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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
七章 受付嬢ちゃんで!

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50.受付嬢ちゃんでも不安になる

『お初にお目にかかる、お嬢さん。わたしの名は『エインフィレモス』。人間から見れば魔将ハロルドと呼ばれる存在だ』


 魔将。

 それとの遭遇はすなわち、死を意味します。

 ポニーちゃんの全身が震えあがり、歯ががちがちと鳴ります。

 逃げようにも恐怖で体がまともに動きません。


「彼女に何をしにこんな所までやってきた? まさか怖がらせに来たとでも?」

『そんな意図はなかったのだが、恐怖を与えてしまったことは謝ろう。ごめんなさい』


 まるで人間のように頭を下げたエインフィレモスの姿は、場違いなまでにシュールでしたが、急に場を支配する張り詰めた気配が少しだけ軽減されます。

 そこに至って気付いたのですが、ポニーちゃんの体が震えていたのは魔将の存在のせいだけでなく、銀刀くん自身が放つ殺気のせいでもあったようです。すなわち、銀刀くんが殺意を引っ込めた、ということのようです。


「……チッ、心に鬼は棲んでないらしいな。それで?」


 先を急かすような二代目銀刀くんに急かされ、肩をすくめたエインフィレモスは手に持った本をパラパラとめくりました。


『私は彼女の夢に過去の情報を少し挟んだだけですよ。なにも実害はない。ただ、将来に確定して起きる事象に対しての事前説明だと思ってください。今後の事象に対して手間を省いただけです』

「要するに『くだん』みてーな奴か」


 突如、触ってもいないのに部屋のドアの鍵が開き、パジャマ姿の眠そうな桜さんと同じく眠そうな雪兎ちゃんが入ってきました。神秘術のセキュリティがある筈の鍵に術式の割り込みをかけ、強制的に開錠したようです。


「防護術式に変な数式が混ざってるようだから様子見に来てみれば、どんなに対策してもどこかで誰かが穴を縫ってきやがる」


 若干のお前が言うな感はありますが、桜さんに対し、エインフィレモスは身構える事もなく恭しく一礼しました。


『初めまして、稀人まれびとよ』

「……色々と気になることばかり言いやがる。今度じっくり問い詰めたいもんだ」


 銀刀くんといい桜さんといい乙女の部屋に容赦なくずけずけ入ってきますが、ポニーちゃんには文句を言う余裕もありません。むしろ魔物が部屋に侵入したことに気付いて助けにきてくれているのでしょうから縋りつきたい気持ちです。


『稀人よ、どうかお目こぼしを願いたい。既に送るべきものは送りました』

「送った内容をこっちで精査させて貰いたいもんだ」

『その必要はありません。銀刀がここに居る以上、その意図は暴かれるのが必然。後の判断は、当事者である皆さま次第でございます。それでは、失礼……』


 ひゅるり、と風になびくように揺れたエインフィレモスは、そのまま形を失い消えてしまいました。ポケットの中で何かを触りながら桜さんが小さく舌打ちします。


「探知に反応なし。どういう原理だよ。もしかして情報体か?」

「そんなことより、ポニー怖がってる」


 魔将が消えても未だに動けないでいるポニーちゃんの元に雪兎ちゃんが近づき、ぴょんとベッドに飛び乗って両手でポニーちゃんの頭を抱きしめます。雪兎ちゃんの匂いと子供特有の体温の高さが、ゆっくりポニーちゃんの緊張をほぐしていきます。


「いいこ、いいこ。もう大丈夫」


 頭をなでなでしてくれる雪兎ちゃん。

 もしかして天使でしょうか。

 安堵で自制心の外れたポニーちゃんは、そのまま雪兎ちゃんを抱きしめて眠りに就いてしまいました。




 = =




 翌日、銀刀さんがその権限でポニーちゃんから一日時間を貰い、その日の夜の夢の事について聞いてきました。同じ宿の冒険者たちも同じくです。


 ちなみに今のポニーちゃんは精神安定のために雪兎ちゃんを膝に乗せ、右手を軽業師ちゃんと、左手をタレ耳ちゃんと繋いでいます。夜の恐怖が癒えていきます。もしかしてここはユートピアでしょうか。


「なんで毎度毎度ぽにぃばかりがピンチになるのじゃ!」

「今回は実害はなかったってハナシだし、ピンチじゃないんじゃない?」


 危機感なさげに赤槍士さんが言いますが、こっそり宿のセキュリティを強化していたらしい桜さんと翠魔女さんは数列相手に睨めっこしています。昨晩から作業をしているのか、桜さんの目下にはありありと隈が浮かんでいました。

 二人は話に参加しなくていいのかと思いましたが、ゴールドさん曰く「あの二人は術式で話の内容録音してるから」だそうです。


 ポニーちゃんは語ります。

 夢で見たローと鉄血、その会話、そして鉄血の顔が重戦士さんにしか見えなかったことを。


 全てを聞き、ゴールドさんはその後の二人に待っていた結末に思いを馳せるように目を閉じました。愛し合った二人が迎えたのは、余りにも無情で虚しい結末だったのですから。

 話を一通り聞いた銀刀くんが口を開きます。


「本当に過去の記録と見ていいだろう。物語では名前は創作で色々変わってるが、当時の鉄血と婚約していた女はローだ。聞いた限り特徴も一致してるし、そんなやり取りをする仲だった……と、聞いている」

「となると、何でそんな記録をポニーに見せに来たか謎じゃね? フツー記憶を失った本人に見せるべきだろ」

「或いは今の鉄血は既にそこまで思い出してるのかもしれんし、これから知るのかもしれん。つまり、出ていった連中――鉄血たちが得るであろう情報の共有だ」

「それは論理が飛躍している。整合性がない」


 銀刀の言葉に異を唱えたのはタレ耳ちゃんです。

 しかし銀刀くんは首を横に振りました。


「エインフィレモスは『将来に確定して起きる事象に対しての事前説明』と言った。つまり、将来的にはこの話は誰かがポニーに説明する話だという意味だ。奴はそれをショートカットし、先にポニーに情報を教えた」

「その情報が役立つ場面が来る、のか?」


 ゴールドの問いに、恐らくはな、と銀刀くんが答えます。


「奴と話していて思った。あれは嘘とか真実とか、そういう人間的な思考の一つ向こうにいる。未来を見る能力――厳密には、それを演算する術を使えるのかもしれん。だから斬られない確信をもって姿を見せて現れたんだ」

「それでも納得しかねる。何故魔将が人間に知恵を与える? 連中の目的は人類の滅亡だろう?」

「いや、そうでもない」

「えっ」


 ゴールドさんが絶句します。

 銀刀君は、全ての前提を覆すような事を平然と口にしました。


「奴らの主たる目的は知らんが、奴らは人類を滅亡させたい訳ではない。種のコントロールをしたいだけだ。おまけに言うと、魔将は自我が強すぎて全体の利益より個人的な思惑を優先する節もある」


 ポニーちゃんさえ、思わず絶句しました。

 人間は寿命で死ぬ、というのと同じくらい当たり前に、このロータ・ロバリーでは魔物は人を滅ぼす為に存在するものとして幼少期から教えられ、実際に歴史上でもそう思えるに足る相当な出来事が起きています。それを、まさかのギルドの人間が否定したのですから、驚かない訳がありません。


「まぁ、その話は長くなるし、わざわざ説明する気も今はない。ただ、話を聞いた限り、奴は事象とやらのショートカットを目論んでいる風だった。そして、判断は俺たち次第、とも言った」


 確かに、恐怖の余り逆にあの時の言葉をよく覚えているポニーちゃんもそれは聞きました。その物言い、やり方は、今になって思えばまるで――。


 まるで、自分が予測する出来事の結果を変えて欲しいようにも取れました。


「……お前は鉄血――いや、重戦士にとって大切な『何か』を変える可能性がある。俺はそう判断した」


 ポニーちゃんは、急に重戦士さんが今頃なにをしているのか、急激に心配になってきました。

「これだ、この隙間。±0になる数列はこの式じゃ素通り出来る」


 ようやく発見出来たセキュリティの穴に嘆息する。全く数列に詳しくないにも関わらず数列を理解できるのは外部装置のおかげだが、それにしたってこれは数学の立証論文の穴を探している気分である。

 俺は気付くのに一晩かかったが、気付いた後の仕組みは翠魔女が瞬時に理解する。その翠魔女でさえ思わず親指の爪を噛むほどの盲点だった。


「とんでもないわね……定期観測を人体まで絞ってたから辛うじて引っかかったけど、この上で相手に干渉出来るとかズルっこくない?」

「ズルい。魔将って言うだけあって平気なツラしてチート使いやがるな」


 とうとう、相手が反則級の行動をとってきた。

 お前はどうする、と、心の中で誰かが囁いた。

 俺はそれに、決まっていると断言してやった。

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