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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
六章 受付してる場合じゃないっ!

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シンクニ ソマル シロイキミ

今月の更新はここまで。

次の更新は再来月を予定しています。

 ポニーちゃんは走りました。


 タレ耳ちゃんに護衛されながらも、必死に雪兎ちゃんを助けるために走りました。


 先ほどから雪兎ちゃんの居場所は殆ど移動していません。それが無事に隠れているというのなら、ポニーちゃんも安心出来ました。しかし町の地図を頭に叩き込んでいるポニーちゃんは、雪兎ちゃんがいる場所が隠れるスペースのない広場であることを正確に把握してしまっていました。


 隠れられない場所、動かない雪兎ちゃん。

 最悪の想像を、浮かべずにはいられませんでした。


 力を振り絞って広場に到着したポニーちゃんは、そこで心臓が凍り付くような光景を目撃することになったのです。


「――終わりだ、化け物ッ!!」


 三人の見覚えのない男たち。

 ケレビム、ディクロム、マギムの男たちは見たこともない装飾の槍を携え一人の少女――雪兎ちゃんを包囲していたのです。声も視線も態度も、この魔物襲撃がある中で明らかに雪兎ちゃん個人に向けた敵意、いえ、殺意でした。


 何故、どうして、どんな理由があって――そんなことを考える余裕はありません。ポニーちゃんはただ、叫びながら彼女の下に走る以外の選択肢を持ちませんでした。タレ耳ちゃんがポニーちゃん以上の速度で駆け抜けますが、それよりも僅かに、彼らが槍を放つ方が勝りました。


 三本の槍は正確に雪兎ちゃんの胸元へ向かい、そして、槍同士がガチンとぶつかり合います。その先端に――雪兎ちゃんがいません。ふと不自然な場所に影があることに気付いた全員が上を見上げ――そこに、信じがたい光景が広がっていました。


 男たちを見降ろす、純黒の羽根を纏った雪兎ちゃんがそこにいました。

 

 タレ耳ちゃんが茫然と呟きます。


「黒い羽……ナフテム? アサシンギルドの、子供?」


 彼女に羽があるなど、聞いたこともありません。

 ナフテムは自らの羽根を隠す術を持つと聞いたことがあります。彼女はもしかして、ずっとずっとあの羽根を隠し続けていたのでしょうか。


 彼女は何も語らず、しかし次の瞬間に急降下して包囲してきたマギムの男を蹴り飛ばします。ゴキャァッ!! と、生々しい打撃音を響かせて男が地面に叩きつけられました。非力でか弱い彼女からは想像もつかない凄まじいパワーです。

 雪兎ちゃんはそのまま視線を横にずらし、ケレビムの男の髪を耳ごと鷲掴みにし、空中に持ち上げて一回転させ、反応が遅れたディクロムの頭に叩きつけました。ぞぶり、と肉を貫く異音が響きます。


「ご、ぶ、……え? あ、ああ!! あぎゃああああああああああああああああッ!?」


 ディクロムの頭には二本の角。その角が同時に背中に突き刺さり、ケレビムの男が悲痛な絶叫をあげます。それでも雪兎ちゃんは止まらず、そのまま掴んだケレビムの耳を素手で引きちぎりました。


「あ、悪魔の子が……ギャッ!?」


 血を噴出するケレビムを角から外し、彼女を捕まえようとしたディクロムは、その刹那に雪兎ちゃんに接近され、両手で角を掴まれます。彼女の腕を掴み返して拘束しようとするディクロムですが、その腕は一向に彼女を引き剥がせず、逆に掴まれた角がメキメキと音を立てて曲がっていき――バギギィッ!! と音を立ててへし折られました。


「ギャアアアアアアアアアアアアッ!! グゥ、グアァァァアアアアアッ!?」


 折られた角から鮮血を噴き出してもがき苦しむディクロム。ディクロムの角は血管も通った立派な身体器官です。極めて丈夫であるが故、折られた際の激痛は想像を絶すると言われています。


 両腕にケレビムとディクロムの返り血を浴びた雪兎ちゃん。

 その姿は普段の可憐なそれと掛け離れた、悪魔的な残虐さを内包していました。


 雪兎ちゃんはこちらに気付いていないように手に持った角を見つめ、そして先ほど引きちぎった耳を見つめ、角の片方を手放して耳を拾い――大口を開けて、二つをごくりと丸呑みにしました。タレ耳ちゃんが絶句し、一歩下がりました。


 途端に彼女の頭から茶色の犬耳が、お尻から尻尾が。そして額に二本の角が生え揃います。ぺたぺたと角を触る雪兎ちゃんは不意にすんすん、と鼻を鳴らし、こちらを振り向きました。


「――ポニー! わたし、わるいやつらやっつけたよ! ポニーをいじめたひとたちのなかまを!!」


 雪兎ちゃんは無邪気な、そして、まるで偉いことをしたから誉めてほしいと言わんばかりの期待を込めた笑みを浮かべ、ポニーちゃんに走り寄ってきました。

 口元や手を血に汚していることを気にも留めず。

 後ろでもがき苦しむ人々など、もう見ていないかのように。


 この日、ポニーちゃんは初めて雪兎ちゃんを怖いと思いました。





《 第46話 シンクニ ソマル シロイキミ 》





 直後、ポニーちゃんと雪兎ちゃんの間に巨大な斬撃が通り過ぎます。


「まさか、既にここまでの力を有していたとは……!! すまないボーイたち、先に撤退するんだ!!」


 その男――貴族風の服を纏った派手なロール髪の男がパチンと指を鳴らすと同時、苦しんでいた三人が光に包まれその場から姿を消しました。直後、男は振り向きざまに指揮棒のような剣で背後から迫るナフテムの少年の刃を防ぎます。


「グゥ……なぁ銀刀くん! 今だけでいい、休戦できないかね? ワガハイ、この件が終わったらそっ首差し出しても構わないぐらい重要な仕事中なんだが?」

「三十年の間に寝惚けたか、『遷音速流』ッ!! 貴様の心に潜む巨大な鬼、狩らずして何が鬼儺かッ!! 『数学賢者』の墓前に一秒でも早く首を並べてくれるッ!!」

「やはり、君は暗殺者にしては情に厚いんだよなァ……つぇいッ!!」


 二人の刃はまさに嵐と嵐が激突したような激しさで、絶え間ない剣戟の音と火花、余りの速度に発生する突風が周囲に吹き荒びます。一秒どころか一瞬以下の速度で斬り合う二人の影はしかし、やがてそこに介入するもう一人の影によって一時中断させられました。


「――そこまでだッ!!」


 今度はポニーちゃんを庇うように、重戦士さんの登場です。その視線はいつか紫術士に斬りかかったときに匹敵する程鋭く、放つ圧に思わず相手二人も距離を取ります。


「く……鉄血くんか!! 君も……分かってはくれないだろうね」

「邪魔をするな、鉄血ッ!! この男は俺がッ!!」

「お前らが本気でやり合えば、決着が着くころには避難所諸共町が壊滅する。それでも続けるのなら、俺が貴様らを叩き斬るぞ」


 ごく自然に、相手二人は重戦士さんを鉄血と呼びました。

 ああ、やはりそうなのだな――と感じました。

 更に、闖入者は止まりません。


「おうおうおう!! 懐かしい顔がひぃ、ふぅ、みぃ!! 同窓会をしているのなら何故俺を呼んでくれなんだ!! ツレないぞお前ら!! ガーッハハハハハハハハ!!」


 身長二マトレを超える巨躯に野太い手足と声。岩石を掘り起こして作ったような勇ましく厳つい顔の男が、周囲の屋根の上から差す逆光を背にこちらを見降ろしています。

 武器の類は一切持たず、巌の如き腕には先ほど遭遇した鳥の亜人の魔物の首が握られています。素手で仕留めたのだとしたら、まさに常識外れ。力なくぶらりとぶら下がる魔物をぽい、とその辺に捨てるマナーの悪い男性を見た遷音速流と銀刀――恐らくその後継者――がぎょっとします。


「ウゴェェェェェ、『神腕』ッ!?」

「何故今日ここによりにもよって呼んでもいない貴様が……これだから単細胞生物はッ!!」


 『神腕』と言えば文句なしに有名な第二次退魔戦役の英傑。

 この男の乱入は彼らにとって望まないものだったようです。

 特に遷音速流の行動は非常にスピーディーでした。


「……イヤー、本日はお日柄もよく。じゃ、ワガハイ用事があるんで帰ります。あと頼んだぞキミたち!!」

「なっ、逃が――」


 一瞬のスキを突き、神秘術でか遷音速流が光となって消えます。反応が僅かに遅れた銀刀の首筋を狙った一太刀は、すんでのところで虚空を切りました。


「………」


 銀刀は暫く沈黙し、静かに納刀しました。その背中から堪え切れない激情が暫く風となって逆巻きましたが、それもやがて収まりました。


 その間にも人がどんどん増えます。地面を術で変形させて移動してきた桜術士さん、空を飛んでやってきたゴールドさん、赤槍士さん、軽業師ちゃんにソックリな愛でたい美少女、更に鳥の魔物相手に戦っていた護衛冒険者さんたちも駆けつけます。


 真っ先に飛び出したのは桜術士さん。目の前の戦いに驚いて転んでいた雪兎ちゃんに駆け寄ります。羽、角、耳が生え返り血を浴びた彼女の異様に周囲がぎょっとする中、彼の動きには何の躊躇いもありません。


「雪兎!!」

「あ、さくら! ねぇきいて、わたし――」


 きっと、初めて見せる桜術士さんに見せる彼女の笑顔。しかし桜術士さんは笑顔の彼女の頬を、一発大きくパァン、と引っ叩きました。


「さく、ら……?」


 どうして叩かれたのか分からない顔で、浮かべた笑顔がいびつに崩れていきます。目元に一杯の涙を溜めた雪兎ちゃんの肩を桜術士さんが掴み、叫びます。


「いう事聞いて、大人しくしてろって言っただろッ!!」

「だって……みんなよろこぶと思って、ひなんじょに、ポニーをいじめたひとのなかまが……」

「だったら何で俺のところに来なかった!! 俺が、ポニーが、みんながどれだけお前の事を心配したと思ってるんだッ!! 何かあってたらどうする気だったんだ……ッ!!」

「ほめてくれるって……エッグ、思って……ふ、ぅぅ……うぇぇ……」


 恐らくは初めて桜術士さんにここまで怒られたのでしょう。堪え切れない涙をぼろぼろと流す雪兎ちゃんの額から角が縮んで消え、犬耳と尻尾が消え、羽がしゅるしゅると背中の中に納まり、いつもの雪兎ちゃんの姿に戻ります。

 桜術士さんは、堪えていた堰が外れたように涙を流して彼女を抱きしめました。


「馬鹿野郎ぉ……馬鹿野郎ぉぉぉーーーー!! 心配かけさせやがってぇぇぇーーーーッ!!」

「ふぇ……、うわぁぁぁぁぁぁーーーーーん!! わぁぁぁーーーーーーん!! ごべんなざぁぁーーーーーい゛ッ!!」


 号泣する桜術士さんに抱きしめられ、雪兎ちゃんも抱き返しながら号泣します。

 まるで母親と子が再会したような光景に、気がついたらポニーちゃんも、ゴールドさんたちも、その場の多くの人が一塊で泣いていました。遅れてやってきた人たちが無事な雪兎ちゃんとポニーちゃんの姿を見て抱き着きながら大泣きし、暫く広場には号泣する人々の声が響き渡りました。


 が、釣られ泣きした『神腕』さんの野太い鳴き声に皆段々と平静さを取り戻していくのでした。


「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!! お゛れ゛、ごの゛手の゛バナジに弱い゛ん゛じゃぁぁぁぁーーーーーーーッッ!!!」


 ――この大事件は、唯でさえ話題の大きかった西大陸中央第17支部へ更なる混乱を齎すことになるのですが、この時のポニーちゃんたちはそこまで先を考える余裕はありませんでした。


  

 荒れる息を整え、自分の喉元を触る。

 ぬらりと滑る感触は、喉を中ほどまで切り裂かれた痕。あと髪の毛一本で動脈を切り裂いていた、殺意の塊のような斬撃。それだけではなく、刃には即効性の毒まで塗られていた。一度大きく息を吸い込み、持っていた万能解毒剤を傷口に無理やり押し込む。


「~~~~~ァッッ!!!」


 想像を絶する痛みにその場でのたうち回って苦しみ、必死で唇を噛んで耐える。

 一分か、二分か、或いはもっとか。

 時間をかけて男――遷音速流は息を吐き、立ち上がる。


「背負うべき咎、恨まれて当然の筋と納得はしていたが……やっぱキツイものだね。あの銀刀くんが、さ」


 彼から大事な人を奪った。仲間を奪った。

 そうするしかなかったという言葉を免罪符にする気はないから、彼の殺しを否定は出来ない。否定できないにもかかわらず、続けなければいけないことがある。今はまだ倒れる訳にはいかない。


「女神様……我らが女神様の為に……」


 自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟きながら、起こした体を壁に預け、ずるずると壁を擦りながら遷音速流は歩き、やがて陰に隠された空間へと消えていった。

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