51.受付嬢ちゃんでいたいけど
銀刀くんが「夜にまた来る」と言い残して去ったのち、その場の面子がテーブルを囲って話を始めました。当然その内容は、今後どうするかです。
「口だけだが言っておく。俺、反対」
「はんたい」
開口一番、桜さんと雪兎ちゃんがジトっとした目で言い放ちました。
まだ何も言ってないですけど、というと、桜さんはやれやれと首を横に振ります。雪兎ちゃんも真似してやれやれと首を横に振りました。ここ数日で雪兎ちゃんは感情や動作まで意味を理解して模倣するようになってきています。とても可愛いです。
「今から重戦士の所に行こうって思ってんだろ。そう思う事も行動することも俺に止める権利はないけどな。これは完全に自分から危ないことに首突っ込もうとしてるってことだから、それをウンとは頷けねぇよ」
「うなづけねーよ」
「雪兎、言葉遣いに気を付けなさい」
「うなづけません!」
「よろしい」
「えへへ。いいこいいこしてー♪」
褒めてほしそうに頭を差し出す雪兎ちゃんとそれを撫でる桜さん。親子のコミュニケーション学習のダシにされた感がありますが、雪兎ちゃんが可愛いので許しましょう。
一応他の面子の顔色も見ます。
まずゴールドさんは、難しい顔で反対しました。
「頭が固いと言われるかもしれないけど、自分で魔将を名乗った存在の思惑に乗るってことだろ? 今まで魔将に幾つの国が滅ぼされ、家々が破壊され、焼き払われたのかを考えればね。銀刀は人類滅亡が魔将の目的ではないとは言ったが、俺としては反対としか言えないよ」
歴王国の大貴族の息子として、戦士として、人類の一人として、ここを譲るのは確かに難しいを通り越して無茶です。一方で隣の赤槍士さんはあっけらかんとしています。
「でも、起きることは結局起きるって話だったろ? 今更抵抗したってどうしようもねーんなら、こっちのやりたい選択するってのも有りなんじゃねーの?」
消極的賛成が一票です。
しかし、やはり相手が相手なだけあって、反対意見の方が多くなります。
タレ耳ちゃんは少し怒ったような顔でポニーちゃんの服のすそを掴みました。
「未来の予測など非現実的。相手の思惑に乗る理由もない。無視を推奨する」
「……それも一つの手だけれど、相手に先手を譲らせた時点でこっちの負けが覆らないという事実もある。本当に悔しいけどね」
翠魔女さんは唇を噛み、握った拳の中で爪が皮膚に食い込んでいます。
「あのエインフィレモスとかいう魔物がポニーちゃんに施した術は、任意の夢を見せる術で間違いない。分析してみたけど、これは段階的に発動し、しかも係数がポニーの固有神秘波数と完全一致しているから割り込みも取り除きも不可能。人体に影響がないのは確定だけど、こうなると無視することにリスクがないとも言えない」
「銀刀くんの話だと単に選択を促しているだけにも取れる点については、どうお考えで?」
「……正直に言うとね。重戦士とはそれなりの付き合いだから、困ってるなら助けてやりたい思いがある。あいつと関係する事柄なら、無視して嫌な結末を迎えるのは後味が悪いわ」
論理的思考を心掛ける翠魔女さんが口にする、明確な私情。消極的賛成のようです。ポニーちゃんは翠魔女さんのこういう情深いところが好きです。
「私も重戦士さんには個人的に恩があるので、できれば助力になりたいです」
碧射手ちゃんも賛成に回りました。
軽業師ちゃんはどう思っているのでしょう。
「ぽにぃにこれ以上危険な目に遭って欲しくはない。あの重戦士も好かぬし、どうなろうと構わぬ……と言いたい所じゃが」
閉じていた目を開いた軽業師ちゃんは、忌々しそうにふんす、と鼻を鳴らします。
「決着が着かぬまま勝手に消えられてはアヤツの勝ち逃げではないか。妾はそんな結末は認めぬ。ぽにぃが行くなら妾も行く!」
軽業師ちゃん、貴方も天使ですか。
可愛すぎて鼻の奥から何か出てきそうです。
これで反対四、賛成四。銀刀くんはどことなく行く気っぽいのでポニーちゃんも含めれば六対四で行く派の勝利です。桜さんが言った通り、ポニーちゃんはとうの昔に行く気でした。
何事もなければそれでよし。しかし、もしもポニーちゃんに重戦士さんの未来を少しでも良い方向に変える力があるのであれば――翠魔女さんが言ったように、ポニーちゃんも後悔したくないのです。
それを聞いたその場の皆は、どうしようもなく世話の焼ける人を見たような顔で一斉にため息をつきました。
「重戦士のこと大好きかよ。中立公正なギルドの精神はどこ行ったんだよ」
「年の差何歳カップルになるのかしら」
「どんな困難があろうと男の為に勇気を振り絞る……愛ってヤツだな!」
「ああ、ポニーちゃん。赤槍士は思春期だからあんまり気にしないであげて」
「腫れ物を扱うような言い方でアタシを貶めるのやめろやッ!?」
みんなポニーちゃんと重戦士さんの関係をどんだけ邪推してるんでしょうか。重戦士さんとの関係はそういう浮ついたものではなく――。
「普通のギルド受付嬢は、魔将まで絡んでる話に自分から首突っ込んで行こうとしねーから。業務範囲広げ過ぎなんだよポニーは」
――あう。で、でも桜さん
「あうもでももねーよ。いっそアウトな行為にこっちがデモしたいわ。第一どうやって遠出した重戦士一行を追いかける気だよ。仕事はどうすんの?」
そ、それは銀刀くんがなんとかしてくれる気がします。たぶん。
ぶっちゃけ今のポニーちゃんは職員として当てになりません。
というのも、既にポニーちゃんは性質はどうあれ魔将――人類最大の敵に記憶干渉を受けた身になってしまっているのです。
ギルドからすれば既に今の時点で『ポニーは操られているかもしれない』という、どうしようもないくらい仕事をさせられない存在ということになります。むしろこれ以上の情報漏洩を防止するために特殊刑務所に放り込まれる可能性さえあります。
「……ポニー、ピンチ?」
「ピンチだな。そうか、そういう……でも銀刀ならその辺揉み消せるんじゃ」
そうです。なので、どう足掻いてもポニーちゃんとしては自分より格上の権限を持つ銀刀くんの動向に従うしかないのです。ギルドの人間としてのリスク管理からしても、ポニーちゃんから魔将の術の影響が完全に消えるまでは仕事に復帰は不適切な判断でしょう。
聞き終えた桜さんは目頭を抑えて唸り、やがて顔を上げました。
「ポニーの護衛に着いていくやつ、手を上げろ」
赤槍士さん以外の全員の手が聳え立ちました。赤槍士さんはちょっと迷っていましたが、場の空気に合わせるようにゆっくり手を上げます。
「だから言ったんだよ、口だけ反対って。結局こうなるの見え見えだったし」
煙管に火をつけて大きく煙を吸い込んだ桜さんは、もはや逆に意地でも着いてくような顔をしていました。初対面では胡散臭く怪しい人だと思っていたのに、今では彼に一番心を読まれてしまっていて、なんだか気恥ずかしい反面少しだけ頼もしいポニーちゃんでした。
その日の夜、ポニーちゃんは『溜まりに溜まった有給休暇の消化』という予想外の大義名分を携えて帰ってきた銀刀くんに、魔将の思惑に乗ることを伝えました。そのことを知った銀刀くんは、おまけとばかりに『特殊遠征』というクエスト依頼書を差し出し、付いていくメンバーにサインするよう促しました。
まるで全てを読んでいたような鮮やかな手回しで、ポニーちゃんの遠征計画は完成しました。もしかして銀刀くんは天才なのでしょうか。天才な上に強くてかわいいなんて無敵すぎます。
銀刀くんの采配:町の防衛力
面倒だが、町の戦力を考慮して鉄鉱国の大砲王から一艦と戦闘員を借りて暫くこの町に停泊させる。神腕はいくら腕利きでも一人な上に周囲の被害がバカにならんからな。これで戦力不足は少しの間誤魔化せるだろう。
奴が本気で暴れたら小麦とかいう冒険者の総被害量が一時間で吹っ飛ぶぞ。奴も流石に加減はするだろうが、複数個所からの襲撃ともなると手段を選べん。町は無事でも町の周囲の地形がクレーターだらけだ。




