。美味いの吸おうとするとアホみたいに値段高くて、仕方ないからハーブで誤魔化してたのさ。ほれ」
小さな箱から同じ紙の筒を取り出した桜さんが、ピンとそれを飛ばします。キャッチした碧射手ちゃんがまじまじと見つめ、嘆息します。
「すごい……ギルドの紙より質の高い、荒さのまったくない滑らかな紙……手前のこれはスポンジのようなもの? いえ、これは恐らく吸う際に煙の成分を抑えて吸いやすくするためのものかしら? 中に詰まっているのが煙草の葉ね。加工技術もさることながら煙草を嗜むために計算され尽くしている……貴族への献上品か何かなの?」
「俺もロータ・ロバリーに来てからそう思ったよ。でも残念、俺の故郷じゃポケットマネーで普通に買える。大量生産品なんだ」
「たいりょ……さ、桜? 冗談よね」
「大マジだけど。そこを喋りたいのさ」
煙草の先端が灰になって落ちるのを灰皿で受け止め、桜さんは語ります。
それは、本人曰く「異世界デビュー失敗事件」という、悲しいお話でした。




